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変わった世界――The strange world  作者: 足利義光
第四話 The person whom I want to protect――守りたい人
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 私は他の人と少し違う、漠然とそう思ったのはいつの事だっただろう?

 見た目は皆と変わらないのに……でも何かが違うと、そう思ったのは一体いつの頃からだろうか?

 多分”そういう事”なんだろうと思う。

 私には他の人には出来ない事が出来て、私に出来ない事が他の人には出来たりする。

 要はバランスなんだろう、そう思う。



 だから思い返してみる。

 そうだ、私はずっと前から”力”を持っていた。

 幼い頃から、私の周りでは変な事がたまに起きる。

 例えば友達の飼っていた可愛い子犬がいなくなった時、誰が探しても全然見つからなかったのに私が探したらすぐにその子は見つかった。

 例えば初めて行ったお祭りで、お父さん達とはぐれてしまって迷子になった時、私が泣いて叫んだらいつの間にか目の前にお父さんがいた。それも私が迷子になっていた事に全く気付いていなかった。迷子になったのがお日様が沈もうかという頃で、見つかった時にはお月様が上っていたのに、全く気付いていなかった。

 他にも、何回か変わった事はあった。


 でも、何故だろうか?


 私の記憶、私がこの変わった力を使ったと理解しているのは十年前までだ。

 そこから今の今までこの力の事を全く使って来なかった。

 そう、……まるでそんな力、私には備わっていなかったかの様に。その力なんか最初から無かったかの様に。

 つい今の今まで”忘れていたんだ”。


 じゃあ、思い出したのは何故だろう?

 それは多分、今思い出さなきゃ皆を失っちゃうからだろう。

 今、私の持っている力が、これを使わないと何もかもを失くしてしまう、そう強く思ったからだろう。


 まだ私に何が可能なのかまでは思い出せない。或いは記憶が戻っても、私の中に自分の力が何なのかを知らないのかも知れない。


 でも、そんな事は今、問題じゃない。


 大事な事は今。

 大切な友達と、妹みたいな子と、幼馴染みで、……大好きな男の子を守れるのは自分だけ、だ。

 だから…………私が皆を――――!!



 ◆◆◆



「くっそおおおおおお」

 聖敬が拳を叩き付ける。ぴきぴき、と地面にヒビが入る。

 今、彼はこれ以上なく無力さを感じていた。

 目の前にそびえるのは巨大な門。

 それこそが、彼女の、エリザベスが自己と他者とを、ひいては世界とを、分け隔てる壁だった。

 無味無乾燥な門。

 その中心にそっと手を添えるのは元々の主だ。

 だが、門は開かない。

 びくりともしない。

 そして、彼女の全身からは無数の傷とそれに伴う出血。

 理由は先程から周囲を飛び交う無数の蝙蝠。

 赤い何かで彩られた蝙蝠の群れが断続的に襲いかかって来た為だった。

 最初こそそれらを相手にしていた聖敬ではあったが、それも今は見ているだけ。

「いいの、聖敬は何もしないで。これはワタシの――」

 けじめだから、とそう彼女は口にした。

 エリザベスはそう言うと目蓋を閉じ、門へと手を添える。

「…………………」

 そして何を言っているのかは聖敬の聴力でも聞き取れないが、しきりに呟いている。様子から察するに、謝罪しているのか、両の目から涙が筋を作り流れ落ちる。

 その間にも無数の蝙蝠が彼女を傷付けようと群れを成し襲いかかる。どうやら蝙蝠の狙いはあくまでも門を開こうと試みるエリザベスらしい。聖敬には目もくれずに殺到する。

「くそ」

 ギリ、と歯軋り。

 無力さが本当に歯痒い。何でこんなに自分は無力なのかが悔しい。

 エリザベスは見る間に鮮血に染まっていく。

 白い清楚な印象のブラウスが鮮やかな赤に染まる。華奢な手が赤く染まる。雪の精霊の様な白い肌が自身の鮮血で真っ赤に染め上げられていく。

 だと言うのに。

 金髪の少女に怯む様子は無かった。

 まるで大した事がないかの様ですらあった。

 さっき彼女は言っていた、ここは現実じゃない。”心の世界”なのだから心が折れたら負けなのだ、と。

 ここでいくら酷い怪我をしたとしても、現実で怪我をする訳ではないのだから、気にしないで、と。

 確かにそうなのだろう。


(でも、だからって)

 こんなのは酷い、酷すぎる。

 自分と同い年の少女があんなにもその身を血に染め上げているのだというのに。どうして自分はこんなにも無力なのだろう。

 自分に出来る事がただ黙って見ている事だなんて。

 ギリリと更に強く歯軋り、そして拳を握り締める。

「頑張れ」

 ポツリ、と声。

「頑張れっっ」

 声をエリザベスへ。

「……有難う」

 金色の髪の少女は振り向かず、でもハッキリと言葉を返す。

 身体が震えた。

 そう言えばいつ以来だろう?

