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偉大なる導き ――グレイトガイダンス

 


「警部、どうして我々はこんなに遠巻きに包囲をとっているのですか?」

 率直な不満を上司である久我山くがやまにぶつけたのは、九頭龍警察にある特別攻撃部隊の若手である佐倉井さくらい

 彼はまだこの部隊に配属されてから期間が浅い。ここに来るまでの数々の適性検査を好成績で一発で通過し、その将来性を見込まれる九頭龍警察の若手のホープとも言える男だ。

 高い自負心が目から滲み出しており、強い使命感に燃えているのが、一目で見てとれる。

 実際問題、単なるドロップアウトによる襲撃事件であれば、今頃はいつ突入するかの段取りまで決めていた事だろう。

 だが、ここに集合する直前に一本の通知が久我山に入っていた。


 ――特殊能力者犯罪の可能性大 。遠巻きに包囲態勢を整えた後、”専門機関”による処置を円滑に出来るように支援を。尚、この件は対外機関に他言無用。


 この通知が来るという事は、相手は一般人では無い、という事になる。久我山が、警察官に就任してからかれこれもう二十年。

 ここ、九頭龍では以前からこうした事例が時折あったらしく、久我山自身もその場に立ち会った事が幾度もある。

 ある事件では、犯人が驚異的な身体能力を発揮し、弾丸を躱しながら襲いかかって来たのを目にした。また、別の件では、犯人が人質もろとも自爆した後、瓦礫の山から無傷で出てきたのを目の当たりにした事もある。どれだけ銃弾を撃ち込んでも殺せなかったのを目にした。

 そうした常人離れした犯罪者に対して、自分達が如何に無力であるのかは、重々に理解していた。


 特別攻撃部隊は、SATを参考に急増する凶悪犯罪やテロリストの排除を目的として設立された攻勢組織だ。

 警察というよりは軍隊に近い装備を備え、その攻撃力は警察という枠組みを大きく逸脱している、とメディアからは指摘されている。

 だが、久我山は考える。

(もしも、我々自体が偽装だとしたら……)

 あの驚異的な能力を持った犯罪者を倒す者達、いや組織が自分達の存在を隠蔽する為に用意されたのだとしたら?

 持ち合わせた警察組織としては過剰な攻撃力も、熾烈な訓練も、彼らにならこういう事態を起こせると、一般人に”誤認”させるのが目的なのだとしたら。

 いつの頃からか浮かんだ考えは彼の中で日々、少しずつだが、今や半ば確信へと変わりつつあった。


 ”特殊犯罪者”に対抗できるのは、同じ様な能力を備えた常人離れした者だけだ。

 以前は、こうした事例には数人程が裏で動いていた。

 だが、この近年は明らかに専門機関かれらもまた規模を大きくしているのがはっきりと分かる。

 現に今、格好こそ自分達に酷似してはいるものの、別の部隊がこの学舎を少しずつだが包囲を狭める様に動いている。彼らは九頭龍警察所属の人間ではない、かといって自衛隊でもない。だが、よく訓練されているのは、素早い作戦行動で嫌でも伝わる。

 これだけの周到な準備が出来る組織であるなら、国に働きかけて”囮”として莫大な予算を通じて、特別攻撃部隊の設立も画策出来るかも知れない。


 結果として、出番も与えられずに過剰な攻撃力を持て余す、こういう現状を見ていれば、血気盛んな新人である佐倉井が不満を持つのは至極当然と言えた。

 だが、それでもこの世界には関わってはいけない”領域”が存在しているのだ。それも明確に、全国規模で。

 定期的に各地で行われる特別攻撃部隊の会合でも、指揮権を持つ警部以上の者にだけ開示される各地での特殊能力者による犯罪の事例の数々を知り、久我山は恐怖すら覚えた。


 もはや、この世界には明確な違いが生じているのだ。

 普通の人間とそうではない者という大きな溝が。

 今は辛うじて抑えているこうした情報も、いつかはダムが決壊するように一般社会に溢れ出すのだろうか?

