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変わった世界――The strange world  作者: 足利義光
第五話 変わった世界――The strange world
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夢幻その6

 

 突如、何かが壊れた。


 ──すまない。


 そして同時にそんな声が届いた。


『──なに?』


 その違和感は即座に伝わった。

 それはまるで電流が脳内を走り抜けたかのようであった。

 何かが損なわれた、そんな実感を確かに感じる。


 ──私の力不足だった。もう私は消えてしまう。


 自分の中にいるはずのモノが、崩れていく感覚。


(まさか、小宮さんが死んだのか?)


 馬鹿な、というのが迅の正直な感想であった。

 今の迅にとって、ストレンジワールドを遂行するに当たって、自身の力を増幅させる為の要となる存在。それが接続アデプトを持つ小宮和生である。だからこそ、彼だけは他の協力者とは異なり意識を残したまま互いの精神を感応、夢幻すら一部とは言えど共有させてもいた。


(信じられない、一体誰がこんな事を──)


 迅にとって想定外であったのは春日歩、という存在を知らなかった事に尽きる。九頭龍支部の外から彼がこの事態を知り、動き出した事を知らなかった事。

 それまで一切九頭龍とは関わりを持たずに、外から見守る事に徹していたが為に、迅には知られる事もなかったトランプのジョーカーのような存在。

 そして彼が、この一件から手を退かせたはずの白い拳を持った不良少年の関係者であり、不良少年にも劣らない程にお節介な人物であった事もまたこの事態に相成った要因だっただろう。


(力を保てる、か?)


 今や問題はその一点だった。

 幸い、であったのはこの空間に於いては時間の感覚がかなり曖昧である事だろうか。

 要を失った事で喪失するはずの力も、ここにいる限りはまだ何とか操れる。


 だがその僅かな間隙を聖敬は見逃さなかった。


 体感時間にして一秒から二秒、という時間であっても、元々ここに存在していたから故であろうか、窮地の最中にあっても聖敬は相手の僅かな動揺をも見逃さない。


「はああああああああ」


 ここが反撃の機会だと見た聖敬が気合いに満ちた咆哮と共に突っ込む。


『──は、そうはさせない!』


 その轟く声で我に返った迅が、夢幻を発動させる。

 一斉に四方八方から様々なモノが聖敬へと向かって放たれる。

 だが聖敬はそれらに対して右手を使わない。

 両腕を交差させ、向かって来る様々な武器や事象による攻撃を、避ける事もせずに真っ直ぐに突っ込んでいくのみ。

 剣や槍の刃先が首筋に肩をかすめても、炎に手足を焼かれても、そして暴風に飛ばされそうになっても一切構わずに突っ込んでいく。


『く、おのれ』


 だがそれこそが迅にとって一番恐れていた事である。

 夢幻によって具現化した様々な事象には殺傷力が備わる。寸分違わぬ威力に鋭利さを持ったそれらではあったが、一つだけ欠点がある。

 それは如何に強力な武器にイレギュラーを持っていようとも迅にはそれらの能力を百パーセント引き出す事は叶わない、という事。


 例えば目の前にいる黄金色に輝く神々しい剣、かつて竜をも殺したと云われる黒い魔槍、そして神が使ったとされるまるでノコギリのような細かな刃が刻まれた戦斧。これらはそれぞれ神話で使われた、とされる強力な武器である。今の迅にはそういったモノですら難なく具現化させる事が可能である。

 だが迅に出来るのはあくまでもその武器を呼び寄せ、放つ事のみ。

 本来の担い手の元で振るわれたのに比べれば、それで発揮される威力はその本来の性能の何割であろうか。

 それは自然現象も同様で、自分が想像出来ない程の脅威的な規模のモノは扱えない。


 西島迅は、担い手ではなく単なる管理者である。

 だからこそそれらを一斉に放つ事で、その脆弱性を覆っていたのだ。



「ああああああああ」

 一方で聖敬は待っていた。

 彼には確信があった。あの夢幻という能力がそんなに持続出来る代物ではない事を。

 あれが幾十人もの協力者を触媒として、その精神をまとめ上げて、無理矢理一つにする、という荒業の末にようやく能う能力である事を。

 確かに強力な力だった。

 まともに戦って勝てるとは思えなかった。


(でもそんなのは無理なんだ)


