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変わった世界――The strange world  作者: 足利義光
第四話 The person whom I want to protect――守りたい人
30/121

曲者

 


 七月の中旬、間もなく夏休みに入ろうというある平日の朝。

 耳を澄ますと蝉の鳴き声があちこちから聞こえ、陽射しはまだ朝だというのに強く、気温も汗が滲む程に高い。

 今年は冷夏、とか以前ニュースや新聞では言っていたのはまるっきり嘘だな、と思いながら聖敬は学園へ登校していた。

 そこに。

「キヨ、おっはよーーー」

 元気よく声をかけてきたのはお隣さんであり、幼馴染みでもあり、クラスメイトでもある西島晶。

「ああ、おはよヒカ」

 それに対して聖敬は、どうも心ここにあらず、といった様子を隠せない。


 あの事件から二週間経った。

 事件は大々的に報道され、テレビやネットでは表向きの犯人として”ドロップアウト”が如何に危険な集団なのか、等の話を延々と放送。少年達の心の闇を探る、とかいう特番までやっていた。

 犯罪心理学の教授やら、元警察官等の肩書きの方々が色々と、このテロ事件は、ああだこうだと意見を出していたが、どれもこれも的外れもいいとこだった。やれ、警備体制に問題があったんじゃないのか? やれ、彼らの様な落伍者を支援する仕組みこそが重要だとか、てんで的外れなコメントを垂れ流している。

(じゃあ、あんたらに止められるのか?)

 聖敬はテレビを見ながら思った。あんたらにマイノリティを何とか出来るとでも言うのか? 出来ない癖にああだこうだとか? 何も出来ない癖に、とそう思った。

 珍しく、自分が苛立っていると実感していた。

 何も知らない輩が、ああして知ったかぶりするのが、一番不愉快に思える。


 あれから聖敬は正直、やりきれない気分を抱えたままだった。

 あの事件は解決していないのだから。

 田島はハッキリと言い切った。

「あれは多分、【挨拶】みたいもんだ」

 それに進士も同調し、頷く。

 二人の話を信じるのなら、これから下手をすればもっと酷い事態になるかも知れないのだ。そう思えば、とてもじゃないが落ち着いて等いられない。


 学舎は半ば倒壊してしまった為に、改めて建て直す事が決定。

 高等部はしばらくの間、仮校舎として旧校舎で授業をする事になった。クラスの皆は今時珍しい、木造の校舎に興奮していた。

 ちょっとした遠足気分らしい。


「でさ、美影がさー」

 晶も気を失っていたからか、特に事件を引きずる様な雰囲気はない。それどころか、この二週間は普段よりも明るい。

 それに、何だかんだと、行き帰りもよく一緒になっているし、いつもなら大喜びのはずだった。……なのに。

「キヨ、ちょっとーー」

「あいいたた。な、何するんだよ」

 晶は、未だ心ここにあらず、といった様子を隠せない幼馴染みの耳を思いっきり引っ張ったのだ。

「どうしたの? ここのとこずっと変だよ?」

 そう言いながら、聖敬を心配そうに覗き込む。

「な、何でもないって。ただ、その……腹減ったなぁってさ」

「え、朝御飯食べなかったの?」

「あ、ああ……」

 そう言いながら我ながら下手な言い訳だと、聖敬は思った。

 マイノリティやイレギュラーには無関係の幼馴染みの少女に、本当の事を話せるはずもない。

(もう少しうまい事言えないのかよ、はぁ)

 苦笑いしながら、頭を掻いていると、

 はい、という声と共に目の前には、アルミホイルに包まれたおにぎりが一つ。

「え、ヒカ?」

 戸惑う聖敬に、晶は少し気恥ずかしそうにモジモジさせながら、「ほら、食べて……その手作りだけど」と差し出す。

 実際には朝御飯をしっかり、というか腹一杯まで食べていたので、しばらくは何も食べたくなかった訳だが、目の前に好意で差し出されたおにぎり、それも晶の手作りを食べないなんていう選択肢は聖敬の脳内には存在しない。

「いただきまっす」

 かけ声を入れ、一気に口の中に放り込んだ。

 即座に口の中に広がったその味は…………。


「ど、どうかな? 美味しいかなぁ?」

 少し恥ずかしそうに微笑みながらも、感想を求めてくる晶。

 正直言って、聖敬は吹き出しそうになるのを我慢するので精一杯だった。

(な、な、何なんだこれわぁぁ)

