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変わった世界――The strange world  作者: 足利義光
第四話 The person whom I want to protect――守りたい人
33/121

パペット

 

「はっ……しまっ……」

 美影は戦闘中だと言うのに、僅かな時間とはいえ、自分の意識が外に向いていた事に心の中で舌打ちした。

 相手の鉄槌が自身の眉間へと振り降ろされる。一見すると単なる振り下ろしのその一撃。あまりにも無造作にして大振りな一撃。本来であれば回避も容易であっただろう。だが不意を突かれた今、それは困難だった。更にそこからは異様な迫力を感じる。相手には感情の振れ幅はない、そのはずだ。

 だが美影はその一撃には相手の絶対的な”自負”の発露を感じた。鉄槌の、いや、その握り締めた拳からは圧倒的な”何か”を感じる。

(マズイ――!)

 足を動かそうと試みた――だが足が動かない。まるで棒にでもなったかの如くに。迫る一撃を前に微動だに出来ない。

(躱せない!!)

 ガオン。

 まるで爆発音の様な轟音と、土煙が巻き上がった。


 アサーミアは自分の拳を無言で見つめる。

 視線の先である自身の手からは、ポタポタ、と赤い雫が地面に落ちている。


 ピピピピ。

 甲高い呼び出し音が鳴る。

「もしもし……」

 ――やぁ、アサーミア。凄い爆発だったね。

「パペットか。……何だ?」

 ――いやぁ、キミがあのファニーフェイスを仕留めたかが気になってねぇ。勝ったんだろ? キミが負けるとは思えないし。

「いや、逃がした」

 ――へぇ、キミが獲物を取り逃がすなんてね。

「アイツなら教えてくれるかも知れない」

 ――とにかく、今の雇い主が呼び出してる。早く戻るといい。

「分かった」


 何の感情もない会話を切り上げ、アサーミアは自身の鉄槌を振り降ろした手先を眺める。

 煙が巻き上がり、そこにはあるべきはずの右手が手首から燃え尽き欠損していた。

「アイツなら教えてくれるかもしれない」

 無表情な男はそう暗闇の中で一人呟いた。



「はぁ、はぁ。ううっっ」

 一方で足音を立てないように細心の気を払いながら離れていく影が一つ。

 影の人物こと怒羅美影は今にも倒れそうだった。

 ズキリ、とした鈍痛を鎖骨付近に感じた。相手の鉄槌が直撃する寸前に咄嗟に”激怒レイジスピア”を放ちその手先を吹き飛ばす事で、直撃及びに深手は避ける事が出来た。

(でも、一つ確信したわ)

 さっきの炎の槍は、本来の威力には遠く及ばない代物ではあったが、それでも相手の肉体にダメージを与える事には繋がった。

 相手の不気味な耐久力については理解は出来なかったものの、全く相手にならない、という訳では無い。

(次は確実に仕留めてみせる)

 そう思いながら少しずつ戦場から遠ざかっていく。

 夜の農道には殆ど街灯などは存在しない。だからこそ彼女はここを戦闘の舞台に選んだのだ。

 始めからいつでも”逃げる”事が出来る様に。


 怒羅美影という少女は、元来慎重な性格だった。

 自分のイレギュラーに自信は持っている。だが、それを過信する事はしないし、依存し過ぎない様に心掛けている。

 だからこそ、自分の形勢が悪く、現状では勝てない相手からは無理をせず逃げる事も躊躇わない。

 そこで相手にどう罵詈雑言を飛ばされようとも気にもしない。

 何故なら、彼女にとって戦いとは最後まで”自分が死なない”事だからだ。死んでしまったら自分がどんなに優秀であっても全く意味を為さない。

 だから、彼女は戦いに臨んでは常に退路を意識する。

 この団地から離れた農道で仕掛けたのは、単に一般人を巻き込まない為の配慮以外にもいざとなれば退却も容易であるから。

 更に付け加えるなら、彼女は団地にいた時から、いや、晶の家から出た直後から周囲の熱源を用心深くチェックしていたのだ。

 決して自分の能力イレギュラーを過信はしない、だが、持ちゆるあらゆる可能性に対処出来る様に常に備える。

 九頭龍に派遣された今でこそ、親友となった西島晶の護衛という任務に従事していたが、元来彼女の得意とするのは”遊撃”。

 攻撃に、防御、または支援と、時と場合によって柔軟に対応する事が求められる。

 その為には単にイレギュラーが強力だというだけでは不十分となる。如何に個人の資質が高くとも、そのイレギュラーを含めた戦闘力よりも重視されるのはあらゆる可能性に即応出来る柔軟性であり、持久性。

