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掌で踊るもの

 

「う、ああっっ」

 呻き声をあげ、田島が意識を取り戻す。

 ズキリ、と割れる様な頭痛がする。身体を動かそうにも、びくともせず動かない。朧気ながらに目を開くと、自分がどういう状況なのかはずぐに理解した。

 目の前にはコンクリートの塊と瓦礫。それも、無数に。

 どうやら、半ば生き埋めにされているらしい。手足を動かそうとするが、押し潰されているらしく、痛みが走った。

(どうしてこうなった?)

 脂汗が滲む。それでも意識はハッキリしており、何が起きたかを思い返してみる。

 確か、体育館から出た所を敵に待ち伏せされた。

 そこにいたのは、畔戸吉瀬。

 聖敬から聞いていたとは言え、先日までとは明らかに激変した容姿に、驚いた。

 まるで、幽鬼の類いのようなその姿は彼が最早、フリークへと成り果てた事が容易に理解出来た。

(それで、確か何人かの護衛に攻撃されて……)

 聖敬を援護しようとした所を学生の一人に背後から襲われ――。

 そうして思い出す。その学生が”弾け飛ぶ”様を。

 あれは、間違いなくイレギュラーを用いた物に違いない。

 あの学生は、爆弾を抱えていた訳では無かった。そもそも、あれは、爆弾とも違う……そして一つの結論に至る。

 それが本当であれば、間違いなく聖敬に危機が迫る事になる。

「くそっ、ヤバイってのに――畜生がッッッ」

 普段の冷静さ等微塵も無い心からの叫びは、その相手には届かない。何故なら――既に彼は相対していた。敵と。



 ◆◆◆



「さ、コイツらをさっさと始末するわよ」

「ちょ、って言ったって」

 聖敬は未だ戸惑いを隠せなかった。横にいる委員長こと、怒羅美影が自分と同じマイノリティで、尚且つWGの一員である事に。

「そこの無表情女……アンタがコイツらのボスね。覚悟しな」

 美影の目が細められ、聖敬に思わずゾクリ、とした震えが走る。

 ゾッとする程に殺気に満ちた目だった。

 まだ困惑してはいたが、この殺気だけで充分理解出来た。

 今、横に並び立つ華奢に見える同級生は間違いなく自分よりも場数を踏んでいる、と。

 しかし、そもそも状況は極めて悪い。

 何故なら、クラスメイトを相手に人質として押さえられている。

 美影は目の前の相手を始末するとは言ったものの、このままでは反撃の糸口すらないのだ。


「ふ、ふざけるな」

 呻きながらようやく声をあげたのは、畔戸吉瀬。

 美影から浴びせられた炎をようやく消し止めたらしい。だが、肌のあちこちに熱傷が見えており、無傷とは程遠い。

「お前らは状況を理解出来ていないようだ、こちらには――」

「――人質がいるんでしょ? 知ってるわよ。バカにしないで」

 畔戸は美影の言葉に怒りを募らせたらしい。

 その骨と皮だけ拳をグッ、と握りしめ、ワナワナ全身を震わせる。そうして「吹き飛べ」と歯を剥き出しに声を張り上げた。

 その言葉に応じる様に美影の身体が、ドン、衝撃と共に後方に吹き飛ぶ。その勢いは弾丸の様でこのままでは体育館へと激突は免れない。だが、不思議な事に当の本人はまるで動揺もしない。

