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疑惑と安息の狭間

 

 それはまさしく深紅。赤く染まった悪意の発露。

 人形の主は、自身が造り上げた造形物を元の姿に、只の血の塊に戻した。それは、彼女の血を元に造り出した精巧かつ歪な人形。

 それは主の願いに従い、時に盾に、時に矛にも成り得る。

 人形には小さな細工を施してある。

 主が念じた時に弾け飛ぶ、という細工を。

 その際に人形は真っ赤な花を咲かせる。真っ赤な大輪の鮮やかな花は周囲の物を粉々にして、消え失せる。

 彼女は、その際に巻き起こる惨劇を見るのが楽しくて仕方が無かった。一瞬にして、歓喜と希望に満ち溢れていた人々が、恐怖と絶望に突き落とされる瞬間を目の当たりにするのが。

 人形の目を通して見える哀れなる愚者が何が起きたのか理解する暇も無く、死にゆく様を最前列で見るのがたまらなく愉快であった。

 だからこそ、人形の視界に映る聖敬と美影が絶望に満ちた顔をして、死ぬのが楽しみだったのに。


 だというのに、その結末は俄には信じ難かった。

≪一体、何が起きたというの?≫

 珍しく驚きの声を人知れずにあげたのだった。

 確かにあの人形は、既に半分以上燃やされていた。

 だから、内包していた威力は本来の半分以下だっただろう。

 しかし、それでも、だ。

 それでも、すぐ近くにいたあの生意気な女に、度々邪魔をしてくれた狼少年、星城聖敬。あの二人は確実に殺せた、いや最低でも重傷は負わせたはずだった。

≪なのに、何でよ? 何でアイツら…………!≫

 彼女”先導者ベルウェザー”は、自分が珍しく怒りを抱いた事を認識していた。



 ◆◆◆



 それは漠然とした何かだった。

 夢の中で、何か赤い何かが爆ぜる。

 最初は綺麗だと思ってしまった、その内包していた鮮やかな赤さに。

 でも、それは間違っていた。

 一見すると鮮やかに見えたその赤は、ドス黒い濁った様な色彩。

 まるで、この世の不愉快さを全てそこに投げ入れたかのような色で、全てをあらゆる色彩を呑み込み、汚し、消し去る。


 彼女がそう思ったのは何故だろう?

 彼女はその時、その場を見てはいなかったのに。

 意識を途切れさせ、何も分かってはいなかったはずなのに。

 無意識下だったというのに、ハッキリと”悪意”を感じ取った。

 その悪意が自分にとって大事な物を消し去ろうとしている事を察知した。

 だから、いや、だからこそだろうか。

 彼女は知らず知らずの間に”入り込んだ”。

 炸裂しようとするドス黒い濁った赤い殺意に対して。

 その結果は、彼女も後に知る。大事な人に会えたのだから。

 しかし、これはあくまでも彼女が無意識で行った事。

 自分が介入した事には気付かないままだった。



 ◆◆◆



「何てこった――!!」

 田島は絶句した。さっきまでの二度の爆発とはまるでケタ違い…………それ程に目の前で起こった爆発は圧倒的だった。

 ベルウェザーが血液操作能力者ブラッドコントロールであると、感づいた段階で爆発したのが爆弾による物ではなく、何者か、恐らくは自分の血液を基にした”人形”の爆発による物では無いかと疑っていたのだ。仕掛けた爆弾を起爆するように。

 だからこそ、警戒していたのだ。

 人質となったクラスメイト達を。

 彼らを盾にされたらマズイ、そう思って。

 だが、違った。今まで自分達が主敵だと思っていたのもまた人形に過ぎなかった。

 遠目からも区別が出来ない程に精巧な人形だった。

 つまりは、製作者のイレギュラーのレベルの高さが嫌と言う程に理解出来る。人形を作れるイレギュラーの系統は大きく二つ。

 一つは、”創造クリエイション”。主に武器を造る者が多いが稀に自分や他人に酷似した人形を造る者もいる。

 もう一つがブラッドコントロール。自分の血を用いて様々な人形を造る事が可能。こちらの方が敵に回すと厄介だった。

 その理由が、今、目の前で起きた事態だ。

 自分の血で、自分の一部を用いて造られた人形は造形主のマイノリティとしての優秀さを示している。つまり、人形が精巧であればある程、造形主のイレギュラーのレベルが高い事を示す。