 そのおにぎりは、まず”甘かった”。まず間違いなく塩ではなくて、相当な量の砂糖を使っているに違いない。

 中身の具材はどうやら昆布らしい、こちらは物凄くしょっぱい。

 物凄くしょっぱい具材と途方もなく甘いご飯粒。

 まさしく最凶の食い合わせだ。

 口の中に拡がるカオスの前に気を失いそうになるのを必死で堪える。

(だ、だめだ……うう)

 虚ろになりそうな目を晶へと向ける。聖敬がそんなギリギリにまで追い詰められているとは思いもしない幼馴染みの少女は、目をキラキラさせながら見詰めている。

(だ、ダメだ……!! 言えない)

 期待を込めたその表情を目にした狼少年は、これ迄の人生で最高の作り笑いでこう答える。

「うん、美味しいよ……ヒカ」

「ホント?」

「お、美味しいに決まってるだろ、僕が嘘を付くはずないじゃないかよ」

 そう言いながら、笑顔の裏で背中一杯に冷や汗か脂汗が判別つかない大量の汗をダラダラ流れていく。

「良かったーー、嬉しいよキヨ」

 晶も嬉しいのか満面の笑みを浮かべる。

「当然じゃないか」

「実はお兄ちゃんが【いつも】食べてくれないのよね……。何でかなぁ。私より早起きだし、お弁当つくっちゃうし……」

 へーそうなんだ、と相槌を返しながら、その光景が思い浮かぶ。

 と同時に確信した。あの壮絶な破壊力のおにぎりが”偶然の産物”ではないのだと。

 恐らくはこのおにぎり基準の料理が毎回出されるのだろう。

 そう思うと全身に寒気が走る。

(大変だなぁ、迅さん)

 嬉しそうな表情の晶を見て、兄である西島迅の妹に何も言えない姿が目に浮かぶ。いつもクールそうに見える彼が、妹をついつい甘やかす姿が。


「……ちょ」

(うんうん、大変だ。いつもどうしてんだろ)

「……っと、キ………」

(でも、誰かが言わなくちゃいけないよなぁ)

「…………ヨ、きい…………」

(でヒカに本当の事を言ったら傷付くよな、どうしようか)

「ちょっとキヨ、聞いてるの?」

「おわっっっ! ……何だよヒカ?」

「何だよ、じゃないよ。……美味しいって言ってくれてアリガト」

 おずおずと伏し目がちにそう話す晶を前に、聖敬の顔がかぁ、と赤くなる。改めて可愛い、と心から思えたから。

 こんな何でも無い会話が本当に嬉しかった。

(良かった、こんなに喜んで貰えたなら……)

「――だから、もう一個食べて♪」

 その言葉に聖敬の思考回路がフリーズした。

「…………へ?」

 目の前には、更なるおにぎりが差し出される。

 断ろうにも、晶はこれ以上無い最高の笑顔を浮かべている。

 とても断れる雰囲気ではない。少なくとも彼には無理だ。

 しばしの逡巡の後、その目の前にある爆弾を口にした聖敬が笑顔でそれを頬張ったのは言うまでもない。そして、その後でトイレに幾度となく直行する事になったのだった。



 ◆◆◆



「よ、キヨちゃん。どうした?」

 田島が声をかけた時、聖敬は既に今日何度目かの、トイレから教室に戻った所だった。

 原因は簡単で、短に食い過ぎだったから。

 勿論、あのおにぎり二つの壊滅的な破壊力に胃袋が驚いたのが、一番の理由だろうが。

「ああ……おはよう田島」

 そう振り絞った声を出すのが精一杯であった。

 田島としては一体何があったのか、と聞きたかった訳だが、机に突っ伏している親友に声をかけるのが躊躇われる。

「な、なぁ。これは一体何だよ?」

 だから、自分よりも前に教室に入っていたであろう、クラスメイトにして、同僚であり、戦友でもある進士に尋ねる。

「ん、何がだ?」

 どうやら完全に上の空だったらしく、田島が来たことにも今、気付いたらしい。

「いや、何でもないや」

 どうもこの二週間、進士の様子が変だとは思っていた。いつもならすました顔して読書なり、好きなアイドルの記事でも見ている所だというのに、ここのとこはずっと何か小難しい顔をして一人でいる事が多い。