 その時、自分達はどう対応すればいいのか?


「ん、諦めたのか?」

 気が付くと佐倉井はもう横にはいなかった。

 一安心だと思ったが、彼の血気にはやった目を思い出すと一抹の不安を覚える。

「おい、佐倉井はどうした?」

 近くにいた隊員に確認を要請、緊急で隊員の点呼が行われる。

 そうした結果。

 佐倉井だけではなく他に四人の隊員も持ち場を離れた事が判明した。間違いなく”チーム”が動いた。

「いかん、すぐに見つけろ!」

 久我山がそう怒鳴るように叫んだ。


 その頃。

 佐倉井を含めた部隊員は、周囲を警戒しつつも、既に高等部の学舎へと歩を進めていた。

 ここまで特に警戒するような敵も人も特にはいなかった。

「ほら見てみろ、何も無かっただろう?」

 佐倉井は笑いながら四人に話しかけた。

 眼鏡をかけた志久しくは、おどおどした様子を見せている。大方この後で、久我山辺りから雷を落とされるのを恐れているのだろう。

「で、でもいいのかな? 厳罰ものだよ」

 まるで小動物みたいに怯えてはいるものの、この五人では彼が一番射撃の腕前が優れており、狙撃を担当する。

「まあまあ、細かい事はいいよ。結果さえ出せばいいわけだ」

 そう言いつつ左右の腰に差したホルスターの位置をしきりに調節しているのは数井かずい。早撃ちに自信を持っている佐倉井とは警察学校の一つ先輩だ。

「とにかく、だ。訳の分からん外部の人間にでしゃばられるのは気に食わん。自分等なら武装していようが、たかが素人に毛が生えた程度のドロップアウト如き、物の数ではない」

 この中で一番の巨躯を誇る志文しぶみが野太い声で手に握っていたクルミの殻をバキバキ、と砕く。

 彼はその体格を活かし、盾を構えながら敵を制圧するのが役割。

 特殊プラスチック製の盾は彼が手にするとまるで子供の玩具にも見える。それを構え接近。至近距離で部隊特製の特殊警棒で殴打する様は鬼とまで呼ばれる。

「ま、たまには仕事したいじゃない。折角ぼくたちは【殺人許可証】を持ってるわけだし♪」

 軽い口調で、アサルトライフルを弄っているのは頓田とんだ。その身軽さと、戦闘時の獰猛さで部隊全体でも一、二を争う程の腕前を持っている。

 このチームは特別攻撃部隊のユニットαと呼ばれる。

 佐倉井と志久にこそ実戦経験がないものの、潜在力の高さは折り紙つきと評価を貰っている。

(――俺たちが人質を救えば、訳の分からない外部の人間なんか必要じゃなくなる)

 佐倉井を始めとした全員に大なり小なり存在する自負が今、彼らをこうした行動に走らせているのだった。


 学舎に近付いた時だった。

 途端、爆発音が耳をつんざく。空気が振動し、思わず五人はその場に伏せる。

「学舎が爆発した?」

 佐倉井が困惑しながら言う。

「おいおい、こいつはキツい歓迎じゃないか」

 数井も半笑いを浮かべている。

「やっぱり戻った方がいいんじゃ……」

 志久は今にも泣き出しそうな声を洩らす。

「冗談♪ ここまで来たら先にすすむべきさ」

 頓田はむしろ、今のでスイッチが入ったのか笑みを浮かべている。

「人質が心配だ、まず偵察だけでもしておかねばなるまい」

 志文は年長者らしく、冷静に全員が納得出来うる案を口に出す。

 その言葉に従い、彼らは先へと歩を進める事にした。


 まだ学舎からはもうもうとした煙が立ち昇っている。

 だが、それ以降、特に何も音は聞こえては来ない。

(もしかしたら事故だったのかも知れないな)