「はあっっ」

 彼女は一言発し――その両手から瞬時に炎が吹き上がる。

 爆発したかの様な炎は、まるでジェットの様な勢いで逆噴射。

 美影は勢いを相殺すると、その場に着地。すたすたと軽い足取りで何事も無かった様に呆然とする聖敬の横へ戻った。

「で何、今の?」

「な、何だと?」

「くっだらない、こんなへなちょこにアタシが殺れると思ったワケ? ……バッカじゃないの」

「な、なんだとこの……クソ女が」

「はっ、大方自分が選ばれた人間だとか何とか思い込んでるバカってトコかしら。図星でしょ、アンタ……」

 言っとくわよ、とそう言いながら美影は相手を睨む。

「あんまりWGうちらをナメんなよ。三下」

「くそ、殺せ!!」

 気圧された畔戸の声に従い、その駒たる特別攻撃部隊の面々が動き出す。

 一斉にその銃火器で主の敵である聖敬と美影を狙う。

 無数の銃弾が飛んでくるのが聖敬の動体視力にはっきり見える。

「じゃ、出番よ」

 そう声をかけると、少女は聖敬の背後に隠れ、その背中を押し出す。

「え、くそっっっっ」

 困惑したものの、迷っている時間も無い。

 がああああああっっっっっ、咆哮と共に自分の筋肉を凝縮。迫り来る攻撃に備える。

 ガガガガガッッッッ。

 銃弾が聖敬の全身へと襲いかかった。


 畔戸吉瀬も今ので相手が死ぬとは思ってはいない。

 互いにマイノリティである以上、一般常識など通用しないと理解している。薄々は気付いていた。自分のイレギュラーが然程強力では無いと、こと戦闘時に於いて。だが認めたくは無かった。

 それを目の前にいたあの小生意気な女に見透かされ、宣告された気がしたのだ。

 ふざけるな、と思った。

 この”偉大グレイトなるガイダンスき”はそもそも戦う為のものではないのだ。

 愚かなる連中を効率的に導く為、その為にあの方に、先導者ベルウェザーに与えられた恩寵なのだ。

 ベルウェザーは今、自分をすぐ傍で見ている。

 あの魅惑的な視線を感じる。彼女は決して言葉を発しない。理由は単純明快、必要がないからだ。

 彼女はその立ち振舞いで全てを語る、雄弁に。

 そもそも、言語というのは互いの意志疎通の為のツールでしかない。以前、科学雑誌か何かで読んだ事がある。

 人類がこのまま進化を続けていけば、いずれ言葉を発する必要も無くなるだろう、と。進化を遂げた人類は”テレパシー”で互いの意志疎通を瞬時に行えるだろうと。

 自分が与えられたこの”偉大なる導き”はその手前の様なイレギュラーだと、彼は認識している。未来の人類が持ちうる能力の一つに過ぎない、と。

 自分という送信機がアンテナを取り付けた受信機に指示を送る事で自在に動かす。今はまだ、特定の言語による操作ではあるが、訓練を積み、いずれはもっと強力にしてみせる。

 決して不可能ではないはずだ。何故なら、すぐ傍の女神の意思が今は自分に届けられているのだ。

(貴方を信じています)

 畔戸には、女神がそう言いながら応援してくれているのが嬉しい。

 素晴らしい事だと思える。これを世界中に広げる事さえ叶えば、間違いなく世界を変える事も出来るだろう。言葉を介さずとも互いの意思が伝わるのだ。無駄な争いなど無くなっていく、絶対者さえいれば。女神さえいればそれも叶う事だろう。

(そうだ、だから邪魔はさせない。だから、奴等をここで殺す)

 そう、彼にとってはNWE等という得体の知れない集団等どうでもいい事だった。ただ、目の前にいる女神の為に。その切り開くであろう、新世界にのみ関心があるのだ。

 WGだのWDだの他の有象無象がいくら強大であっても関係無い。従えないのなら、排除あるのみ。

「殺れ、殺り続けろっっっ」

 駒となった五人組は正直優秀だ。これからはこういった連中を駒とするべきだ。目の前の二人を始末したならここを包囲している連中を引き入れに行こう。畔戸はそう思いながら、僅かに口元を歪める。

 そう思った時、一瞬の隙だった。

 ゴオウッッ。

 気が付くと何かが自分に命中している。

 鮮やかなオレンジ色の何かが。

 それは、みるみる広がっていく。膝下に胸の辺りにまで。

 それが”炎”だと認識した時には既に全身を包み込まれていた。

「ぐ、ぎゃああああああああ」

 畔戸は絶叫しながらのたうち回る。火は肌を焼き、開いた口や耳、鼻から目まで、ありとあらゆる隙間から身体の内部へと入り込み、焼き尽くしていく。リカバーが追い付かない。回復する以上に全身が燃えていく。

(な、何が起きた?)

