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変わった世界――The strange world  作者: 足利義光
第五話 変わった世界――The strange world
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WD九頭龍支部Part2 激突

 

 累々たる屍がそこには積み重なる。

「ぐあ……」

 また一人、そうして屍と化した誰かが無惨な最期を迎えていく。

「…………ん?」

 ペタペタ、と便所スリッパでフロアを歩きながら、ふと思う所があり、一歩二歩と戻る。

 今、殺した相手の元に後ろ歩きで近付くとその身体を足でひっくり返す。

「あー、はいはい」

 確か、こいつの事は知っているな、と椚剛は思った。

 自分がWD九頭龍支部で暴れていた頃にもいたはずだった。

 とは言っても、

「くへっ、ま、でもどうでもいいか。雑魚をイチイチ覚えてたら日が暮れちまうよ」

 下卑た笑みを浮かべつつ、彼はまるで無人の野を行くが如く屍を続々と積み上げ、重ねていく。

 彼にとっては数年振りの戯れ。

 これで既にこの支部の戦闘員を殺した事か。本来ならば白い大理石でピカピカと輝く程に美しいそのフロアにはカラカラと無数の薬莢が転がり、ショットガンの余波やグレネードの爆発等で抉り取られ、豪奢な彫刻の入った柱も今や傷だらけで無残であった。


 ここはWD九頭龍支部。ここはその一〇階層目だが、九条の意向で

 ここには世界各地から集められた様々な芸術品が飾られ、さながら美術館の様相を呈していた。

 そこにあるコレクションの中には愛好家が涎を垂らす事が受け合いの品々もあって、一体幾ら金を積めば集める事が可能なのか、彼らにも分からない事であろう。

 ギリシャから取り寄せた彫刻。

 オランダから買い付けた絵画の数々。

 アメリカの著名な芸術家による近代アート。

 イギリスへ流れていた浮世絵等々、ここはまさに九頭龍でも一番の芸術を堪能する場所であったはずだ。


 だと言うのに今や、ここはさながら戦場の様な有り様である。

 彫刻は椚剛を狙った銃撃の、跳弾によって無残に砕かれる。

 絵画には血飛沫が飛散し、原型が見えない程に赤く染められる。

 近代アートには吹き飛んだ警備や戦闘員の身体が突き刺さり、まるで百舌鳥の速贄の様ですらあった。

 浮世絵の数々は額が外れ、その上を多数の足が踏み越えていた。


「くへっ、何だ何だ。これで九頭龍支部の守りって言えるのかよ? 本当に雑魚ばっかじゃないかよぉ、九条のババァ!!」


 椚剛の罵声だけが無人となったフロアに轟く。


 誰もが、彼には抗せなかった。

 無理もない、絶対防御とまで呼ばれる彼のイレギュラーは驚異的な防御力を誇る。

 そしてその驚異的な防御力は転じて敵に対する武器ともなる。

 このビルに入ってからかれこれ二〇分は経過したはずだが、彼は未だ迎え撃ちに来たエージェント達の攻撃を一度もその身に受けていない。

 銃弾を弾き、爆風を防ぎ、刃物での刺突に斬撃、更には火や氷に風や電撃までもを耐え凌ぐ。文字通りの絶対防御。

 椚剛は口笛混じりに軽快なステップを刻みながら、何事もないかの如く無人の広野を行くかの様に先を歩いていく。


「……んあ? ようやくお出ましか」

 悠々とした歩みはWD九頭龍支部の中枢、つまりは九条羽鳥のいるオフィスのある最上階にてようやく止まる。

 椚剛の目が殺意で一段とギラつく。

 その視線の先にいるのは、シャドウ。

 九条の秘書であり、支部の事実上のナンバー2。

 そして彼女の懐刀として、数多くの身内の粛清を実行して来た処刑人。そして、……付け加えるのであれば五年前に、絶対防御を破ったエージェントでもある。

「くく、そりゃそうだよな。俺に太刀打ち出来たのはお前さん位だもの、……なぁ!」

 くはっ、と言うと椚が突進をかける。

 バリバリバリ、という破壊音と共にその突進に合わせ、大理石のフローリングが容赦なく抉り取られていく。

「くく、はははははっっっっっっ」

 だが、高笑いを挙げながらの先手は目的を達する事は無かった。

 何故なら、そこには既に獲物の姿が存在しないから。

 ち、と舌打ちする椚剛。

 そう、これこそが相対する相手のイレギュラーに他ならない。

 彼のイレギュラー通称”ダークワールド”とは暗黒空間。

 自身の身体を瞬時に暗黒空間、つまりはある種の異空間へと移動させる事が可能であり、通常空間とは違う場所である為に通常攻撃は通用しない。これもまた、一種の絶対防御と云える。

