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対決

 時間は少し遡る。

 ネオン煌めく繁華街を駆け抜ける人物。

 見たところは高校生位の少女。黒色の長髪をヘアゴムで纏めてポニーテールにしているのは恐らくは動きやすさを重視したからだろう。実際、その服装も黒いシャツに緑のカーゴパンツで靴はスニーカーといった組合わせ。はっきりいって地味なその装いは目立つのを避ける為であり、その目論みは半ば上手くいっている。ただ一点、彼女の顔立ちを別にすれば。

 少女は所謂美少女という感じでは無かった。だが、童顔で愛嬌のある顔に加え、目鼻立ちがハッキリしており、まるで往年の名女優の若かりし頃の様なその顔は、横切った側から通行人が振り返ってしまう程に印象的だった。

 彼女にはある名前があった、”ファニーフェイス”という裏の世界の名前を。彼女は急いでいた、本気を出せば目的地はすぐだ。だが、イチイチ街中でイレギュラーを使う訳にもいかない。腕時計を確認し、チッ、と小さく舌打ちした。

 ――こちら【ソニックシューター】。配置についた。

 そこに彼女へ通信が入った。

「こちら【ファニーフェイス】もうすぐ配置位置に到着。……ってホントにいいワケ、これで?」

 困惑しながらファニーフェイスは返信した。即座にソニックシューターこと、嘉門恵美から返事が来る。

 ――ああ、そういえばあなたはまだ彼のイレギュラーを知らなかったわね。大丈夫よ、信じて待つのよ。

 ブツッ、という音と共に通信が切れた。あとはタイミングが全てを決めるらしい。

「何だか知らないけど、まぁやってやるわよ」

 ファニーフェイスはボヤきながら目的地へと足を早めた。時間はまだ少し残っているのだから。



 ◆◆◆



「クキャキャキャキャ」

 耳障りで不快感を煽る笑い声が響く。その声の主を聖敬は睨み付ける。だが、返す言葉も浮かばずにくっと呟き、ただ歯を食い縛る。

「さぁ、どうする? 誰を殺す? だ・れ・がいらないんだぁ」

 そんな聖敬の神経を逆撫でするように木島は笑いながら言葉をかける。完全にこの場を支配した余裕からか、もう田島と進士には目も向けない。

 だが、その当人達は動けない。刺されていたからでは無い。

「クキャキャ、何で動けないのか分かんないって顔だな?

 お前ら雑魚には俺特製の【毒】をくれてやったんだよ、たっぷりとなぁ……クキャキャキャキャキャァァァ」

 木島の不快な笑い声が高らかに響く。自らの優位からか、木島は自分の姿を元に戻し、聖敬へと歩み寄ると、

「で、そろそろ一分経つわけだが………答えは出せたか?」

 感情の無い声をかけた。

「……めて……れ」

 聖敬は小さく言った。

「あぁーーん? なんつった? よぉく聞こえなかったわ!」

 木島のボディブローが聖敬の鳩尾にめり込む。

 強烈な痛みが全身を駆け巡り、身体が九の字に折れ曲がる。

「何かよく聞こえなかったわ、もっかい言えやクキャキャ」

 木島はそう言うと聖敬の顎をアッパーでかち上げた。脳を揺らされた聖敬の身体がぐらりとよろめき、尻餅をついた。

「やめてくれ」

 今度は木島のみならず、田島にも進士にもハッキリと聞き取れた。その手足はガタガタと震えていて、恐怖におののくのが見て取れる。

「ハァン? 俺の聞き違いかぁ、何か期待した答えと違う回答が聞こえたなぁ」

 木島はわざとらしく耳に手を当て、聞き耳を立てるような仕草をした。そしていきなり聖敬をまるでボールか何かでも扱うかの様に蹴りあげた。

 ゴロゴロと聖敬の身体が転がっていく。

「何だその回答はよ!! テメェが口にしていいのは誰がいらねぇのかって事だけなんだよ、ガキが!」

 吐き捨てながら更に何度となく聖敬を蹴りつける。その一撃一撃が重い。もしもこの暴行を一般人が受けていたのなら、今頃は間違いなく内臓破裂で死んでいるだろう。聖敬の口から血が滲む。

「いい加減、痛いのはイヤだろぉ、さっさと言えよ、そしたら楽になれるからよ」

 木島は力なく横たわる聖敬を見下ろしながら唾を吐きかける。

 そして、その腹に右足を降ろし踏みつける。


 息が抜ける……苦しい。さっきからの一連の暴行で聖敬はボロボロにされた。これまでの人生でケンカなんて殆どしたことも無かった聖敬に、木島の剥き出しの暴力は只々恐ろしかった。