 そして、それだけの精巧な人形の、イレギュラーの結晶がもたらす爆発の甚大さも。

 いくらマイノリティにはリカバーがあるからとは言え、その回復には限度がある。限度を越えたダメージを受ければ助からない。

 目の前で起きた爆発の威力は壮絶だった。規模こそほんの十メートル位の範囲ではあった。だが、巻き起こったエネルギーの余波で体育館の壁が一部崩れた。

(これじゃ助からない――)

 膝を付き、呆然とするしかなかった。



 もうもうと巻き起こる煙が徐々に晴れていく。

 するとそこにいたのは「ったく、冗談じゃないわよ」美影がボヤきながら出てきた、信じられない事に殆ど無傷だった。

 そしてすぐ側には気絶した聖敬が倒れている。

 元の姿に戻っており、WG特製の上下のアンダー姿だ。


「おい、ドラミ。どうやって……くがっっ!!」

 思わず詰め寄った田島が、うぐおおお、と鼻を押さえながら悶絶する。

「だ・れ・が・ドラミだってぇぇぇーーーッッッ」

 激怒した美影のパンチが放たれたのだ。

 彼女はドラミ、と呼ばれると激昂する事を田島はすっかり失念していたのだ。


「ったく、シャワー浴びたい」

 美影は一見何事も無い様子でボヤきつつも、考える。

 自分達が無傷である事に。

 そんなはずが無いのだから。

 あの爆発の瞬間、美影はその降り注ぐ血を全身に炎を纏わせて防御に入った。美影の炎はある程度は有効だった。

 血を瞬時に蒸発させたのだから。

 しかしそれも、ほんの僅かな時間の話。

 美影はそもそも防御が苦手だった。

 イレギュラーの使い方にも傾向は存在する。

 端的に言えば、攻撃と防御、それから支援。

 彼女の場合、用いるイレギュラーは攻撃に特化しており、圧倒的な火力を用いての先手必勝。力押しがその戦闘時のスタイルだ。

 防御が出来ない訳ではないが、決して得意ではない。

 もしも”切り札”を使えば或いは防げたのかも知れない。

 だが、その切り札には大きな問題がある。

 端的に言えば、未だ彼女はそれを使いこなせていないのだ。

 それに、彼女の切り札は強力無比ではあったが、まだ実戦で試した事がない。失敗すればイレギュラーの暴走も有り得た以上、あの場では使えなかったのだ。

 そのはずなのに。

 彼女はほぼ無傷だった。それだけじゃなく、聖敬も同様にだ。

 そんな筈は無かったのに。

(一体何が起きたの?)

 そう思うと素直には喜べない。

(何か、別の何かがアタシ達を助けた……?)

