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変わった世界――The strange world  作者: 足利義光
第四話 The person whom I want to protect――守りたい人
31/121

手合わせ

 

「どうした……来ないのか?」

 無表情アサーミアと呼ばれる男は相手に声をかけた。何の感情も起伏もない、まるで自動音声の様な抑揚のない声。ひょっとしたら本人は挑発のつもりかも知れないが、それならばこの場合は逆効果であっただろう。

 鰐のフリークはジリジリと間合いを詰めている。

 彼のイレギュラーは肉体操作能力ボディで、見ての通りに鰐の姿に変化する事が出来る。

 その肉体の強度は鋼鉄以上であり、以前実験してみた所、ヘリに登載する様なバルカン砲ですら無傷であった。

 圧倒的な装甲を身に纏い、尻尾で殴打。最後は喰い千切って仕留めるのがその戦闘スタイルだ。


 多くの場合、イレギュラーにはその人物の本質が反映される、そう論文を出した研究者が以前いた。

 その研究者は、自分から研究に名乗り出た者を被験者としてマイノリティとして覚醒させる人体実験を行った。

 勿論、個人でそんな実験を行う事は難しい。この実験もある欧州の製薬メーカーがスポンサーだった。

 鰐のフリークこと酒島さけじまたかしはその製薬メーカーに在籍していた研究者だった。

 彼は人間の進化の可能性を追求する、というその実験に未来への理想を思い浮かべた。

 しかし、その実験は結局の所は悪質な人体実験であった。

 酒島崇が見たのは、最早人としての理性を持たぬ怪物やそのでき損ないの入った檻。

 人体の”可能性”を追求するはずだった彼与えられた仕事は、獣同然の被験者達の飼育係に過ぎなかった。

 来る日も来る日も同じ様なスケジュールに従うだけの無為な日々を過ごし、心に緩みが生じた。

 ある日、酒島はいつもの様に檻にいる被験者に栄養価だけを優先したペースト状の食事を提供しようとして……何の気なしにある檻を開けた。そのマイノリティは実験初期からの検体らしく、覚醒には成功したものの、自我はほぼ崩壊。ごくごく単純な行動しかとらなくなっていた。他の檻の住人とは違って暴れた事も無く、だから酒島はつい気を緩めてしまい、襲われた。

 彼は全身をズタズタに切り裂かれ、瀕死の重傷を負わされ……覚醒した。自分自身がマイノリティとして。

 そこからは自分自身が檻の住人となった。

 他の住人達とは違い、なまじ人格を持っていた彼は来る日も来る日も繰り返される生体実験の日々に徐々に心が蝕まれていった。



 そうした日々に変化が起きたのは一年前の事。

 それは突然目の前に姿を見せた。

 彼女はあまりにも美しかった。

 まだ十代の半ばを過ぎた程度、自分の半分も生きてはいないであろう金髪の少女からは溢れるばかりの生命の輝きを見た。

 彼女は酒島に問うた。生きてみたいか? ただし、私の駒として私の為に死ねるか、と。

 それは普通の神経の持ち主であれば実にふざけた提案だ、と撥ね付ける話だっただろう。

 だが、酒島崇が目にしたその少女から感じたのは、裏表のない真実の言葉であった。

(例え良いように利用された末にゴミの様に死んだとしても、こんなごみ溜めで一生を終えるよりマシに決まっている)

 一度は諦め、捨て去った人生だ。そう思った彼は、迷う事も無く先導者たるその女神に膝を屈し、こうして付いてきた。

 そして彼は彼女の望むままにイレギュラーを行使、多くの命を刈り取ってみせた。

 そうした日々の中でいつしか人としての理性を喪失し、フリークへと成り果てたものの、女神に対する崇拝心は尚も変わらず……こうして今も、命令通りに獲物を狩るべく戦う。


 相手は一見すると何の変哲もないただの一般人にも見える。

 寧ろ、同世代の人間と比較してもかなり身体の線は細く、顔色も悪い。まるで病人にすら思える。何とも不気味な雰囲気を感じさせる男だと酒島は思った。

(しかし関係ないな)

