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変わった世界――The strange world  作者: 足利義光
第五話 変わった世界――The strange world
56/121

覚悟の時part1

 

「はぁ、」

 聖敬は思わずため息をつく。

 外はすっかり夜の帳が落ちていて、街灯がポツポツと点灯。その周りにたくさんの羽虫が飛び交っている。

 時間にして二時間。だが今の彼にはその時間表示は嘘っぱちで、一晩経過していたとしても違和感を覚えなかった事だろう。

 それ程に酷く疲れていた。

 それ程に聖敬にとって、それは重い話だった。



 ◆◆◆



 二時間前、まだ夕方前。


 西島迅の話が続く。

「簡単に言うと、だ。僕は、WGにもWDにも顔が利くって事。

 つまりは双方に伝手を持っているのさ、理由は……」

「菅原日本支部長と九条羽鳥の双方との折衝に必要だから、ですか?」

「うん、美影さん。君は察しが良くていい。

 そうさ、僕の……晶の身の安全の為にはどうしても必要な事だったんだ。僕は晶には自分が他人とは違うだなんて思って欲しくなかった。自分も皆と一緒だと思って欲しかったのさ。

 だから、【記憶を改竄した】んだ。この手で、たった一人の妹の記憶をだ。最低だよ、本当に」

「いえ、手法はどうあれ仕方ない部分もあります。あのイレギュラーは余りにも、その得体が知れない。

 間違いなく、消耗も激しいはずですし、暴走したりでもしたら」

 美影はそう言いかけて、顔色を悪くした。

「…………」

 そんな迅と美影の話の中、聖敬は何も言えなかった。

 それどころではなかった、とも言える。

 何故なら今、彼の周辺の世界は足元から崩れつつあったのだから。

(何も知らなかった、僕だけがたった一人)

 そう、何も知らなかった。

 ずっと一緒だった幼馴染みの少女がマイノリティだと思いもしなかった。

 何も知らなかった。

 ずっと妹だと思っていた少女が、マイノリティだと思いもしなかった。

 自分にとって大事な存在がマイノリティだったというのに、何も知らずにいた。

 自分だけが何も知らないままに、蚊帳の外だったという事だろうか。

 虚ろなその視線は妹だと思っていた少女へと、凛へと向けられている。

「………………」

 血の繋がった妹だと、そう思っていた少女は黙して語らないままだ。

 WDに所属している、にわかに信じたくない話だった。それはつまりは、WGに協力している以上は、時と場合によっては兄妹で戦わねばならない、そういう事なのだ。

(僕には戦えない、無理だ。でも凛にはどうなんだ? 戦えないのか、それとも……)

 そんな事を考えては、その都度かぶりを幾度も振って……葛藤していた。


 そうした聖敬の思いを読み取ったのだろう、迅は問いかける。何処までも優しい口調で。

「聖敬君、君が混乱するのも無理なき事さ。これまで信じて来た世界に裏切られた気分かも知れない。

 でも、大事な事は一つだけだよ。

 君にとって、晶はどんな存在なんだい? 凛ちゃんはどうなんだい?」

「それは………」

 分かり切っている事だというのに思わず言い淀む。

 今までならば「ヒカは僕の幼馴染で、凛は妹です」と、そんな当然の、別段何も難しくも何ともない言葉が口から出せない。

「すまない、君は動揺しているはずだ。そんな状況で聞くのは卑怯だよね。

 それで、恐らくこれからWGにせよWDにせよ必ず晶を狙おうとする動きが出てくるはずだ。

 だから、しばらくの間でいい。君達は何もしないで欲しい」

「え……?」

「ここから先は大人の汚い戦いってヤツだからね。君達を巻き込む訳にはいかないよ、いいかい?」

「アタシはお断りよ」

 即座に美影はその提案を一蹴、それどころか今にもその提案者へと掴みかかりかねない勢いでテーブルを叩く。

「そこのヘタレは足手まといだから同感だけど、アタシは引き下がらない」

「いいのかい? 場合によっては身内をも敵に回すんだよ?」

「敵とか味方とかは知ったコトじゃないわよ。アタシは晶を守る、ただそれだけ」

「それが【任務】だからかい?」

「バカにするな!! 友達だからだ。晶は、あの子はアタシの初めての友達なんだ、だから何があっても絶対に守ってみせる」

 美影の剣幕に聖敬はただ圧倒される。そこに理屈も何もない、ただそうしたいからそうする。普段の口は悪くとも冷静な彼女はそこにはいない。いるのはただ友達を心配する一人の勝気な少女だけ。