 佐倉井はそう考えていた。

 爆発物の取扱いは難しい。キチンとした知識も無く扱えば容易に起爆し、自分の命取りに繋がるからだ。

 やがて、学舎を包囲している部隊の姿が見えてきた。

 やはり、自分達に似たような紺色を基調にした装束を纏った集団がそこには展開している。一見すると、まるっきり自分達と同じ攻撃部隊にしか見えない彼らの姿を見れば、外部の人間は完全に騙される事だろう。

 だが、よくよく見れば、その部隊はオリジナルよりもさらに重武装を備えている事が見て取れる。

 装備しているアサルトライフルも、国が生産しているブルバップ式の最新鋭の物である上、軍仕様の装甲車にはこれまた殺傷力過剰とも言える重機関砲が備え付けられてる。

 更に、狙撃手スナイパーの数が多いのも気になった。しかもその配置を目視する限り……。

(これじゃまるで、【外から中】への警戒じゃないか?)

 彼らの配置は現在、中で起きている人質事件への対応ではなく、”外部からの侵入”に対する備えであった。

(一体、どういう事だ?)

 そう思っていた時だった。

 パシュ、パシュッッ。

 空気が抜けたような音が数回聞こえた。

 佐倉井は思わず後ろにいた志久に視線を送る。さっきまでの気弱な風は何処へやら、目を鋭く細めたチームの狙撃手はかぶりをふる。

 間違いなく、今のは”狙撃”。それも高性能な消音装置サプレッサーを装備したライフルでの、だ。

 これ程小さな発射音の狙撃銃をドロップアウトの集団はまず入手は出来ない。間違いなく、目の前に展開している謎の部隊の仕業だろう。

 パパパパパッ。

 同様に消音された銃撃。今度はアサルトライフルだろうか。

 思わず五人は接近していた。

 戦闘は始まっていたのだ、いつの間にか。

 幸いにもほぼ同じ装束である為に謎の部隊にも、難なく紛れ込めた。五人はそれぞれの武器を構え、戦闘しているであろう敵に照準を合わせた。

(どういう事だ?)

 それが五人が真っ先に思った事だろう。

 銃弾を受けていたのは、どう見ても武装していない一般人だったのだ。その一般人とおぼしき二十人程の集団へと謎の部隊は容赦の無い銃撃を浴びせていた。

 その光景は、一方的な、あまりにも一方的な殺戮に見えた。

 一般人らしき彼らに重武装した集団は、躊躇無く引き金を引き続ける。その光景に佐倉井は怒りを覚え、「ふざけるな!」と思わず被っていたバラクラバを外し、怒声を露にすると、佐倉井が銃撃の中心地へと駆け出す。

「銃撃やめ、やめ!!」

 謎の部隊の指揮官の声が響き、銃弾の雨は止んだ。

「貴様、何をやっているか!!」

 続いて指揮官らしき声は、佐倉井達へと怒声を浴びせる。

 だが、自分達の指揮官でもない相手の声に耳を貸す必要は無い。構わず、倒れている一般人へと駆け寄った五人は、惨状を目にし、それぞれに様々な感情をたぎらせる。

「何をしている! そいつから離れろ!」

 指揮官の声からはまるで、ここに倒れている一般人がまだ”生きている”かの様に聞こえる。

(何を言ってやがる、もう死んでる。アンタらの虐殺でな)