 そう考えた瞬間、美影の視線は不意に屋上へと向けられていた。



 ◆◆◆



「はっっ」

 聖敬が目を覚ますと、そこは真っ白の天井が見えた。見覚えのある天井、それからクルクル回るシーリングファン。

「WGの病院か?」

「気が付いたか」

 聖敬に声をかけたのはベッドの側に備え付けられたソファーに座る進士だった。 タブレット端末でゲームをしていたらしく、聞き覚えのあるテーマ曲が耳に入る。

「僕は一体? ……つっ」

 ズキリとした鈍痛が背中や腰に走り、思わず唸る。

 それを見た進士が言う。

「無理はするな、少し休んでいれば自然と治癒する」

 淡々とした物言いで、自分を心配していない事が伝わる。つまり、言葉の通りなのだろう。大人しくしていればいいのだと。

 ふと、壁にかけられた時計を見ると、時間は夕方の六時。

「心配するな、日は変わってはいない。お前がここにいるのも単なる自然治癒の為だ。家族にも支部長が連絡をしているしな」

「……どうなったんだ?」

 聖敬の意識は赤いドレスの女性が弾け飛び、何かを撒き散らした所で途切れていた。恐らくは、連戦のダメージと精神的な疲労で、気絶したのだろうと、そう理解していた。

 進士は、わかった。と答えると状況説明を始める。


 あの事件は解決した。

 表向きは、犯人グループが包囲の緊張に耐えきれずに人質諸共自爆を図ったので、やむなく警察の特別攻撃部隊が強行突入。

 犯人グループは三人だけ確保。他は全員死亡。

 特別攻撃部隊も、隊員数名が交戦で殉職。

 学校にいた生徒は五人が重傷、教頭が死亡。その他、軽傷者は無数。犯人グループの狙いは、どうやら当時、学園を訪問していた要人の誘拐だったらしく、それに、失敗した事で事態がこうなったらしい、という見解が警察から発表されたそうだ。


「ま、勿論事実は違うけどな」

 要人と言うのは、藤原新敷という男。

「誰なんだその人は?」

「彼は藤原一族の一員。藤原一族っていうのは、簡単に言うなら権力者だよ。ことに、この九頭龍じゃ絶対的な、な」

 そうして進士は説明を始める。

 藤原一族という権力者達について、彼らが日本中のみあらず、世界に影響を与えられる者達であり、九頭龍という経済特区構想を立ち上げたのも彼らであれば、その為の多額の資金をも捻出。

 九頭龍に於いて、WGとWDが表立って争えないのにも彼らの目があるから、とまで言われているという事を。

「そういう連中だから、当然後暗い話も多い。今回の藤原新敷ってのは、まさにそういう【裏の部分】を受け持っている男らしい。

 だから、その男が今日突然WGに来て、それから学園視察にいったのも偶然じゃないだろうな。学園の出入り口に関するセキュリティが簡単に突破されたのも含めて」

「じゃあ、その人があの集団を……」

「まず間違いないだろうさ。手引きしたのはな。ただ、証拠は無い。その上、藤原新敷は学舎を脱出して、警察に保護された。だから、具体的に俺達に何かを仕掛けた訳でも無い、だから……」

 進士が苦虫を潰した様な表情を浮かべる。普段、感情を表に出さない親友の様子に悔しさが滲んでいるのが見て取れる。

「手は出せないんだね?」

 聖敬は敢えて聞く。進士はああ、とだけ返す。

「それから、俺は詳しくは知らない。すまん」

 進士は内心悔しかった。今回の件で自分が役に立たなかった事を痛感したからだ。自分が戦闘向きのイレギュラーを使えない事が悔しい。支援に特化、それも田島程に、汎用性も無い事に。

 だからこそ、内心で誓った。今回の件の裏を暴くと。

 無論、WGは関係無い。WGは、今回の件で藤原新敷に対して何もしないと決定したのだから。相手もそうなる事を見越して、敢えて何もしなかったのだろう、と。

(だが、なら何をしに来たっていうんだ?)

 意味もなく、得体の知れないNWE等という連中を引き込む為だけに来たとは信じ難かった、何か裏がある。それを掴めば、或いは。

 進士はまだ気付く由もない。その件が、どれ程の深い闇の中の出来事なのかを。そして、それが自分の因縁をも手繰り寄せる事になるとは……だがそれはまだ先の話である。



 ◆◆◆



「お疲れ様でした。深紅クリムゾンゼロ

 九頭龍に聳える超高層ビル群。その中でも一際大きいビルの最上階にあるオフィス。WD九頭龍支部でもあるその民間警備会社の社長という肩書きを持つ妙齢の美女。九条羽鳥は、簡潔かつ端的に一言で労った。

 声をかけられた当人、武藤零二の表情は憮然としている。

 顔は薄汚れていて、着ているシャツもボロボロ。任務であった裏切り者の立井久喜の始末は完了。本来であればもう少し喜んでもいいところではあった。

 だが、当の零二に渦巻くのは、沸々とした怒り。

 零二は目の前にいる上司に、ついさっきこう釘を刺されたのだ。

 ――藤原新敷に対しては、現状何もしない事になりました。

 とだ。我慢ならなかった。あの男に借りを返さなければ気が済みそうにない。

 九条としては、目の前の血気盛んな少年の気持ち等、百もお見通しであり、だからこそ先に釘を刺したのだ。

 これが例えば、シャドウなどが命じたのなら、零二はまず間違いなく無視を決め込んでいた事だろう。

 シャドウだけではない。他の誰かがそう言っても基本的に無視したはずだ。

 何故なら、この武藤零二という少年は、自分が認めた相手の話しか聞かないからだ。その相手こそ、上司の九条羽鳥であり、後見人である加藤秀二であり、繁華街で世話になっている進藤明海だった。彼らの言うことであるなら、零二も何だかんだと承諾出来る。

