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変わった世界――The strange world  作者: 足利義光
第五話 変わった世界――The strange world
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WD九頭龍支部Part1

 

 男は悠然とした足取りで歩む。それもある意味で当然。何せここは勝手知ったるなんとやら、である。

 くぬぎごう

 WDエージェントであった彼にとってはこの近辺は例え数年時間が経過してはいても庭の様なモノであったのだから。

「ふーん、思ったよりでっかいもんさなぁ」

 見上げるそのビルは薄暗いあの部屋で過ごした幾年かの間で、完成していた。

「確かに、【塔の街】って言い方がピッタリだよな」

 向かいのビルの屋上からこうして周囲を眺めているのだが、

 高さが二〇〇から三〇〇の高層ビルがこう無数にそそり立つ姿には圧倒されるモノがある。

 その中にあって、目の前のビルの高さは一際大きく目立つ。

 手にしているパンフレットに目を通す。

「何々、ほうほう。五〇〇メートルな、そりゃ目立つはずだ。

 流石は九条羽鳥、こんなデッカイビルをおっ建てちまうんだから、な。さぞや儲かってるのだろうさ」

 くへっ、と吐き捨てるや否や、彼はそのビルから何の躊躇なく飛び降りた。如何にマイノリティが、尋常ならざる回復能力を持っていようとも、このビルとて三〇〇メートルを優に越える高さである。そのままで無事に済むとは考えづらい。

 ぐんぐん加速して勢いを増しつつ落下していく男は特に何もせず、そのまま落ちていく。

 時間に換算してほんの一秒から二秒といったところだろうか。

 だが、そんな事は彼にとっては些事に過ぎない。

 次の瞬間であった。

 とん、というその着地は実に自然で、まるでほんの数十センチ飛んだだけかの様な軽い音であった。

 その明らかな異常に椚は顔色一つ変えずに、鼻唄混じりに歩み始める。


「~~♪」

 中には意外な程にアッサリと入れた。

 てっきり、関係者以外は全て立ち入り禁止にでもなっているとおもっていたのだから。

 自分があの発電施設から脱した事はもう伝わっているはずだ。

 九条羽鳥が、まさか自身の判断で”危険分子”だと判断し、隔離した部下の動静に注意を払わないはずがないのだ。

 とん、とん、と軽快な足取りで階段を登っていく。

 妙な事にどうにも人の気配が感じられない。


(確かにここのはずだよな)


 改めて丁重に”お願い”して譲って貰ったスマホからこのビルの情報を確認する。

「やっぱりここだな」

 確かにこのビルにはWD九頭龍支部の表向きの肩書きである民間警備会社の名前が乗っている。他にも幾つかの会社のテナントや事務所が下の階層には入っているのだが、どれもこれもWD九頭龍支部の下請けであったり、幽霊会社だったりと、このビルには無関係のモノは一切ない。


「ち、この分だともっと上まで行かないと歓迎すらしてくれないのかねぇ、つまらんな」


 愚痴りつつも、エレベーターに乗り込む。その鉄製の移動装置は、場合によってはそのまま棺桶にもなり得ると言うのに。

 本来であれば決して取ってはならない選択肢を彼は平然とした面持ちで選ぶ。

「少しは罠なり何なり、歓迎しろよ、な」

 と薄ら笑いすら浮かべつつに、だ。


 ウオオオン、という浮上音だけがエレベーター内で響く。

 このエレベーターはビルの最上階には至らない。

 WD九頭龍支部のオフィス、つまりは民間警備会社のフロアで止まるのだ。それは無論、支部長である九条の身の安全が理由の一つ。だが、それだけではない。


 ちーーん。


 目的地に辿り着き、扉が開かれる。

「ふへっ、」

 不敵な笑みを浮かべたまま、椚剛がフロアに足を踏み入れる。

 と、その直後であった。

「ん、おっ」

 エレベーターの扉が一気に閉じられ、跡形もなく消え失せる。目の前が暗闇に覆われた。

 パッ、パッ、パパッ。

 と同時に無数の火花がまるで鮮やかな花の如く咲き誇る。

 凄まじいまでの銃撃が浴びせかけられ、その中心点にいるのが椚剛であるのは言うまでもない。

 その全弾は狙いを寸分違わずに標的へと吸い込まれた。


「撃ち方止め、撃ち方止め」


 声を挙げて制するのは今、の銃撃を仕掛けた部隊の隊長である。

 彼を始め、部隊の面々はいずれも熱探知装置サーマルゴーグルを装備。それにより暗闇での視界を確保。同時に手にしていたアサルトライフルの銃弾を叩き込む。

 マイノリティとしては非力とも云える自分達が、数々の同類バケモノをこの戦法で撃破してきたのだ。


 この空間は、無論この場にいる部下のイレギュラーによる異空間。ここではあらゆる場所を上下左右の違いなく歩けるし、動き回れる。彼らは最初からここで仕留めるつもりであった。いくら相手が悪名高きかの相手であろうとも、不意を突き、尚且つ全方位からの一斉斉射ともなればまさか適応出来まい。僅か一、二秒足らずの攻撃であったとは言えど、これで無事である筈がない。

