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変わった世界――The strange world  作者: 足利義光
第五話 変わった世界――The strange world
54/121

急転

 

 コホン、と一つ咳払いをして小宮が話を切り出す。

「まず、最初に。私が目を覚ましたのはほんの二週間前なんだよ」

「…………どういう事です?」

「言ったままの意味だよ、それまで私は意識不明のまま入院していたのだ」

「…………」

 井藤は無言のまま先を促す。

「事の起こりはあの日だ、私がバスで襲撃されたあの日から始まった。

 私はあの日、ある場所で、もう知っているだろうがWDの九条羽鳥と会談をした。

 その数時間前、その為の準備をしていた際に一通のメールが届いた」

「メール、ですか?」

「ああ、そうだ。そのメールにはこう綴られていた。【貴方は命を狙われている】とね。だから今日の【会談】は延期して欲しいとね」

「!!」

「ま、そういう事だよ。私は何処の誰かも知れない何者かの警告をタチの悪い悪戯程度の事だと思い、捨て置いた。

 何せ会談が決まったのはそのメールが届いて数十分だったからね。WG支部の存在を知る誰か、同類からの悪戯だと思ったのさ。

 ま、その結果があのザマだという事だよ、お恥ずかしながらね」


 小宮はあくまでも淡々と話す。自身が死に瀕した話であるのに、彼の言葉には一切の同様どころか、感情の波もない。

 確かに、以前からそうだった、と井藤は思った。

 この元企業人は昔から交渉を様々な相手と重ねてきたそうだ。

 一見すると温厚な人物。だが、彼が支部長としてやり手であるのを井藤はよく知っている。

 新任支部長である井藤が曲がりながりにも、この九頭龍支部を管理出来ているのは、前任者、つまりはそこにいる小宮が構築した支部の運営マニュアルがあったからだ。

 その運営マニュアルには九頭龍に存在する様々なマイノリティ関連の組織や企業、そこの重要人物について詳細なデータが用意されていた。

 それを元に様々な組織等に対応する事で支部の運営は捗る。

 井藤もあちこちの支部に滞在した事はあったが、少なくとも九頭龍支部程にキッチリした運営マニュアルはなかった。

 顔見知り程度の付き合いではあったが、このマニュアル一つ取っても小宮が優秀な人物だった事は疑いようもない。


「では、なぜWGに戻らないのですか?」

 それこそが一番の疑問だった。

 二週間前に意識を取り戻したというのなら、何故自身の生存をこれまでまでに知らせなかったのか?

 命を狙われたのを理解していたのであれば尚の事、すぐに自身の身の保護を申し出なかったのだろうか?