 彼らはいずれも零二の恩人であり、返すべき借りを持つ相手だからだ。だが……それ以外の相手には反発する。


 例えばシャドウはその最たる例だろう。

 彼がこの支部の中で云わば副支部長とも呼べる立場にある事は、理解している。本来であれば、彼の言う言葉にもそれなりの敬意を持った方がいいのは、理解はしている。

 しかし、シャドウの言葉に零二は強く反発を覚える。

 彼の発する言葉には、”重み”が無いのだ。

 自分の言葉ではなく、上司である九条の言葉を右から左へとただ垂れ流しているだけだと、そう彼には見えるし、聞こえる。

 シャドウは、文字通りに自分が敬愛する上司の影たろうとする故に、自分の言葉を伝える、という事に意識を払わない。

 影たる青年にとっては、自分の言葉は九条羽鳥の言葉であり、それ以上でもそれ以下でもない。

 従って、零二が反発する事が許せない。

 お互いを嫌悪している現状、もしも支部長不在にでもなれば、抑えの利かない二人は殺し合いを始めかねない。


 自分の意見を持たない相手が何故ここまで嫌いなのか?

 それは、零二自身がかつてそうだったからだろう。

 彼は、研究施設”白い箱庭”に二年前までいた。物心がついてから、自分の手で壊滅させるまでずっとだ。

 あそこにいた頃の自分は、ただ言いなりだった。

 言いなりになり、実験と称した拷問に耐えた。

 言いなりになり、実験と称した殺し合いも実行した。

 彼にとって自分の意見は二の次だった。

 ただ何となく言われた通りにイレギュラーを行使し、たくさんの物を破壊し、大勢の命を奪った。


 外に出て、秀じぃに躾けられ、様々な事を学ぶにつれ、思った。

 もしも、自分にキチンとした”意思”があったのなら、もしかしたら奪わなくても済んだ命もあったのではないのか、と。

 もしも、自分に言葉があれば、あんな殺戮に至らなかったのではないのか、と。

 勿論、そんな事を考えても今更どうにでもなる訳でもない事は理解している。それどころか、自分の命が無かったかも知れない。あの研究施設の連中が行っていた非人道的な数々の実験を見てきたのだから。

 人間性が希薄かつ、感情の起伏も小さかったからこそ、生きてこれたに違いなかった。つまりは、あの当時の零二にとっては、生きる為の処世術だったのだ。

 だが、それでもたまに考えるのだ。

 ああなる前に、様々な選択肢があったのではなかったのかと。

 無数の選択肢をずっと無視し続けたからこその殺戮だったのではないのか、とそう思わずにはいられなくなる。


 だからこそ、零二は過去の自分を嫌悪する。

 自分の意思が希薄で、ただ言われるがままにイレギュラーを行使した自分が許せなかった。

 そして、それを想起させる連中を……シャドウをも嫌った。

 その一方のシャドウからすれば、自分の意思等はさして重要ではない。

 彼にとって、自分等という存在はあくまでも九条羽鳥という存在を支える為の影なのだ。影たる身に我など必要ない。

 だからこそ、あくまでも我を通そうと足掻く……武藤零二という少年が許せない。まるで自分を否定される様な気分を味わうから。


 実際、彼女にとっては、自分の意思を正確に伝言させ、尚且つ功名心も抱かない腹心の存在は組織を円滑に運営する上で効率的であったし、零二の戦闘力と任務達成率の高さも評価すべき点であった。

