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変わった世界――The strange world  作者: 足利義光
第五話 変わった世界――The strange world
55/121

直下

 

 それはまさしく電光石火と言うべき行動であった。

 井藤を彼が拘束してから経過した時間からおよそ三〇分。WG九頭龍支部に小宮が姿を見せたのは。

 その姿を目にした支部の誰もが驚愕する。

 死んだはずの前任者が、いきなり自分達の目の前に姿を出しているのだからそれも無理もない話であろう。

「小宮支部長、生きておられたのですか」

 副支部長である家門恵美がそのまさかの来訪者に対応をする。

 あくまでも冷静、だが、何か不穏な気配を感じたならば迷わずに拘束するつもりだった。

「うん、何とかね。この通りに」

 小宮の表情、言葉の端々に仕草等を観察する。

 その上で彼女は目の前に立つ人物はかなりの確率で小宮和生本人である、と結論を出していた。

(でも、念の為に)

 そう思った家門は小宮に彼がお気に入りだった銘柄の煙草を差し出す。

「驚いたね、まさか僕の好きな銘柄を知ってたなんてね」

「いえ、自分の元上司の趣向位は把握していますので」

「はは、これは手厳しい」

 苦笑しつつも箱から一本取り出すと、小宮は喫煙室スペースへと足を運び、家門もそれに続く。


「さて、と。……じっくり腰を据えて話そうか」

 ベンチは喫煙スペースの狭さと相まって如何にも所在無さげに備え付けられている。

 そこに腰掛ける小宮は周囲から隔絶されたかの様な灰色のマジックミラーを指先でなぞりながら、はは、と笑う。その様子も家門が知る限り間違いなく小宮和生当人であった。

「ああ、相変わらず固いベンチだよね……ここは」

「予算削減の一環ですので、それにその件を決定したのは小宮さんでしたが」

「ああ、そういえばそうだったね。はぁ、……何でサインしちゃったのかなぁ僕」

 居心地悪そうに頬を掻く小宮からはほんの三ヶ月少し前までここの責任者だったという威厳など微塵もない。

 家門も思わずかぶりを振る。そういえばそうだった、と思い返す。

 小宮は仕事の際には極めて優秀だ。だが、それはあくまでも仕事の際の話。

 一旦仕事を離れた後の彼は今の様に脱力しきった姿を見せるのだ。

 その仕事時とのあまりのギャップの違いに支部の面々への影響をおもんばかった家門は苦肉の策として、この九頭龍支部の最上階、まだ用途が決まっていなかったフロアを彼の居住スペースとして使う事を提案、そしてそれを実行に移した。

 結果として小宮のだらけきった言動の余波をこうして最低限の露出で抑え込んだ事を思い出し、それまでの前任者のフォローに駆け回った日々を思い出すと、冷静な彼女であっても苦笑する他なかった。

