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変わった世界――The strange world  作者: 足利義光
第五話 変わった世界――The strange world
53/121

始まり

 

 ふと、気が付いた時にまず思った。

 ただ暗い、と。

 ここは、何も視える事はなく、何も聴く事もない。

 感じる事もなければ、嗅ぐ事だってない。

 だって、

 そこは何もない場所。

 そして何でもある場所。

 そんな空間。

 何も無くて、何でもあるというのは矛盾した言葉だ。

 だが、それ以外に表現出来ないトコロだと思う。

 ここを例えるなら、…………そう丁度深海の底の様な場所なのかも知れない。

 深い底には光など差さず、真っ暗で一寸先も見えない。

 そこでただ漂っている感覚。

 ゆらゆら、ゆらゆら、と水の中をたゆたう海月みたいに。

 ここに生き物はいない。

 そもそもここにに生ける者など存在出来ない。

 なのに、何故だろう。海月だとか、深海の底の様だ、と思えるのは?

 見た事などある訳もあるはずがないのに。

 おかしい、そう思う。

 でもこれもおかしい。

 だって、ここに”自我”なんて存在しない。そういう”概念”なのだから。

 自分という”個”などここには有り得ない。

 ここは全てが一つ、全は一つ。一つは全。

 そういう概念なのだから。


 ここにあるのはただ、”全て”。

 そこに物事の善し悪しは無意味な事。

 ただ有るだけ、在るだけ。

 そういう場所であり、空間なのだから。


 一体、どれだけそうしていたのだろうか?

 ここには時間という概念も存在しない、ずっといたような気もするし、つい今さっきのような気もする。

 でもどうでもいい、どうせ何も出来ないのだから。

 そんな時? だ。


 そこに一筋の光が差す。

 とても目映くて、近寄り難くて、それでいて温かい。

 そんな感覚は初めてだし、知らないのに、知っていた。

 だからこそだろうか?

 気が付くと光へと吸い寄せられた。

 そこに行けば見えると思えた。

 そこに行けば聞こえると思えた。

 そこに行けば嗅ぐ事が出来ると思えた。

 そこに行けば感じる事も出来ると思えた。


 そして、何よりも…………。


 そこに行けば”会える”と思えたんだ。

 この光に。

 とても目映くて、でもとても温かい光差す場所に。

 何よりもこの光を照らしてくれたあの人に。

 光へとすがるように駆け寄っていく。不思議な事に何も無かったはずなのに、いつの間にか手や足があった。でもこれなら、そう思って手を伸ばした。光の中へ、そこにあるはずの何かを掴む為に。



 ◆◆◆



「揃ったね、では何処から話そうかな」

 迅はいつの間に用意したのか人数分のハーブティーを用意していたらしい。手際よくセットしていく。

 聖敬は落ち着かない気分を誤魔化すように咳払いをしつつ、自分以外の二人を横目で見る。


 美影は顔こそ綺麗ではあったが、その顔色と表情は冴えない。それも無理はない。彼女は本来ならまだ病院で入院していなければいけない程に消耗した状態なのだから。

 彼女は重傷から回復したばかりだと言うのに、無理を押して戦い、敵を倒し、その上で晶を守りながら戦ったのだ。

 肉体的な意味での怪我は明日か明後日には完治するらしい。

 でも、疲弊しきった精神の回復はと言うと、もう数日は安静にしなければいけないらしい。だから本当であれば美影もまた、晶同様に病室にいるべき状態だった。

 にも関わらず今、ここにいる。

 理由は簡単だ。事情を知る為だろう。自分と同様に。


 では、もう一人は何故なのか?


 妹である凛が何故、ここにいるのか。

 いや、それは違う。

 何故、自分の妹が戦闘に加わっていたのか?

 あの場にいた以上、考えられる答えはただ一つだ。

 つまりは、妹もまたマイノリティなのだろう。

 だとすると、何故知らない?

 WG九頭龍支部の中に凛の名前はないはずだ。

 では、一体何処にいると言うのだろう。

(それに、何で二人共に睨み合ってるんだよ)