 そう思い、思わず銃口を謎の部隊へと向けていた。

 その直後だった。


 ぎにゃぁぁぁぁぁっっっっっ。


 背後からの鼓膜を破る様な悲鳴が上がった。

 佐倉井が思わず振り返る。

 すると、数井の身体が高速で飛ばされていった。

 一体、何が起きたのか理解出来なかった。

 そこに人が立っている。

 髪は真っ白で、顔には深い皺が入っている。

 その全身は細かく震え、今にも倒れてしまいそうにすら見える。


 いつの間にいたのか? そう思って佐倉井は気付く。

 ここに倒れていた一般人はまるで、円を描く様に”誰か”を守っていたのだ。

 その中心に立っていたのが目の前に佇む奇妙な男だ。

 彼のが全身にも銃撃が浴びせられたらしく、全身から血を流している。どう見ても致命傷に見える。

「大丈夫ですか?」

 佐倉井が声をかけるのとほぼ同時に頓田が銃口を男に向け、発砲した。声すら出す間も無い。弾丸はこめかみを撃ち抜き、男を射殺した。

「何をするんですか! 無抵抗の相手……に」

 だが、次の瞬間――今度は頓田の手足があり得ない方向へと折れ曲がった。メキャメキッッ、という骨が折れる嫌な音。

 一体、何が起きたのか分からなかった佐倉井は気付く。

 こめかみを撃たれた男が平然とした様子で立っている、と。

「丁度いい……」

 その声は外見からは想像だに出来ず若く、十代か二十代の様に思える。

 志文がその巨体から拳を振り下ろす。ハンマーの様な一撃をまともに喰らえば、男の首は間違いなく折れるだろう。

 だが。

 その一撃は軌道を変え、志久の顔面を直撃していた。

 そして、盾での一撃は佐倉井の身体を弾き飛ばす。

(な、何が起きたんだ?)

 無抵抗だった佐倉井は倒れ、口から血を吐き出す。

 奇妙な男が自分を見下ろしているのに気付き、思わず怖気が走る。

 男のその目はまるで、獲物を見つめる肉食獣だった。


 遠くで、パパパン。という聞き慣れた”早撃ち”の音。

 数井が二丁の拳銃を抜き放ち、謎の部隊に対して抗戦していた。

 思わぬ奇襲に不意を突かれた彼らは後退を始めている。

「やはり、基礎能力の高い個体を人形にすべきだな」

 男からそう声が聞こえた。

(人形? 何を言ってるんだ?)

「折角、一緒に連れてきた仕込みの人形は、君らのお陰で全滅してしまったよ。

 でもいいさ……もっと【いい】のが手に入りそうだから」

 佐倉井はその時になって後悔した。

 何で、上司の言う通りに待機できなかったのか、と。

 そして、男――畔戸くろと吉瀬きせは囁いた。


「さぁ、お前も私のモノだ」

 そこで彼の意識は途絶えた。


 ◆◆◆



 武藤零二が藤原新敷と戦っていたのと時を同じく。

 星城聖敬と田島一の二人は、体育館に程近い、高等部学舎の渡り廊下にまで来ていた。

 目的は、体育館にいるであろう人質となった高等部の生徒の解放及びに、そこにいるであろう武装集団の無力化だった。


 ここまで辿り着く前にすでに六人の武装した集団を気絶させた。

 その中で一人から情報を田島が聞き出した限り、判明しているのは以下の点だ。

 まず、彼らは元々落伍者ドロップアウトだった事。

 やる事もなく、ただ街でたむろしている所に”彼女”が姿を見せた事。

 不思議な事に彼女に対しては乱暴者である彼らは何故か誰一人として手をあげよう、というを思いを抱かなかったそうだ。

 それどころか、”彼女の為に”何でもしてしまったらしい。何でもと言うのは文字通りの何でもで、気が付けば、妙な集団の中に放り込まれて、そこで銃火器の扱い方を学び、こうして学園の襲撃を実行してしまう位に。