 その後、護衛の観点から支部の主要な面々、つまりは家門や林田由依等がこの支部内に居住する様になり、現在へと至る。


 家門がポケットからジッポライターを取り出すと元上司の煙草に火を付ける。

「おお、これは有難う。まだまだ病み上がりって事でさ、喫煙するなって言われてたからライターとかも持っていなかったんだよ」

「いえ、それよりも本題に入りませんか?」

 家門は確信していた。今、この上司だった男は何かを目論んでいるのだと。

 普段こそ冴えないが、仕事に於いて彼は決して無駄な事はしない事を。彼女は察したのだ、彼が何かを待っているのだと。

 談話をしながらも、そして伏し目がちでこそあったが、一瞬見えたその目は笑ってなどいなかった事を見逃さなかった。

 そしてその事を見られたのだと小宮が理解するのに然程の時間は必要ではなかった。

「ああ、そうだな。単刀直入にいくよ、…………この支部にいるある人物の身柄を預かりたい」

 途端に目付きが変わる。さっきまでのだらけた雰囲気は何処に行ったのか、まるで別人の様な鋭い雰囲気を醸している。

 この雰囲気を家門は幾度も目にしてきた。

 彼がこの雰囲気を醸すのは、大事な交渉が大詰めの時である。

 つまりは、今、間違いなく何かを進めてるのだ、目前にいる男は。

「何の事を仰っているのか分かりかねます」

「はは、君も強気だね。分かっているだろう? この支部が総力を挙げて身の安全を、監視を続けていたあの少女。

 そう、西島晶を預けてくれないかな?」

「お断り致します」

「身も蓋もないなぁ。うん、これは困ったね。

 僕としてはここにいる皆は身内も同然だから、事を荒立てるのはなるべく避けたかったのだけどね」

 その瞬間であった。

 家門の右手に、リボルバーが発現。その銃口は寸分の違いもなく目前の相手の眉間へと突き付ける。

 まさしく最速の射手――ソニックシューターの名に恥じない早業であった。

「おいおい、待つんだ」

「黙って下さい。貴方が何を考えていても関係有りません。ここで身柄を拘束させて頂きます。

 もしも下手な動きを取るならこの場で撃ち抜かせて貰います」

「はは、参った参った。そう言えば君はそういう性質たちだったよ。失念していたよ、いや参ったな。

 でも、いいのかね? こんな強硬手段に出てさ」

「もしも何かの手違いであって、私に非があるのであれば後で幾らでも謝罪します。ですが、今は別です。

 緊急性の高い事態が起きつつあると想定します。ですので非常手段に訴えさせて頂きます」

「うんうん、実に冷静だ。全く動じずに銃口を僕の眉間からずらす事もない。本当に有能だと言えるよ。

 実に羨ましいかなぁ、……でもさ。いいのかね?」

 と同時にだった。

 チャイム音が鳴り響く。

 ガガ、という院内放送のマイクのスイッチが入る。


 ――WG九頭龍支部の全職員に告げます。抵抗は無駄です。

 繰り返します、抵抗は無駄です。武装解除の手順マニュアルに従い、行動して下さい。


 ざわつく声が聞こえる。

 無理もない。いきなりこんな院内放送が入れば驚いて当然だろう。それも声の主は間違いなくこの支部の広報担当。

 つまりは身内からの通告であったのだから。


「との事だよ、どうするかね?」

「く、……」

「躊躇している暇などないよ」

 その小宮の声に呼応するかの様に、今度は無数の足音が近付く。

 そして、そこに姿を見せたのは警備担当の面々。

 彼らは戦闘用の装備を纏った上で銃口を二人に向ける。

「家門さん、今すぐにその銃をしまってください」

 警備主任はそう通告してきた。

「さて、という事だ。従った方がいいよ」

「…………」

「ふむ、もう一手かな。<連れて来なさい>」

 その最後の声。

 再度、チャイム音の後に院内放送が入る。


 ――ごめん、捕まっちゃったよーーー。


 その声は通信及びに暗号解析担当者にして、家門の親友でもある林田由依で間違いない。


「由依? く…………」

 これがダメ押しとなった。

 家門のリボルバーは即座に消滅。家門は項垂れたまま警備担当者達に拘束される。


「正しい判断だよ」

 小宮は紫煙を吐きながらそう言った。

 そのまま家門は小宮と共にエレベーターに乗せられると、地下へと連れていかれる。

 行き先は分かっている。

 マイノリティ用の拘束室。


 拘束室は小さな三畳程の小部屋で、そこに一人ずつ収容する。

 全部で一〇の部屋があるのだが、どうやら一部屋しか開いていないらしい。

 一番奥が家門の場所らしい。

 その途中、三つ目の部屋にいたのは病院で寝ていたはずのベルウェザーことエリザベス。

「ああ、彼女は危険だからね、事前に運ばせて貰ったよ。一時的措置だ」

「…………」

「ああ、もう分かっているだろうがここから逃亡しない事だよ。

 拘束室はマイノリティ対策はされているが、それでも完璧な物など無いのだからね。逃げられると余計な負担が皆にかかる。

 だからね、懸命な判断を頼むよ」

「……どれだけの味方を潜ませていたのですか?」

 家門の疑問はそこに尽きた。これだけ手際良く事を進めたのだ。少なくない人数が前任者に従って行動していると考えるべきだった。

「多くはないさ、三割といったところだ。

 それにこの際だから教えておこう。

 彼らには【以前】からこうした事態に備え、計画書を渡していた。事が起きた時の為にね。

 その上で、あとは彼らに【実行】させるだけ。簡単な事さ」

「【接続アダプト】で指示したのですか? ですが、あれは一人にしか」

 アダプトとは、小宮のイレギュラー。彼の思念を対象者に送る一種のテレパシー。彼女が知る限り対象者は一人のみ。

 ここまでの手際を考えると誰に”接続”したというのかが分からなかった。

「ああ、一人というのは【嘘】だ。実際には多人数に送れるよ。

 無論、人数が増えればその接続状態は悪くなるし、長時間繋げもしない。ほんの一言二言だけしか言えないよ。【実行だ、とね】」


 家門は嘆息する。完全に負けた事を理解した。

 相手は手の内をずっと隠してきたのだ。その上で準備をしてきたのだろう。それも恐らくはかなり以前から。


「心配はいらない、ほんの僅かな時間この支部を貸してもらうだけだよ。余分な犠牲は必要ない事だし」

「ですが、確実に支部の機能は低下します。WDがそれに気付いたら……」

「その点も抜かりはないさ、言っただろう? 余分な犠牲を出す気はないって」

 それが最後だった。

 家門は拘束室に入れられ、部屋はロックされる。

 そして、この時をもって九頭龍支部は、指揮系統を失ったのであった。


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