 だが、屈する訳にはいかなかった、ここで相手の思い通りにされる訳にはいかない。大事な家族、幼馴染み、親友。そのどれもが聖敬にとってはかけがえの無い物なのだから。

 だから吠えた、全力で――根拠なんて当然無くとも。

「皆僕にとってかけがえの無い人なんだ! 誰一人死なせるものかぁぁァァッッッッ」

 木島の苛立ちが頂点に達した。目の前のガキの戯れ言に付き合い切れなくなった。

 チッ、と吐き捨てる様に呟き、これまでよりも強烈な蹴りを聖敬の腹部に叩き込むと、もういいや。と言った。

「くだらねぇ、全員死んじまえ」

 そう言いながら携帯を口の前に動かす。

「や、やめろ……」

「ハァン? 今更遅ぇんだよ、テメェの優柔不断が招いたんだ、諦めな、クキャッッ。おい、殺っちまえ」

 木島の一言は聖敬を絶望へと追いやる。苦悶と、後悔がその表情に浮かんでいく。

(そうだ、その表情だ。お前の絶望を見て見たかった! もっと苦しめ、お前から【全てを】奪ってやる)

 木島は目を吊り上げ、口元を大きく歪めながら言う。

「テメェの大事なもんの最期の叫びを聞きやがれっっっ」

 携帯をスピーカーホンにし、その音を聞かせようとした。

「や、やめてくれ……」

「……クキャキャッッッ、バーカ。今更止まるかよォォォ」



「…………………………」

 だが、向こう側からは何も聞こえない。あまりにも静かだった。

「ん? 何だ。オイ、さっさと殺れ!!」

 木島が思わず、声を張り上げた。

「…………………………………………終わりだ」

 その声は嘉門恵美の物だった。そして――

「ファニーフェイスッッッッッ」

 その声に合わせるかの様に進士がそう叫ぶ。

 その直後だった。

 ゴオオオッッッ。

 炎が巻き上がり、木島の全身を包み込む。

「ぐぎゃああああっっっ」

 木島が地面を転がりながら苦しみ悶えるその様を聖敬が唖然とした表情で眺めている。一体何が起きたのか訳が分からない、状況の変化に頭が追い付かない。

「よっと」

 田島が少し重い足取りで携帯を拾い上げると、聖敬に投げて寄越す。

 聖敬が恐る恐る声をかける。

「無事なのか?」

「ん? 君は……そうか星城聖敬君だね」

 穏やかそうな青年の声が返ってきた。

「心配はいらない、晶さんは無事だよ。君のご家族もね、お父上は少し怪我をしたが心配はいらない。応急処置は済ませたから病院に送るよ。もう気兼ねはいらない」

 それだけ言うと、電話は切れた。田島が肩に手を置くと良かったな、と笑いかける。

「でも、どうして?」

「あぁ、そりゃあ進士の奴のイレギュラーだ」

 聖敬が進士に視線を向ける。進士もゆっくりと起き上がる。

「くそぉっっっ、どういう事だぁ?」

 火が消えたのか木島が割り込んできた。その全身はさっきの炎で激しく火傷を負っている。

「まずは一つ。僕達WGはマイノリティになった人間に対しての最初のケアとして、家族等の保護観察を行う」

「なにぃ」

「当然だろう、お前のような外道が狙うかも知れないからな。つまり、最初からお前の目論みは破綻してた……」

「ふざけんな、なら何で家族やら、幼馴染みのお嬢ちゃんやらは人質になってんだ」

「分からないのか? あの通話はWGの【仕込み】だ。お前の仲間は既に拘束している……」

「……なら」

 ボウン。木島が咄嗟に飛び退くと足元が火に包まれた。

「ファニーフェイスがここに来るまでの時間稼ぎだ。

 …………これが一番いい【流れ】と見たからな」

「流れ? だとぉ……【視えてた】ってのか」

 その問いかけに進士はああ、と返す。

 進士のイレギュラー及びにコードネームは”不確実アンサーテンなそのゼア”。特定の人物に近い未来に起こる出来事の断片を伝えてくれる。あくまでも断片だから具体的には分からないが、これまでの経験則から田島は一連の流れを繋ぎ合わせ、その出来事に対しての対応を行うのだ。