(仮に生きていたとしても、もう既に死に損ないのはずだ。こちらは隊列を崩さずに銃弾を喰らわせれば、それで終わりだ)

 あくまでも冷静に、相手の様子を注視していた。


「くへっ、なかなか面白い趣向だな」


 声が聞こえた。その声には自身が追い詰められたという実感が存在しない。

「な、っっっ」

 標的は銃撃のクロスポイントには既にいない。

「よう、随分と興味深い歓迎会じゃないかよ」

 声が聞こえた。

 椚剛はそこにいた。隊長のすぐ側、その肩に手を置いている。

 ぞくぞく、とした悪寒が駆け巡る。

 彼が今、感じるのは己の死の予感に他ならない。

「で、こっからどうするんだ?」

 バカにする様な物言い。

 それに対する隊長からの返答は、

 バァン、という轟音であった。

 それは隊長が予備の武器として備えて、近接距離で取り回ししやすく銃身を短く、ソードオフしたショットガンが炸裂した音。

 至近距離からの散弾を躱すのは不可能。

 そのはずだった。


「ぐはっっっっあああああ」


 だが、吹き飛んでいたのは敵ではなく、彼自身の身体。

 腹部や胸部、そして顔面をも無数の弾丸が撃ち抜く。

 血が吹き出し、臓腑が飛び散る様のかと錯覚する様な痛み。

 だん、という背中を強かに壁に打ち付け、ずるずる、と力無く崩れていく。

「ば、ばかな……」

 風景が異空間が解除されており、本来のフロアに戻っている。

 周囲を見回すと、二〇人から成る部隊の面々が残らず倒れている。一体いつの間に? そう、思う暇もない。

 上下左右を囲んでいたのだ。

 突破するには…………、そこで彼は思い至る。

 男のコードネームを。そう彼はこう呼ばれ畏怖されていたのだ。

「ま、全員を一斉に倒したと…………これが【絶対アブロソリュート防御プロテクション】だと云うのか」

 だが標的に攻撃する様な暇は無かったはずだ。つまりは、あの銃弾は彼に命中したのではなく、跳ね返ったという事。


「くへっ、この程度だったかよ、なっさけね。工夫したみたいだけどな、もう一捻りだな」


 じゃあな、と言うと椚剛は一人、先へと歩を進める。

(ば、バカにするなっっっ)

 その身体を起こし、飛び掛かる。

 ショットガンが通じない上にこの深傷。尋常な手段は通じない。

 だから、彼は最後の手段に訴える。

「ここで死ねッッッッ」

 隊長は己が纏っていたジャケットを脱ぎ捨てた。

 カチ、という起動音。

 それは彼が自身の敗北を悟った際に相討ちへと持ち込む為の爆薬の起動音。

 だがまだ足りない。彼が纏っている爆薬は二重、三重に暴発防止の対策を施されているのだ。

 起動により爆薬は使用可能となった。次に必要なのは爆破させる為の刺激だ。

 彼のイレギュラーは小さな火花を起こす、ただそれだけの些細なモノだ。

 だがそれで充分、自身が装着させている爆薬の炸裂に必要なのは、ほんの些細な火花で充分事足りる。

 ぼっ、という音と共に火花が爆薬の導火線に火を付ける。

 ハイテクとアナログの安全装置は解除。

 あとはこのまま自分諸共吹き飛ぶだけ。

 だが、彼は見た。

 椚剛の表情に、焦りの色等全く窺えない事に。

 それどころか、その口元には相手を小馬鹿にするかの様な薄ら笑いさえ浮かんでいる。

 その口が動くのが見えた。

 声は聞こえない。だが、その動きはハッキリとこう伝えていた。

 ”バーカ”と。

 その直後。爆発が起きる。ごおおん、という破裂音に、振動。

 フロアの窓ガラスが粉々に吹き飛び、様々なオフィス機器が飛び出す。

 何もかもがメチャクチャだった。

 ただ一人の例外を除いては。


「くへっ、きったねえ花火だな。無駄な努力お疲れさんってか」


 椚剛はその身に埃一つ付ける事無く、上の階へ続く階段へ歩を進めていく。その目に凶悪かつ不敵な光を漂わせながら。



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