 更に付け加えるならば、その暗黒空間は担い手であるシャドウ以外のモノはすべからく粉々に粉砕する。

 生き物だろうが、無機物だろうが御構い無しに文字通り、全てを破砕する。

「へへ、うおっっと」

 椚剛が笑いながら後ろへと飛び退く。

 ガアン、という轟音。

 彼がいた場所が瞬時に円状に抉り取られる。

 そしてその中心にシャドウが姿を見せる。

 凄まじい破壊の爪痕を残したにも関わらず、両者共にその身体には埃すらついていない。

「こうだよ、こうでなくちゃ、な。タイマンってのは拮抗した相手と殺り合うのが一番興奮するぜぃっっっ」

戦闘中毒者バトルジャンキーが誰が貴様を野に放ったか、答えて貰うぞ」

「ほう? つまりあれか、俺から話を聞くまでは殺さないってか? こりゃ傑作だ、お優しい事でよ」

「気にするな、両手両足をもぎ取るだけで勘弁してやる。話も出来ないのでは意味がないからな」

「上等だ、ハハハハ――やってみろよ、ああ?」

「前は両手だけで済ませたが、どうやら口の聞き方も知らぬ野良犬には厳しく躾ねばならないな」

 シャドウが瞬時にその姿を暗黒空間へと消し去る。

 今度は先程とは違い、フローリングも、壁も削られない。

「本気って事か。はん、奇遇だね。俺も次でアンタを始末する予定なのさ。くくく、はーっはははははぁぁぁ」

 椚剛の悪い癖が出た。彼はイレギュラーを使用している際、異常なレベルの興奮状態に陥る。

 冷静な判断力が低下した状態なのだが、彼はそれでも後れを取った事は無かった。五年前、今対峙するシャドウに倒されるまでは。

 互いに他の追随を許さぬ攻撃力、防御力を持っている。

 シャドウのダークワールドが一撃必殺、必滅の矛ならば、

 椚の絶対防御アブソリュートプロテクションが鉄壁の盾。

 互いに譲らぬ、最強の矛と盾の激突。


「死ね、愚物が――!!」

「ほざけクソメガネ!!」


 そして、……その決着はすぐに着くのであった。



 ◆◆◆



 WG九頭龍支部でクーデターが勃発する二時間前。

 九頭龍の港湾区域に田島の姿があった。

「…………」

 無言で海を眺めるその面持ちはいつもとは違い、暗く沈んだものだ。

 彼の手に有るのは、骨壺。

 つい数時間前まで生きていた男の今の姿である。

「馬鹿野郎が……くそっ」

 そう、吐き捨てるのが精一杯であった。



 骨壺に入っているのはシュナイダー。名前の通りのドイツ人で、九頭龍学園への留学生で、高等部の生徒会長で、マイノリティで、犯罪結社ギルドのここいら一帯の顔役であった赤毛の青年。


 今日、彼は死んだ。

 マイノリティであり、ましてやギルドの幹部。

 いずれはこうなる事は本人も分かっていたのだろう。

 彼の部屋には遺書が残されていた。


 そこにはこう綴ってあった。


 燃やした自身の遺骸を、部屋の奥に隠してある骨壺に入れて欲しい。それで、三国港で散骨をして欲しい、と。

 その際、それを行うのは自分と交流のあったエージェント、具体的には田島一に頼みたい、と。

 それを受けて、田島は彼の要望通りに三国港に足を運んでいたのだった。


「…………」

 耳に届くはザー、ザザーという波の音と、蝉の鳴き声。

 既に許可は取ってあるので、散骨も済ませた。

 ギルドの顔役がいなくなる、という異常事態はもう既に裏社会に轟いているに違いない。

 あの抜け目のない男の事だから、何かしらの手は打っているはずだから、混乱はそう長くは続かないだろう。

 だが、この二、三日はきっと九頭龍は荒れるはずだ。


「……帰るか」

 田島はいつまでもこうしてはいられない、と我に帰ると、その場を後にしようとした。

 その時だった。

 手が滑った際に骨壺に妙な凹みがある事に彼は気付く。

 一見するとなだらかに見える骨壺だが、指で触れると、確かに凹みを感じる。

 好奇心、というよりは一種の警戒心で足を止めた田島は、その奇妙な壷を改める事にした。


 数分程調べた結果分かったのは、この壷は見た目と実際の形状が違う、という物であった。それも加工したのではなく、恐らくは何者か、間違いなくマイノリティがイレギュラーを用いたのであろう。恐らくは幻覚の類で見た目を誤魔化し、そして感触も同様に。

 田島がそれに気付けたのも、彼自身が同系統のイレギュラーを使えるからであろう。

「ん、こいつは……?」

 更に壷を調べていくと、底が外れた。

 その中に入っているのは一本のUSBメモリであった。


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