 進士は指で頭をつつきながら言う。木島に見せつける様に。

「お前が【バカ】で助かったよ、予測も単純だったからな。

 そもそも、一般人ならともかく、同じマイノリティに対してお前の毒が全く同じに効くはずもないだろう? その様子じゃ試した事も無いんだな、やっぱあんたバカだわ」

 進士はだから、と言いつつ振り向くと、「聖敬。もう大丈夫だ、お前が苦悩する結末は僕には見えない。だからあいつをぶっ飛ばせ」

 そう不敵に笑った。聖敬が立ち上がる、その目は木島を睨み付ける。


「ふっざけるなあっっっっっ」

 木島は怒り心頭全身をワナワナと震わせながら顔が真っ赤に染まっいく。

 ががああ、と呻きながら自身の身体を変異させていく、

「上等だ、お前ら絶対に……殺すッッッッッ」

 メコメコ……。筋肉が不自然に盛り上がり、服が破けていく。

 肌の色が、黒に変わっていき…………その姿を完全に”蜘蛛”へと変異させた。


「ふざけるな――だって?」

 木島はゾクリと全身に震えが走るのを感じた。

 それは凄味のあるドスの利いた声だった。

 さっきまでの何処か気弱な、まだ向こう側にしがみつこうと足掻いていた少年のそれではもうない。

「僕はこんな力欲しくなんか無かった。突然、人間じゃない存在になって、自分の力が怖い」

「あ? 何だ、自分が怖いってか、笑わせんな。俺はこの能力イレギュラーに目覚めて寧ろ最高だったぜ、これでくだらねぇ奴等をぶっ殺せる様になったんだ、お前もそうだろ? お前の本質も俺と大して変わりゃしねぇ。お前もケダモノなんだからな!

 さぁ、見せろよ、その醜い姿をさらけ出せっッッッ」

「違う!! 僕はお前なんかとは違う。僕のこのイレギュラーは、皆を守る為にあるんだあぁァァァッッッッッッッ」

 叫び声は咆哮となり、聖敬の身体が変異していく、全身の筋肉が隆起し、病院着の袖が弾け、毛髪が伸びていく。

「――――僕は、皆を守る」

 そこに立っているのは”こちら側”へと足を踏み入れた新たな”少数派ケモノ”。銀色の髪と銀色の腕を持つ、云わば半狼の姿の聖敬の姿だった。それは木島とは違い、人間であることを辞めないという彼の思いを表している様だった。

「ガキが! テメェなんざ、簡単に捻り潰してやる」

 醜悪に変化した木島が襲いかかる。その姿は完全に化け物サイズの巨大蜘蛛で、その手足も節くれだっている。辛うじて上半身だけがかすかに人間であった事の名残の様に残されていた。

 槍のようだった手は、か細くなっていたが、その鋭利さは増しているようにも見える。

(僕は何でこんなに落ち着いてるんだろうな)

 聖敬は自分でも驚く程に冷静だった。目前に凶々しさを漂わせた敵の細槍が心臓めがけて襲いかかってくるというのに。

 ビュオン、聖敬はその一撃を躱す。狙いを外した細槍はあっさりと地面に突き刺さった。

 その見た目こそ、以前よりも弱まった様にも思えるが、細槍は瞬時に五百円玉程の穴を開けた所を見るに、貫通力や殺傷力は増している様に思える。

「ガキが! ちょこまか避けんじゃねょ」

 毒づきながら木島の四本の細槍が次々に、聖敬へと向かっていく。上下左右から素早く繰り出されるその攻撃を聖敬は見切ったとでも言わんばかりに避けていく。決して木島の攻撃が遅いのでは無い。イレギュラーにより変異した聖敬の動体視力と反射神経が著しく強化されたからだろう。徐々に細槍の連撃にも慣れた聖敬は躱すのではなく、変異させた右手で次々に弾く。四本目の細槍を手の甲で、受け流しながら間合いを詰めていき――

「でやあぁぁっっ」

 かけ声と共に突き出した。その一撃は腹部に直撃し、およそ五メートルはあるであろう木島の巨体が大きくぐらついた。更にジャンプすると木島の顔面に右回し蹴りを喰らわせた。

 ぐぎゃあっ、と呻きながら木島が倒れ、聖敬は驚いていた。

(これが僕なのか? あんなに大きな相手をこんな簡単に倒せるなんて)


