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変わった世界――The strange world  作者: 足利義光
第五話 変わった世界――The strange world
58/121

戦略物資

 

 九頭龍、その港湾地区の一角。

 そこの現在、新型の発電機の稼働待ち中の火力発電所の敷地内。

 その場所は一般人はまず入るのは不可能なある種の要塞。

 そんな所を蠢く者がいる。

 彼らは、夜陰に紛れて発電所へと侵入する。

 彼らの目指すのはある組織の研究施設。それがこの火力発電所の新型発電所の一角に存在するのだ。

 無論、普段であれば警戒は厳重で、おいそれ近寄る事すら困難な場所だ。

「しかし本当に大丈夫なんですか?」

 そんな中で、蠢く彼らはいずれもその姿をハッキリとは映し出さない。その姿は、良く良く目を凝らしていなければほぼ認識すら叶わないだろう。精々が一瞬、景色が揺らいだ様な気がする位で。

 その正体は、熱光学迷彩、いわゆるステルスである。

 各国は表にこそ出さないし、口にもしないが既に一部の国家では、実用化寸前にまで開発は進んでいるこの装備によって彼らの姿はほぼ見る事は叶わない。

 無論、熱探知装置であれば視る事は可能ではある。

 だが、非常時でもない今、そんな物を持ち出す者はおらず、警備員達は一人、また一人と排除されていくのみ。

「がっっ……」

 口から血の入り混じった泡を吹きつつ、微かな喘ぎ声を洩らした警備員はそのまま事切れて糸の切れた人形の様に崩れ落ちる。

 死因は腎臓に突き立ったコンバットナイフによる臓器損傷と出血性ショックだろうか。

 物言わぬ骸を姿なき何者かが物陰へと運び出す。

 ガ、ガガ。

 マイクを入れた際のノイズ音が入り、通信が入った。


 ――こちらアルファ2。障害の無力化に成功。

「了解、アルファ3はどうだ?」

 ――アルファ3、同じく障害を排除。隠匿済みだ、オーバー。

「ではそこにて待機、もしもの際には援護を頼む」

 ――了解。

 ――了承した。


 通信はそれで途切れ、その場には今、通信をしていたリーダーらしき男とその部下三人が残された。

 既に熱光学迷彩は切っている。

 これは長時間連続使用に少しの問題がある為なのと、今から入る施設内には警備員も研究員等もいないのは確認済だからだ。

「よし――やれ」

 リーダーがそう命令をすると、部下の一人が肩から下げていたショットガンを取り出すと迷わずにドアへ発砲。

 ガアアアン、という轟音と共にドアノブは吹き飛ぶ。


「な、んんだ」「ふぁーーん?」

 その音に仮眠を取っていた警備員二人が目を覚ます。

 だが、彼らが起き上がる事はもう叶わない。

 飛び込んできた二人の男が構えたアサルトライフルから放たれた無数の銃弾をその身に受けて何も出来ないままに、その命を刈り取られる。消音装置により最低限の音しか周囲には洩れ聞こえない。そもそも周囲には誰もいないからこその凶行だ。

 ピく、ピくと辛うじて動いているがほぼ即死。

 問題ない。

「クリア」「同じくクリア」

 リーダーは詰め所に入ると、壁にかけられた無数の鍵の束を無造作に取る。

「行くぞ」

 そう声をかけると、迷う事なく施設の奥の建屋に踏み入れると、その地下階段を降りていく。

 彼らが受けた任務はこの発電所にあるはずの物資の奪取。

 詳しい情報は軍の機密らしく聞かされてはいないが、軍にとっては魅力的な物資らしい。

 予めその物資がある部屋のカードキー自体は事前に所得しており、彼らがこうして警備員を皆殺しにしてまで得たかったのは、先程の鍵の束に他ならない。

 地下階段は螺旋状に伸びており、彼らの想像以上に深くへと誘われる。

 暗視装置(ナイトビジョン)を装備していなければ視界の確保は到底望めなかった事だろう。それ程に深く暗い。そんな階段で聞こえるのはカツン、カツンというコンバットブーツと彼らの息遣いのみ。