(どうも根詰めすぎだよな)

 それとなく聞いてみたものの、何でもない、の一言で会話を打ち切られたり、いつもの場所にいなかったりとなかなか探せない。

 この二週間はマイノリティの起こす事件も大規模なものは特に無く、精々がちょっとした窃盗があった位で、WG九頭龍支部でも久々に全職員が順々に休暇を消化している。


(それに……だ)

 田島が振り返ると、そこは武藤零二の席。

 このクラスの問題児にして、WDのエージェントでもあるこの暴れん坊が何故かこの二週間ずっと休んでいる。

 その理由を担任にして、WG九頭龍の支部長でもある井藤謙二に尋ねてみたが、理由は”家庭の事情”だそうでそれ以上は分からないらしい。ああ見えて、いや、ああだからこそあちこちで目立ってしまうあの男は様々な機関からその命を狙われる”賞金首”でもある。この九頭龍という経済特区は、ある種の中立地帯であるからまだ被害も大きくはならないのだが、一歩この九頭龍か出てしまえば、そこではいつでも襲撃されかねない人物なのだ。

 特にお仲間であるWDからの恨みが根強いらしく、未だ時折、刺客が定期的に九頭龍に入って来る始末だから手に負えない。


(やれやれだな、仕方がないから【アイツ】にでも聞いてみるか)

 こうした時にWG以外で最も情報を持っていそうな相手に一人心当たりがある。相当な曲者だが、何らかの情報を持っているに違いない。

(ま、気は進まないけどな)

 不承不承ながらも尋ねる事を決めると、丁度始業ベルがなった。

 いつも時間に正確な担任、井藤が入ってくると全員が席を立つ。

 こうして、いつもの様に授業が始まる。



 この日は短縮授業の為に珍しく午前中のみで授業は終わった。

 しかし、それで帰宅する者は少ない。過半数以上は帰らずに学園に残っている。ある者は弁当を開いてそれぞれの教室で。またある者は購買でパンなどを買って食べる。大半の者は食堂で昼食を食べていた。


 理由は学園の”創立祭”が今週末に開催される事になったから。

 本来であれば先週末の予定が、事件の影響で延期になったから。

 そこで、生徒達は自主的に残って出し物をチェックしたり、練習したりしていたのだ。


 食堂は単純な大きさで言うなら体育館並の広さで、学園内に三ヶ所ある。どれも収容人数は大体六百から七百人位。

 学園の敷地内には学生寮も無数にあり、最低でも二千人はこの敷地内で生活している。その為に食堂も年中無休で開いており、朝の六時半から昼の二時。夕方五時から夜の九時までなら三ヶ所とも食堂は開いているし、その後の時間も最低一ヶ所開いているので、基本的には食いっぱくれる事は無い。


 聖敬はようやくお腹が落ち着いたらしく、食堂の席取りをしている。ちなみに昼食は弁当を持参している。進士は購買でパンを買って食べるらしく、何処かに消えた。

 田島は食券を購入すると、食堂のおばちゃんにそれを渡す。

 料金の支払いは生徒や職員ならば、学生証や免許証をスキャナーに通せば自動的に会計は終了だ。 ここは外部の人間でも利用出来るのでいつも人は多い。

 そんな中を田島はある席へと足を向ける。

 その席にはいつもある人物が座っていて、それは今日も同じ。

「やあ、田島君。久し振りだね」

 声をかけて来たのが、お目当ての人物。

 その人物は、その赤毛を後ろで縛っている。身長は一九〇近くあり、整った何処か気品を感じさせる顔立ちはモデルでも通用する位に整っており、その周囲には彼に憧れて常に幾人もの女子がくっついている。彼は”シュナイダー”。ドイツからの留学生でこの九頭龍学園高等部の生徒会長だ。

 彼の人物が九頭龍にやって来たのはおよそ三年半程前。中等部に編入して来た彼は、あっという間に学園の人気者となり、高等部に上がるなり、生徒会長に立候補。一年にして就任すると、その後二年、三年と三度就任。今に至っている。