 それなりにダメージを与えていたはずだった。なのに、何故?

 そう思っていると、あの五人組は自分からの指示を喪失したのかピタリと動かなくなった。

 見えてくるのは、白い狼、聖敬。その身体には一切の出血もない。あれだけの銃弾が襲っていたにも関わらず全く無傷に見える。

 その脇からあの小生意気でいけ好かない女が、右手をこちらに向けており、心無しか笑っているようにも見えた。

(ち、ちくしょう)

 あの女の見下した様な視線と、言葉が脳裏をよぎる。

 言った通りだった、そう思う。

(だが……、お前らに勝たせはしない)

 そう思った偉大なる導きは最後の力を集中させ、叫ぶ。

「人質を殺せ!!!」

 その言葉を聞いた聖敬がしまった、と叫ぶのが聞こえた。

 ざまぁみろ、そう思った。

 連中にも失わせてやればいい。

 だが、何も聞こえて来ない、銃声が。

 駒にした連中は何をしている、そう思っていると、

「だから言ったでしょ、ちゃっちゃと始末するって」

 美影がいつの間にかすぐ側まで来ていた。

 そうして、左手で指差す。


 一体、何が?

 屋上に視線を向けると、そこには進士とエリザベスの姿。

 どうやら、美影の仕草に気が付いたらしい。金髪の少女が手を振っている。

「アンタのしょうもない作戦はもうとっくに失敗してんのよ」

 美影は不敵に笑う。



「おいリズ、石居は生きてるか?」

「ええ、だいじょうブ。わたしのイレギュラーでなんとカ」

 クラスメイトは地面に叩きつけられる寸前で止まっていた。

 ほんの数センチ。ギリギリの所で激突を免れていた。

 理由はエリザベスの持つイレギュラーだった。

 彼女は、保護を受けて以降、WG九頭龍支部で自分のイレギュラーを調べていた。”マリシャスマース”の一件で、自分の身を守る為にもイレギュラーを使える必要性を感じたのだ。

 様々な検査を受ける内に、自分が”血液”を操作出来ると判明した。


 様々な系統に分かれるイレギュラーの中でも、用途がハッキリしている肉体操作能力ボディ自然操作能力ナチュラル

 ボディには、変身や筋力増大といった身体機能の向上。

 ナチュラルには、炎や電気といった自然現象を発生させると言ったとくちょうがある。

 他にも、物質を造形する創造クリエイトや、人形使ドールマスターい等々、様々な系統にイレギュラーは分類される。

 だが、そのどれにも当てはまり、俄には割振れないイレギュラーも存在する。……それが”血液使い”だ。

 このイレギュラーの特徴は、様々な用途。

 勿論、個々人で扱える用途には、制限がある。

 だが血液使いは、応用力が高い。

 まさしく吸血鬼さながらに、他者の血液を吸う者もいる。

 自分の血液から何らかの武器を精製する者もいる。

 はたまた、自分の血液から人形を作る者もいる。

 その適用範囲が高い為と、判別の困難さにより、近々改めてカテゴライズされるらしい。”血液操作能力ブラッドコントロール”として。


 繁美・エリザベス・ジェスターのイレギュラーは、”人形”を生成する事だった。ただしイレギュラーの訓練を開始してから日も浅い為か、まだあまり精度の高い人形は造れない。