 だが如何に強力無比なる力であろうとも、それは電池を並列ではなく直流にして初めて可能な事。

 電池代わりとなった協力者達にかかる負担は極めて多大なモノであり、必ず不具合が起きるであろう、と聖敬は確信していた。

 もっとも、今この隙が生じたのは、小宮の死亡が原因であるとまでは流石に予測は付かなかったのだが。


『く、止まれッッッ』


 迅は両手を前へ繰り出す。それを合図に周囲に巨大な壁がせり出して、聖敬を押し潰そうとするのだが、


「くああああああああ」


 聖敬は一切の躊躇もなく突進をかける。その右手を突き出し、迫る武器を消し去りながら間合いを詰めていき───そして。


『く、あっっっっ』


 後ろへよろめく迅はその一撃を受けたかに思えた。


「ぐあうっっっ」


 だが同時に聖敬もまた苦しげに呻く。

 壁は聖敬に届いてはいない。

 されどそこから伸びだした無数の槍状の岩はその身体を刺し貫いていた。

 そして聖敬の足元には僅かながら隆起した地面。そう、聖敬の攻撃は届かなかった。迅はとっさに聖敬の足元を隆起させ、勢いを鈍らせて自分から後ろへ倒れたのだ。


『くく、残念だったね。だがもうこれでケリを付けようじゃないか』


 迅は動けない聖敬にトドメを刺すべく、その手に三つ叉の鉾を具現化させる。


『ではさようならだ──!』


 そして矛を構えて聖敬へと突き出す。


 ″ピシ″


 それは何かに亀裂が走ったような音だった。


『な、んだ?』


 迅は違和感に気付く。

 今、まさしく動けない聖敬へ向けてトドメとなる一撃を放とうとしていたはずの矛を握る手に…………力が入らない。

 カラカラン、という音は矛が転がった事で生じたもの。


『なにを………』


 言う前に今度は迅の脚から力が抜けていく。もう立っていられない。その場でへなへなと膝を屈する。


「──届いたんですよ」

『な、に?』


 全身を串刺しとされ、息も絶え絶えながら聖敬が迅の疑念に答える。


「僕の右手が迅さんに届いた、それだ、けです」


 聖敬の脳裏にさっきの光景が浮かび上がる。

 起死回生を期した聖敬の突進の際、迅は自身へと迫る異界の存在の攻撃、つまりは右手が自分へ届く事を警戒し、自ずから後ろへ転がった。その際、迅の脳裏にあったのは迫り来る脅威を躱す事のみに全意識を傾けていたが故であろうか、彼は聖敬が何を一番に考えるのかについて失念してしまった。彼にとって今、自分がどれ程に優位性を確保していたのかを忘れてしまったのだ。

 聖敬は最初から右手、正確にはその爪先さえかすめれば目的を達成出来るのだと。


『そう、か。最初から僕に致命的なダメージを与えるつもりがなかった、んだな』


 迅は聖敬の一手を読み違えた。

 それは相手の事を理解し、信用さえしていれば良かっただけ。


 ”星城聖敬は西島晶を絶対に傷付けない”


 ただこれだけの事、それさえ失念しなければ聖敬がどう動こうとも、どうとでも対処出来たに違いない。


 ピキピキピキピキ。


 亀裂が大きくなってく。今までこの身体を覆っていた、より正確には西島晶、という少女の心を囲い込んでいた迅や小宮達の集合意識に亀裂が走った。


『く、がっっっっ』


 閉じこめられていた晶の精神が少しずつ亀裂からその支配権を取り返し始める。

 聖敬の無効化の右手はほんの僅かな亀裂を生じさせるだけで良かった。如何に小宮が接続により、協力者達の精神をまとめ、それを更に迅に統合させる事で一つの集合意識を構築しようとも、彼らは決定的に他人であった。

 その思いには個人差があり、その僅かな違いが更に亀裂を大きくしていく。


 ──兄さん、もう終わりだよ。

『!!』


 晶の声がする。優しく慈愛に満ちた声。だけどどこか遠い声が集合意識と化した迅を揺るがし、壊していく。


『やめろ、晶。僕はお前のた、めにこん──な』


 聖敬の眼前では晶の身体が苦しげにかぶりを振る。

 今、あの中では器の主導権を巡って晶と迅たちが激しくせめぎ合っているだろう。

 だがもう決着は見えていた。


『ば、ばかなよせっっっっ』


 急速にその支配権を失い、西島晶という器から追い出されていく。そもそも如何に迅たちの集合意識が強い力、意思を持っていようとも彼女には届かないのだ。

 何故なら彼女こそがこの世界の申し子なのだから。



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