「アイツも幸せ者だな。ここまで心配してくれる友達がいるなんて、ね。

 分かった、そこまでの覚悟があるのだというならついて来て貰うよ。でも、」

 今日は遅いからもうお開きだ、と言われ、話し合いはそこで終わりを迎えた。


 ◆◆◆


 そして現在、


 美影は一人先に帰り、聖敬は妹の凛を外で待っていた。何でも聞かせられない話、だそうだから。

 待ったのはせいぜい一分程度だったか、彼女は出て来た。

 家は隣、たったの一〇歩もあれば帰れる。

 だけど、二人は足が向かなかった。

「クソ兄貴、ちょっといい?」

 提案してきたのは凛からだった。二人は散歩に出た。家には少し遅れる事を聖敬が連絡をしたので問題はない。むしろ母親である政恵は「あらあら、いいじゃないの」と喜んでいた位だった。

 どうやら、二人が仲良くしているのだと思い、嬉しかったのだろう。


「…………」「…………」

 その道中、二人は何も話さなかった。少なくとも聖敬は何とかキッカケを待った。だが、凛からはそんな雰囲気はそういう雰囲気は全く無く、気が付くと二人は九頭龍児童科学館へと足を運んでいた。

 ここは子供の頃から何度も遊びに来た二人にとって馴染み深い場所。

 同じ敷地内には、イベント用の大ホールや図書館、それからプラネタリウムなどがあって、何度も利用して来た。

 口を開いたのは凛からだった。

「ここに来るのも久し振りだね」

「ああ、そうだよな。どの位ぶりだろうな?」

「さぁ、多分三年くらいじゃないの。二人でここまで来るのはさ」

「そっか……」

 図書館と大ホールを前にして水を噴き上げる噴水を前にして、

 再び二人の間には重々しい沈黙が流れる。

 半円状に広がった広場を囲む様に立つ無数の外灯がそのうっすらと周囲を照らし出した。

 普段であれば、少し遅い時間であってもまだ図書館やホール周辺にはスケボーやダンスの練習をする人がいるはず。だというのにそういった人が今は誰もいない。いや、そもそも気配すらない。これは明らかにおかしかった。

「……ん?」

 聖敬は今に至って理解した。いつの間にか、凛がフィールドを展開していたらしく、それで人気が無くなったのだと。

 そして同時に、

 凛からは殺意にも似た雰囲気が漂ってくる。

 以前なら分からなかっただろうが、今なら肌で感じる。

 そして理解出来る。妹は強い、のだと。それも半端なく、だ。

 凛は静かに言った「クソ兄貴、来なよ」と。

 その目は彼女が”本気”なのだとはっきりと伝えている。

「…………」

 だが、聖敬は動かない。いや、動けない。

 どういう事なのか理解出来ないから。

 何故、凛に戦いを挑まれるのかが分からない。

「いいから来なよ、じゃないと――」

 そう言うや否や、

 キィィィィン、という耳をつんざく様な高音。

 そして聖敬の身体は後方へと吹き飛ばされていた。

「ち、浅い」

 凛は思わず舌打ちした。

 聖敬が咄嗟に後ろへと飛び退いたのに気付いたからだ。それを証明するかの様に明いての身体は反転、後退りながら着地する。

「く、うっっ」

 とは言え、思わず聖敬も呻く。

 まるで見えない鉄球で殴打されたかの様な、鈍痛が胸部を襲ってきたからだ。

 息も苦しい事から恐らくは肺にもダメージが入ったらしい。

 喉を熱い血潮が駆け巡り、口から滲み出す。

「流石にタフだね、激怒ラースストライクって名は伊達じゃないか」

 凛もまた、距離を取る。聖敬の脚力であれば、ものの一瞬で一〇メートルそこらの距離など無いのに等しい。

「よ、よせ。な、……んでぼくらが……たた、かうんだ?」

 息も絶え絶えに聖敬は問いかける。

 凛は答えない。いや、違う。

 彼女は、聖敬の顔を見ない。そうして何秒かが経過して、ようやく返事を返す。

「あんたは……知らなくていい――」

 たったそれだけの言葉だった。それだけ言うと凛は再度逸らしていた視線を向ける。

 そして、

「覚悟を決めろ! 星城聖敬ッッッッッ」

 そう叫びながら”音”を放った。


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