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変わった世界――The strange world  作者: 足利義光
第五話 変わった世界――The strange world
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WD九頭龍支部Part3 壊滅

 

「こいつは……何だ?」

 田島は骨壺の底に隠されていたUSBをノートパソコンに接続する。

 勿論、このUSBには何らかのウィルスプログラムが隠されている可能性もある。

 しかし、田島は一切気にする事もなく、調査を始める。

 何故なら、このパソコンには九頭龍支部の通信及び暗号解読の主任である林田由衣特製のセキュリティソフトが組み込まれており、ちょっとやそこらのウィルスは寄せ付けないと太鼓判を貰っていたからだ。普段こそ不真面目で、自堕落な彼女だが、仕事に関しては一切の妥協をしない。だから、このセキュリティソフトも間違いなく自信作なのだろう。

「ん、これは……」

 中に入っているのは、音声ファイルらしい。

 即座にそのファイルを開き、録音されている音声を聞く事にした。


 ――え、えーと。この音声ファイルがこうして再生されるって事は多分、……いや間違いなくぼくはもうこの世にはいないんだろうね。まぁ、変な気分だけど仕方がない。

 やぁ、田島君。君ならこのUSBを見つけると思っていたよ。

 やはりぼくの目は正しかった様だね。


 その声は間違いなく、あの赤毛のドイツからの留学生にして生徒会長であった男のものであった。


 ――この音声ファイルには、今後起きる可能性がある様々な事件について予想したものだ。勿論根拠もなしに予想している訳ではないよ。個人的、組織的な様々な情報源から得た無数のデータや情報を基にしたものだからね。