 しかし例えば”ゼリー状”の数センチ程度の厚みのマットの様な形に拘らない物ならば、すぐに造れる。

 進士が予測したのは、人質となったクラスメイトを何処に連れて行くのか、だった。ただ殺すだけなら、わざわざ連れて行く必要等は無い。その場で、あの調理実習室で皆殺しにすればいいのだ。

 つまり、敵には目的がある。それも自分達に対して何らかの思惑があって、だ。

 歩けるようになった進士は考えた。

 自分なら、人質と自分たちは分ける。一緒にいるのは管理はしやすいが、いざという時に邪魔になる。思惑あっての事であるなら、効果的なのは、自分達の無力さを与える為にも、手が届かない、届きにくい場所だ。

 さっきから、学舎が頻繁に揺れる。

 間違いなく別の場所でも戦闘が起きている(零二と立井久喜の戦い)。だが、今、注目すべきはグラウンドに相手がいる、という事だ。あそこから見える場所で、すぐに手が届かない位置。

 そう考えれば、答えは決まっている。

 そうして、屋上にクラスメイトがいるのを確認。エリザベスには、下の階で人形ならぬ、血で造ったクッションを敷かせた。

 あとは、簡単な事だった。

 屋上にいた操り人形と化した二人を制圧するだけ。

 進士は、サポート要員であり、持っているイレギュラーの性質上から後方での作戦指示を得意としており、戦闘員ではない。

 それでも、いざという際に自分の身を守れる位の格闘訓練は積んでいる。単なる格闘技術なら、聖敬よりも上なのだ。

 窓から覗くと、二人組は何処か呆けた様な様子で突っ立っている。

 敵の”偉大なる導き”は、距離が離れると、操作の精度が落ちるのかも知れない。それか、聖敬に美影の相手に意識を向けているからかも知れない。恐らくは、後者だと判断。

(ならっ)

 進士は即座に動いた。

 小石を相手の横に投げ、注意を引く。二人組は電池でも切れた様に棒立ちで、反応しない。進士は何の苦もなく倒し、縛り上げた。

 こうして、彼らはクラスメイトを奪還したのだ。



 美影には、状況が”観えていた”。自然操作能力、それも生粋の自然発火能力者パイロキネシスである彼女もまた零二と同様に周囲の人間の熱を感知出来るのだ。違いがあるのなら、零二より感知範囲が広い分、細かい差異にはあまり判別出来ないといった所だろうか。零二のが狭い範囲での索敵や追跡調査に優れているのに対して、彼女は広範囲で敵の数などの状況把握に優れているのだ。


 だから彼女には、進士とエリザベスの大まかな位置が分かっていたし、聖敬と畔戸、周囲にいる操られた面々も全て頭数は把握していた。それでこうして堂々と姿を見せ、尚且つこうして”抵抗”して見せたのだ。

 全ては、畔戸の注意を自分達に引き付ける為。人質とされたクラスメイトより自分達に相手が意識を向ける様に誘導したのだ。


 そんな事を知る由もない畔戸は困惑と敗北感、何よりも身を包む炎に身を焦がされ、力尽きていく。


「にしても驚いた、怒羅さんは僕が身体を鋼鉄並みに強化出来るって知ってたなんて」

 思わず聖敬は感心する。

 これ迄の経験から、聖敬もまた自分を鍛えた。そうして、意識を集中させる事で、一時的に筋肉を極限まで強化出来る様になったのだ。これはつい一昨日出来る様になった能力で、田島しか知らない隠し玉のつもりだったのだ。いずれ何かのキッカケであの零二とも戦うかも知れない、その時に対する備えとして。

 だから、次の言葉に心底驚いた。

「は、知るワケないじゃない、そんなの。アンタ一応、ボディなんでしょ? だったら後ろに隠れたら弾除け位にはなるでしょ? ――そんだけよ」

 後ろにいた少女はいとも簡単にそう言い放ったのだから。

 聖敬は、基本的には温厚で滅多に怒ったりする事は無い。

 ましてや、女子に対して手を上げる様な事は有り得ない、そう思っていたのだが、目の前にいるこの相手には怒りがフツフツ沸きあがるのを実感した。

 思わず、あのな……と言いかけたが、肝心の美影は、「るさい!!」とピシャリと言い放つ。そうしてただ真っ直ぐにもう一人の相手に視線を向けると、右手を銃の形にし人指し指の銃口で指し示す。

