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敗北と陽動

 

 そこは真っ白だった。空も白く、地面も真っ白い。只々見渡す限りの白い世界。何だか、不思議な場所だ。

 ぼくはそんな場所にたった一人座っていた。一体何があったのだろうか? 誰も近くにはいない。皆、何処に行ったのかな?

 でも、不思議な事に怖くはなかった。いや、寧ろ何処か心地いいんだ。いつまでいても良い、と思える位に。

 身体は何だかフワフワしてる。手や足がいつもよりも軽いし、空も飛べそうな感じだ。

 でも、何だろう? 暖かい訳でも無いのに……とにかく、眠たい。今にも寝てしまいそう。

 ――お、起きて。

 声が聞こえた。何かあったのか? 一体誰なんだよ。

 あ、何だ。〇〇〇の声じゃないか。どうしたんだよ? 何で声しか聞こえてこないんだろう? ここに来てみなよ、変わった場所なんだぜ。

 ――何で? お願いだから目を覚ましてよ……!!

 いいだろ別に。もう少しくらいさ。何だか寝ていたい気分なんだよ。なぁ、⭕⭕⭕。泣くなよ、分かったから……今、そっちに行くから、さ。だから――――もう泣くな。




「キヨちゃん――」「――はっ」

 その声がハッキリ聞こえ、聖敬はようやく目を覚ました。

 気分は悪く、吐き気を感じる。

 周囲を見回すと、奥にはピアノがあり、壁にはギター等が立て掛けられていた。

 ここはどうやら音楽室らしい。声の主へと視線を向ける。

 田島が心配そうな表情をようやく崩す。

「――へっ、いい夢でも見てたのかよ。随分グッスリだったな」

 その声に思わず振り向くと、武藤零二がムスッとした表情で机に座り込んでいる。

 起き上がろうと試みたが、全身に酷い痛みが走る。

「無理するな、まだ回復中なんだから。それに、クリムゾンゼロの奴は今回は敵じゃない」

 田島の言葉を受けて、そのクラスメイトは肩を竦め肯定した。

「今回は不本意だが共闘ってこった。何せ……」

「敵のマイノリティが三人はいる、からだろ?」

 何気なく言った聖敬の言葉に零二も、田島も即座に反応した。二人ともに続きを聞かせろ、とばかりの視線を向けて続きを促す。

「僕も全部分かってる訳じゃないから……」

 そう前置きした上でさっき見た敵についての情報を口にした。

 畔戸吉瀬、自分の事を”偉大グレイトなるガイダンスき手”と称し、持った能力イレギュラーに飲まれた男の変貌について。

 それから、不意を突くようにあの銃撃してきた白の作業着の上下を着た男。

 そして…………あの、この場に不釣り合いな血の様に鮮やかな赤のドレス姿の女神の様な女性。

 気を失う前に見た印象では、彼女が他の二人を従えている様に見えた事を。

 話を聞き終えた田島は話を咀嚼しているらしく、考えている。

「女は分かンねェけど、白の作業着の男なら分かるぜ……」

 そう言うと、今度は零二が説明を始めた。

 自分が、学園と外の連絡を断ち切った人物の始末に来た事。

 その容疑者……いや実行犯はWDの一員で、立井久喜という名前だと言う事を。

 ――そうそう、それで安い挑発に乗せられて、この学舎に突っ込んだはいいけど、肝心の相手は既に姿を消していたってオチな訳……ほんとバカで面倒、嫌だ。

「「……え?」」

 突然、少女のものらしき声が聞こえ、思わず聖敬と田島が周囲を見回すものの、ここには三人しかいない。

「ってか、誰がバカだと――ゴラアッッ」

 声の主を知っている零二は吠える。その反応を見た二人は声の主がWDの関係者だと理解、この声が以前繁華街で目の前の相手とぶつかった時に聞こえたのと同一人物の物だと思い至る。

 紹介すんの遅れた、といいながら零二は言う。

「コイツは桜音次歌音、オレの相方だ」

 とアッサリと謎の人物の名前が明らかにされた。

 ――ちょ、何をバラしてんのアンタ? バカなの、ねぇ本当にバカなの?

