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敵との遭遇

 

「――どうする? 委員長」

「どうって、聞くな。お前が決めろ」

 ヒソヒソと話しているのは進士君と美影だ。

 大まかには聞こえるけど、言葉の端々が刺々しくて、二人が何だか焦っているように見えるのはどうしてだろう?

 二人を見ていると、何だか不安を覚えるのはどうしてだろう?

 ううん、違う。どうしてかは分かってる。

 不安を覚えてるのは、ここにキヨがいないからだ。

 キヨはトイレって言っていたけど、まだ戻って来ないのかな?

 何だか凄く心配だ。

 何で、こんなに不安を覚えるんだろう、私?

 何も起こるはず無いのに――いつもと同じで、皆と一緒にいるのに。震えが止まらないのは……何故?



 ◆◆◆



 うう、と呻きながら田島が起き上がる。もうもうと巻き上がる煙に、人の焦げた臭いは、これ迄何度も嗅いだ事があるものの、いつになっても慣れない。むせ返りそうな気分を堪えながら声をかける。

「お、おい大丈夫か、キヨちゃん?」

 爆発に巻き込まれたにも関わらず、思いの外、自分の傷が少ないのは、聖敬が丁度、田島の前にいた為だった。身体中が痛むものの、深刻なダメージを受けずに済んだらしい。

 だが、それはつまり盾になった形の親友は爆発のエネルギーを正面からまともに受けた事を意味する。

 あの、襲撃者達はもう見るまでも無かった。

 どうやら、一般人だったらしい彼らが、あの爆発で生きているはずが無い。無残な最期を迎えている。

「う、ううっっ」

 聖敬が意識を取り戻す。あれだけのエネルギーの直撃でも一見すると無傷なのは、彼がマイノリティの中でも肉体操作能力者ボディである恩恵と言えるだろう。

 常人を凌駕した肉体強度と、治癒力リカバリーがあればこそだ。着ていたシャツはもうボロボロだったが、WGから支給されているアンダーシャツは殆ど無傷。少し焦げた位だ。

 改めて、このアンダーの上下がどういう素材なのか分からないが、凄い代物なのは実感出来た。

「しかし、これは厄介だ」

 田島は珍しく表情を曇らせるのを見た聖敬は、事態が相当に悪いのだと理解した。


 この友人たじまは、任務中も普段と何一つ変わらない。

 一見すると、何も考えていない風を装いながら、敵が油断した所に最善の一手を打つ。軽い、おちゃらけた態度自体が、偽装なのかもとさえ思える。実際、そうなんだろうと思う。

 ――ま、俺のイレギュラーって弱いじゃない? だから、色々考えなきゃなぁ♪

 そう、軽く言っていたけれど、あの言葉は本音だったのだろう。

 決していいかげんな男では無い。”良い加減”な男なのだ。


 その田島が表情を曇らせた。それは今ここで起きている、いや……起きつつある”何か”が相当にマズイ事になっているのだと嫌でも伝えてくれた。

 それを暗示するかの様に足音が近付いてくる。

 聖敬の聴覚が相手が四人で、その走り方が高校生のものでは無い事を伝える。

 まず間違いなく、襲撃者の仲間だろう。

「田島、来るぞ」

 そ、かと言うと田島少し考える。今の状況を鑑み、導いた答えは――。

「…………キヨちゃんは行け。ここは俺が何とかする」

 と言う予想外のものだった。思わず聖敬は食い下がる。

「今、ここで起きてるのはかなりマズイ事だ。さっきの爆発……」

「ああ、分かってる。爆弾を身に付ける様な連中だ、だから一人じゃ……」

「……違うぜ。さっきのは間違いなく【イレギュラー】だ。どんな原理かは分からねぇけど、まず間違いない。て、ことはこの事態にマイノリティが関わってるのは確定だ。正直言って、かなりヤバイ相手だ。キヨちゃんにはソイツを倒してもらわないとな」