「まるで地獄へと降りてるみたいだな、はは」

 それは重苦しい不安を紛らわせる意図で言ったであろう軽口だが、それを笑って流す様な余裕を今の彼らには望むべくもない。

 誰もが心の奥底で、同様の事を思っていたのだから。


 時計の時間表示を確認する。

 十二分、それが奥底に辿り着くまでの所用時間であった。


 分厚い鋼鉄製の扉が彼らの行く手を遮るかの様に立ち塞がる。

 扉の右端に、操作パネルがあり、そこにはカメラが備え付けられている。

 リーダーが背負っていたバックパックからタッパーらしき容器を取り出すと、その中身を取り出す。

 するとカメラから無数のレーザーのような光が照射される。

 その光が照射される先にあるのは何か、光を反射する物であった。それは楕円形をした硝子のような光沢を持った硝子玉にも思える。だが無論、それは硝子等ではない。

 それは眼球であった。

 この扉は網膜スキャンにより、厳重にロックされておりスキャン可能なのは登録された研究者のみ。

 だから前もって”持ってきた”のだ。慎重に視神経を傷付けない様に最新の注意を持って丁寧に。

 スキャンが終わったらしく、パネルがピピ、と反応。

 すると、ゴゴゴ、とゆっくりと鋼鉄の扉が開いていく。


 思わず、おお、と言う声が洩れる。

 分厚い鋼鉄製の扉が開いた先にあったのは、発電所には似つかわしくない無数の実験用の機器であった。

 明らかに有毒性のある薬品も棚に陳列されていて、この地下がブリーフィングでの話の通りにWDの研究施設であった事を裏付けていた。


 だが、彼らの目的はここより更に奥。

 慎重に、罠の有無を確認しつつ、慎重に奥へと進んでいく。

 そうして、次の扉の前に立つ。


 今度は一見すると単なる扉に見える。

 だが、それは違う。

 事前に得た情報によると、何も知らずにカードキーを使わずに開けばレーザーが照射される仕組みで、溶けたバターのように成り果てるのだそう。

 カードリーダーを探すと、扉に備え付けではなく、側の棚に置かれて降り、扉の仕組みを知らなければまず気付かない事であろう。

 ジジ、という読み込み音のあと、カードリーダーの緑のランプが赤に変わり、ガチャリ、と鍵が外れる様な音が扉の向こうからした。


「よし、行くぞ」

 その声と共に彼らは二つ目の扉も越え、三つ目の扉を前にしていた。

 三つ目ごくシンプルな設定だ。

 何せ単なる鍵で開けるというモノなのだから。

 だが、そこに落とし穴がある。

 何せ、鍵穴が少なくとも左右上下に合計八つ。

 しかも、鍵穴のサイズは別々。

 それを、さっき入手したばかりの鍵の束から探さなければいけないのだ。

 それはあまりにも原始的な、だが、時間と手間のかかる開錠方法であった。

 その上、問題はもう一点。

 その鍵を同時に開錠しなければならないのだ。つまりは八つ同時にだ。

 だからこその人数であった。彼らの人数は六人。見張りに二人、そしてこの場にいる四人の合計六人。

 だから彼らにとっての差し当っての問題はたった一つだけ。鍵穴と鍵を見つける事であった。


 数分後、


 左右両手に一個ずつ鍵を挿入、あとは合図と共に回すのみ。

「カウント、一、二、三————!!」

 リーダーの合図で八本の鍵が同時に開かれる。

 ガチャ、

 そして最後の扉が解き放たれた。


 すると同時に、四人が感じたのは猛烈な”熱気”だった。

 温度は五〇度はあるだろうか。熱光学迷彩は便利な代物ではあったが、長袖で少し重い。既にじっとりと汗をかいていた彼らは、今から更に汗をかくのか、と思うと内心嫌気が指していた。

 少しばかりの逡巡の後、四人は室内へと足を踏み入れる。


 その室内は奇妙だった。

 ここにあるのは軍事的に利用可能な”戦略物資”だと聞いていた。

 だが、目を凝らしてもそれらしき物が見当たらない。

 目に付くのは、大量の飲料水の入っていたらしき容器が転がっている事位か。

 目を凝らすと、椅子が一脚倒れている。

 それは奇妙な椅子だった、背中の部分に無数の穴が開いている。

「ん、何だこれは?」

 隊員の一人が頭上から伸びる幾重ものコードを見出だす。

 先端は鋭利に尖り、ポタポタ、と赤い滴が垂れている。

 そう、倒れている椅子を中心に、幾重ものコードから滴が垂れ落ちている。ついさっきまでここで何かが行われていた様に思える。

 ゾクリ、とした悪寒が背中を駆け抜ける。


「全員、油断するな」

 リーダーは感じていた。何か嫌な予感を。それもとてつもなく嫌な予感をだ。

 願わくば何事もなく、任務が終わればいい。誰もがそう思っていると同時に、感じていた。

 それは彼ら部隊が数々の修羅場を潜り抜け、いつしか身に付けた生存本能。

 だから彼らは無言で手にしていたアサルトライフルを構える。そこにいるかも知れない、……いや間違いなくいるはずの、何かに対して。


 果たして、彼らのその本能に基づいた考えは正しかった。


 数秒後、室内にて耳をつんざく様な銃撃音と光が輝き、すぐに途絶えた。

 彼らはその戦略物資に命を絶ち切られたのであった。



「うーー、やっぱりいい物だな。シャバの空気ってのは、な」


 彼は解放された。かれこれ数年振りに外に出る。

 ギョロギョロとした目で周囲を見回す。

 上半身は裸、細身だが鍛えられた筋肉を纏い、下はカーキ色のズボンを履いて、足元は如何にも安そうな便所スリッパ。

 その赤髪は腰にまでかかっている。

「まぁ、折角の自由だ。受けた借りは返さないと、な。九条さんよぉ」

 こうして彼は、WDエージェントくぬぎごうは数年振りに解き放たれる。

 その目に激しい怒りを宿らせた危険人物は、かくして野放しになった。


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