 思わず、疑いの視線を向けていたらしく、小宮は苦笑していた。

「これは、失礼しました」

「いや、君の疑念は当然だろう。……何せ二週間前私は幽霊だったのだからね。立場が逆なら私も君を訝しんでいただろう」

「そう言って頂けると助かります」

「まぁ、ちょっとした休暇みたいなモノさ。それに気になっていた調べものも捗ったし、有意義な時間だったたかな」

 さて、と言いながら小宮は立ち上がる。

「君には感謝しているよ。この三ヶ月……よく幾度もの事件を収めてくれたね」

「いえ、当然の事です」

 井藤の言葉を受け、小宮は不意に背中を向ける。

 そして、一拍の間をおいて言った。

「だから、どうだろうか。ここいらで【退場】願えないかな?」

 その言葉を聞き、井藤が危険を察知した瞬間であった。

 ピスピス、という空気の抜けた様な音が聞こえた。

 直後に背中に無数の痛みが走り、全身から力が抜け落ちる。

 背中には小さな針状の弾丸。

 WG仕様の麻酔弾ならぬ麻痺弾である。

 毒を身体に溜め込んでいる井藤に対して、薬効作用はあまり効果を持たない。

 そうした相手を見越して開発されたこの麻痺弾は薬剤による麻酔ではなく、針の先端から電流が流れる事で効果を発揮していた。

 微弱ながらも、無数の電流が断続的に身体を駆け抜ける事で全身を弛緩させ、動けなくする。

「うう、くっっっ」

 呻く事しか出来ない。

 イレギュラーを、毒を扱おうにも、断続的に流される電流により意識が途切れそうになり、呼吸が乱れ、集中出来ない。

「無理はしない事だよ。それに、これ以上手荒な真似は避けたい」

 そう言いながら小宮は懐から伸縮性の特殊警棒を取り出すや否や、井藤のこめかみを強かに一撃、強打した。

「…………ぐ」

 それがダメ押しとなり、井藤は完全に意識を断たれ、倒れた。

 その様子を見届けた小宮はピイッと、口笛を鳴らす。

 それを聞き、戦闘服姿の集団が姿を見せると、井藤を拘束する。

「さて、まずはトップを押さえた。次に行こうか。

 速度が大事だからね、こういう事は」



 ◆◆◆



「簡単に言うのなら、晶のイレギュラーの性質は【世界に繋がる】というモノだ」

「世界に繋がる……迅さん、それどういう事ですか?」

「うん、そうだな。精神的な世界、だとでも言えばいいのかな。

 あくまでもこれは、予測なのだけどね。

 何といっても実際の所は誰にも分からない。

 でも、何となくは理解出来るとは思うよ、何せ君らは晶が何をしたのかをその結果を見ているのだから」

「でも何て言えばいいか……」

「見ただろう? 妹は一度はこの世界から失われた肉体モノを引き戻した」

「それは…………そうですけど」

「星城君、諦めるのね。そうとでも考えないと、一度に数千もの人を元に戻すなんて事なんか起こり得ないわ」

「美影さんだったね、君は理解が早くて助かるよ。

 でも、聖敬君。君が困惑するのもよく分かるよ。何せ世界に繋がる、【干渉する】なんていうイレギュラー存在を素直に受け入れろなんて言われても、そうそう納得出来る筈がない。

 だけど同時に分かるだろう? …………晶が何故マイノリティである事をずっと本人にも、周囲にも隠してきたのかは?」


 迅の問いかけに聖敬は押し黙った。

 聖敬も分かってはいた、何せ自分はベルウェザーとの対決の最中でエリザベスの精神世界に何故か迷い込み、そこから脱する際に晶と思われる存在に助けてもらったのだから。

(だけど…………何故だろう)

 聖敬の何処かでその事実を認めたくない、という思いが燻っていた。


 美影は沈黙した聖敬を横目で見ながら質問する。

「これまでにその事を、そのイレギュラーを知っていたのは?」

「多くはない、僕にWG日本支部の菅原さんと、それから意外な人物だよ」

「誰ですか?」

「WD九頭龍支部支部長とされる九条羽鳥だよ」

「!!」

 今度は美影が言葉を失う番だった。

 無理もない、九条羽鳥と言えばこの九頭龍のみならず、WDという組織でも上位に位置する人物なのだから。

「困惑するのも当然だとは思うよ。

 でも考えてくれ。いくら僕や菅原さんが情報の隠蔽を行ったとしてもだ、晶のあれだけの事態を引き起こせるイレギュラーについて隠し通せると思うかい?

 WD、WG、防人、何よりも【連中】に知られない為には必要だったんだよ、三人目の協力者がね。

 実際の所、九条さんがいなければ今まで晶の事を隠しおおす事は出来なかったよ」

「それは、そうかもですけど」

「美影さん、君ならどう思う? もしも世界に干渉する誰かがいるってわかったら、君は何が起きると思うんだい?」

「それは……」

「争いが起きます、それも物凄い規模の」

「そうだね聖敬君、僕はそれを恐れた。だから妹の記憶を【改竄】して、菅原さんと九条さんの二人に協力してもらったんだ。

 幸いにして二人共、あのイレギュラーの危険性を理解してくれた。だからこの件は伏せられ、しかも結果的に双方の休戦にも繋がったんだ。まぁ、まだWGなんて組織は無かったんだけどね」



「…………」

 その場にいた二人は無言であった。

 ムリもない、西島迅の話は聖敬と美影の想像を遥かに絶していたのだから。

 知られれば”争い”が起きるイレギュラー。

 そう、既にそれは始まりつつあった。

 だが、まだその事を聖敬も美影も、沈黙を続ける凛、つまりは歌音も知る由もなかった。


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