 酒島は素早く相手に飛びかかる。そのまま勢いよく海へと飛び込む。その口には相手の肉片。アサーミアの脇腹が少し抉れていた。水中からの断続的な攻撃。これが酒島の得意とする戦い方。

 ブワッッッ。

 水飛沫が巻き上がり、水中から飛び出した鰐が獲物の身体を横切る。そして即座に水中へと取って返す。徐々にアサーミアの身体が欠損していく。脇腹、太股、腕、肩。全身のあちこちが少しずつではあるが動かなくなっていく。

 しかし、相手はそれにも関わらず、未だに表情一つ変えようとしない。この殺し合いが始まってから未だに攻撃していなければ、抵抗もしない。一方的に攻撃を受けているだけ。なのに……眉一つ動かしてはいない。


 相手の不気味さに、酒島もまた何とも言い知れない気分であった。相手は確実に死に向かっている。いつもならばもう獲物にはトドメを刺している頃合いだったが、得体の知れない獲物を警戒して慎重に攻撃を加えて来たのだ。

(だがもういい、さっさと殺そう)

 そう決めると、水中から飛び出す瞬間――尻尾を水面を蹴る様に打ち付ける。その力も勢いに加え、これ迄で最高の速度で敵へと迫る。そうして口を開き、狙うは獲物の頭部。

 最早相手に抗う術など無いように見えた。

 だが、そこで酒島は自分に違和感を覚えた。

 何だか身体の調子が悪い。動きが急に悪くなっている。

 そして彼の身体が獲物に到達する事は永遠に無かった。



 パペットは愛想のいい笑顔を浮かべながら、横にいた相手に声をかける。

「どうだい? 満足出来たかな、ベルウェザー」

 それに対して金髪の少女はこう返す。サングラスの奥から冷たい視線を向けながら。

「満足よ、いいじゃナイ――あの狂い具合」

 そして、満足したらしく笑顔で勝者へ微笑みかける。

 その視線の先に立っているのは、アサーミア。

 鰐のフリークは全身をズタズタにされ、絶命していた。

「お前も違う」

 殺し屋は無表情のまま小さく呟いた。



 ◆◆◆



「あああああ」

 半狼と化した聖敬が掛け声と共にその動きを加速させる。

 ジグザグに不規則に動きつつ、相手を牽制する様に間合いを詰めていく。その視線の先に立っているのは怒羅美影。

 ここはWG九頭龍支部。その地下に作られた訓練室。

 互いに上下共に黒のアンダーを着ており、美影はその上に白のパーカーを羽織っている。

 こうなったキッカケは、美影が聖敬の力に疑問を抱いた事に起因していた。

「アンタ……ホントに覚悟固まってるの?」



 珍しく晶は熱を出したらしく、今日は休んでいた。

 その為なのか、クラスの様子も普段とは少し違う様に見える。

 もっとも、二週間前にあんな事件に巻き込まれたのだ、同じでいられる筈もないのだが。

 進士の様子がこの所、妙だと思っていた。