「どーもっす」

 田島はこの人物が苦手だった。

 彼こそ、犯罪ネットワーク”ギルド”の一員であり、九頭龍へと派遣されたメンバー。

 本来であればギルドとは、WG同様、いやそもそも犯罪者である以上、WDと同じく”社会パブリックエネミー”。

 そうであれば、自分の身分は隠して潜むのが本来の手段。

 にも関わらず、この赤毛の少年は九頭龍に来て早々に、自分からWG及びにWDを正面から訪問。自分がギルドの名代としてこの地に派遣されたので宜しく、と堂々と名乗り出て、共存を提案したのだった。

 しかも、その動きはギルドからの指示では無かったらしく、刺客が派遣されたらしい。しかし、それを一人で返り討ちにする事で、提案を強引に認めさせたのだった。

 それ以来、WG及びにWDの身近な”友人”としてこうして学園生活を謳歌しつつ、この街の犯罪者の顔役の一人として君臨しているのだ。

 恐ろしくやり手であり、有能な協力者。だが決して油断出来ない相手、それがWG、WD双方の一致したこの人物に対する見解だった。


「珍しいね、おれの所に来るなんてさ」

 シュナイダーは、髪を指でクルクル巻きながら横目で田島を見る。その視線はまるで相手を値踏みする様な鋭さが感じられ、思わず田島は、ここが公共の場であり、中立である事を思わず忘れそうだった。まるで抜き身の刀を突きつけられている、そんな印象を与える男……だから苦手だった。常に駆け引きを強いられる様な圧迫感を感じるから。


「正直いって嫌ですね、俺……あんたが嫌いですから」

 田島はハッキリとそう言い切る。

 その言葉を受け、取り巻きの女子生徒が「何よあんた」と叫び、席を立つ。更に他の女生徒も立ち上がりこそしないが、敵意剥き出しの視線を下級生へと向けてくる。

「くく、ははははっ。いいね、正直なのは良いことだ。皆、すまないけど……【退いてくれないか】?」

 その言葉を受け、取り巻きの女生徒達は素直に引き下がっていく。あまりにも不自然過ぎるその動作は、間違いなくイレギュラーを使っている事を確信させる。

「いいのかよ? ……公共の場で堂々と使ってさ」

「おやおや、怖い怖い。おれは【誰】にも【危害】は加えないよ。少なくとも、誰も仕掛けて来ないなら、ね。……それとも君はおれをこんな場所で殺す為にわざわざ来たのかい?」

 万事この調子だ。

 正直この男と、まともに口を聞くのも嫌だった。

 それは、自分にも似た所があると分かっているからこその、”同族嫌悪”から来る物だった。


「いいから教えてくれ」

「……何なりと」

真紅クリムゾンゼロの行方だ」

「ん? ああ、武藤零二だね。彼、そう言えば九頭龍にいないんだったね」

「知ってるんだろ?」

「まぁ、大まかには、ね。ま、本当ならお金でも取る所だけど、今日はタダでいいよ――彼なら今は【京都】にいるよ」

「京都? 何でそんな場所に……」

「さぁ、ね。如何せん目撃情報がこちらになかなか上がって来ないから、詳しい話はサッパリさ」

 そう言うとシュナイダーは大袈裟に肩を竦めて見せる。

「何だよ、イマイチな情報じゃないか」

 田島は大きくはぁ、と溜め息をつく。何にせよトラブルメーカーはここにいないと分かっただけでも、上出来だと思った。何故彼が京都にいるのかはサッパリだが。それに京都という場所も九頭龍ここに劣らず複雑な場所。あそこもある意味、安全地帯だとも言える。