 その様子を見ていた田島がひゅーと口笛を吹く。

「やっぱ、【ボディ】のイレギュラーは強いなぁ、俺もこんなんじゃなくて、もっと戦闘向きのが欲しかったぜ」

 羨ましそうに聖敬を眺めている。それに対して進士は田島に近寄ると小さな声で「一、頼みがある。緊急だ」と囁く様に言い、田島は進士の表情を見て頷いた。


「クキャキャ、ぐわっ」

 木島が再び倒された。今度は顔面に右ストレートを喰らったのだ。すぐに身体を起こし、四本の足で飛び退く。

(至近距離はあのガキの方に分があるって事かよ、ちくしょう)

 口から血の混じった唾を吐き捨て、相手を睨み付ける。

 聖敬が肉薄してくるのが見えた。あの右手の一撃の重さは尋常ではなかった。まともに喰らえば気絶しかねない――それだけは何としても避けなくては。再度右手が突き出される。

 バイン。当てたはずの右手が弾かれる。ゴムか何かの様な弾力と感触。

「くらえやっっっ」

 そこへ細槍が襲いかかった。四本の槍は右手を弾かれ無防備な聖敬の身体をあっさりと刺し貫き、吹き飛ばす。

 激しい痛みが走りながらも、その傷は即座に塞がり治癒していく。

 マイノリティ共通の超回復能力のイレギュラーである”リカバリー”の効力だ。

「こ、これがマイノリティなのか」

 自らの身体に驚きながらも聖敬は再度向かっていく。さっきまでの短い時間でハッキリしたことは、自分の方が接近戦では上という確信。だが、さっきの反撃が何なのかがまだよく分からない。

(でも、ボクに出来るのは前に出る事だけだ)


 一方、木島は想像以上の戦闘力を持った聖敬に驚きを隠せなかった。これまでに何人かのマイノリティと闘った事があったものの、いずれも木島の敵では無かった。

 マイノリティ同士の闘いに於いては、それまでの戦闘経験が必ずしも優位に働くとは限らない。

 イレギュラーによってはそうした経験値をも帳消しにする様な事も有り得る。大事な事は、自身のイレギュラーを”把握”する事。

 一体、何が出来て、何が出来ないのかを理解する事だ。

「クキャキャクキャキャッッ、テメェには俺は殺せねぇッッ」

 向かってくる半狼の少年にそう叫ぶと木島は宙を舞った。

 そして全ての手足を聖敬に向けて繰り出す。

 八本の細槍が次々と襲いかかっていく。常人ならまず回避など出来ない速度の連撃、だが今の聖敬には視えている。その出だしから終息までの全てを研ぎ澄まされた動体視力が捉え、狼のごとき反射神経で躱す。そうして細槍を登り、木島に肉薄した。

 がああ、と一吠えし頭上に構えた右手を切り裂く様に振り下ろした。これ迄の中で一番最速の攻撃。

 だが、その勢いが急激に落ちる。何かに絡まったかの様に。月明かりに照らされ、その何かがうっすらと見えた。

 それは”糸の束”極小の糸が寄り集まり、まるで盾の様になっていた。糸には弾力があり、さっきの攻撃は弾かれ、今の切り裂く様な振り下ろしは勢いを削がれた。

「かかったなぁ」

 木島が不気味に表情を歪めると顎を繰り出す。ハサミのような両顎がこのまま直撃すれば間違いなく身体は両断される。聖敬に回避する術は無い。

 バキャン。

 鈍い音と共に血が飛び散った。

「ぐぎゃあァァァッッッッッ」

 木島が悲鳴をあげる。

「ぼ、僕だってマイノリティなんだ」

 聖敬の左手が右手同様に変異し、顎をへし折ったのだ。

 それだけじゃない、残った顎は空を切った。聖敬が躱したのではなく、違う場所を切ったのだ。木島はギクリとした、下でニヤリと不敵な笑みを浮かべる田島の姿が見えた。

「クソガキが!」

 聖敬の左手が向かってくる。その軌道は自身の顎のそれを追随。糸の盾の防御範囲は顔の周辺。その外を大振りだが、抉る様な左手が襲いかかる。

 バァン。


 左手はそのままあっさりと、木島の頭を吹き飛ばした。

 同時に右手を絡め取っていた糸も消えた。

 頭を失くした木島の巨躯はそのままグラリと屋上に落ちる。

 聖敬も着地に成功。

「勝った」

 そう呟く。即座に田島は「まだだ」と、進士も「気をつけろ」と叫んだ。ハッとした聖敬だったが、一瞬の安堵の為に身体からは力が抜けていた。そこを細槍が一斉に全身を貫いた。