 それは田島も同様に感じていたらしく、進士がトイレに行った際に、聖敬が彼のPCをチェックする事になった。

 とりあえず履歴を確認してみる。

 相当にあちこちから何かの情報を引っ張り出したりしているらしい。そこで意を決してファイルを開いてみる事にした。

 そこにある無数のファイルの多くは暗号化されているらしく、聖敬では解読出来そうにも無かった。

 だが、一つだけ暗号化されていないファイルがあったので、それを開いてみる。

「……何なんだ、これ?」

 そこに表示されていたのは、ある英才教育の為の特殊研究所の案内。詳しい事はよく分からないが、授業のカリキュラム等について専門用語らしい言葉が色々と羅列されている。

 まるでこれ自体が一種の暗号にすら見える。


「関心しないわね」

 声をかけられ思わず振り返ると、そこにいたのは美影だった。

 伊達眼鏡をクイ、と吊り上げて冷ややかな視線を飛ばす。

「う、いや、これは……」

 慌ててファイルを閉じる。

「彼が何を見ているのか気になるワケ?」

「ちょ、今やってるゲームで……教えて欲しい情報があって」

「へぇ、それでこそこそ親友のPCをチェック?」

 ずいずい前に出てくる委員長を前に聖敬は生きた心地がしない。

 それに自分でも何とも中途半端な言い訳だとも思った。

「そ、そのあれだよ。男同士の話って言うか……その」

「…………」

 ジトリとした視線が聖敬に突き刺さる。

「だから、さ……あれだよ」

「あーー、えっちなはなしですカ?」

「そうそう、ってわっっっ」

 横から覗き込む顔に、思わず椅子から転げ落ちた。

「おう、だいじょうブ」

 エリザベスが微笑みかけてきた。

 その笑顔はまるで太陽の様に明るく、鮮やかで眩しい。

 彼女もまたこの二週間で、色々あったと聞いた。


 二週間前に学園を襲撃してき集団を指揮していたのは、NWEの幹部の一人で”先導者ベルウェザー”だという事は聖敬も聞いていた。何者なのかは未だに不明ではあったが、これまで引き起こした幾つかの事件から判明しているのは、女性である事。それからイレギュラーは”血液操作能力ブラッドコントロール”である事に加え、本人は表には出ずに”人形”を代理に立てる事が分かっている。その人形が何故、エリザベスの母親を模していたのかはよく分からない。何せ、あの戦いの中で、はっきりと相手の顔を見ていなかったし、サングラスを掛けていた為か、どんな顔かと聞かれても返答しようがなかったのだから。

 実際の彼女の母親はと言うと、どうやら三年前に意識不明の昏睡状態であった事が発覚。それまでの彼女の説明に齟齬が出たので、WG九頭龍で調査をした所、彼女の記憶がどうやら改竄されているらしい事が分かったのみだった。