 だから任せろ。そう言うなり――田島は走り出し、一気に階段を昇っていく。

 すぐに銃声が轟き、声が聞こえる。襲撃者達が田島を見つけて銃撃したらしい。足音が遠ざかっていく所からすると、親友は上手く出し抜いたらしい。確かに、銃火器を備えていても一般人にあの抜け目のない田島がどうこうできるとは思えない。

(それに、もう始まってしまったんだ、僕に出来る事をしっかりやるだけだ)

 決意を固めた聖敬は、フィールドを展開。

 調理室へ誰も向かわない様にすると、動き出した。


 だが、聖敬も田島も気付いてはいなかった。その一部始終を”視ている”存在に。

 それが、今の一連の動きを見ていてほくそ笑んでいる事を。



 ◆◆◆



 一方、WG九頭龍支部はパニックに陥っていた。

 緊急事態を示すアラームがひっきりなしに鳴り響く。

 市内各所で大小様々なイレギュラーを用いたらしい事件が多発したのだ。

 それは、あるコンビニに人間業とは思えない怪力の強盗が入ったり、ショッピングモールでは移動動物園のゴリラが突然に駐車場で停まっていた乗用車を破壊し尽くしたり、更には誰も侵入した形跡もないにも関わらず銀行の金庫室が空っぽになっていたり等々。

 他にも悪戯レベルまで遡ると、数え切れない程の事件がこの数時間で発生したのだ。

「迂闊でした……もっと早くに情報を集めていればこれが【本命】だと気付けたのですが――」

 井藤は苦渋に満ちた表情を浮かべる。

 彼や副支部長の家門がこの事態を把握するのが遅れたのは、つい三十分前までここにいた”来訪者”の対応の為だった。

 今思えば、今日このタイミングでの訪問自体があまりにも出来過ぎている、そう思えた。


 そもそも、藤原一族と一口には括っても、その実は色々と不透明な部分が数多く存在する。

 まず、彼らの巨大な権力や財力の源泉。

 それを築き上げる過程に於いて、様々な噂が立ち上った。

 やれ、自分達に敵対する勢力を皆殺しにした。

 やれ、自分達の利益の為に同じ一族の身内すら犠牲にした。

 こうしたキナ臭い噂がまことしやかに囁かれている。


 更にそのキナ臭さを助長している原因が、彼らがあろうことか九頭龍でのWDの資金面でのスポンサーでもある事だった。

 一方でWGを、その反面WDをも支援しているという姿勢が彼らが敵か味方であるのかを不透明にしている。


 巨大な権力を持ちながらも、一族内部でもその考え方が別れているらしく、こうした事態が起きている。

 それが、WG、WD共通の認識であり、恐らくは事実だろう。


 あの藤原新敷という男は、その中でも去就を明らかにしていない人物だった。だからこそ、味方になるなら付けておきたい。

 そうした事情が先の対応にも繋がった訳だが。

 もしも、かの人物がそれを逆手に取っていたのなら。

 それを利用した上で、この事態にも何らかの形で関わっているのだとしたら――?


「支部長ッッッ」

 だが、そうした考えに浸る余裕もなく、事件が起きる。

 それは、WG九頭龍支部への襲撃予告。

 それも、時間を指定した上でだ。

 仮にこれがブラフだとしても、全く警戒しない訳にもいかない。

 頻発する事件を前にまたしても人員を割かざるを得ない。

 くっ、と口元を閉じ、井藤は席を立つ。

「……私が対応します」

 もしも本当に襲撃があるのだとしたら、今、この支部で戦闘に一番適しているマイノリティは、自分である。そうである以上、動かねばならない。

(皆、どうかご無事で)

 今の井藤にはそう祈る他無かった。

 今の彼は支部長として、ここの人々を守らねばならないのだから。



 ◆◆◆



 その前後。

 零二は九条の指示によって学園の敷地に侵入した。

 表は襲撃者達の起こした事件の為に、警察まで出張る事態になっている。

 しかも、早くも報道陣まで入っているらしい。

 原因は折り悪く、学園にある有力者が居合わせたからだそうだ。

 そんな中で、表立って堂々と学園には入れない。

 そこで、使った侵入口は地下。

 この下水路からだった。

「はぁ、くっせェ。なンでオレがコソコソしなきゃならねェンだよ……」

 辟易しつつ、思わず鼻を押さえながら異臭漂う無人の通路を歩く。

 ここにいるのはネズミや蝿などの虫位のものだ。

 ――はいはい、目立つな、って話じゃないか。仕方ないんじゃないのぉ。はぁ、休日なのに面倒で嫌。

 溜め息混じりの声が聞こえてくる。声の主は零二とコンビを組むWDのエージェントである”サイレントかなウィスパーき”こと桜音次おとつぎ歌音かのんだ。

「何言ってンだよ、お前は現場こっちに来てねェじゃないかよ?