「るせェ、この引きこもりッッッ、ニート女」

 ――ニートじゃないし。アンタこそ何さ、家に帰らないクセに…………この万年家出人。

「……オレの勝手だろ、ンな事はよ」

 ――知ってるのよ。アンタが家に帰らないのは、怖い怖い【お目付け役】がいるからでしょ?

「ば、バカ言え。オレに怖いもンなんてこの世にねェ」

 そう口では強がる零二だが、声はうわずり、よく見るとその全身はカタカタと細かく震えている。

 ――へぇ、怖くないって言うなら連絡しようかなぁ。

「へ、へへっ、冗談はよせ」

 ――じゃあ、連絡するね♪

「…………スイマセン、ヤメテクダサイ」

 その棒読みで片言な謝罪を受け、その声の主こと、歌音が笑う。

 ――あはははっっ、やだマジでアンタ弱っ。ま、いいわ。こっちももう少し近付くから……。

 そう言うとこの奇妙な会話はようやく打ち切られた。



「……ともかく、WDこっちの裏切り者はオレが始末を付けるから、その、グレイト何とかってのはWGおまえらで何とかしろよな」

 それだけ言うと一人音楽室を出ていこうと動き出す。

「いいのか? 昨日は確保しようとしてたらしいじゃないか?」

 田島が鋭い視線を相手に向けつつ、そう問いかけた。

 まるで値踏みでもするようなゾッとする目付きに、聖敬は驚く。

「構わねェさ、どのみち、九条あねごはオレにそんな細けェ事を期待しちゃいねェしな」

 そう言葉を返すと、部屋を出ていく。てっきり荒々しく扉を開けて出ていくかと思いきや、静かに出ていくので聖敬は少し拍子抜けした。


 一呼吸おいて聖敬は「田島、お前って……怖い奴なんだな」と小さく呟き、田島は苦笑した。

「ま、ああ見えてもクリムゾンゼロも【プロ】って事さ。

 ムダに暴れたりはしないからこそ、こうして学校にも来るのさ。

 俺にしても、進士にしてもアイツとは敵だけど、別に嫌ってる訳じゃないのさ」

「そういうものなのか?」

 聖敬の問いかけに、田島はああ、と返すと「じゃ、こっからの作戦を話すぜ」と言い、チョークを手にすると黒板に書き出し始めた。



 一方で。

「ンで、何か分かったンか?」

 零二は歩きながら姿の無い、相棒に言葉をかける。

 ――ん、まぁね。とりあえず、学園を襲ってきたのは元々は【落伍者ドロップアウト】の連中みたい。

「ドロップアウトにしちゃ、随分と軍隊じみてるじゃねェか。

 ンで、今は何処に在籍してるンだ?」

 その問いかけに、歌音は珍しく少し間を置いた。

 ――NWEニューワールドエネミーよ。

 その回答に零二は思わず口元を歪め、苦笑いを浮かべた。


 彼等とはこれ迄に何度かやり合った事がある。

 とは言っても、これ迄に相対したのはWDから寝返った相手ばかりで、それもあまり大して強くもない奴等だった。

 彼等の特徴は、カルト宗教に特有の”選民思想”。

 自分達こそがこの世界を変えるべく選ばれた人間、という考えの元に世界中で数々のテロ事件に関与しているらしい。

 断定出来ないのは、被害を受けた各国の警察機関や諜報機関、軍事機関等がその情報を表に出さない場合もある為。

 何故なら、世間一般的には、”マイノリティ”なんてバケモノじみた存在はいないのだから。

 NWEはこの点に付け入る事で世間にはその存在を知られる事無く、それでいて、徐々にだが確実にその勢力を拡大しているとされている。


「なーる。つまり、立井のおっさんも連中にスカウトされたって事かよ」

 ――そう考えた方がいいみたい。それで、これはまだ未確認の情報だけど、NWEかれらは今回、そこで何かを探してるみたい。

「ン? 何かって何だ」