 九条もよく理解している。だから、零二に任務を伝えるのも彼女自身が行うのだし、今回の様に釘を刺すのも自分の口からでなければ意味がないのだ。


 黙り込み静かながらも、血が滲む程に拳を握る少年の姿を見据え、こう言葉を告げる。

「貴方には当分の間、九頭龍から離れて頂きます。行き先は……」



 零二が怒りを堪えつつ、支部長室こと執務室を出ていってからすぐの事。

 別室にいた来客が姿を見せる。

「面白い茶番だ、狂犬の手綱をよく握っているものだな貴様」

 藤原新敷であった。

 彼は、零二が怒り心頭で出ていく様をモニター越しに眺めていたのだ。無論、気配を絶った上で。それでも、零二が周囲を熱探知していれば見つかったのかも知れないが。

「貴方にも早急にお引き取り頂きます。出口は分かりますね?」

「ふん、ユーモアのない女だ。言っておくがWDごときが我々の邪魔をしない事だ、貴様らが如何に有象無象を急き立てようとも、藤原一族には抗えんのだからな」

 くく、と珍しく笑みを浮かべながらスキンヘッドの巨漢は部屋を出ていく。その去り際に、

「驕らない事です、貴方一人消えてもあの一族には大した影響も無いのです……【剛腕】」

 剛腕、という言葉に反応し、巨漢は歩みを止める。

 それは、藤原一族内での彼の呼び名、いや”忌み名”だった。

「くく、だからこそ、だ。せいぜい藤原を敵に回さぬ事だ」

 僅かに怒気を込め、警告の言葉を吐くと藤原新敷は立ち去る。


「いずれ貴方も消えるでしょう。相応しい末路と共に……」

 平和の使者たる女性はそう呟くと、窓から見える九頭龍を眼下に収める。日が沈もうとし、代わりに月が浮かび上がろうとしていた。明かりの付いていない部屋を闇が包み込んでいく。



 ◆◆◆



 その頃。九頭龍病院の南棟、その屋上。

「あ、ここにいた」

 一人、屋上のベンチに座っていた聖敬の元に西島晶が駆け寄ってくる。

「あ、ヒカ」

「んー? どうしたの、何か遠くを見てたね」

「あ、何でもないよ」

「それにしてもひっどい一日だったね」

 そう、あれだけの事がたった一日で起きたのだ。

 朝早く起きて、横にいる幼馴染みと出かけ、そのまま学園に行き、創立祭の準備をしていた。

 その後、得体の知れない連中が襲撃をかけてきて、戦った。

 そして、グラウンドでフリークと化した畔戸吉瀬と、あの赤いドレスの女性と戦った。

 敵はNWEという集団の一派だったとさっき聞いた。

 WG、WD以外にもマイノリティが所属する集団は数多くあるが、その中でも最悪との噂もある集団。

 何でも、あの時学舎には、畔戸吉瀬とはまた別のマイノリティが入り込んでいたと聞いた。その人物はあの武藤零二が倒したらしく、それで電波妨害が解除されて一気に突入出来たらしい。

「ほんとだよな、無事で良かった」

 本音だった。今、こうして彼女と話せているだけで心が落ち着く。あれだけの状況の後なのに。

 聖敬は、イレギュラーの副作用なのか、戦闘後に一定時間興奮状態が継続する。五感が研ぎ澄ませれ……ちょっとした物音にも敏感になってしまう。

 それを落ち着かせる為に、最近では屋上に来る事が多くなった。

 田島や進士もたまに来るので三人でふざけたりもする。

「あ、そうだ。今日だけどね、お兄ちゃんが仕事でおそくなるんだよ。だからさ……」

 晶の横顔。微かな風にふわりと動く髪の毛。時折見せる無邪気な笑顔。――その全てが聖敬にはかけがえのない大事な物。

(僕は、ヒカを守りたい)

 そう決意させる。

 何があっても、絶対に守り抜きたいと思わせる。

「ちょっと聞いてた?」

「え、あ? ……何でしょうか」

「全く、キヨはあれだね。起きたままでも寝れるのかな? いい、今日の……」

 少し怒った顔を見せながらも、屈託のない笑顔と声で晶は聖敬と話を続ける。

(もう少しだけ、こうしていたいな。今だけはヒカと)