 そして怒羅美影という少女は、WGに於いて遊撃戦の第一人者として評価された。その結果が今の彼女のコードネーム、つまり”ファニーフェイス”なのだ。先代のファニーフェイスもまた遊撃を得手としていて数々の戦果を上げてきたのだ。


 先日の、二週間前の戦いにしても危機にこそ陥ったものの、あの時も最悪聖敬を見捨てても生き残るつもりだった。


 世界有数の”炎熱能力者”という肩書とイレギュラーの見た目から攻撃的な性格だと思われがちではある。

 確かに、これまで狙った相手は確実に仕留めて来た。

 だが、それは結果論に過ぎない。

 確かに彼女の扱う炎の威力は強大である。

 他者はその攻撃力の高さにばかり目に入ってしまう。

 だが、そこに注視する彼女の本質には気が付かない。

 彼女の真の強みは、強大な炎を扱える事ではなく、強大な炎を連発出来、かつ状況に応じて臨機応変に戦えるという強い”精神力”と”持久性”なのだ。


 彼女が生き残ってこれたのは、単に戦闘能力が高いからではない。実際、彼女がこれ迄に相対してきた標的の中には明らかに彼女よりも戦闘力が高い者だっていたのだ。

 だがそれでも美影は勝ってきた。

 それは彼女の方が”戦闘継続力”が高かったからだ。

(強いとか弱いとか関係無い、最後まで立っていれば勝ちなのよ)

 それが怒羅美影という少女の戦いに於ける戦闘哲学。


 だからこそ、さっきの様な相手は相性が悪かった。

 あのアサーミアは、一切の動揺を見せずにただ向かって来た。

 ああいう手合いが彼女は苦手であった。

(あれじゃ、駆け引きも何もあったもんじゃないわよ)


 だからこそ退却を選択したのだ。

 あのまま戦い続けても勝つ事は出来ただろう。

 だがその場合、彼女自身相応の深手を負わされただろう。

 もしも敵が一人では無かったら、何処かに潜んでいたりしたのなら殺られるかも知れない。その可能性を鑑みたからこその退却。

(ま、あのバカからすればズルいんでしょうね)

 そう自嘲する彼女の脳裏には、自分がかつて相対した相手の中で唯一、現在も生存している少年の姿が浮かんでいた。



≪クフフ、いやぁ実に厄介だね…………君は≫

 声が聞こえ、美影は動きを止めた。

 幼さを残した、少年。それもまだ声変わりもしていない声だ。

 その声は彼女の耳に入ったのではない。

 鼓膜を伝わったのではなく、直接脳裏に響いた、という表現がただしいだろうか。

「誰よ、アンタ?」

 そう小さく言いながら、腰を落とす。そうしながら”敵”を捕捉すべく自身の”目”に意識を集中。周辺の”熱源”をさりげなく確認する。

(周囲に誰かがいる気配は……無い)