 ――さぁ、それ以上の事は拾えない。今はアンタのサポート中な訳だし面倒で、嫌。

「ンじゃいいや、こっちで……」

 零二の視線の先には、丁度バラクラバを着けた四人組の姿があった。まだこちらには気付いていないらしい。

「……調べるからよ」

 そう言って会話を打ち切ると、首と肩をゴキゴキと鳴らし、深呼吸を入れ、一気に加速――襲いかかった。



 ◆◆◆



「何かおかしくないか?」

「そう言えばそうだな」

「何か知らないけどかれこれ何時間いるんだ、ここに」

「そう言えば、星城君に田島君いつまでかかるの?」

「まっさか、先に帰ったのかなぁ」

 調理実習室のざわつきは徐々に大きくなっていた。

 かれこれ二十分経過した。

 美影は苛立ちを覚えていた。恐らくは聖敬が展開しただろう”フィールド”の効果が弱まったのだろう。クラスメイト達がざわつきだしたのだ。何だかんだ言ってもまだまだプロではない。詰めが甘い、そう思わざるを得ない。

 とは言え、どのみち、これ以上の時間稼ぎは難しいだろう。

 決断しなければならない、ここからどう動くのかを。


「おい、怒羅」

「……ん、何だ進士か……何か用?」

 進士はいつも通りの澄まし顔。美影は正直彼が苦手だった。

 彼女は九頭龍ここ支部に来て早々、この男とあのチャラい田島を紹介された。正直言って頼りない二人だと思った。

 そもそも彼女がこの街に来たのは、前の街にもう飽きたから。

 これ迄もこの少女は、あちこちの支部を転々としてきた。

 そのどの街の支部でも美影は浮いていた。どこに行っても居場所なんて何処にも無かった。

 何故なら彼女の炎の強さは尋常では無かった。仲間内の中でさえ、化け物扱いされる程にだ。


 怒羅美影は子供の頃からWGに所属していた。

 とは言っても、他のエージェント達の様に両親に捨てられたとか、天涯孤独とかそういう事情じゃない。

 両親とは今でも年に何回かは会うし、嫌いじゃない。

 彼女は生まれた時から”イレギュラー”を使えたらしい。

 両親は、生まれてきた娘の異能を心配してどうすればいいのか、本当に苦悩した事だろう、と思う。

 しかし、子供だった美影の記憶の中で、父も母もいつも笑っていた。

 異質な異能を持って生まれた娘をバケモノ扱いせずに、それでいて感情に任せて、能力を間違えて使わない様に気を付けていた。


 転機になったのは五歳になってすぐの事だった。

 美影は徐々にイレギュラーが強くなっている事を実感していた。

 以前は精々、種火程度の火しか出せなかったのに、その頃からライター位の火を起こせる様になった。

 それに伴う様に、彼女は周囲から孤立し始めた。

 昨日まではいつも一緒だった、お友達が一人、また一人と離れていったのだ。思えば多分、自分から離れたのだろう。この能力が怖くて。

 その頃になると、流石に子供だった彼女でも気付いた。自分が周りとは明らかに違うのだと。

 もっとも自分は”魔法使い”に違いない、と思ったらしく、この前実家で見つけたノートには、まだ覚えたての平仮名で当時に放送していたアニメのキャラの仲間になった、と嬉しそうに書いていた。でも、すぐにこう言葉が続く。


 ――でもテレビみたいにみんなと仲良くできないよ。


 ――魔法は素晴らしい、でも使い方を間違っては駄目。

 そのアニメで、主人公を導く先生の言葉だ。

 その通りだと思ったのだろう。だから、彼女はいつの頃からか、一人で過ごす事が多くなった。

 その理由は、何かのきっかけで感情が昂ると、火が出てしまうから。もしも誰かには怪我をさせたら……そう思うと怖くて、だから誰にも話しかけず、誰とも親しくしない様にひっそりと。皆の輪から外れていた。


