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変わった世界――The strange world  作者: 足利義光
第五話 変わった世界――The strange world
119/121

夢幻の終わり

 

(こんなの、……駄目だよ)


 晶はその結果を誰よりも早く知った。

 迅たちの集合意識に乗っ取られた際に、イレギュラーを使えるように精神のリンクをされた事で彼らが、ひいては兄である迅が何を目指していたのかを彼女は共有する事になった。


 そして晶はその計画が何をもたらすのかを知った。


 彼女の世界と繋がる能力が、迅たちとの能力との一時的な融合により、変化。世界の″流れ″を読めるようになる。つまりは一種の予知能力となったのだ。

 流れ、とは即ち世界、という川の流れ。この流れを形成するのは森羅万象あらゆるものであり、その要素の一つとして″人の感情″や″思い″というのがある。


 世界とは大小無数のそうした流れであり、その流れは人の思いによって変わる。つまり世界は多くの人の思いで変わっていくのだ。


(でもこれは違う、こんなのは違う)


 晶が見たのも、無数にある川の分岐の一つでしかないのかも知れない。


 だがそれはあまりにも衝撃的だった。

 ″変わった世界″に於いて人々は滅びを迎えていた。

 互いに抑制を失った人々が互いに対して憎悪を抱き、殺し合う。


 世界は明らかに間違った方向へ突き進んでいた。

 多くの人々がそれを自覚しながらも、だが目の前の相手への憎悪から戦いが激発し、無残にも死んでいく。

 そしてそこで生き残っても、生き延びた者には更なる憎悪が植え付けられて戦いはありとあらゆる場所で、手段を問わずにただ互いを殺し合う。


 そして…………世界は滅びた。


 それは天災やら何か避けようのない出来事ではなく、ただそこにいた住人達の手で。

 ただ互いを信じる事を忘れ、憎み、恨み、自己保身に走った末の必然。


(何がキッカケでこうなったの?)


 本能的にその流れを生み出したモノを晶は追った。


 そこに至るまでの数千、数万という世界から見れば何てことない瞬き程の一瞬にも等しき、だが人の身でそれを見る事など不可能とも云える膨大な時の流れを、彼女は追った。


 そうして、彼女が観たのは────。



 ◆



(バカな)


 自分達が崩れていく。

 この計画の為に、幾十人もの、意識を一つの意識として集約した。

 自身も含めて、誰もがこの世界を変えたいと思った。


(僕達は、間違っていないはず。だって世界はあまりにも……)


 この世界は平等なんかじゃない。

 口でこそ皆平等な世界を望んでいるようだが、その実は違う。

 誰もが平等、というのはつまりは誰もが同じという事。

 だけどそんなのを心から望む者などいない。

 誰もが自分はもっと上へ、強くなったり、賢くなれると思い描きながら日々を生きている。

 前に前にと進んでいくのが人間の性であるのだから。


 でも変わっていく世界の中で晶だけはその力を扱う事が出来ない。

 世界と繋がれる能力。それはあまりにも魅力的で、知られれば間違いなく邪な考えを持った者が集うに違いない。

 だからこそ記憶を封じた。晶の異能を決して、誰にも知られまいように。



(そうさ世界は不平等でかつ無限なんだ、ならば)


 世界には無限の可能性が存在するという。

 なら、その中にはこんな世界があってもいいのでないか?

 それは、この世界を著しく不平等なものへ変えつつある異能が存在しない世界。そう、不平等ではあるが、その差が今よりもずっと少ない世界、それこそが迅達が望んだ世界、ストレンジワールドが目指す世界の有り様だった。


 そしてその為には世界を巡る必要があり、それが可能だったのは皮肉にも能力を使えないようにした晶のみだった。


 迅は苦悩した。

 世界を変える為には自分はともかく妹まで巻き添えにしかねない。それじゃ本末転倒。だからずっと計画を実行に移そうとは思わなかった。


(そうだ、隠せばいい晶の異能を、封じ続ければいい)