 それに父親とも上手くいってはいないらしく、一人暮らしらしい事も分かり、近々学園敷地内の寮に入所も決まった。

 彼女もまた、間違いなく動揺しているはずだろう。

 自分の記憶が偽物で、実際には一人ぼっちだったのだ。

 更に偽物とは言え、母親を模した人形が爆発する光景を目の当たりにしたのだからショックを受けないはずがない。

 それでもそんな素振りを全く見せる事なく明るく振るまえる。そんな彼女が聖敬には眩しかった。


「ああ、大丈夫大丈夫」

 少し照れながら起き上がった聖敬だったが、不意に気付く。

 クラスメイトからの視線が痛い事に。

 男子からは「あのバカ」と言わんばかりの呆れる様な視線が。

 女子からは「うっそ、ヘンタイ」「サイテー」という声が声が伝わる様な冷ややかな視線。

 何で、と思ったがすぐに気付く。

 エリザベスが放った爆弾を自分がどう返答していたのかを……。

 そうそう、そう言っていたのだ。エリザベスの声は大きく、よく響く。その声で皆の注意が一斉に向けられていたのだ。

「いやいやいやいやいや――――!!! ち、違うから。違うからぁ!!!」

 少年の声が虚しく響き渡った。



「はぁ、最悪だ」

 結局、一日中聖敬のネタでクラスが一日盛り上がってしまった。

 当然の事ながら、田島と進士も知る事になったわけだったが、二人の言葉は全然違った。


「キヨちゃん、エッチ~♪」

 とからかってくるのは勿論田島。彼が進士のPCを覗こうと言い出した元凶だったのに。

「ま、でもドラミちゃんには感謝しとけよ」

 とも言われた。どうやら、あの後に美影がうっかりPCを触ったと進士には言ったらしい。

「ああ見えても意外と身内思いだからな、彼女」

 そう呟いたのが印象的だった。


 一方の進士は、というと。

「別にいいさ」

 と彼らしく淡々としたものだった。

 特に怒るでもないし、冷たい訳でもない。

 いつも通りに冷静。

 だからこそ気になった。田島曰く、ここ二週間何を探っているのかが。その記事というか施設の案内については一応伝えておいた。

 自称学園でも二十本の指に入る情報通という何とも中途半端な自慢話を以前していた親友もその件が何を示すのかは分からなかったらしく、顔をしかめていた。そして、しばらく考える所作をした後に「こっちでも調べてみるよ」と言って別れた。



 何の気なしにWG九頭龍支部に寄り、訓練室に入ってみると、そこにいたのが怒羅美影。

 そして、彼女の訓練風景を見て思わずボヤいた。

「す、すごい。なんだこれ」

 それは初めて目にする訓練プログラムだった。


 彼女を中心にして無数の浮遊砲台が五体上下左右に展開されている。それらはまるで小さな鳥の様な形状をしていて、小さな砲門らしき突起物を備えている。

 丁度美影の背後に回り込んでいた砲台が仕掛けようと動いた。

 ボン。

 まるで玩具の花火の様な軽い音。

 美影が振り向いた瞬間に指を鳴らし火花を散らし……砲台が弾け飛んだ。

 それを契機にしたかの様に他の四体の砲台も俄に動きを加速させていく。かなりの速度で周囲をクルクルと周回。撹乱するつもりの様だ。聖敬は見ていて気付いたが、彼女がその気になれば砲台を破壊できるタイミングは何度もあった。にも関わらず、何故か攻撃しようとしない。

「美影のアレ、気になった?」

 そう声を掛けてきたのは、副支部長である家門恵美。

 彼女もまた黒のアンダーを上下に着用。ただし、彼女はWGのマークの入ったモッズコートを纏っている。

 彼女も元々は戦闘を専門にするエージェントであり、聖敬もこれまで幾度となく訓練の相手を勤めてくれたりもした。

 ”ソニックシューター”のコードネーム通りの素早い動きを駆使しながらの的確な射撃には何度手合わせしても苦戦する。

 この支部にいるエージェントとは一通り手合わせを済ませたが、聖敬が負けそうなのはこの副支部長位だった。

 彼女曰く、支部長である井藤の方が戦えば強いそうだか、彼の場合はイレギュラーを迂闊に解放出来ないらしく、未だに手合わせ出来てはいなかった。

「美影のアレは、彼女を狙った砲台だけを瞬時に攻撃するっていう縛りなのよ」

 何でも、自然操作能力ナチュラルの系統のイレギュラーは総じてそのコントロールが難しいらしい。

 その中でも、炎熱系のそれは特に難しいらしく、不安定らしい。

 だから美影は、瞬時に炎を正確に操れる様にああして、自分を狙う砲台だけを破壊する訓練を積むそうだ。もしもの時、例えば敵が一般人に紛れている時に、素早く対応出来る様に。

「……あの子はああ見えても結構努力家なのよ」

 そう言葉をかける彼女の表情は、いつもクールな雰囲気の副支部長にしては珍しく優しい微笑だった。


「レベルを上げて!!」

 美影がこの訓練室の向かいに待機している訓練プログラムのオペレーターに声をかける。

 するとしばらくして、部屋の床から昇ってきたのは新しい浮遊砲台だ。しかもその数は、軽く数十体を越えている。

 それらの砲台に完全に包囲された状態から次の訓練が始まった。

 流石に今度は無理だろうと思った聖敬だったが、すぐにその見込みは外れた事を理解する。

 さっきの十倍以上の数が上下に、左右に揺れながら漂い、動いているというのに、彼女は対応出来ていた。

 背後に、頭上に、真横に、と次々に襲い掛かろうとする砲台を即座に判別。的確に破壊していく。まさに驚くべき識別力だと言える。そうして一分経たない内に全ての浮遊砲台は破壊され、足元に転がった。