 そんなある日の事。

 彼女を迎えに来た、そう言いながら来た女性がいた。

 その女の人はこう言った。

 ――魔法使いになりたくはないか? 世界を守れる位の、ね。

 その言葉で世界が開けた気がしたのを覚えている。

 私にも何かが出来る……そう思えた。実際にはそれは世界の裏側に足を踏み入れるキッカケでしか無かったのだが。



「美影、どうしたの?」

 少女は心配そうな晶の声にハッ、とした。思わず周囲を見回した。勿論何もいないし、あるはずもない。

「え、ううん何でも無いよ、それにしても星城は……トイレ長いね」

 強引過ぎる話の振り方に、我ながらヘタすぎた、と思った。

「うん、お腹痛いのかなぁ」

「晶が作ったお好み焼き食べてたからなぁーー」

「ひっどーい、美影だって焦がしてたじゃない」

 最近ではこんな他愛ない会話が本当に楽しかった。

 晶は本当にいい子だと心底思える。彼女は一番大切な友達。

 彼女を巻き込む訳にはいかない。

 ここにいる、マイノリティは自分と進士、後は例のエリザベス。

 戦闘向きなのは私だけ。進士はサポート役だし、エリザベスはそもそも素人、論外だ。

(なら、私が出るのが一番ね)

 そう思った瞬間だった。


「うわあああああっっっ」「きゃああああ」

 同時に叫び声が室内に轟く。


『ミツケタ』


 その声が聞こえた。

 まるで地の底から聞こえる様な、低い声と共に。

 地獄の亡者の如くそれはここにいた。ドロドロとした粘土細工の様な塊が変化していき、人の形を象った。

 不気味な男であった、その容姿は悪くは無かったが、表情は何も浮かんでおらず、目からも全く生気が感じられない。

 フィールドに覆われたここに入ってこれる段階で、一般人じゃないのは確定している。姿を変えたのは肉体操作系の一種だろうか。

 ならば躊躇は要らない。遠慮無くブッ殺す。

「進士っっっ」

 美影が叫ぶのとほぼ同時に進士はフィールドを展開、クラスの皆を無力化――気絶させる。

「オー、ゴッド」

 マイノリティであるエリザベスは無力化の対象外。仕方がない、後で口裏を合わせるなりなんなりするしかない。

 不気味な男は「オオオオ」腹の底から吠えた。


 美影は嫌な予感を覚え、咄嗟に横に飛ぶ。

 すると、バアン、という破壊音をあげ、今、自分がいた場所と後ろの窓ガラスが砕け散る。

 今の雄叫びで壊したのなら、もしかしたら”音使ソニックマスターい”なのかも知れない。

 もしも、進士が皆を無力化していなければ今のでクラスメイトに巻き添えが出ただろう。

「こっちよ、この――ウスノロッッッ」

 込み上げる怒りを押さえつつ、そう声をかけ、美影は砕け散った窓から外に飛び出す。

 不気味な男も彼女を追ってくる。

(それにしても……)