「さ、次はアンタよ、ハデ金髪」

 バン、と軽く言いつつ相手を挑発した。

 聖敬は思わず、声を上げそうになった。

 美影の行動は未だそのイレギュラーがハッキリしない相手を不用意に刺激する行為で、WGの戦闘訓練で、教官役を務めた家門恵美がやってはいけない行為としてあげた事だった。

 マイノリティ同士の戦いは、相手のイレギュラーを如何に早く見抜き、有効に攻められるか? この点が最重要となる。

 一番大切なのは、自分が如何に冷静さを保てるか? この一点に尽きた。特に聖敬の場合、激昂すればの簡単に暴走状態に陥るから尚更だ。


「…………」

 だが、挑発された当人は何の反応も見せない。美影と聖敬に恐らくは視線を向けたのだろうが、一瞬なのと、サングラスで覆われているので窺い知れない。

 それにしても……鮮血の様なイブニングドレス姿に思わず視線を向けそうになる。艶かしい美女だ。

 日光に負けない程の輝きを見せる金髪も含め、まるでモデルの様な整った容貌と言える。

 だが、彼女もまた間違いなく敵なのだ。

 そう聖敬が思っていると、ベルウェザーが不意に動く。

 その歩みは優雅で洗練されており、思わず魅入ってしまいそう。

 美影もまた、相手の動きを見ている。

 どうやらさっきの挑発も、相手の出方を知る為だったらしい。


 相手は二人に特に何かをするでもなく、歩みを続ける。

 そうして立ち止まったのは、畔戸吉瀬だった黒い炭の塊になりつつあるもの。駒としていたであろう特殊攻撃部隊の面々が直立不動である事から、まだ辛うじて生きているのだろう。

 恐らくは、リカバーで辛うじて死を免れているらしい。放っておいても焼死は時間の問題だろう。

 美女は何処から取り出したのか、小さなナイフを取り出すと、その刃で左手の親指を切った。

 ポタ、ポタ、と赤い滴が垂れ落ちる。

 その滴は炭になりつつあった畔戸へと落ちていく。


(…………)

 畔戸吉瀬は、最早迫る死を受け入れるしか無かった。

 あの小生意気な女の炎は自分の想像を絶するもので、もう手の打ち様もない。

 悔しかった。

 こんな所で死ぬのが。

 だが、もう考えても仕方がない ……そう思い、目を閉じ、最期の時を迎えようとした時だった。


 ――起きなさい。


 それは、脳裏に届く。

 声ではない、何というべきか……メッセージが拡がる様な感じだった。

(何を今さら……)

 もうすぐにでも消え入る自分に一体何が出来るというのか?


 ――まだやるべき事が残されています。


 メッセージは続く。消え行く自分の都合等はお構い無しに。

 まるで鮮血の様な鮮やかな赤い文字だと感じた。

 恐ろしくも、離れ難い。魅惑的なイメージが浮かぶ。

 そうして気付く。確信した。

 これはベルウェザーからのメッセージである、と。

 今までよりも鮮明で強烈なイメージから、畔戸吉瀬はあの先導者が自分を求めている、そう理解した。

(わ、私にち、力を――奴等を殺せるだけの力を……)

 そう渇望した瞬間。


 ドクン。


 鼓動が一度響いた。



 聖敬は、こ、これは、と絶句する。

 美影が、ちっ、と舌打ちを入れる、

 変化が起きた。

 黒い炭であったはずの畔戸吉瀬の身体がみるみる内に再生していく。

 それだけではない。さっきまでとは違い、その容姿も、元の姿へと戻っていく。肌には若さが溢れ、まるで骨と皮だった華奢な身体もまだ幾分か痩せこけてはいたが筋肉がうっすらと付いている。