 そう語る男の表情には恍惚で溢れている。とても正気とは思えない。

 田島はうんざりした表情を浮かべ、そこまで聞き出すと、もう用は無いとばかりに腹部に膝を食い込ませ気絶させていた。


「で、キヨちゃん、今のどう思った?」

「多分、その【彼女】っていうのが、僕がさっき見た赤いドレスの女なんだと思うよ。彼女に付き従う二人の様子もそこの彼と同じような雰囲気だった……様に思えた」

「俺も同意見だ。その【赤いドレスの女】がマイノリティで、何らかの手段で連中を操っている、そう考えるのが一番しっくりくる……そうなんだよ」

 そこまで口にして、田島は考え込む。

 まだ何かに納得していないのは、表情を見て理解した。

 それから数秒程。

「いいや、コイツらが何だろうと、まずは人質の解放だよな」

 うんうん、とまるで自分に言い聞かせるよう声を出した。


 そして、今。

 渡り廊下には二人。それから中には四人。合計六人の敵がいる。

 後は創立祭の準備で訪れていた高等部の学生が少なくとも百人。


「……いいか? 作戦通り行くぞ」

 田島の声に聖敬は頷くと、手足の筋力を増強。

 頃合いを見計らって、田島が手に持っていた石ころを投げ、注意を引いた瞬間。即座に飛び出すと、一気に間合いを詰める。

 バラクラバを付けた相手が気付いた時には肉薄しており、一人の鳩尾に拳をめり込ませる。もう一人が拳銃の銃口を向け、引き金を引こうと試みるが頭突きで顎先をかちあげ、気絶させる。

 そうしておいて、二人を引きずって物陰に二人は一旦引っ込む。


 体育館内では、襲撃者達は困惑の色を浮かべ始めていた。

「にしてもさ、いつまでこうしていればいいんだ」

「いつまでって、あの方がいい、と言うまでだ。決まってるだろ」

「でもよぉ、暑いんだよ。このバラクラバってのは。今は七月だぞ?」

 襲撃者達は弛緩した空気の中にいた。

 彼らに与えられたのは、高等部の学舎を襲撃する事。それから人質を体育館に連れて行く事だった。

 二十人いた仲間からはさっきから連絡もない。

 この体育館は千人収容出来るらしい。

 で、ここにいるのはざっと数えてみたが、おおよそ一五〇人。

 まだまだスペースは余裕があるのだが、電源が落とされており、冷房は入らない。熱気で人質の学生も、彼らも誰もが参っていた。

 これだけ人質がいれば、警察もそう簡単には突入できない、そう言われていた。

「そもそもよぉ、何でこんな事をしてんだ。俺ら?」

「バカかお前、あの方からそう啓示を受けたからに決まってるだろが!!」

 自分達の絶対者に対する疑念の言葉に、カッとした男は思わず銃底で相手の腹部に一撃。

「いいか、あの方は俺たちにコイツらを人質にして、時間を稼げって言ったんだ、あの方には深い考えがあるに違いないぜ」

 吠える様に仲間に言葉を飛ばす。

 そこに、ガラガラと音を立て、二人の仲間が入っていた。

「おい、持ち場を離れるな!」

 思わず怒声を張り上げ、つかつかと詰め寄っていく。

 その途端だった。

 キイィィィン。

 耳に不快な何かが聞こえたと思った瞬間、男の身体から急速に力が抜けていく。まるで、自分の身体が棒切れにでもなった様な感覚を感じ、その場に崩れていく。顔を起こし、辛うじて視線を向けると、自分以外のこの場にいた仲間も同様に倒れている。

 更には、人質となった学生達も同様に。

 そんな中を誰かが歩いている。視界がぼやけ、誰かも分からない。

(もうどうでもいいか)

 そう思っている内に男の意識は途切れた。


「さーてと」

 そう言いながらバラクラバを脱ぎ捨てたのは田島だった。

「やっぱりマイノリティはいなかったな」

 聖敬も同様に顔を覆っていたそれを外すと深呼吸をする。

 田島の聞き出した情報通りだった。

 体育館にいるのは武装したドロップアウト達と人質となった高等部の学生だけ、そう聞いていたので二人は体育館を先に制圧したのだ。直接、体育館を確認。話の裏付けを取った田島が”フィールド”を展開し、この場にいた全員を無力化したのだ。