 気味の悪い男だ。

 無表情で、何を考えているのかが伺い知れない。

 単なる肉体操作系のマイノリティでは無いのは分かっている。もしかしたら、二つのイレギュラーを使えるのかも知れない。


 調理実習室の裏は日中も陽の光は射し込まず、薄暗い。ここは普段から人気のない場所。ここならまず目撃者はいないから、多少イレギュラーを使ってもバレないだろう。

 不気味な男はギラリとした目をこちらに向けると――。

「オマエ、【ファニーフェイス】ダナ」

 そう問いかけた、この男は彼女を知っていた。それも、コードネームをだ。

「……へぇ、私は一応、九頭龍ここじゃ殆ど活動していなかったのに……知ってるんだ……!!」

 美影が言葉を返す間もなく、不気味な男は「アアアッ」と吠えると、声を飛ばしてきた。美影は後ろに飛び退く。

 バガアン。

 今度はコンクリート製の学舎の壁をアッサリと砕く。

 今の攻撃から推察。大した破壊力だけど、あまり命中精度は良くないらしい。

 今ので大体理解した、コイツは音使いじゃない、と。あくまで、”ボディ”で発達した身体機能を用いて、”咆哮”を飛ばしているに過ぎない。

 この男がもしも音使いなら、こんなに近くにいる相手に対して、こうも大雑把な攻撃にはならないから。


 ここは学舎の裏でかなり狭い一本道。

 ”雄叫び”を躱す様なスペースは左右に存在しない。

 炎使いである少女には、この攻撃を躱し切るだけの瞬発力やあの破壊力を受け止める程の身体の強度も正直言って無いし、そんなつもりは毛頭無い。


 狭いってのは、相手にばかりに都合がいい訳じゃない。

「燃えちまいな」

 美影は右手の指をパチンと鳴らし、そこから小さな火花を起こす。火花は瞬時に炎の矢に変わり、そのまま相手へと一直線に伸びていく。

(自然現象の原理原則なんて知った事じゃないわ、私たちマイノリティのイレギュラーのぶつかり合いに際しての最後に決め手になるのは……)

 ”根性”よ、それが怒羅美影という個人の考えだった。

 バアアアン。


 空気の砲弾と炎の矢がぶつかり、矢が突き破る。

 炎の矢は相手の肉体を貫くや否や、炎が一気にその全身を焼き尽くしていく。

 彼女の炎は、威力を重視してる反面、命中精度が低いのが難点。

 その為、普段は意識してコントロールしなければならない。

 だが、ここなら当てるのは簡単。だって、ここは狭いから。

「ウガガガ…………ッッッ」

 不気味な男は苦しんではいるものの、なかなか燃え尽きない。

 この回復力リカバーはやっぱり肉体操作系のマイノリティで間違いない、そう確信出来た。敵の細胞は燃えてる側から回復しようとしているみたいにも見える。人の肉が焦げる何とも言えない臭いが漂うが、美影は眉一つ動かさない。

「ならいいわ……もっとアンタを焼くだけだし」

 そう言葉をかけると、もう一度右の指をパチン、と鳴らす。

 発現した追い撃ちの炎の矢は藻掻き苦しむ相手を貫き、今度は全身を炭に変えていく。


 とりあえず、これで終わりだ。

 美影は調理実習室に戻る。

 クラスメイトの後始末をどうするか、に考えを巡らせつつ。

 すると――そこにいたのは。



 ◆◆◆



 ほぼ同時刻。武道館にて。

 NWEの下っ端は大した情報を持っておらず、次の獲物を探していた零二は、その気配を感じた。

 フィールドから感じたのは強烈な殺気。それも間違いなく自分に向けてのもの。

「上等だぜ」

 そう思い、相手がいるであろう武道館へと足を運んだ。

 そして、そこで待ち受けていた相手は。

「……おいおい、何だアンタ。わざわざこンな下々のいる所に何しに来やがった?」

 ち、と舌打ちする零二の視線の先にいたのはあの藤原新敷。

 まるで大人と子供位の身長差がある二人は互いを睨み付ける。

 さっきから、相棒である歌音の声は聞こえなかった。

 多分、移動している為なのだろうが、或いはここに充満している濃密な二人の殺気の為かも知れない。

 新敷は、サングラス越しからでも分かる程の……殺意に満ちた視線を零二へと向ける。

「ふっ、そう言う貴様はこんな場所で何をしている?