「ま、いいか。どーもっす」

 そう言いつつ、席を立つ田島を「待ってくれよ」と生徒会長が引き止める。

「何か用ですか?」

 面倒くさそうに田島は頭を掻く。もう用事はない。出来れば今すぐにでもこの場から立ち去りたかった。

「ああ、WGそっちに伝言だ」

「分かりました……で?」

「どうも、九頭龍に厄介者が来てるみたいだ。つい先日までギルドの暗部だった男がね」

 暗部、という響きに田島は微かに表情を変える。

 ギルドの暗部と言えば、基本的にはマイノリティ専門の処刑人。そんな奴がここに来るなら、休日を謳歌する為じゃない事は明白だった。

「ギルドの問題でしょ……あんたが対処すればいいじゃないですか?」

 試す様に問いかける。その回答で目の前にいる相手の基本スタンスを把握する為に。

「そんなの決まってるじゃないか。今の所、おれは何もしないよ。特段、危害を加えた訳でも無いし」

 つまりは基本的に中立だという事だろう。そう田島は理解した。

「分かりました、じゃ」

 立ち去ろうとするその背中に、シュナイダーは一言だけ言う。

「宝物、守れるといいね」

 それが何を意味するのか、田島にはよく分かった。クラスメイトにして、監視対象の彼女を指していると。

「いつでも見ているよ」

 と、暗にこう言いたいのかも知れない。何にせよ、もうこの場に留まるつもりは毛頭無い。さっさと立ち去る事にした。



 ◆◆◆



 時間は遡って昨晩の事。

 九頭龍の港湾地区。三国港と呼ばれたその場所の一機の水上飛行機が降り立つ。水飛沫を派手にあげながら。

 そこに迎えの為のボートが一隻近付く。

 そこに乗り込むのは、一人の青年。灰色のスーツを纏い、降り立つ姿は一見すると、エリートビジネスマンの様にも見える。

 だが彼を見た者は、明らかに異質なその存在にすぐに気付く事だろう。何故なら、その青年には何の表情も浮かんではいなかった。

 その顔からは、喜怒哀楽という基本的な感情を読めない。

 何の感情もない、まさに能面の様な顔。

 本来であれば端正と言っても差し支えない容姿だが、何とも形容し難い得体の知れなさを発している。


「ようこそ日本に、九頭龍に」

 ボートから護岸に降り立った青年を出迎えたのは、同じく得体の知れない小学生から中学生に見える少年と、金色の髪を持つ少女。

 真っ赤なイブニングドレスに、真夜中だというのにサングラスをしている。

「パペット……彼女は誰だ」

 青年は旧知の犯罪コーディネーターに尋ねる。その声の調子は相変わらず何の抑揚もない。それでも一応興味はあるらしい。


「ベルウェザー、君も聞いた事位はあるだろ? NWEの一員であり、幹部だよ」

 パペットも素直に話す。この青年相手に嘘や偽りといった駆け引きは無意味なのだ。感情を表に出さないポーカーフェイスではなく、感情を知らないこの青年を前に駆け引きを仕掛けても何の効果ももたらさない。


「ベルウェザー、彼が君のお望みの人物。【無感情アサーミア】だよ」

 パペットの高らかな声だけが深夜の港に虚しく響く。

 先導者たる彼女もまた、得体の知れなさでは引けを取らない。

 果たしてこの場にいる彼女もまた、人形なのか? それとも本人であるのか? この場にいるはいずれ劣らぬ曲者達。

 場がいつしか剣呑とした空気に包まれていく。


「いいのかい? 殺し合っても」

 パペットが先に脱落する。そもそも、彼の本分は戦闘ではない。

「心配するな。試すのはワタシじゃなイ」

 続いてベルウェザーが一歩下がり、指をパチン、と高らかに鳴らす。

「試すのはアレだ」

 そう口にした瞬間だった。バシャアアア、と水飛沫を上げながら、何かが海中から浮かび上がる。

 それは、鰐の様な姿をしている。

 大きな口、そこから覗く無数の牙は鋭利に尖っている。

 二足歩行は無理らしく、四足歩行で身構えている。

「ベルウェザー、殺しても……喰ってもいいのか?」

 鰐は不気味な声を出して主人に確認を取る。

「勿論よ……噛み砕いて」

 先導者たる少女は酷薄な笑みを浮かべ承認する。


「殺してもいいのか?」

 アサーミアもまた、背後にいる二人の曲者に問うた。

 パペットはニコリ、と笑う。もう一人の鰐の飼い主らしき少女もサングラスをくい、と上げる。

 それらのサインを見た殺し屋は口元を微かに歪める。

 だが、そこに感情の有無を感じる事は困難だろう。

 その表情は全く感情を宿していないのだから。

「了解した」

 無感情と呼ばれる処刑人は、ゆっくりと振り返りながら、獲物に視線を向けた。


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