「……く、か。ははははっっ」

 畔戸は哄笑する。力が溢れてくる。溢れ出して、止められそうに無い。感じるのは爽快感に充実感。

 そして、自身を生き返らせてくれた女神への絶対の忠誠心。

 その場で膝を付き、頭を垂れる。

 彼女は何も答えない、ただ黙って指差す……敵を。


「「くっっ」」

 特殊攻撃部隊の面々が動き出し、聖敬と美影が身構える。

 だが、その様子が可笑しい。

 何を思ったのか、自分達の銃火器をその場に落とし、投げ出し、フラフラとおぼつかない足取りで、偉大なる導きの前に並ぶ。

 何処からか、ライフルを片手にした男も姿を見せる。

 聖敬には意味が分からなかった。何故、自分の駒である彼らを集めるのか? しかも、未だ捕捉した訳でもない、狙撃手までを。

 ち、と横から舌打ちが聞こえた。どうやら、横にいた委員長には狙撃手も把握出来ていたらしい。


 哄笑を続けていた畔戸が笑いを止め、揃った五人を見回す。

 そうして、こう告げた「一つになれ」と。


 すると次の瞬間、五人に変化が起きた。

 ぐががが、と呻きながらその場に倒れ伏す。激しく藻掻き悶え苦しむ。互いに互いを掴み、何やら蠢いている。

 ゴキ、ボキ、メキャメキャ、何とも形容し難い生々しく、気味の悪い音が響く。そうしながらも癒着している。肉と肉が融合しているらしい。

 明らかに異常なその光景に、聖敬が思わず助けようとしたが、横から伸びた手が遮る。

「もう手遅れ、それより……」

「何言ってるんだ」

「……来るわよ」

  美影はそう言うと、首を二度振り、じっと相手を見る。

 聖敬もその視線に続く。

 視線の先には、何かが立ち上がっていた。

 ただし、その姿は明らかに人間ではない。別の生き物として変異している。

 体長はおよそ三メートルはあるだろうか。

 黒と橙の斑模様の体表からは、無数の人の手足が生えている。

 二本の触手に四つの単眼がキョロキョロ落ち着きなく動き、恐らくは顎であろう先端部には牙の様なものが見え隠れしている。その牙から垂れる、涎らしき液体はシュウ、シュウ地面で音を立てており、溶解性を持っている事が想起できる。