 貴様の様な【出来損ない】が、俺に一丁前の口を叩かない事だ」

「抜かせッッッ」

 激昂した少年は、全身を瞬時に熱すると――弾丸の様な勢いで目の前にそびえ立つ大男へと肩を突き出し、突進をかける。大男は何もせずにその一撃を喰らう。

 ズシン、という手応えが肩から伝わる。普通の人間なら内臓破裂、マイノリティでも骨の何本かは折れる程の強烈な一撃。

 だが。

 目の前にいるスキンヘッドの大男は、それを受けても微動だにしない。

 ただ、ずれたサングラスを元の位置に戻すと「何かしたのか?」と言った。

「上等だゼッッッッ」

 怒気を露にした零二は獰猛に歯を剥き、そのまま左右の拳を大男に叩き込む。ハンマーの様な容赦のない連撃は自分よりも二回りは大きい大男の巨体を揺らす。

「らあああっっっっ」

 右の拳を白く輝かせ――だめ押しとばかりに顔面へ食い込ませる為に繰り出す。”衝撃インテンス初撃ファースト”を叩き込む為に。

 だが。

「くだらん、な」

 吐き捨てながら、新敷はその拳を左手で易々と受け止めた。

 そして逆に……自身の右拳を相手の鳩尾へとめり込ませた。

「がっはっっっ」

 強烈なその一撃は零二をアッサリと吹き飛ばす。

 壁を突き破らなかったのは、咄嗟に炎の壁を展開し、威力を削いだからだ。

「小賢しい、小手先だけは進歩したらしいな、武藤零二。

 いや、こう言うべきか? 深紅クリムゾンゼロ

「……るせェよ」

「本来、果たすべき【責務】を果たさず放棄、今じゃWD等という下らぬ連中の走狗となったか。……嘆かわしいな」

 新敷の左の前蹴りが、起き上がろうと試みた少年を直撃――そのまま床に釘付ける。あまりの威力に床は割れ砕け、ミシミシと音を立てる。

 大男は嘆息しながら言葉をかける。

「その中途半端な強さは何だ?」

 まるで憐れむ様な口調で問いかける。

「るせェよ……ぐっっあ」

 反論しようと試みた零二を左足に体重を乗せ、踏みつける。

 はぁ、と溜め息を付くと、サングラスを外す。

 その右目は光を灯してはいない。

 その虚ろな目は零二に忘れもしない、かつて自分がやったある出来事を思い起こさせる。

「貴様には、役割がある……そう言ったはずだ。忘れてはいまい」

 一方、左目には”以前”と変わらず、否、かつてよりも凶暴な光を宿している。

「忘れた訳は……ないはずだ?」

 重ねてそう言葉を浴びせる大男は歪んだ笑みを浮かべると、左足で零二の顎先を蹴りつける。

「がっはっ――」

 少年の身体が、まるで玩具のように畳を跳ね転がっていく。


「口の聞き方には気を付けるんだな、出来損ない」

 新敷は相手への興味を失ったのか、殺意を萎ませ、この場から立ち去ろうとした。

「ま、待ちやがれ」

 意識が混濁し、視界がボヤける。

 それでも零二は立ち上がる。身体はボロボロだが、戦意は衰えていなかった。

 大男は立ち止まる。

「今の貴様のイレギュラーは把握済みだ。その上で断言しておく、今の貴様では俺には勝てん。――――悔しければ【昔の自分】を取り戻すんだな。この右目を奪った時の貴様に戻るなら、或いは勝てるかも知れんぞ」

 それだけ言うと振り返る事なく武道館を立ち去った。

 それと同時に、バタリと音を立て、零二はその場に倒れ込んだ。


「もういいんですか?」

 外に出た新敷に声をかけたのは、”憎悪ヘイトボルテックス”こと立井久喜。

「思っていた以上に弱かった。今の奴にもう興味はない」

「あの【クリムゾンゼロ】を赤子みたいに扱えるのは、アンタ位のもんですな……ヒッ」

 思わず立井は怖気を覚え、後ろに飛び退く。

「……誰に向かって口を聞いている? 言った筈だ。俺は俺の好きな様にしか動かん、NWEか何か知らぬが、貴様らの様な有象無象に手を貸したのは、単なる気紛れに過ぎん。……腑抜けた実験動物への制裁の為のな」