 それを確認しつつ、退路を確認する。

≪そういう所だよねぇ、君は常に退路を考えている。全くまだ十代の少女にしちゃクレバー過ぎて困るんだよね≫

 その声の主はすぐ側から様子を見ている、とでも言わんばかりにそう声をかける。

 美影は小さく、チッ、と舌打ちした。

 何者かは分からないが、この相手はさっきの相手、つまりアサーミアに劣らない、いやさらに厄介だと理解した。

≪さっきだって確実に君が死ぬようにってさ、こっそり【介入】ままでしたっていうのに……ホントに厄介だ≫

 その言葉にハッとした。さっきの戦闘中にそういえば足が動かなかった事を。まるで棒にでもなったかの様にピクリとも動かなかった事を。

「へぇ…………あれはアンタの仕業ってワケ?」

 美影が俄にその表情を変えた。

 相変わらず相手の”熱源”は感知できない。だが”いる”。間違いなく近くに相手はいる。

 気配は感じない。しかし確かに感じる。

 相手の存在をハッキリと。


≪うん……やっぱり君は厄介だね。ここで死んで貰おうか≫

 少年の声がそう言うや否や、事態は動いた。

 音が聞こえた。

 カサカサ、という草影で何かが擦れる音。

 それは間違いなく”何か”がそこにいるという証左に他ならない。だが、美影の目には何も見えない。

 蠢く何かの熱源が映らない。

 パアン。

 クラッカーの様な乾いた炸裂音。

 次の瞬間、美影の左肩に刺すような痛みが走る。

「くっっ」

 思わず小さく呻き、美影は肩に手をやる。

 肩に小さな”穴”が空いている。

 弾丸が貫通した様な、銃創の様傷だと思った。だが、何かが違う。

 パアン。

 再度その音が聞こえた。

 今度は美影も即座に対応。咄嗟に横に飛んでいる。

「ちっっ」

 今度は脇腹を掠めた。もしも横に飛んでいなければ腹に穴を開けられていたに違いなかっただろう。

≪へぇ……上手く躱すものだね≫

 声の主は、くっく、とその笑い声を直接脳裏に届ける。

 これもまた、美影の集中力を削いでいた。

 無視しようにも聞こえてくる声。

(落ち着け、冷静になれ)

 小さく息を吐き、集中する。

≪今度は何処を狙おうかな≫

 そこにバカにする様な声が届く。間違いなく挑発だろう。

(まだ情報不足だけど……)

 美影はこれまでの戦闘から状況を鑑みる。


 まず相手は、一人である。

 もしも複数いるのなら、さっさと襲いかかればいい。もっとも、美影からすれば都合がいい展開でもある。

 次に、相手の武器。一見すると拳銃の様にも思えるが、恐らくは違う。もしも通常の拳銃と弾丸であれば発砲時の熱反応が見える。だが今はそうした痕跡が見えない。

 となればこの銃撃そのものがイレギュラーによる物に違いない。


(後は、何とも言えないわね)

 すぅ、と息を小さく吐く。

 幸い、傷自体は深くはない。急所にさえ貰わなければ戦える。

 油断なく周囲を伺うが、やはり熱源は見えない。

 見えるのはせいぜいがそこらにいる昆虫や、鳥くらいだ。


≪もう飽きてきたよ…………トドメを刺させて貰おうかな≫

 さも簡単と言わんばかりにそう告げると、また周囲の草影がカサガサ、と動き出す。

(来たっ――!)

 美影は動きを止め、目を閉じた。

 パアン。

 乾いた音。

(まだだ)