 ……こっちはこの猛烈な臭いで鼻が今にも曲がりそうなンだぜ」

 ハァ、と盛大なため息を付きつつ、零二はようやく目的地であるマンホールへと辿り着く。

 歌音はそんな苦労等は露知らず、パリパリ、と口を動かしている様だ。

「……おい、お前…………」

 その音を耳にし、ピクリ、と零二の眉間に青筋が浮かび、ヒクヒク動く。

 ――んー? なぁに?

「まさか、とは思うンですけどよ……まさか、ポテチなンぞ喰ったりは……しちゃあいねェ、だろな?」

 ――…………パリ、パリ。

 ガザガザ…………クシャッッ。

「うおぃ?」

 ――ん…………気のせい気のせい。

「…………嘘つけやあああああッッッッッッ、さっきのパリパリってなンなンだよ? 喰ってたろ――ぜってェ喰ってたろぉ!!

 真面目にやれよ、テメェッッッッ」

 緊張感の欠片もない相棒の行動に普段の自分の事等、すっかり吹っ飛んでいた。

 そう、この姿を見せない相棒は物凄くマイペースなのだった。

 それは、命令違反の常習犯である零二をして唖然とさせる程に。


 彼女のイレギュラーは”音使ソニックマスターい”と呼ばれる類いのモノで、音を相手にぶつける事が出来る為、零二の様に敵に近寄る必要は無い。

 最大射程距離がどんな物かは知らないが、軽く数百メートル以上はあるだろう。命中精度を度外視するなら更に射程は延びるらしい。

 ある意味で、零二の”天敵”の様なイレギュラーなのだ。

 だからこそ、だろうか。

 九条羽鳥は、敢えて二人をコンビにしたのは。

 零二は、”ある実験施設”を壊滅させた前歴を持っている。

 多大な損失を被ったWD内では大多数の有力者が、原因となった被験者れいじの抹殺を支持していた。必要ならば、それぞれが持ちうる最大戦力を投入してでも――そこまで目の敵にされていた。

 そんな中で九条は、敢えて零二の身元を引き受けた。

 自身が統括するWD九頭龍支部に招き入れ、戦闘要員として登録したのだ。


 それでも止まぬ抹殺を提案し、支持する連中への妥協案。

 それがこのコンビの成立に関しての、九条から聞いた話だ。

 いざとなればいつでも自分を殺せるだけの異能イレギュラーを持ちうる相手。その時が来れば容赦なく”処刑”を実行出来うる言わば”首輪”。そういう認識だった。


 だが、実際。

 こうしてコンビになったはいいものの、この桜音次歌音は、予想以上だった。

 てっきり真面目くさった奴か、エリートぶったお高い女だと予想していた訳だったが、実際は、真逆の性格。

 とにかく、面倒くさがりだった。

 イチイチ、面倒だとか嫌だとかを溜め息混じりに口を開けば言うのだから。


 こうしてコンビになって結構時間が立った今、零二は半ば確信していた。

姐御くじょうめ、ぜってェ面倒くさい奴をオレに押し付けやがった)