 口調こそ、落ち着いてはいるものの、醸し出す雰囲気は圧倒的。これ以上何か言えば、貴様を殺してもいいんだぞ……と、そう立井は相手の口振りと様子から察し、思わず全身に震えが走った。

 慎重に言葉を選び、へりくだる。

「ま、とにかく、後は好きにしてもいいんですよね?」

「……好きにしろ、貴様如きに殺されると言うなら、その程度に過ぎん……」

 もう興味は無い、それだけ口にすると大男は背を向け、歩き去る。一見すると、無防備にも見える。

(高慢な野郎だ)

 立井は内心、舌打ちしたいのを堪えつつ、武道館へと振り向く。

 藤原新敷のおかげで、今の武藤零二はズタボロだろう。

「まぁ、何にせよアイツを殺せばベルウェザーもお喜びになられるだろうさ」

 けへへ、と下卑た笑いをあげながら、立井戸は手負いの獣にトドメを刺すべく近付く。


「だが、侮るなよ、出来損ないとは言え、あれは我が一族の一員なのだから、な」

 嬉々とした様子を見せながら、零二を殺そうと動く愚者に対し、新敷は小さく声をかけた。



 ◆◆◆



「な、何よこれ」

 調理実習室に戻った美影は思わず言葉を失う。

 そこにいたのは、倒れ込んだ進士が一人とそれを介抱しているエリザベスだけ。

 残りのクラスメイトは誰一人、ここにはいなかったのだ。

 さっきの戦闘からここに戻るまで、時間にしてせいぜい一分弱。

 争った形跡は無い。美影に気付いたエリザベスが駆け寄る。

「どらサン」

「リズ、何があったの?」

「ふたりがきましタ、きれいなおんなのひト、おじいさんみたいなひト。おじいさんがこい、とこえをかけたら……みんなおきあがって、それで……ごめんなさイ」

 エリザベスは何も出来なかった自分が歯がゆかったのだろう、その場で泣き出す。困惑しつつも、美影は金髪の少女を落ち着かせようと試みる。


「……やられたよ、さっきの男は陽動だった」

 その声に美影もエリザベスも後ろに振り向く。

 進士が意識を取り戻したらしく、壁に寄りかかっていた。

「お前があのフリークと戦闘を始める為にここを出た直後だ。

 赤いドレス姿の女と、それに付き従う様にもう一人がここに来た。女は何も喋らなかった。ただ無言で俺を指差し、男が吹き飛べ、と言葉をかけて……気が付いたらこうなっていた」

 進士は全身が痛むらしく、表情を歪めた。

 無理もない、実習室の黒板が完全に粉砕されていた。それほどの勢いの衝撃を不意打ちで受けたのだから。

 だが、美影は進士の発したある言葉に引っ掛かりを覚えた。

「待って、【陽動】って事は、連中の目的は……」

 美影の中で最悪の事態が思い浮かんだ。

 もしもそうだったなら、この一連の出来事は。

「……そうだ、俺たちの【護衛対象】を奴等は知っている可能性がある」

 進士もその最悪の可能性に表情を曇らせる。

「私が止める、アンタはエリザベスとここに残って」

「待て、一人で行く気か?」

「時間がない、それに――私が負けると思ってんの?」

 彼女の目には炎のような強い光が宿り、真剣そのものだった。

「いいや、悔しいが俺はしばらく動けない。だから頼む、皆を」

「分かってるわよ、守ってみせる。誰も死なせやしない」

 自分にそう言い聞かせ、”ファニーフェイス”は動き出す。


(待ってて晶。守ってみせるから)


 彼女の脳裏には守るべき大切な友であり、WGの”特別保護対象”でもある少女、西島晶の笑顔が浮かんでいた。




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