「があぁぁぁっっ」

 そのまま空中に吊り上げられた聖敬は目にした。木島の頭が復元されていくのを。まるで何事も無かったかの様に元に戻っていく有り様を。ゆっくりと八本の細槍が引き抜かれ、聖敬は膝を着く。

「やってくれたじゃねぇか、死ぬかと思ったぜ」

 すっかり元通りに復元された木島のその顔に浮かんでいるのは歪んだ笑顔。変異前の姿に戻るとクキャキャ、とあの不気味な笑いをあげ、聖敬の腹部を蹴る。聖敬は殆ど無抵抗にそのまま転がる。

「な、何でだ?」

 聖敬の傷もリカバリーによって塞がっていく。だが、身体は自由が利かず――指先すら動かない。

「さっきの反省ってやつだ、確かに一本の手から注入する毒じゃ効果は薄いみたいだった。だから【八本】分の毒を注入してやった、流石にすぐにゃ動けねぇだろ? クキャキャキャキャっっっ」

 そう高笑いをしながら木島の猛攻が始まる。

 身体を動かせない聖敬に細槍が次々と突き刺さっていく。両手足に、肩口を貫通。リカバリーによって傷が回復していくがその直後に同じ箇所に傷を上塗りしていく。

 ぐああ、と呻く聖敬を木島は満面の笑みを浮かべながら見下ろしている。

 聖敬の苦戦に助太刀しようと田島と進士が動こうとしたが――木島がおいおい、と言いながら腕の一本でその目の前を削り取り、遮断した。

「今更、邪魔するんじゃねぇ。もっとも、お前らに俺は殺せないんだろうがな」

 そう言って舌を出しながら、クキャキャと勝ち誇った様に笑う。

「とは言え、流石に飽きてきた。そろそろ終わりにするか」

 口を開くと、何かを倒れている聖敬に吹き掛けた。それはあっという間に聖敬のぐるぐる巻きに縛り上げ、その場に転がした。

「う、動けない」

「クキャキャ、その糸はおまえがどう足掻こうが外せやしねぇ!」

 そして簀巻すまきにされた聖敬を蹴りあげると、その身体を再び巨大蜘蛛へと変異させた。

「クキャキャッッ、これから俺が仕掛けるのは幻覚を見せようが、予測しようが関係ないぜ何故なら…………」

 と、木島はその場で大きく跳躍、八本の細槍状の手足をメコメコと関節でも外した様な音を出し動かすと、その全てを下に向ける。

「避けたきゃ避けろ、そしたら【病院ここ】がぶっ壊れるだけだぜッッッ」

 そのまま回転を始めていく。いつの間にか屋上に無数に糸を張り付けており、田島が視界を奪おうが関係無くそのまま突っ込むつもりなのが見てとれた。

「ここをぶっ壊されたくなきゃ、テメェらで受け止めろやっっっ」

 木島はそのまま突っ込む。自身の手足を錐揉み回転させながらの攻撃は、直撃すれば三人を引き裂き、リカバリーすら間に合わない事は簡単に予想出来た。

 それでも田島に進士は逃げない。迷わずに木島の真下に立ち塞がる。自分達を差し出すかの様に。

(このままじゃ二人が死ぬ……動け、動け動け)

 木島はもう何も言っては来ない、だがまるでドリルの様なその回転で聖敬にこう言っている、お前のダチを目の前で殺してやる、と。無力さを噛み締めな、と。

(動け、動け、動け動け動け動けッッッッ!! 今動けなきゃいつ動くんだよ――友達を守れなくて何の為の力なんだよ、いいから動けよおぉぉぉぉっっっ)

 ドクン、鼓動が聞こえ――全身に力が巡っていく。途方もない力が聖敬の全身を駆け巡った。

 そこからは聖敬にも木島にもまるでスローモーションを見ているように思えた。

 二人を引き裂こうと突っ込む木島の視界に映ったのは、疾風の様な速さで二人を突き飛ばす巨大な銀狼と化した聖敬。

 銀狼は一吠えするとそのまま突っ込んでくる。真っ向勝負らしい。

(バカめ、今更何が出来るってんだ? テメェごと挽き肉にしてやるぜっっっっ)

 木島は自分の勝利を確信していた、だが。

 ブツンとした感覚で糸が断ち切られた。いや、”焼き切られた”。あの先読みしているガキが何かを合図したようだ。関係無い。

 このまま突っ込めば勝ちだ。あの狼をミンチにしてそのままこの病院自体貫いてやればいい。

「ガキがッッッッッし…………!!!」

 奇妙な事が起きた。ドリルと化した八本の手足があの銀狼を貫通したはずなのに、”感触”が明らかに少ない。まるでそこにはもういないとでも云うかの――木島は自分がまた目を奪われたと気付いた。その瞬間だった。

 バリバリバリッッッッッ。

 木島は、自分の全身が引き裂かれる様な痛みを感じ、そして理解した。巨大な銀狼が自分の身体を側面からその爪で引き裂いたと、そのまま一気に爪先が自分へと向かってくると。自分が死ぬ?