「これでよし、と」

 田島は馴れた手つきで倒れたドロップアウト達の武器を奪い、手足をここに来る途中で拝借してきたガムテープでグルグル巻きにして拘束した。

 そして、聖敬は彼らの身体をヒョイと持ち上げると、歩き出す。

「あとはコイツらをWG九頭龍支部の別室まで運べば問題の幾つかは解決だ」

 二人の作戦では、ここにいた武器集団を学舎内にある物置小屋こと別室に運び出すというのが肝だった。あそこは支部のエージェントが特殊なフィールドを展開しているので一般人が入れば、まず目を覚ますことは無い。

 あの畔戸吉瀬というマイノリティがいる以上、目を覚ました彼らを操られると厄介だからだ。

 幸いにして、フィールド等で意識を失うと、”人形使い”のイレギュラーも無効化され、適用出来なくなるのは既に判明している。

 だからこそ、フィールドを張った。これで高等部の学生達も操られる心配は無い。

 畔戸吉瀬のイレギュラーの厄介な所は、一般人をイレギュラーにより自身の駒にする所だ。

 恐らくはここにも駒になった人々を入れていただろうが、それはここを包囲しているであろう、WG九頭龍支部の部隊に任せれば大丈夫の筈だ。

 だからこそ、だろうか。

 この時、敵の戦力を削げたという事実が、二人に微かに弛緩した空気を感じさせ、油断を生じさせた。


 バババババッッッ。

 音が聞こえた瞬間、身軽だった田島は一歩飛び退く事が出来た。

 だが、襲撃者達を抱えていた聖敬は反応が遅れた。

 あっという間に蜂の巣にされ、倒れる。


「くそっ、一体何だってんだ?」

 田島は壁に背を付け、物陰から銃撃を浴びせた相手を確認した。

 それは、一見すると、ここを包囲していたはずのWGの部隊にも見えた。

 だが、何かが違う。

 それに、もしも彼らならば危険を感じれば後退する。

 一番恐れるべきなのは、相手の手駒にされない事なのだから。

 バスッッ。

 僅かに見せていた田島へ、一発の弾丸が襲いかかる。

 咄嗟に顔を引っ込めたが、頬を弾丸が掠めた。

 どうやらかなり腕のいい狙撃手がいるらしい。


 どうやら敵は少なくとも五人だ。

 一人は、聖敬の話から推測し、畔戸吉瀬で間違いない。

 後の四人は身内か、断言出来ないが、警察の特別攻撃部隊の人員だろう。いずれにせよ、イレギュラーで操られている以上はフィールドでの無力化は出来ない。思わず舌打ちをした。間違いない、これは”待ち伏せ”されたのだ。


「うう、っっ」

 その時、倒れていた聖敬が呻き声をあげた。あれだけ銃撃を受けてもすぐに起き上がれるのは、哀れにも蜂の巣となったドロップアウト達が云わば盾になった事もあるだろうが、何よりも彼が肉体操作能力ボディのイレギュラーの恩恵から、肉体自体が常人よりも強化されていたからだろう。