「ふう…………」

「御疲れ様、美影ちゃん」

「あ、家門さん。……それと星城君 」

 美影の声のトーンに明らかな差があった。家門には特に含むとこもない様だったが、クラスメイトには見下す様な響きが感じられる。

「どーも、怒羅さん」

 ムッ、とした聖敬も相手にトゲのある声のトーンで返事を返す。

 互いに互いを軽く睨みつつその場に立つ。

「ハイハイ、二人とも、そこまで」

 あいだに割って入った家門は苦笑していた。

 この二人は明らかに互いに対して不信感を覚えている様だと感じた。

「中途半端なケンカをする位なら、この場で戦いなさい。……勿論、お互いに配慮しながらだけどね」

 そう言うと家門は、壁に備え付けられた通信機を手に取ると、何処かに連絡を取る。

「はい、そうです。……私が立ち会いますので…………はい、じゃ」

 通信機を戻すと彼女は悪戯っぽく笑う。

 その笑みを目にした二人の男女は思わずビクッ、と驚いた。

((何、あの微笑み……こわっ))

 そう思った二人の笑いは表情がひきつっている。

「さて、今支部長から許可を貰ったわ。少し休憩を挟んで二人は立ち合いなさい。お互いの事を知るキッカケにもなるから」

 じゃ、と言うと備え付けられたベンチに腰掛ける副支部長からは有無を言わせない迫力がある。

「分かったわよ、やればいいんでしょ?」

 先に折れたのは美影だった。

 彼女も聖敬よりは一ヶ月程しかここにいる期間には差がないが、目の前に腰掛ける副支部長とは、何度も任務で一緒に組んだ仲だ。

 彼女が淡々とした印象に反して、意外と強情なのも理解していたし、聖敬を評価している事も薄々気付いていた。

「丁度いい機会よ、この場でハッキリさせようじゃない。どっちがこの支部のエースか決めましょ」

「エースとかは別にいいけどさ……」

「……手合わせする前に言い訳? もう私の勝ちは決まったわね」

「はぁ? 何でそうなるんだよ、僕はだな……」

「……負けるのが怖いんでしょ? こんな美少女にコテンパンにされるのが……」

「な、何言ってんだよ!! 怖いはずないだろ……逆に委員長の方こそ負けるのが怖いんでしょ、だから口でギャーギャーさ」

「な、何ですってぇーーーーー」

 完全に子供同士の言い争いに発展した。

 最初こそ、静かにコーヒーを口にしていた家門だったが、いつまでも止まらない言い争いにやがてため息をつく。

 パーーーーン。

 甲高い銃声が響き、二人はようやく我に返った。

 恐る恐る銃声を鳴らした上司へと振り返ると、副支部長が笑顔で天井へ向け空砲を鳴らしていたと理解した。

「ハイハイ…………もう休憩はいいわね?」

 抑揚の無いドスの利いた声と微笑みに二人はただ頷くのみ。



 そうして二人は手合わせをする事になったのだが……。

 手合わせのルールとして互いに殺す気ではやらない事、それから気絶した場合、降参した場合は即座に終了する事というのがある。

 逆に言えばそれ以外なら基本的にルール無用にも近い。


 始めこそ乗り気ではなかった二人だったが、いつの間にか……。

「おわっ」

 聖敬の目の前に火球が飛んでくる。勿論、美影が発したものであり左手をかざしていた。

 何とか躱したものの、続いて右手から火球が生成される。

 さっきからこの繰り返しだった。

 聖敬が距離を詰めようにも、彼女はああしてそれよりも早く火球を放ってくる。

 何とか躱し、距離を詰めたと思えば……。

 パチン、という指を鳴らす音。

 シュバッッ、と一本の火花が向かってきて目の前で炎と化し、牽制。その隙に彼女は間合いを外していく。

「はぁ、はぁ」

 聖敬は決して手を抜いている訳では無かった。