 そう思った木島が感じたのはマイノリティになってから初めての”死の恐怖”だった。

「ウギャアアァァァァッッッッ」

 断末魔の叫びを挙げながら木島の身体が砕け散った。なまじ回転していたのが仇となり、聖敬の爪先の一撃を全身で受けたのが原因だった。

「やったな、進士」

「あぁ、キヨの勝ちだ」

 銀狼は全ての力を使い果たしたのか、そのまま二人の前に落ちた。それと同時に人間の姿に戻る。

「僕は――守れたのか?」

 その問いに親友二人は大きく頷いた。



 ◆◆◆



「はぁ、はぁ…………」

 ズルズルと身体を引きずりながら木島が動いていた。聖敬の爪先が届く直前に糸を飛ばし、自分の肩から先を離れたビルにまで飛ばしたのだ。リカバリーによって辛うじて全身が復元されたが、もう限界を感じていた。

(だが、奴等は俺があの屋上で死んだと思ってやがる、ここさえ凌げばいい。WGとWDにも死んだと思わせといて、いずれ復讐してやる!!)

 クキャキャと小さく力無い笑いを挙げる木島の目の前に誰かがいる。目を向けると、高校生位の少女だ。

(丁度いい、【腹】が減ってたんだ、この女を喰って体力を戻すか……それ位の余力はある)

 木島はニヤリと笑うと、ゆっくりと立ち上がり、少女に向けて手を突き出す。相手の身体を貫く感触をじっくり味わおうと思った瞬間――木島の手が炎に包まれ弾け飛んだ。

「ウギャアア……あ」

 叫び声の途中で木島の顔面が蹴り飛ばされる。ゴロゴロと無様に転がり、何が起きたのかを木島は必死に考える。

「ったく、これだからあいつらは【アマチュア】なのよ。こんな蜘蛛のバケモノ一匹ぶっ殺せてないじゃない。詰めが甘いのよ」

 そう口汚く言ったのは目の前の少女だった。

「なんだ、テメェはなんだよおぉぉぉぉ?」

 そういいながら木島は気付く。あの時、見えない距離から炎をぶつけたり、張り巡らせた糸を焼き切ったマイノリティがいた事を。それが目の前にいる少女なんだと。

「や、よせ……やめ…………」

「…………ハイハイ、アタシも暇じゃ無いのよね。だから……」

 パチン、少女は指を鳴らす。木島は一瞬で炎にその全身を包み込まれる。

「ウギャア」

 悲鳴をあげる木島を冷たく覚めた目で見下ろしながら少女はゆっくりとした仕草で手をかざすと、そこから”炎の槍”を放つ。その槍は木島を身体をあっさりと貫きながら激しく燃え盛り――数秒程で消し去った。

「さっさと死にな。くそ野郎」

 少女――ファニーフェイスはそれだけ云うとその場を後にした。



「こちらファニーフェイス。始末したわ」

 ――御苦労様でした。

 返事を返したのは、青年らしき声。

「にしてもよかったワケ? あんな甘ちゃんをこっち側に引っ張っちゃってさ?」

 ――我々にはもっと戦力が必要なのです。日常の世界を守る為にも。あの木島秀助はWDから除名されましたし、丁度いい実戦相手だった。貴女から見て、彼はどうでしたか?

「性格はともかくとして、鍛えれば戦力にはなるんじゃない。アタシには及ばなくても、そこそこには」

 ――なら充分です。私が彼に会って話をすることにします。今日はお疲れ様でした。

 そう言うと通信は切れた。相手はつい数時間前にこの街に着任したばかりのWG九頭龍支部支部長である井藤謙二。まだ二十歳かそこららしいが、日本支部からここに来たらしい。

(どんな奴かと思ってたけど、またまたとんだ食わせ者みたいね。

 まぁ、いいわ。この街にはそんな奴がよく似合うから)

 フフ、と笑うと少女は街に中に消えていった。

 こうして、聖敬にとって長い夜は終わりを告げた。








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