 はは、前置きが長くなってしまったね。

 では、早速予想に入ろうか……。

 まずはWG内部で今、異変が起きつつある事から説明するよ。


 そうして始まった音声ファイルの内容は、田島を驚愕させるに充分過ぎる内容であった。

 それはどういう経緯を経て至ったのかは分からない。

 だが、もしもそれが起きたのであれば、この九頭龍支部に大変な事態が起こる事は必定。


 ――勿論、この予想が外れてくれるのが一番だ。

 でも、そうじゃないだろう? 情報を扱い、判断する立場の者とは事態を決して楽観視してはならない。

 常に最悪の事態を予想し、それに対しての対応をしなければならない。

 田島君、もしも事態が予想通りに展開するのなら、君達の立場は極て不利な物へ陥るだろう。

 この状況を覆すには、味方が必要だ。それも強い味方が。

 一つだけ、心当たりがある。彼なら、手を貸してくれるに違いない。今からいう名前を覚えておくんだ…………。


 その名前を田島は以前聞いた事があった。

 それはWG内でも有名な人物。

 もっとも″ウォーカー″というコードネーム以外はその素性を知る者は殆どいない、とされるエージェント。

 特に所属する支部もなく、全国各地を転々としているらしいと聞いている。

 だが、あの赤毛のギルドの顔役が何の根拠もなしにその名を口にするはずがない。

 つまり彼は今、この街にいるのだ。


 ――出来ればこの音声ファイルを託す状況には陥りたくは無かったのだけどね。こればかりは仕方ないな。

 田島君、最後に言わせてくれ。……生き延びるんだ。何があってもね。では、さよならだ。


 そう言い残すと、恐らくはプログラムされていたのだろう。そのファイルが自動的に削除されていく。


「本当に自分勝手なヤツだよ、あんたはさ」

 田島はかぶりを振った。はぁ、とため息をつき、そして顔を下げたまま黙り込む。

「はぁ、ほんの少しだけ休ませてもくれないなんて死んでからも人使いが荒いんだな、ったくさ」

 はは、というその空虚な笑い声は、ザザ、という向こうの海岸に打ち付ける波音に掻き消されるのであった。



 ◆◆◆



 WD九頭龍支部の入ったビルのヘリポートにて。


「くけっ、くひゃはははははっっっっっ」


 そう不快さを感じるであろう笑い声をあげるのは椚剛。

 シャドウとの対決はほんの数秒で決着が着いた。

 そう、あのダークスーツ姿に眼鏡をかけた九条羽鳥の秘書にして、懐刀、そして処刑人でもあった従者はもうこの場にはいない。

 文字通りに下の階の壁の染みにしてやったのだ。


「これで、五年前の借りは返したぜ、くけっ」


 そう満足そうに喜色ばむ男もまた、無傷とは程遠い状態であった。その右腕は肘から先がなく、右脇腹は大きく削り取られている。

 そう、彼もまた瀕死の状態であった。


「ま、これで俺にどうこういう奴もいなくなるだろうよ」


 彼は既に九条羽鳥をもその手にかけていた。

 オフィスから窓を突き破って落としてやった。

 あの、澄ました顔の女は最期まで顔色一つ変えずに、淡々とした面持ちのまま、下へと落下していった。

 夜の暗さと、この高さも相まって、地面へと叩き付けられたであろう、この街の影を支配した女性がどうなったかは判別不能であった。


「くけっ、まぁ、真っ赤な赤い染みにでもなってるわな」


 これで、五年前の復讐は完了した。

 だが、満足してはいなかった。

 顔では喜色ばみ、声を挙げて笑ってはみせたものの、彼は何か物足りない、と感じていた。


「どうも、思ってたのとは随分と感じ方ってのが違うもんだな」

 彼にしては珍しく感傷的な言葉を吐くのであった。



 生まれながらのマイノリティであった彼は、常に周囲から蔑まれた。

 やがて長ずるに従い、その力を急激に高めた彼は、一〇歳の時に自分の暮らしていた町を滅ぼした。

 別段、彼は何か強い怒りを抱いていたのではない。

 ただ、出来ると思ったから実行した、単にそれだけの理由であった。

 彼は国に囚われ、そこで研究対象となり、様々な実験を行った。

 その間に彼が考えていたのは、たった一つの事だけ。

(おれは何処まで壊せるのだろう?)


 転機となったのは、七年前だ。

 彼は突如、研究機関から外に出る事になった。

 彼を拾ったのは、九条羽鳥。

 WDという極秘組織の幹部であった淑女だった。

 椚は、九頭龍へ来るや否や、様々な任務を遂行した。

 あの、研究機関での日々でイレギュラーはより、洗練され強靭なものになっていた。

 誰も敵はいなかった。

 誰もが”絶対防御アブソリュートプロテクション”を破る事は能わずに、破れ去っていった。


 六年前、九条羽鳥によって設立された極秘部隊の面子に任命された際は正直嬉しかったと記憶している。

 これまで怪物と蔑まれ、恐れられた自分を認めてくれる者がいたのだから。

 彼は、これ迄以上に任務に集中し、もはや誰しもが彼こそ九条羽鳥の切り札だと噂されるようにまでなった。


 そして五年前、彼は裏切られたのだ。


 それ以来、ずっとこの日、この時を考え続けて来たのだ。だから、もう少し何か胸に来るものがあるだろう、と思っていた。


「違うな、こんなものじゃない。もっとだ、もっと……」


 椚剛は溢れ出でる衝動を発散したかった。

 だから、こそ。


 気が付くと彼は通信機を手にしていた。

 周囲に見えるのは既に肉塊と化した者達の成れの果てのみ。

 隠れていたらしかったが、見つかるや否や、銃撃してきたのでまとめて”潰した”結果だ。

 出来の悪い肉団子の様なそれからはプシュ、プシュウ、と血が吹き出でる。

(くっだらねぇ、くっだらねぇ。もっとだ、もっと壊してやりたい)

 そうした、沸々とした思いが沸き上がってくるのを実感する。

 彼は正しく解き放たれた野獣であった、と言える。

 ボタンの空いたシャツから覗く上半身の筋肉が小刻みに震える。

 彼の身体が求めているのだ、もっと、もっと壊したい、殺したいのだと。

 元々、好戦的な椚剛ではあったが、この五年間の間に鬱積した欲求は憎い相手を始末したというのに、満足とは程遠い。

 気を抜くと、その場で暴れ出したくなるのだ。

 何故かは分からない、だが実際そうなのだから仕方がない。


「あ、聞こえるかWDのクズ野郎ども、てめえらに最高のニュースを伝えるぜ。

 九条羽鳥はさっき死んだ。やったのはこの俺椚剛だ。

 俺の名前は知らなくても、この呼び名なら知ってるはずだぜ。

 俺は【絶対防御アブソリュートプロテクション】と呼ばれる男だ。もし知らねぇっていうならなら、今覚えろ」


 そこで一旦言葉を止めた。彼は戸惑いを感じていた。

 こうして誰とも知れない連中に声をかけるのが思いの外、楽しかったのだ。


「ああ、続けるぜ。いいかてめえら。これで縛るヤツはもういない。これが何を意味するか分かるか?

 俺達はもう自由ってこった。殺すなり、ぶっ壊すなり、奪うなり犯すなり好きにしろ。それがWDおれらの自由だ。

 ついでに言っとく、どうせWGの連中も聞いてるだろうからな。

 俺はこの街を滅茶苦茶にしてやる。気に食わねぇ奴も、そうじゃねぇ奴も皆ぶっ殺す。……何故ってか?

 簡単じゃねぇか、俺が強いからだ。嫌だったら俺を殺すか逃げ出すんだなぁ。

 いいか俺はここにいるぜ。止めたきゃここに来な。せいぜいもてなしてやるよ……くけっ、ハハハハハハ」


 そう言うと男は通信を切った。

 それはまさしく、椚剛による宣戦布告であった。


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