 とにかく、自分のペースが乱される。もしも、仕事の関わりが無ければ絶対に相手にしたくないタイプの女だ。そう思いながら、マンホールの蓋を静かに開けた。


「ンで、なンか見えるか?」

 零二は歌音に問いかける。今、彼女は学園が見える限界距離にいる事だろう。そこからスコープでこちらを見ているに違いない。

 ――見えるのは、ツンツンした馬鹿だけ。

「うおぃ、誰が馬鹿だってか?」

 ――ウニが食べたいなぁ。

「聞けよオイ!」

 ――周囲にはまだ誰もいないよ、さっさと終わらせて。お腹空いたし、面倒だから嫌。

「ヘイヘイ、姫君の腹の虫が鳴き出す前に片付けりゃいいンだろう? 楽勝、楽勝♪」


 そこに割り込む声。

 ――言っておきますが、油断大敵ですよ。【深紅クリムゾンゼロ】。

「ゲッッ、あね……支部長」

 ――ヘイトボルテックスは確かに戦闘能力は低い。ですが、今回の騒動を鑑みるに間違いなく協力者がいます。それも、かなりの戦力を有した集団が。

 それから、と前置きしつつ、”平和ピース使者メーカー”は緊張感のないもう一人にも釘を刺す。

 ――確かにあなた方は優秀です。ですが、勝って兜の緒を締めろという諺もあるように…………。

 苦言は数分もの間続き、零二はそれを受けた相棒に僅かに同情するのだった。


 ――はぁ、面倒くさい。もう嫌だ。

 ようやく解放された相棒のボヤきは紛れもなく本心だっただろう。心底グッタリした声だった。

(にしても、オレらの通話は歌音アイツのイレギュラーを応用したモンだぜ? どうやって割り込ンだンだ?)

 相変わらずの上司の底の無さに珍しく寒気を覚え、身体が震える。


「まあ、何にせよ……もう目的地に来たワケだし……さっさと片付けンぜ」

 ――ホイホイ、外の様子は見とくし、邪魔が来たら木っ端微塵にしとく。

「……ソイツに同情すンぜ、全くよ」

 間違いなく敵に八つ当たりするつもりだろう。内心敵に同情するようにそう声を出すと、ドアノブに手を伸ばす。

 瞬間――!!

 バリバリイッッッ。

 凄まじい音を立て、零二の全身を電流が駆け巡る。

 その威力は身体が突き抜け、周囲の木々にビシビシ、と亀裂を走らせる程。

 間違いなく致死に至る強烈な物だった。

「…………」

 零二は動かない。あまりの威力に身体が内部から焼き切られたのだろうか?