 意識を研ぎ澄ませる。ただ静かに。

 シュッッ。

 小さな音が聞こえた。派手な炸裂音に紛れて、何かが空気を切り裂く音が確かに耳に届く。

 パチン。

 瞬間に美影は左指を鳴らす。火花が起こり、向かっていく。

「うっっ」

 相手の銃撃は美影の頬を掠めていく。

 ボウッッ。

 同時に火花は燃え盛る。

≪何処を狙ってるんだい?≫

 相手のバカにする様な声が聞こえ、パアン。とまたも銃撃。

 パチン、今度は右の指を鳴らし、火花を起こす。

「うぐっ」

 弾丸は美影の太股を貫通。思わず姿勢が崩れる。

≪もう終わりかなぁ――≫

「――ええ、アンタのね」

 その瞬間だった。

 ゴオッッッッッ。

 凄まじい勢いで火が勢いを増した。

 さっきまでの様な微かな種火がまるで嘘の様に。

 真っ暗で視界の無かった田畑が鮮やかな炎の前に光照らされる。

 すると、暗闇の中で蠢く人影が浮かび上がった。

≪な、何ッッッ?≫

「チェックメイトよ」

 美影が両手をかざす。瞬時に火球が生成。

「はああっっっっ」

 およそ六つの火球が一斉に獲物へ放たれ……容赦なく一気に包み込んでいく。

「があああっっっ」

 呻き声をあげながら膝を付くのは少年。まだ見た所は、十代初めだろうか。小学生の高学年から中学生位に見える。

 そこに草木を踏み越え、美影が近付く。

「さて、教えて貰おうかな。……アンタは誰?」

 美影は指をパチンと鳴らす。

 すると相手を覆っていた炎の勢いが僅かに弱まる。

「素直に答えたら全身大火傷で済ませるけど」

 美影の声には感情がこもっていない。代わりにその眼光の鋭さが代弁するようにギラつく。

「そ、それはなかなかに魅力的お話だねぇ…………何が知りたいんだい?」

「アンタの名前は?」

「く……フフ、名前に大した価値はないと思うけど?」

 パチン。美影は言葉の代わりに火の勢いを強めた。

 瞬時に炎が勢いを増し、相手の指先を炭化させる。

「うぐあっっっっ。…………言うよ、言えばいいんだろ。僕の名前は【パペット】さ」

 息も絶え絶えにそう名乗る。

 その名を耳にした美影は眉をピクリ、と動かした。

 その名には聞き覚えがあったからだ。

 九頭龍を中心に各地で活動する犯罪コーディネーターで、無数のマイノリティによる犯罪に関与してきた人物だと。

 その素性は判然とはしておらず、未だに顔写真等のデータは存在しない大物であり、一説では四月に起きた先代の九頭龍支部長の殺害にも関与、事実上の黒幕だとも言われていた。

「さ、僕は素直に答えたよ……だから助けてくれ」

 パペットと名乗る少年は今にも泣き出しそう表情を浮かべ、懇願してきた。

 美影は呻き苦しむ少年、パペットの身体を、その熱源を目視してみた。

(何コイツ?)

 美影は思わず目を剥く。

 相手の全身には生物であればあるはずの物が存在しない。

 この少年には”熱”が無い。いや、それは正確な表現ではない。

 目の前にいるパペットの全身は生物としては、あまりに低体温だったのだ。そこにいるのは人の形をした無機物だとでも言わんばかりに。

(こんなの初めて見るわ)

 そう思っていた時だった。

 パパアン。

 数発の銃撃音。

 さっきまで幾度となく聞いてきた乾いた炸裂音。

 美影の全身がふらつく。

 かはっ、という小さな呻き声と共に口から血が滲む。

 腹部に真っ赤な穴が空いている。他にも全身にも同様の穴からは血が滲んでいく。

 ガサガサ、という何者かの足音。

 そして姿を見せたのは…………パペットと名乗った少年。

 それも少なくとも五人のパペット。彼らは一斉に声を出す。

≪君は本当に厄介だよ。…………だからここで死ぬといい≫

 美影の足首が掴まれた。

「君はここで死んで貰うよ」

 それは美影が炎で包み込んだ少年。さっきまでとはうって変わって、まさに人形パペットとでも云うべき不気味な笑みを浮かべている。

「あ、アンタ達…………」

≪僕らは互いの意識を【共有】しているんだ。だからこそ僕らを倒す事は容易じゃない。一人は皆であり、皆は一人。だから……≫

 死んじゃえ、そう業火に包まれた人形が囁くと同時にその身体が爆ぜる。その爆発に呼応するかの様に周囲を取り囲んでいた人形達も爆ぜる。その爆発のエネルギーに美影は呑み込まれた。



「……うん、六人かぁ。流石に手強かったな」

 その一部始終を傍観していたのはパペット。正確にはパペットと自称する人形の一人、その内の一体。

 今夜の襲撃は最初から彼らが仕組んだ物だった。

 アサーミアは美影を引き付ける為の云わば囮。

「ま、しばらくはこれで無理は出来ないね、僕も」

 クフフ、と高笑いをあげながら、人形たる少年はごうごうと燃え盛る田畑を後にした。


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