 二人の視線は対面に座るお互いを凝視しており、お世辞にも友好的だとは思えない険悪な雰囲気を醸しまくっていた。



「ちょっと、ガン飛ばすのやめてくれない」

 美影が凛に対して口火を切る。

「は? そっちが私を睨んでるだけだろ、バッカじゃないの。

 あーあ、面倒な女ね」

 対して凛も負けていない。

「生意気なガキね、本当に星城君の妹なワケ?」

「ハァ、ホント面倒くさい、嫌だ」

 大袈裟に肩を竦めてため息を付く。その様子に美影が怒りを溜めているのは明白だった、正直、止めて欲しい。

 互いに今にも取っ組み合いの喧嘩でも始めそうな雰囲気を醸す二人に、聖敬は仲裁を試みる。

「あ、あのさ。ケンカは良くないよ。二人共、話を聞くためにいるんだろ――」

「うっさい」「黙れクソ兄貴」

 同時に一蹴された。何でそこでシンクロして言うのか、と聖敬は思う。

 という訳であっさりと蹴散らされた聖敬はオロオロするしかなく、頼むから何も起こりませんように、と祈りを捧げたい気分だった。そう思いながらも、とにかく気分を落ち着かせる為にハーブティーを口にする。


「まぁまぁ、二人共に落ち着いて。こんな様子じゃおちおち話も出来ないよ」

 そうした一瞬即発な雰囲気な険悪そのものな二人を静めたのは、この家の主たる迅であった。

 すると不思議な事に二人共に少し雰囲気を和らげた。

(いやいや、言ってる事は結局は同じだろ? 何で僕は無視で迅さんだけ――)

 聖敬としては正直、納得出来ない思いだった。

 尤も、そんな事を言おうものならまた二人にボコボコにされる事は分かっていたので、黙っていたのだけど。


 数分後。


「じゃあ、落ち着いたみたいだし話を始めようか。何を聞きたいんだい?」

 迅の問いかけに真っ先に手を挙げたのは美影であった。

「じゃあ、幾つか聞いてもいいですか?」

「うん、いいよ。僕に答えられる範囲でなら何でも答えるよ」

「まずは、貴方は何者なんですか? WGウチの人員ではないはずですが」

「うん、君の立場からすればまずはそこだよね。

 オーケー、答えるよ。僕は【防人】の一員、つまりはこの九頭龍という土地の自警組織のメンバーという形になるかな。ちなみに立場としては【中立】といった所かな」

 美影は特段驚かなかった、多分ある程度は予測していたに違いない。次いで質問をする。

「そこにいる生意気なガ、いえ、星城凛さんは一体何者なんですか? この場に同席している以上は、彼女もまた防人の一員でしょうか?」

 そう問いかけながら、美影は凛へと視線を向ける。

 まるで敵だとで言わんばかりに、強い敵意を込めた視線だ。

 その敵意剥き出しの態度は如何なものかとは思ったが、彼女の疑問は聖敬も同様だった。

 妹である凛がマイノリティであったとして、ならどうして今日まで隠していたのだろうか? いや、家族に知られない様にしていたのだろう、丁度自分と同様に。

 でも、だとしても、だ。一体いつから妹は裏側の世界へと関わっていたのか?

「うん、本来であれば隠しておきたかったけども、こうなってしまってはもう仕方がない。

 結論を言えば凛ちゃんはWDの一員だ」

「な、何だって?」

 思わず聖敬がその場を立つ。美影も予想していなかったらしく、流石にその表情を強張らせた。

「一体、何で妹がWDに?」

 もう何が何だか分からない、そう思った。同じ家族内で二人のマイノリティ、それぞれに敵対する組織に所属しているだなんて、冗談みたいな話だった。

 困惑し、戸惑う聖敬と、 黙して凛と迅を静かに、だが交互に見据える美影。

 それに対して、凛はただ無言でハーブティーを口にしている。どうやら自分から話すつもりはないらしい。

「まぁまぁ、落ち着いてくれよ聖敬君。この件は長い話になるんだよ。だからまずは一言だけ言わせて貰いたい。

 冷静に話を聞いて欲しい。これから君達に聞かせる話は複雑なんだ、単なる善悪では推し測れないモノがこの世界には存在する」

 そう言って西島迅は話を始める。

 そして、それは始まりだった。

 聖敬にとって、そして晶にとって。



 ◆◆◆



 井藤が最初に思ったのは、罠の可能性だった。

 彼は死んだ、そう報告もした。遺体だって確認もした。

 だが、それでは今、目前にいる男は何者だと言うのか?


「どういう事なのですか?」

 疑いの視線を隠す事無く井藤はその相手へ鋭い視線を向ける。

「はは、説明するよ。これから、きちんと順序立てて、ね」

 そう言いながら、相手は井藤の横にゆっくりと腰掛ける。その一挙一動を慎重に確認する井藤は、そこでよううやく警戒を解く。油断はしないが、相手に敵意がないのだけは分かったからだ。

 その気配を察した男は「ようやく話が出来そうだ」と言うと穏やかな笑みを浮かべる。

「ええ、こちらからもお聞きしたい事がたくさんあります。……………小宮支部長」

 そう、井藤の横にいたのは、死んだはずの、殺害されたはずの九頭龍支部の前支部長小宮和生であった。



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