 ――オイ、レイジっっ。

 思わず歌音が声を荒らげる。

 ダガン。

 蹴りが入り、ドアが吹き飛ぶ。

「……プハッ、あー、びっくらこいた」

 ドアを蹴破ったのは無論、零二だった。

 如何に零二が、命令違反の常連であろうとも、蓄積されたその戦闘経験は伊達じゃない。

 相手が戦闘向きではないとは言えども、電気操作能力エレクトロコントロールに属するマイノリティである事は知っていた。

 それにサポート任務が専門である以上、罠を仕掛けるのも予想の範疇。

 今のは、”敢えて”罠にかかったのだ。

 敵に対して――正面から堂々と。

 力ずくでブッ飛ばすという彼なりの相手への宣戦布告。


「さーーーて、どこにいやがンだ?」

 ボイラー室に入った零二は大声を出しながら、これ見よがしに足音を立て、相手を挑発する。

 微かに物音が聞こえる。

 間違いなく、誰かがここに潜んでいる。奥に足を進めるとどんどん暗くなっている。確かに、待ち伏せにはいい場所かも知れない。

 パット見で分かるのは、各学舎の配電盤等の計器の小さな明かりのみ。それも殆ど稼働していない。

 暗視装置ナイトビジョンでもなければほんの数歩先すらもおぼつかないだろう。……一般人であれば。

 だが尤も、零二にはこの暗闇も全く支障は無い。

 何故なら、彼の目は周囲の”熱”を追うことが出来るからだ。

 その熱探知装置サーモグラフイの様な目をもってすれば、この暗闇の中あろうが、熱さえ感知出来れば何の問題も無い。

 ゆっくりと周囲を見回すと、熱を放つ物体が四つ。その大きさと、こちらを窺う様に身を潜めている事から待ち伏せをしているのは間違いないだろう。

 そんな中で零二が何の躊躇いもなく暗闇の中、歩を進めるのが信じられないらしく、僅かながらに動揺している様が有り有りと視える。やれやれとばかりに頭を掻きむしる。

「あ~~、一度だけチャンスをやるよ。……逃げンなら、今だぜ」

 好戦的かつ、獰猛な響きと共に紡がれたその最後通告と、自分達へと向けられた視線に四人の敵があからさまに動揺するのが分かる。

 零二は黙って一歩を踏み出す。

 四人の敵は迷っている。

 更にもう一歩前に。

 二人が前に進み出ると、腰からギラリと鋭く光る……恐らくはナイフを引き抜くと構えた。

 来いよ、とばかりに零二は右手を前に向けると人指し指をくいくい、動かす。

 ナイフを構えた二人は手にした得物を突き出し、切りかかる。

 だが、零二は避ける素振りも見せない。ただ、左拳を一方の顔面へと繰り出す。

 グシャリ、という生々しい音と共に拳を喰らった一人が吹っ飛ぶ。

 もう一人が零二の腹部にナイフを刺し込む……はずだった。

 なっ、と言う驚愕の叫びが漏れる。ナイフの刃先が瞬時に”溶けた”のだ――まるで飴細工の様にドロリと。そこに少年が残った右手で腹部を打ち抜く。

 メキメキ、という骨が折れ、砕けた音が響き――その身体は軽々と天井に叩き付けられた。

「ひ、ひい」

「お、化け物……」

 残った二人は完全に戦意を喪失したらしい。慌てて逃げようとした。

 ――だが。

「待ちなよ……何処行くンだよ?」

 少年はそう言うと一瞬で二人の前に飛び出す。

「さっき言っただろ? 逃げンなら、【今】だぜってよ……」

 もう遅ェよ、と言いつつ獰猛に歯を向くと、拳を振るう。


「ち、歯応えの無い連中だぜ」

 零二は呆気なく倒れた敵にガッカリした声をかけると、計器類や電源の確認に入る。情報によるとここから電波妨害ジャミングの反応があったらしい。何かしらの装置があるかと思い、探してみるが……。

 ――どう? 何か分かった?

 歌音が問いかけてくる。

 かなり暇そうな響きからすると、彼女はまだ八つ当たりする相手を確保していないらしい。

「なンかおかしいぜ」

 零二は嫌な予感を覚えた。学園への通信妨害への対処が今の優先事項だった。だが、この部屋を確認する限り、特に機器に問題は無さそうだし、装置らしき物も無さそうに見えた。

 裏切り者である立井久喜のイレギュラーは決して強力では無い。

 サポート等の破壊工作が得意なのも、戦闘向きでない自分のイレギュラーの貧弱さを補う為の副次的な技術でしかない。

 であるにも関わらず、その立井がこの場所で何かを行った形跡は見受けられない。

 零二は機械操作に破壊工作等の知識がある訳では無かったが、その分、独特の勘が働く。その勘がこう囁いている……これは罠だと。自分の始末に来るであろうWG、もしくはWDの刺客に打撃を与える為に。


 瞬間、計器類がピシピシッッ、と火花を散らし――炎が包み込む。その爆破は学園を遠巻きに包囲している警察や報道関係者の目にもハッキリと映った。

 尤も、報道関係のヘリは上空を飛ばない様に規制をかけられており、周辺に人もいなかった。

 ボイラー室自体が学園の敷地の中央部にあった為に、目撃者もいなかったのは不幸中の幸いだっただろう。


 焼け落ち、崩れ去った建物の跡に立つのはただ一人。

「チッ、ざけやがって」

 零二は怒気を露に舌打ちする。

 爆発の直撃も彼の身体を傷付けるには至らない。

 炎は、彼にすれば児戯の様な物だったし、破片は身体に触れる前に”燃え尽きた”。

 彼の怒りは、立井にこの程度の罠で仕留める事が出来るとでも思われたかも知れない、という侮りに対する物だった。



「あちゃあ、怒ってる怒ってる。けっ、ガキだな」

 その様子を離れた学舎の屋上から眺めているのは、立井久喜。

 白の作業用のツナギに安全靴の姿は、学園内の電気系統のメンテをしている業者の物を拝借したものだ。

 彼がベルウェザーから与えられた任務は二つ。

 一つは、学園と外との間の電波妨害。

 もう一つは、”彼女”が来るまでの敵の足止めだ。


「それにしても……」

 零二が化け物だとは知っていたが、こうして外から観察していると、思った程でも無いのでは、と思えてくる。

 電波妨害の方法はまだ分かっていない様だ。

 その気になれば、いくらでも単純バカの相手は出来る、だが。

(それじゃあ、つまらない……だろ? ケッ)