 だけど遂に封印は解かれてしまった。

 限定的とはいえ、晶は多くの人を救う為に″世界″に繋がった。

 肉体という器を失った、忘れてしまった無数の人達。彼らの器を世界を巡って取り戻した。多くの人々の精神、そこの記憶から器の姿を思い出させて元に戻す。一人や二人であれば迅にもそれは可能であった。だが、晶が救った一人のそこらじゃない。数百、千人以上の人を同時に救ったのだ。まさしく桁違いの能力。本心から戦慄した。

 世界に与えたのは最小限の影響だったかも知れない。だけど邪悪な者に、晶の存在は確実にバレたに違いない。

 世界を往き来できる力を欲するもはさぞや多いに違いない。


(もう一刻の猶予もない)


 そう、このままではもう駄目だと思った。

 だからこそ、ストレンジワールドを行う決意を固めたのだ。


(どんな犠牲を払っても必ず成功させてみせる)



 迅や小宮達は最初から自分達を犠牲にするつもりだった。

 それがたくさんの人を巻き込むこの計画を実行するに当たっての、せめてもの責任の取り方だと思ったから。


(まだ、あとほんの少しでいいんだ)


 時間の観念がここでは乏しい。だからこそ小宮が死んでもまだこうして夢幻が使えるし、そして晶の中にもいる事も出来たのだ。


(そうだ、今だ。まだ晶と繋がりがある今なら)


 だからこそ迅たちはその全てを一瞬に賭けた。


 どの道片道切符、出し惜しみなど必要ない。


(むしろ晶にかかる負担もこれなら最小限で済む。それに消えるのだからもう邪魔も入らない)


 自分達の精神のみをその時へと飛ばす。そしてその時を、最初に異能を手にするであろう誰かを止める。


 迅たちは意識を集中させ、そして晶の身体から出て行く瞬間、飛んだ。






『く、ぐ。くううっ』


 何かがなくなっていく。

 それは名状し難い感覚であった。

 とんでもない程の膨大な出来事が彼らを飲み込む。

 歴史、という世界そのものを直視しながら過去へ上流へもっと上流へと船を向かわせる、泳ぐに等しい行為の中で自分たちが少しずつなくなっていく。


『まだ、だ。まだ先に』


 一つだけ確かなのは、少しでもこの集中が途切れたら、間違いなく全意識を喪失する事だ。

 あまりにも多くの事が彼らの中に流れ込んでいく。

 溺れて、流されたらそこで終わり。

 必死に遡る。


 そうやって一体どの位の時間が経過したであろうか?


 遂に迅たちはその場に辿り着いた。


 遙かな古代。


 誰かがそこにいる。


 それは一種の祭壇であろうか、周囲には平伏する人々の姿が見える。壇上にいる誰かが天に向かい、何事かを言おうとしている。間違いなくその誰かこそ、最初の異能者なのだと迅たちは悟った。


『ここだ!!!!』


 そして光が発せられる。

 迅たちの視界全てが眩く輝いて、そうして────────。



 ◆



『は、っっ』


 目を覚ますと、そこは何もない場所だった。

 祭壇もなければ、誰もいない。

 そして感じるのはここには自分しかいない事。

 小宮たちの存在は感じない。


「兄さん」

『晶? どうして、』


 迅はそこに何故妹がいるのかが分からなかった。


『世界は変わったんじゃないのか?』

「ううん、世界は変わらないよ」

『馬鹿な、あれを食い止めた。あれが最初だったはずだ』

「そうだね、あれが多分最初だと思う」

『なのに、なぜ』

「だから止めたの。変わっちゃいけないから」

『え?』


 迅は唖然とした表情で晶を見た。

 今、妹が何を言ったのかが分からなかった。


「世界は変えちゃいけないの」

『な、にを言うんだ。世界は変わるモノじゃないか、僕達一人一人が世界を構成し、繋がっている。だから僕達には世界を変える権利がある。そうだろ?』

「ええそうです。でも、違うんです」


 そう声をあげたのは聖敬だった。

 迅はその事に疑念を抱く。ここは異界、精神世界なのだ。晶と自分だけしか入る事は叶わないのではないか?