「ん? いいけど」

 晶の言葉に驚いた聖敬がベンチから転げ落ちる。

「な、な、何を言うんだ。僕たちはその……」

「夜ご飯食べに来るんでしょ、ウチに」

 晶はキョトンとした視線を、顔を真っ赤にした聖敬に向けた。

「え、あ、ああ、うん行くよ、行く行く」

「キヨったら変なの……もしかしてエッチな事でも考えたの・か・な?」

「は、はぁ? そ、そんな訳ないじゃないか。僕たち幼馴染みなんだしさ」

 手足をばたつかせ、必死に誤魔化そうとする聖敬を見た彼女は、

「アハハ、冗談よ、おじさんとおばさんには私から電話するから、ちょっと待っててね」

 そう言うと、ポーチからスマホを取り出して電話をかける。

 その後ろ姿を見ながら決意を新たにする、守りたいと。

 かけがえのない人を、何があってもこの手で、と。



 ◆◆◆



「どう思いますか? ファニーフェイス」

 九頭龍学園高等部学舎。そこにひっそり存在するWG九頭龍支部の分室にて。

 井藤謙二は尋ねる、怒羅美影に。そして、田島に。

 二人をここに呼んだのは、ベルウェザーとの戦いで美影が感じた違和感について確認したかったからだ。

 今、この分室にいるのは五人。

 支部長たる井藤、副支部長の家門恵美、通信担当の林田由依。

 それから、美影に田島だ。

 今、この別室には誰も入る事が出来ない。

 何故なら、今、ここからは何処にも行けないのだ。

 ドアの向こうは何もない空間。これがこの分室に今いる理由。

 敢えてそうしたのは、ここで話す事が”機密事項”だったから。

 他言無用の話をする為だった。

「正直言って、アタシのイレギュラーじゃ無傷じゃ済まなかった。まず間違いなく、ね」

「つまりは、第三者の何らかの【介入】があったと?」

 美影の言葉に井藤が問い直す。そうして、家門と林田に視線を向け直す。二人はほぼ同時に頷き、肯定の意思を示す。

 井藤はその”イレギュラー”については何も知らない。

 何故なら、当時まだ彼は一般人だったから。

 家門と林田についても正確に知っている訳では無い。

 ただ、二人がWGの前身であった”防人”にいた頃に聞いただけの事だった。

 情報が曖昧であるのは、それだけ徹底した隠蔽工作が存在したから。当時の防人には今程の組織力は無かったが、それを行えるだけの個が。力を持つ人物がいたのだ。

「つまり、【彼女】が目覚める可能性が高まった……そういう訳ですね?」

 井藤の言葉も心無しか、さっきよりも強い。

 彼女については、この九頭龍支部に来る直前に、日本支部長、正確には初代九頭龍支部長であった菅原からこう言葉をかけられた。

 ――あれは危険だ。充分に気を付けろ。何があっても、守れ。

 そこまで言わしめるイレギュラーとは一体何なのか?

 当然と言うべきか、その情報はデータベースにも無い。

 一説では、あの九条羽鳥ですら存在を黙認し、隠蔽に関わったとすら囁かれ、暗躍したというまことしやかな噂があったともされる。

 確かにWG九頭龍支部の大きなの役割の一つに、彼女がマイノリティとして覚醒しないように監視する事というのがある。その為に長年に渡って慎重に見守ってきたらしい事は資料に目を通して理解した。確かに、彼女に対してWGは、いやその前身であるこの地域の防人達は多くの人員を割き、経過を観察し続けていた。

 もしも噂が真実ならば、WDとも休戦出来てるのも、九条が彼女が持つイレギュラーの、その危険性を正確に理解しているからとも言えるのかも知れない。


「彼女は、まだ完全に覚醒したわけでは無いわ」

 家門がそう言いながら写真を見せる。

 そこに写っているのは――



「ほら、行くよキヨ。早くご飯作らなきゃ」

「あ、待てってヒカ」



 井藤のデスクに置かれたその少し色褪せた写真に写っているのは、今よりも大分幼く、まだあどけないものの――紛れもなく十年前の西島晶その人であった。



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