 まだ変異こそしてはいないものの、持ち合わせた身体能力を最大限に活かして動き回っていた。

 今の彼なら、素の状態であってもちょっとやそっとのフリーク位ならあしらえる。

 スピードもパワーも最近どんどん上がっていくのが実感出来ている。データを目にした井藤も「君の身体がいよいよマイノリティとして、本格的にイレギュラーに適応し始めた、という事です。これから更に強くなりますよ」

 とお墨付きを貰った位だった。

 だというのに。

 目の前にいるクラスメイトで委員長でもある少女に、今の所良いように走らされている。しかも、自分は息を軽く切らしているのに、相手は汗もあまりかいていない様に見える。

「大した事無いわね」

 涼しい顔でそう言われるが、返す言葉も無い。

「本気で来なさいよ、それくらいで丁度いいハンデになるから」

 美影からの挑発もさっきからエスカレートしている。

 しかし、聖敬は言い返さない。

 確かに、彼女はまだまだ全力とは程遠い。

 少なくとも、この訓練室に入った時程に集中していない。

 無数の浮遊砲台に囲まれた時の恐ろしいまでの集中に比べれば、余裕に満ちた状態らしい。

(それもそうか)

 思えば、あれだけの数に囲まれたながら、冷静に自分に攻撃を仕掛けてくる砲台だけを狙い撃てるのだ。

 いくら聖敬が超人的な身体能力を持っていようが、たった一人を相手にしている分には特に問題ないのだろう。

(間合いを取っている限りは……僕に機会はないって事だ)


 聖敬は呼吸を一つ入れる。

 そして肉体を瞬時に変異させた。手足の筋力を飛躍的に向上させ、勝負に出る。

「ああああああ」

 雄叫びをあげ、半狼となった少年から仕掛ける。

 明らかにさっきとは比較にもならない速度。


 美影も思わずチッ、と舌打ちする。

 彼女のこの場での手段は大きく分けて二つ。

 一つは手をかざした状態からの火球。

 これは意識的に作り出す物で、いわば攻撃用。

 もう一つは指を鳴らし、発生させた火花を放つ、という物。

 こちらは威嚇や、足止め目的。一瞬で放つので連発しても負担は無いが、威力には欠ける。

 火球は威力はあるものの、速度には欠ける。

 火花は速度は問題ないが、威力は微々たる物。


 彼女の十八番である”激怒レイジスピア”は殺傷力が高いので手合わせでは禁止とされている。

 殺し合いではなく手合わせであと使えるのは……。


「しょうがない」

 はぁ、と一息付くと美影は両手に意識を払う。

 そうして右手をかざす。

 聖敬もそれが火球を放つモーションである事はもう理解していた。あえて動きを遅くし、狙いやすい様に誘導して見せる。

 火球が放たれ、向かってくるのは見るや否や聖敬は動きの速度を急速に引き上げた。

 聖敬の狙いは火球を放たせて、そこで生じる間隙を突く、というものだった。

 あの火球は連発出来ない、そう踏んでいたから。

 しかし……。

「甘いわ」

 美影の右手からは更に火球が生じる。それも一度に三つ。

(そういえば二週間前も……)

 あの時は彼も戦闘中でよくは見ていなかったが、彼女が攻撃を仕掛けていた際に、その手数が凄かった事を思い出す。

「はあああっっっ」

 最終的には六つの火球を一斉に放つ。

 それらは異なる軌道で向かって来ており、聖敬の動きを阻害するともりなのが見て取れる。

「どうしたの? ……アンタ手加減して勝てると思ってんの?」

 ファニーフェイスと呼ばれる少女は好戦的な笑みを浮かべた。



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