 そう考えた立井は動いた。どうせなら、仕留めた方がいい。


 キイィィィン。

 何とも耳障りなノイズ音と感覚。

 これは誰かが”フィールド”を展開した事を示している。

 本来なら、人払いの結界がこのイレギュラーの本質。

 だが、今展開されたそれは明らかに違う。

 そこから感じられるのは明確な”殺意”。

「へっ、上等じゃねェか――」

 その誘いを察した零二は獰猛に口角を吊り上げ、突進していく。

 ――ちょ、冷静になれ……ってもムダか。ああ面倒、嫌だ。

 声を出したが相棒はもう聞いていない。歌音は呆れつつも、仕方がないな……と呟いた。



 ◆◆◆



「今のは?」

 聖敬もフィールドの展開を察知していた。

 そういう自分自身、クラスの皆を守る為にフィールドを張ったのだ。もしかしたら、他の誰かが同様の目的で展開したのかも知れない。

 田島と別れてからかれこれ十分経過しただろうか。

 高等部の学舎にはあちこちに武装した襲撃者達の仲間がいた。

 彼らは全員が例のバラクラバを着用しており、顔は分からない。

 彼らはいずれも銃火器を基本にした装備を携えている。

 ただし、その銃火器自体は自動拳銃ハンドガンであったり、突撃銃アサルトライフル短機関銃サブマシンガンだったりとまちまちで統一性は感じられない。

 正規の軍隊や警察であれば装備は統一される物だ、という意味で考えると、この襲撃者達は、それなりに訓練は受けているのかも知れないが、正規のそれでは無いのかも知れない。


 彼らの武器は正直言って、着弾すれば勿論無傷では済まないものの、今の聖敬にとっては然程脅威ではない武装だった。聖敬の肉体強度なら、多少の銃弾では傷も付かないからだ。

(だとしても……)

 それはマイノリティである自分だから言える事だ。

 少なくとも、この事態に巻き込まれた大多数の学生にとっては危険極まりな状況には違いない。人質となった彼らの姿は教室では見かけなかった。可能性として高いのは”体育館”だろう。

 体育館の周辺には襲撃者の一団が集まっており、流石に一人で突破は困難そうだ。


 一旦、戻るべきかも知れない。田島、もしくは進士に状況を説明して作戦を練るべきなのかも知れない。

 そう考えた時だった。

 不意に感じた。

 誰かが近くにいる、と。

 それは強烈な何かを放っており、襲撃者の一団とは明らかに異質で聖敬の注意を引いた。

 気配を押し殺し、出来る限りで近寄ろうと試みる。

 バラクラバを被った襲撃者の仲間が三人、近くにいた。

 その前にゆらり、と歩み寄る男の姿。

 無防備に近寄る男に襲撃者は何もしない……と言うより、気付いていない。どういう理屈かは分からないものの、男は三人に肉薄。

 何やら話しかけているが、声が小さすぎて聖敬の耳でも聞き取れない。

 ただ、異変が起きた。

 三人の様子が何やらおかしくなった。

 さっきまでと違い、殺意を剥き出しにしている。

 そうして……いきなり聖敬に向け銃撃をかけてきた。

「おわっっ」

 思わずその場を飛び退く。三人がこちらへと走りながら間断なく銃撃を続ける。

「何だ? 行くぞ」

 しかもすぐ近くに別の襲撃者達もいたらしい。駆け寄る足音が迫るのが分かる。

 このままでは、挟み込まれる形になる。

 派手な動きは避けるべきだったが、こうなれば戦うしかない。

 そう判断した聖敬の動きは早かった。

 下半身の筋力を瞬時に増強。その脚力で、近付いてくる別の二人組へと一気に肉薄する。

 完全に不意を突かれた二人組の腹部に拳を叩き込み、あっという間に無力化。物陰に姿を隠し、追撃をかけてくる三人を待ち受ける。

 すると、足音が止まる。一体どうしたのか?