「キヨちゃん、大丈夫か?」

 田島の問いかけに「ああ、何とかね」と聖敬は返す。

「すまん、俺の判断ミスだ。連中は最初から体育館ここを【囮】にしか使っていなかったんだ。……おびき寄せた所でこうして攻撃する為のな」

 そう言いながら、田島は軽く呻く。さっきの銃撃を完全に躱し切れず、脇腹からは赤黒い血が滲んでいた。もっとも、まだまだ回復能力リカバーは出来るから問題はない。

 そうこう話している内にも銃撃は継続される。

 遠巻きで少しずつこちらを消耗させるのが、相手の目的なのかも知れない。

「何にせよ、キヨちゃんはアイツを叩け。俺はここにたっぷりある武器で援護するからよ」

 田島はそう言うなり、物陰から飛び出し、襲撃者達が持っていたアサルトライフルで銃撃をかけた。

 もしも、相手が警察関係者なら殺す事になるだろうが、この状況下では、綺麗事など言ってはいられない。躊躇のない銃弾が向かっていく。

 聖敬が銃撃に呼応する様に起き上がり、飛び出す。

 相手に向かいながら、肉体を変異させ――半狼の姿になった。

 その加速する素早い動きを制限するかの様に二人が銃撃。聖敬はそれを横っ飛びで躱す。しかし、そこに狙い済ました狙撃が襲いかかる。

「くぐっ」

 弾丸は心臓へと命中。貫通こそ免れたがその衝撃はズシリと響く。


 一方で、田島からの銃撃には、畔戸を守るように巨漢の紺色の戦闘員、つまり志文が前に進み出ると盾を構える。

 特殊プラスチックのその盾は役目をキッチリとこなし、銃撃を防ぐ。距離が離れているとはいえ、あの巨体ならこうして射撃しても大した効果は為さないだろう。

 田島がくそっ、と言いかけて殺気を感じた。

 すぐ背後に誰かが立っている。

 それは学生の一人で、よろよろとした足取りながら、確実に近付いてくる。

(何だコイツは?)

 少なくとも、グラウンドにいる畔戸吉瀬の駒とは少し違う。

 体育館にいた人間は、確かに無力化を確認したはずだ。

 だが、現実問題として、目の前には学生が向かってくる。

(コイツは【人形】か?)

 その目に宿す虚ろな光を目にし、嫌な予感が走る。

 一メートルでも、一歩でもいい、とにかく離れなければ。

 そう感じ、銃撃を浴びせかけられながらも構わず渡り廊下へと走る。

(マズイ、コイツは人間じゃない――)

 その虚ろな光からは、ただ操られたのとはまた違う、”無”を漂わせる。そうした”存在”を彼は知っていた。

 生徒だったそれは瞬時に肥大化――そうして爆ぜた。

 爆風と共に肉体は砕け、飛び散った血がまるで散弾の様に向かってくる。


「く、田島ッッッ」

 聖敬が目にしたのは、凄まじい爆発とそれに巻き込まれる相棒であり、親友の姿。

 そこに数井が襲いかかる。両手の自動拳銃が弾丸を吐き出し、半狼の少年を襲撃。一発の威力は然程でもない、だが、その直撃で微かにだが聖敬の動きは阻害される。

 そこを佐倉井と頓田がアサルトライフルで襲う。

 拳銃弾よりも貫通性の高い弾丸は、聖敬の肉体に確実にダメージを残していく。だが、それでも。

「くあああああっっっ」

 聖敬は止まらない。三人の攻撃を無視する形で指揮者である畔戸を狙うべく踏み込みつつ、右手を振りかぶる。

 その攻撃を志文が盾で受け止める。

 その巨体ですら防ぎ切れない重さの攻撃に身体が後退る。

 バスッッ。

 そこを志久からの狙撃が襲いかかる。

 今度は聖敬の右肩を貫通する。的確な射撃だ。

 まるで、自分の身体の強度が分かっているかの様に、その防御の弱い部分を見ているかの様だ。

 理由は分かっている。腕利きの護衛に守られている”導き手”が指示しているのだろう。

 彼らは自分を操るこの老人の様な青年の意思に従い力を振るっている。とてもじゃないが、手加減をしている場合では無い。

(この人達を殺すしかないのか?)

 一般人を殺す、という考えにゾッとするものを感じながらも身構える。

 その時。

 気が付くと地面に”赤い染み”が浮き出ている。

 それはまるで小さな池の様にも見える。

 それが集積して――手が浮き出るや否や自分の足首を掴む。

 虚を付かれ、思わず「な、っ」と言い驚く半狼の少年に対して、容赦の無い銃撃が浴びせられた。直撃する弾丸の衝撃が全身を駆け抜け――響き渡る。少しでもダメージを軽減しようにも足首を掴まれた事で不可能だった。

「ぐ、ううっっっ」

 辛うじて堪えた聖敬の目の前に”偉大グレイトなるガイダンスき”たる男が立っていた。

 その口がゆっくりと動くのが見て取れる。

「吹きと…………」


 そこまで聞こえ、自分が絶対絶命だと理解、聖敬は目を閉じた。それは本当に僅かな時間だった。

 彼は自分が暗い暗い”闇の中”に沈んでいくのを感じた。

 この感覚は覚えている。木島秀助に殺された時だった、か?