 それはベタン、と地面に手足をつける。

 まるで、百足ムカデの化け物の様だ。

 そして美影の言う通り、もうどうしようもない事が聖敬にも理解出来た。

 あの五人は怪物フリークへと変わったのだ。


「何て事を……」

「言っても仕方ないわ、起きた事は変えられない。それより…………分かってるわね?」

 それ以上は聞くまでも無い。最早、あのフリークは倒すしかない。完全に異形と化したフリークには正気など介在しない。

 本能の赴くままに殺し、壊す。

 聖敬の様な存在との違いは、彼らは元の姿には二度と戻れないという事。人の皮を失い、残されるのは凶悪で醜悪なその姿だけ。


 未だに、マイノリティに覚醒する因子は確定していない。

 覚醒するキッカケの最たる物は”死に瀕する”事だとほぼ結論が出ている。

 恐らくは、自身の消滅、という事態を回避する為に何かしらのプログラムが作用しているのでは? そういう説もある。

 仮にプログラムが存在するとして、マイノリティとなったらそれで事態は解決する訳では無い。

 マイノリティは、覚醒時にイレギュラーが暴走する比率が七割にも及ぶのだ。

 ある事例では、町一つ消したという物もある。

 そうした様々な事例がある中で、例外なく”処分対象”となるケースが存在する。

 それは、異形の怪物と化した場合だ。

 勿論、肉体操作能力のイレギュラーの可能性もある。

 だから、見極めは必須だが。


 聖敬には目の前の百足の怪物がもうフリークだと確信出来る。

 彼らからは、もう自我の有無を感じない。

 漂わせるのは、獰猛さのみ。

 自分達二人を餌、だとでも思っているのだろう。醜悪なその顔を歪める。微かに人の面影があるのは、肌の色が所々で肌色である事にあの無数の手足位だ。

 畔戸は、自身の下僕である百足に命じる。

「噛み殺せ」

 その声に従って、巨大百足が向かってくる。素早い。狼である聖敬以上かも知れない速度だ。

 聖敬も迎え撃つ。

 白い狼が百足へと飛びかかる。

 確かに、あのフリークは素早い。だが、聖敬は相手の弱点を瞬時に見抜いていた。

 聖敬は左右にフェイントを入れながら、爪で襲いかかる。

 無数の手足による移動速度は大した物だったが、その分、小回りが利かない。現に、横移動にフリークは付いてこれない。

 バリバリ、爪が体表を抉り取る。どうやら、石並みの硬度ではあったが、聖敬の爪でならダメージを与える事は可能らしい。緑色の血液か何かを吹き出し、ミギャア、と悲鳴を上げる。その声は元となった五人の声が入り混じった不自然なものであり、声を耳にした聖敬は寒気が走るのを実感した。

 だが、止まらない。

 白き狼は百足の周囲をフェイントを交えつつ、隙を見つけては攻撃を加えていく。徐々にだが着実に爪は相手の肉を削り、抉り取っていく。時間はかかりそうだが、こうしていく内に相手を倒せる事だろう。徐々に円を描きながらの攻撃に、巨大百足は成す術もない。

「重くなれ」

 呪詛の様なその言葉が耳に入った途端だった。

 あれだけ相手を翻弄していた聖敬の足が止まる。

 まるで全身に重りを付けられた様な感覚。

 全身を激しい倦怠感が覆っていき、一歩がとてつもなくキツイ。

 ミギャアアアア、巨大百足は動きを止めた相手に組み付く。

 地面に倒された聖敬は、絡み付く無数の手足を振りほどこうと藻掻くが、鈍痛が走り、それも思うようにいかない。

 百足の手足には無数の小さな棘の様な突起が付いているらしく、それが組み付いた手足に食い込んでいるらしい。白いその毛並みに血が滲み出す。

 さらに、牙からはあの溶解性のあるであろう涎が。

 ジュウウウ、その涎を受けた聖敬の身体に強烈な痛みが走った。

「うがああっっっ」

 聖敬は気付く。あの涎と思っていたのは”毒”だったと。

 鋼鉄以上の頑丈な筋肉も、毒に対しては効力を持たない。

 痛みと共に、のたうち回りたいが、その手足は百足に押さえ込まれたままだ。それ以前に毒のせいか身体が痺れて動かせない。

「ミググアアアア」

 その不気味な声は何処か満足気ですらあり、このフリークがせせら笑っていることが伝わる。

「喰らえ」

 畔戸がそう百足に命じる。

 勢いよく百足の牙が動けない獲物へと齧りつく。

「うぐあああ」

 聖敬は激痛に叫び声をあげた。


「ちっ、何やってんだか」

 美影は舌打ちしたものの、苦戦する味方の援護には回らない。正しくは回れない。さっきから、自分の足元に地面から赤い手の様な物が伸びて来る。それは間違いなく、何も言葉を発しない敵の仕業だろう。

 ちっ、と舌打ちしつつファニーな少女が飛び退く。赤い手がつい今まで自分のいた場所で不気味な手を握り締めていた。

 もう、美影にも相手のイレギュラーがどういった類なのかは分かっていた。

「アンタ――【血液操作能力者】ね」

 その問いかけにも赤いドレスの女神は答えない。だが、微かに口元を歪め、肯定してみせた。




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