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変わった世界――The strange world  作者: 足利義光
第五話 変わった世界――The strange world
120/121

決着、そして始まり

 

「う、ぐぐぐ」


 呻き声をあげながら、ずず、と地面から染み出すように姿を見せるのはブッチャーこと背外一政。

 まだ彼は死んではいなかった。

 歩たちにより、追い込まれた瞬間、渡されていた″エリクサー″を摂取。そこで生じた超回復能力によって何とか命を繋いだのだ。


「お、のれ」


 自身をこんな目に合わせた相手が心底から憎い。

 必ず復讐してやる。

 だが彼は最早限界であった。

 エリクサー、によってリカバーを限界以上に高めての回復。その負担は彼の生存のみに注ぎ込まれ、今の彼は絞りカスのような有り様。もう何の余力も残ってはいない。


「だが、死な、ないぞ。いきのびさえすれ…………ぁ?」


 背外の視線の先に誰かがいた。


「見つけましたよ。ようやく」


 それは井藤だった。彼は自身の兄を手にかけた相手をようやく目の前にした。

 静かな、だがまるでマグマのような怒りが溢れ出す。


「おま、え」

「かけるべき言葉はありません。ただ死ねばいい」


 ゆっくりとした足取りで相手へ向かう。

 彼もまた限界に近かった。しかし、残された力を振り絞り、指先から水滴を一滴だけ。

 ポタリ、

「う、う゛ょびょう゛ぉおオオお」

 だがそれだけで充分であった。

 たった一滴だけの毒の雫。それを受けた背外の肉体が死んでいく。腐り、溶けながらゆっくりとした速度で。


「や、まだ、ま」


 ジュウウウウ、という地面を溶かす音。

 相手の目はただ自分を見下ろしている。

 そして″解体者″は消えた。その痕跡もなく完全に。


「…………」


 しばらくしてその場から立ち去ろうとする井藤の前に誰かがいた。


「どうやら始末出来たみたいだな」

「ウォーカー」


 井藤の目の前に立っていたのは春日歩だった。

 彼はブッチャーが完全に死んでいない事を察知した。役目を終え戻るはずの、数滴分の血が相手を殺す前に消えた事で気付いたのだ。


「なぜ自分でやらなかったんですか?」

「そいつは簡単さ。あんたにケジメを付けて欲しかったからだよ」

「…………礼はいいませんよ」

「構いやしないさ。で、辞めるのか?」


 歩の問いかけに井藤は言葉を返さない。

 二人は互いに近付き、そしてすれ違う。

 そして一歩、二歩と通り過ぎた所で背中を向けたまま足を止める。


「これからどうするんだ?」

「少し考えようと思います。この力を使わずに生きていくべきか、或いは……」

「そうか。ま、達者でな。そういや向こうにバイクを置きっぱなしだったか、あれお気に入りだったからなくなると困っちまうなぁ」

「──感謝します」


 井藤はそのまま前へと歩を進めていく。

 歩はその場から動かず、数十分の後にWG日本支部に通信した。


「こちらウォーカー、事態は収束した。だが井藤支部長は…………」


 この通信で一連の事態は、少なくともWG九頭龍支部での件は終息を迎えた。



 ◆◆◆



「へっ、ったく手間かけさせるなよドラミよぉ」


 ニカッ、とした笑みを浮かべながらその場に倒れ込む不良少年。

 何処か満足そうな表情のまま、静かに寝息を立てている。


「ハァ、アンタバカなの?」


 美影はそんな相手に呆れ返る。

 そもそも助けなんか求めてはいない。

 なのに、零二はここに来た。


 彼もまたここにいた敵に、何らかの因縁があったのは分かった。

 だから自分を助けたのは成り行きだったに違いない。


「ハァ、疲れる」


 ようやくの事で外へと出る。

 薄っぺらい前後二枚の布に素足の少女は外に出るなりここまで肩を貸して連れて来たツンツン頭の少年を放り出す。


「ぶふっ」


 零二は豪快に地面にダイブ。そのまま顔面から落ちた所で目を覚ます。

 顔をブンブンと何度も横に振って、口に入った砂やら泥をペッペと吐き出す様を見て「アッハハハ」と美影は笑う。