『なぜ君が…………そうか。そうだった、な』


 思えばここに聖敬がいるのも当然であった。

 今でこそ人の身を持つとは言え、聖敬はそもそも異界の存在。ここもまた無数にある世界の一つであり、晶と繋がっている。その晶と強い繋がりを持つ彼ならばここにいるのも当然の事なのかも知れない。


『答えてくれ。何故世界を変えてはいけない? 僕では力不足だからかい?』


 迅の目からはさっきまでの執念じみた光は最早伺えない。

 もう彼自身理解していた。自分が長くはない、と。

 恐らくは、変えようとした際に様々なモノを喪失したのが影響したもだろう。自分の存在が曖昧になりつつある事を実感していた。

 聖敬、晶もまたそれを知っていたのだろう。

 そもそも二人が迅の行動を止めたかったのも、こうなる事を案じたからなのかも知れない。


「世界は変わります。でも、それは多くの人がそうなる事を望んで初めてそうなるんです。多くの人がその変化を求めて、世界がその流れの変更を受け入れて初めて可能になるんです」

『多くの人の望み、か』


 聖敬からの回答に迅は得心した。

 確かにそうだ。歴史を見れば分かる事だ。

 革命、政権交替などの政治体制の変化はそれを望む人がいるから正当性を持つ。それは、そうした人達の意識の変化により世界の流れが変わるからだ。


『そうだね、僕がやろうとしたのは望みを断ち切る事だったんだな』

「古代の人がイレギュラーを何故欲したか? それは多分それを手にしないと駄目だったから、だと思う。ううん、ただ神様に願っただけなのかも知れない。何かを、誰かを救える力を。

 そしてそれを遮ると、世界は狂ってしまうの。本来あるべき可能性が無理やりに変更させられ、その結果悪い事が起きるの。とてもとても悪い事が」


 晶の言葉には重みがあった。

 確信があった。彼女は実際に世界が狂った末の結果を見たのだ、と。

 そしていつの間にか差し出された妹の手を取る。


『う、ぬ』


 そうして迅は観た。

 いつの事かは分からない。だが世界が滅ぶ様を。文字通りに人類全てが死に絶える様を。

 あらゆる国を焼き尽くし、その後僅かな物資を巡り殺し合い、最期はたった一人になり死にゆく様を。


『そう、か。こうなってしまうのか』


 迅は素直に頷く。


「ごめんなさい兄さん。確かにいつかまた世界は変わる、と思う。

 でも、それは今じゃない。そして私や兄さんがそれをするんじゃないの。

 世界を変えるのは一人一人の思い。皆がそれを求めた時に初めて変わっていくものなの、だから……」

『ああ、よく分かったさ。僕が周りを信じ切れれば良かっただけだった、それだけだったのさ』


 その目は遠くを見るようだった。

 何処か虚ろで、まるで火が消える寸前の蝋燭を思い起こさせる。

 実際、その身体は少しずつ透明になっている。


「迅さん、すいません。僕はこうなる前に何とかしたかった……」

『聖敬君。気にするなよ、そもそもストレンジワールドは片道切符だった。上手くいこうが失敗しようが、遅かれ早かれこうなった違いないんだ。僕が消えるのは【世界】に目を付けられたから、だろ?』

「はい、世界はそれを変えようとする存在を見逃さない。

 晶が言いましたけども変わるべき機会が来るまで変わろうとはしないんです。だからきっと……」


 迅は声を落とす聖敬の肩に手を置く。

 もう、手の感覚はない。


『いいさ、これも【代償】だろう。だから君に頼みたい。

 聖敬君、君に晶を任せるよ。何があっても、……何が来ようとも守ってくれないか』


 その問いかけに聖敬は頷く。


『ああ、随分と遠回りしてしまったよ。だけど、最期に色んなモノを知れたの、だけは嬉しかっ、……たかな』


 そうして西島迅、という存在はそこで消えた。

 自分が出来なかった事を託せる少年へと穏やかに微笑みながら。

 晶と聖敬はそれを静かに見送った。




「キヨ、分かってる?」

「ああ」

「私たちがやるべき事」

「うん、分かってる。でもその前に」

「そうだね」


 聖敬と晶は互いに手を取り、目をつむる。

 彼らはこれから互いの力を使って、為すべき事をする。

 でも、その前に、ほんの少しの寄り道を。



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