 コロコロ。

 何かを転がせる様な音が聞こえる。何か、金属の塊の様な物だろうか? そう思っているとその音の正体が足元に到達、手榴弾だと理解した瞬間に、爆ぜた。

 轟音と衝撃が学舎を揺らす。


 三人組が敵の死亡を確認すべく、近付いてくる。

 油断無くそれぞれの銃器を構えながら爆発の中心部に到達。

 転がっている遺体を目撃する。

 だが、すぐにそれはバラクラバを着けた仲間だと理解。

 警戒を強める。

 だが、それで充分だった。

 聖敬が天井から降り立つ。

 素早く左右の手刀を首筋に叩き込み、残った一人には肩をぶち当てそのまま壁に叩き付け――倒す。

 三人を近くの教室に運び、聖敬が安堵した時だった。


「お前を殺す」

 小さいながらも物騒な響きを持つその声が聞こえ、聖敬は廊下に飛び出す。

 そこにいたのは異様な男だった。

 その全身はふるふると震えている。だが、それは怯えているからでは無い。

 その手足は痩せ細り、まるで今にも折れてしまいそうに貧弱そうに見える。

 顔も同様で、皺だらけでまるで老人の様にすら見える。

 目も虚ろで、焦点が合っていない。

 それは、まるで別人。

「あんたは……?」

 その老人の様な姿に不釣り合いな青年の声には、聞き覚えがあった。そう、ほんの昨晩自分が追跡していた相手の声だ。

「お前を殺す」

 その老人の様な男は、紛れもなく”畔戸くろと吉瀬きせ”だった。


 あの、自信に満ち溢れていた青年がどうすればたった一晩でこんな様相になるのかは分からない。ただ、一つ言える事があった。

 目の前にいる相手が前回とは比べ物にならない程に危険な存在になっていると。そう、肌でひしひしと感じられた。

「お前を殺す」

 まるでうなされているかの様に、うわ言の様に繰り返す言葉。

 その言葉に呼応するかの様に、激しい銃撃が聖敬へと浴びせられた。

 何が起きたのかが、その瞬間は分からなかった。

 全身に衝撃が走り、血が噴き出す。

 横目で誰かが、窓の外から銃撃してくるのが見えた。

 ロープに捕まりながら、白の作業用のツナギを着用した小男が、PDWの銃口を向けている。

 その貫通力の高い銃弾が聖敬の身体を撃ち抜いたのだ。

「があっっ」

 思わず膝を付いた聖敬に畔戸が言葉をかける「吹き飛べ」と。

 その言葉が届いた瞬間、身体が吹き飛ぶ。

 ガアアアアン。

 破壊音が辺りに轟く。


「あ……ああっ」

 朦朧とする意識の中で、呻き声をあげ、辛うじて起き上がる聖敬の目の前に誰かが立っている。鼻孔を爽やかな果実の様な香りが通り抜ける。

 そこにいたのは……。

 血の様に鮮やかな赤いイブニングドレスを身に纏う美女。

 サングラスの為にその目は伺えない。

 金色の髪がふわりと揺らぐ。

 何者なのかそして何故ここにいるかは分からない、だがその様相はまるで”女神”の様に思える。

 彼女は聖敬を一瞥すると、そのまま立ち去っていく。わずかに口元に微笑を浮かべながら。

 その傍らには、さっきのPDWの男――立井久喜と畔戸吉瀬が膝を屈しているのが見える。

 女神は二人の肩にその手を置くと、立ち去っていく。

 二人も、それに従うかの様に立ち去る。

 聖敬は、自分が見逃された事を実感しながらその場に崩れ落ちた。薄れる意識の中で感じるのは敗北の苦い味と死なずに済んだという安堵だった。




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