 他の人とキチンと話したのなんて、と思い返す。

(そうね、こんなにも)

 嬉しいだなんて思いも寄らなかった。

 ただ一言、たった一言がこんなにも心を震わせるだなんて。


(ママ、ごめん)

 浮かぶのは三年前。あの全てを赤に染め上げた情景。

 理由は分からない、分からないが彼女はイレギュラーを暴走させた。ワケが分からなかった。それまでも暴走しそうになった事は何度もあった。だから、だからこそ律する術を持っていた、はず。

 彼女の母方の”魔女”の末裔はその魔法の制し方を幼少時から身に付ける様に教育を受ける。

 無論、エリザベスの母も同様に教育を受けたし、エリザベス自身も同様に、である。

 あの誕生パーティーは言うなれば最終試験であり、ここを無事に過ごせればエリザベスは晴れて外へと出ていけたのだ。

 ネットで見る事しか出来なかった数々の場所に自分の足で行ける。たくさんの人で賑わう町を闊歩する。その喧騒を感じれる。

 これ迄は実感出来ずにいた”未知の世界”がすぐ目の前だった。

 だけど失敗した。理由はどうあれ彼女は大勢の人の命を奪い去った。それでおめおめと生きていくのが怖くて仕方が無かった。

 さりとて、自殺なんて以ての外。それは先祖に対する冒涜に他ならない、そう教えられてきた。


 結果がこれだ。

 自身の心を牢獄に入れ、仮初めの人格を器に入れた。

 これは精神的な自殺だと言えた。

 罪から逃げて、そして自分は狭く何もない場所で誰にも知られずに最期を迎える。それでいい、と思ってきた。


(でも、違うんだね)


 気付いた。聖敬の姿に。

 否、彼だけじゃない。九頭龍に来てから知り合った多くの人達。

 ある人は誇りを抱き、ある人は決意の眼差しを向ける。

 皆そうなのだ、自分の持つ力に正面から向き合っている。

 そう、意図せず得てしまったこの力を含めて”自分自身”なのだから。


(ワタシは…………行かなくちゃ。外に、あの子に……)


 エリザベスもまた、苦痛を感じていないハズがなかった。

 血液操作能力ブラッドコントロールのイレギュラーを保持する彼女には、常人異常に無数の傷から血が流れていくのが分かる。

 文字通りに一滴一滴が自分の命なのだ。


(でも、これは違う)


 そう、これは精神的な負荷。肉対面には問題はない。

 でなければ、今、自分の器に入ってるあの子もまた無事で済まないのだから。

 確信できるのは皮肉な事に一番恐れていた状況故に。

 あの子はワタシを殺したいのではない。ワタシに成りたいから。

 リズにあれだけ執着したのも自分の代わりに入ったから。

 そう、つまる所全てはワタシのせいなんだ。


(だからこの決着はワタシが……)