(え、そうだっけ?)

 何故か疑念を抱いた。この感覚は確かに覚えている。間違いなく、死んだときに感じた物だ。なら、それはあの時しか無いじゃないか? 死が目前に迫る中、少年の脳裏を埋め尽くしたのは”疑念”だった。

(何にせよ、死ぬって事か……ちぇ)


「――やれやれね」

 声が聞こえた。辛辣で容赦の無い声が。

 聖敬が目を開けると、陽射しが眩しい。

 身体中が激しく痛む事から、まだ生きている事を実感した半狼の少年の後ろから足音が聞こえる。

 目の前にいた畔戸吉瀬がぐああああ、と呻き悶えている。よく見ると、その全身が火に包まれているらしく、熱気が肌に伝わる。

 駒である特別攻撃部隊の面々は、固まった様に動かない。

「ったく、何やってんの? こんなのに手間取るだなんて情けないわね」

 声の主は横を通り抜け、ひょい、と目の前に進み出た。

「い、委員長?」

 それは間違いなく怒羅美影。好戦的な笑みを口元に浮かべ、いつもとは何処か違う雰囲気を漂わせるのは、トレードマークの眼鏡を付けていないからだけでは無い。

 全身から、僅かにチリ、チリッと火の粉が巻き上がっている。

「細かい話は後! ……跳んで」

 美影の言葉に思わずその場で跳び上がる。

 すると、自分の足元ににゅう、と伸び出た手が掴みかかろうと動いていた。そこを一瞬で炎が包み込み、あっという間に消える。

 すると、手だけでは無く、赤い染みそのものが消え失せていた。

「あ、有難う」

「そんなの後よ。……目の前に集中しなさい」

 美影の言葉で我に返り、聖敬は見た。

 いつの間にか、悶えている畔戸吉瀬のすぐ後ろに女性が佇んでいた。金色に輝く髪をたなびかせ、その身に纏った赤のイブニングドレスはまるで鮮血を浴びた様に鮮やかで艶かしいボディラインを浮き出し、目だけはサングラスで覆っている。

「あの人は……!」

「敵よ、それも皆をさらった、ね」

 その言葉に確認する様に少年は女神の様な女性に視線を向ける。

 彼女は何も語らない。ただ、黙って手を掲げる。

 パパパン。

 クラッカーの様な音が響き、二人は振り向く。

 学舎の屋上に人が立っている。

 銃を構えた二人組が、誰かを両脇に抱えている。

 その誰かは力なくダラリとしている。恐らくは気絶しているのだろう。そこで気付く、誰かがクラスメイトの石居だと。

「よ……よせっっっ」

 叫びも虚しく、石居はそのまま屋上から、投げ出される。

 まるでコマ送りの映像を見ている様だった。

 クラスメイトの身体は、二時間ドラマで使う様な人形の様にだらしなく手足を振り…………地面へと落ちた。


「あ、あああ」

 絶句する聖敬に対して、赤いドレスの女は無表情だ。ただ、掲げた手を戻す。そこからは何の感情も伝わらない。

「お、お前らああああああっっっっ」

 知り合いの死を直視し、思わず激情に駆られた聖敬の全身が変異を始める。

 メキャメキ、と不気味な音を立てながら全身を体毛が覆う。

「……怒りはコントロールして初めて武器になるわ……」

 その言葉を受けたのか、黒く染まりつつあった狼の体毛が白銀のそれへと変わっていく。

「その怒りはアイツらにぶつけな」

 静かだが、ドスのこもった声に聖敬は我に返り、気付く。この横にいる少女も怒りに満ちている、と。

 それでも、彼女はうっすらと笑いをたたえている。それは溢れる感情を隠す為の仮面の様に。

 ただ笑顔を――”ファニーフェイス”を浮かべていた。



 

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