 そして売り言葉に買い言葉といった言葉の応酬が始まる。


「て、いってェ。なにしやがるンだよ」

「なにって、ここまでアンタを運んであげたんだけど?」

「ほうほうソイツはどうもサンキューな、って言うと思ったかこのクソドラミ!!!」

「誰がドラミだ、このチビ!」

「チビ、…………だと?」

「そうよ、知ってんのよ。アンタ、アタシよりも背が低いってね」

「うっせい、これからおっきくなるンだよ。見てろ絶対追い抜いてやるンだからね」

「はん、どうだか。もう止まってたりしておチビさん」

「笑ったね、オレがもう身長伸びないと思って笑ったね」

「ええ、笑いましたけどそれが何か?」

「ムッキーーー、次は絶対ブッ飛ばす、ってか助けねー」

「はん、それを言うならコッチもだ。もう二度と肩貸したりしないからな」

「ンなもン誰が頼ンだよ。そンなポニュプニュしたカラダなンざ…………コッチから──はうぁ」


 そこまで言って零二は自分が地雷を踏んだ事を理解した。


「アンタ、今なんて言った?」


 目の前の相手からはこれまで感じた事のない殺意が溢れている。

 今、零二はかつてない恐怖と対峙してしまった事を理解する。


「あ、あの美影さん」

「おいクソチビ。今なんつッた!!」

「あ、の。その…………」

「お前、アタシの──」

「い、いやアレは不可抗力だ。だって、気付いたらその、な」


 顔から滝のような汗をかきながら、しどろもどろな零二はこの場からどうやって生還すべきかを必死で考える。


「──起きてたんだな」

「あ、ハイ。でもちょっとだけだから。その、思ってたより柔らかかったのには──ぐはっ」


 言い終わる前には美影のストレートが綺麗に顔面を直撃。零二はそのまま後ろへ転がり、悶絶する。


「もういい。今すぐ燃やす」

「ま、待て。あれはあれだ、そのラッキースケベだ」

「うっせーーーー燃えちまえッッ」

「ば、バカっっ。ホントに炎を投げてくンな! 燃えたらどうすンだよ」

「それもいいんじゃないの。アンタは焼けなくても服を消して素っ裸にして、ソレを写真に撮ってネット上に晒す」

「おま、なんつーコトを口にしやがりますか。嫁入り前の乙女のクセして」

「るっせー、いいから燃えちまえ、逃げんな! 素っ裸にしてやる」

「お断りだっつーの。絶対に見せないからなバーカ」

「キィィィ、バカはソッチだバーカ、バカチビッッッ」

「聞こえませーン、何も聞こえませーン」


 そしてどっちもどっちな口論はしばらく続く。


 それは傍目からどう見えてるのかを、しばらく後に駆け付けた三人の一言で二人は知る。


「何か馬鹿馬鹿しくなった。二人で仲良くしてろよ、ったく」

 そう言いながら田島はカメラでパシャリと二人を撮る。

「成る程理解した。連絡がつかなかったのも当然だ。二人で仲むつまじくしていたからとはな」

 進士はさも感心したように、嫌味たっぷりな言葉を浴びせる。

 そして、

「サイテーだ。面倒くさかったのに見つけたらこれ? ムカつく」

 星城凛こと桜音次歌音は冷め切った表情のまま、呼吸を整える。零二も美影もビクリ、とおののく。その動作は攻撃態勢なのだから。


「「誰がコイツと!!」」

 完璧なタイミングで否定する二人。


「ちょ、ふざけないで。これはその……何か言え」

「お、オレかよ。その、そうだなたまたまヒマでそンでさ」

「バカ、それじゃ逆効果だよ!」

「え、そか。え、えーーとだぜ……」


「もういいよ、とりあえずぶっ飛べば──」


 キィィィンという独特の音が耳をつんざき、そして。


「ちょ、バカっっっ」

「オレたちは無実だ」


 チュドーンという爆音が周囲に轟くのであった。



 WG九頭龍支部での事件からほぼ一日後。

 怒羅美影はこうして戻り、一連の事件はほぼ解決した。




 だが彼らは知らない。

 世界が変わっている事に。

 今、彼らの世界が以前のそれとは違う事に。

 何かが欠けてしまった事を、彼らは分からないまま、世界は動き出していた。



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