 その想いが重く、そして固く閉ざされた扉に響いた。

 ぎぎぎぎし、錆びきった鉄の扉の様な音と共に扉が開いた。

 それを目にした聖敬が「やった」と息を飲み、気付く。

「だれ?」

 エリザベスもまた同様であった。

 扉が開いた瞬間に理解した。

 この扉を開けたのは自分だけの力ではないのだと。


 二人の視線に映るのは目映く金色に輝く少女らしき誰かだった。




 ◆◆◆



「離れないでください」

 男が叫ぶ。その声はかなりの大声のはずだ。平時であれば。

 異常が襲いかかって来た。

 真っ赤なそれはそれ自体に意思があるかの様にうねり、モゾモゾと蠢く。

 実際、それには意思があるのだろう。

 この場にいるのは三人だ。

 一人は眼鏡をかけた少年、進士将。

 次の一人は明るめの茶色い髪をした軽薄そうな少年、田島一。

 最後に今、この場で自分を含めた三者を守っているのが、井藤謙二。WG九頭龍支部の面々だ。

「心配しなくても離れませんよ、ほんとならかわい子ちゃんの側が良いけど今は贅沢言えないですもん」

 と軽口を叩く田島。

「お前はいつもどおりだな。支部長、大丈夫ですか?」

 ため息混じりの声。その主は進士。問いかけられた支部長が答える。

「とりあえず何とか……状況は?」

 三人がいるのは晶や美影やベルウェザーのいる屋上からは別の棟。窓からその光景が何とか見えている。

 もっとも、井藤は自分達の周囲を毒で覆う事で辛うじて身を守っている状態なので外を見ている余裕などないのだが。

「最悪っすよ、ドラミのヤツも限界みたいだし……」

「一、お前は援護しないのか? その、出来るんだろ今は」

 進士が言い淀む。田島は先程の戦闘でイレギュラーが進歩した。

 それまでは単に虚像を見せる、投影する事しか出来なかった彼だがもう一段階上として虚像で生み出した武器を実体化出来る様になったのだ。もっとも、そのきっかけは知人の死ではあったが。

 田島は美影に言われていた。

 合図したら、援護しろ、とだ。

 その合図が何なのかは知らされてはいない。

 だからこそ田島は井藤と進士と合流。

 三人で反対側の屋上へと向かう所だったのだ。

 田島も何かしら思うところがあったのか、珍しく真剣な表情を浮かべると、

「ああ、あと一回くらいだけどな」

 真面目に答えた。


「では、そこまでの露払いは私がしなくてはいけませんね」

 間を置いて井藤が呟く。

 全身から生み出した毒は、学舎を覆い尽くした鮮血をも寄せ付けない。だが、それだけだ。

 もしもベルウェザーと真っ正面に対峙していたのなら、井藤が間違いなく勝利を収めていただろう。

(くそ、俺は役立たずだ)

 だからこそだろう。

 ベルウェザーは井藤を近付けない為に策を講じたのだと、進士は確信していた。

 聖敬を操り、自分と井藤を襲わせた。あれはまず間違いなく”足止め”だった。

 そして自分の庭、いや、身体の一部と化した学舎内で今、こうして足止めを食っている。

(だが、このままじゃ)

 そう思い、井藤へと視線を送る。

 苦渋に満ちた表情だった。余裕を取り繕う事も出来ない程に。

 彼は自身の毒を”体内”に封じている。それだけでも身体には大きな負荷がかかっている。

 水道の蛇口を捻れば水が流れる。そういうイメージが近いのかも知れない。ただし、限りなく僅かしか水を出せない様にしている。

 目の前にいる支部長の毒とは極めて危険な物であるから。

 ベルウェザーの策は正しい。このまま持久戦に持ち込めば、いずれ井藤は限界を迎える。一方でベルウェザーはここでは無類の強さを発揮する。何故なら、今、彼女が使っているのはここにいた人々そのものなのだから。既に自分達以外の人の姿はここにはない。

 だからだ。

 WDエージェントならともかく、WGエージェントである自分達はここにいる人々を守る義務がある。

 この鮮血が、一人一人の生徒かも知れない以上、迂闊に消す事が井藤には出来ないのだろう。

 ベルウェザーは完全に井藤を封じていた。

「支部長、このままじゃ皆死んでしまう、……勝負に出るべきです」

 その言葉に田島も井藤も反応する。

「……俺をここで見捨ててください」

 そう言いきった進士の表情には強い覚悟が滲んでいた。



 ◆◆◆



「くっっっっ、なに」

 目映く金色の光にベルウェザーの視界が覆われる。

「でも、こんな目潰しが何?」

 ベルウェザーは左手を大きく払うように動かす。

 それに呼応する様に真っ赤な奔流が全てを払うように動く。

 さっきまでの様にか細い蔓とは違う。殺意に満ちた一手。

 ベルウェザー自身、冷静さを失ったからこその悪手だった。

 何故だろうか? 無性に苛立ちを感じた。

 光の目映さが不愉快だ。光の温かさが不愉快だ。光に包まれるのがたまらなく不愉快極まりない。

 抑え切れない嫌悪感。

 こんな感覚を覚えたのは、リズ。そう、あの何も知らない愚か者以来だ。

「死ねッッッッッッ」

 怒りと憎しみに満ちた赤き奔流が光へと襲いかかって、

 弾けた。

 光は収束していく。

 ベルウェザーは自身の勝利を確信しようと目を見開く。

 だが、

「…………!」

 そこに映った光景は自分の望んだ物では無かった。

 晶は立っていた。

 そしてそのすぐ側には彼女を守るように立っている聖敬。


「ただいま、ヒカ」

 聖敬は側にいる幼馴染みに向かって言う。

 いつもとは違う。真っ正面に向き合って。

 彼は、心の底から感謝していた。傍らにいる少女に。

 声をかけられた少女は幼馴染みの少年に微笑み、言葉を返す。

「お帰り――――キヨ」



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