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変わった世界――The strange world  作者: 足利義光
第五話 変わった世界――The strange world
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夢幻その5

 

 真っ白で、真っ黒な世界の中で、彼女はたった一人で訴え続ける。


(もうやめて、やめてよお兄ちゃん)


 晶は力なく膝を屈して懇願する。

 だがその声は届かない。

 何故ならば、声を出そうにも肝心の身体を兄に奪われていたのだから。


(まるで檻、みたい)


 晶が見る光景はまるで他人事のようですらある。

 実際、迅のやり口は実に巧妙であった。

 この異界の中に、不可視の結界を造り出し、そこに己と聖敬を囲う。この結界も一種の異界であるのだが、そこは監視するソレには認識されない次元にあり、だからこそ異界内で自在に様々な暴虐に打って出る事も可能である。


(でもこの檻は聖敬の為じゃない)


 そう、ここは聖敬を打破する為に用意されたのではない。

 あくまでも迅が考える″世界″を構築する為に用意された空間。

 晶もまた、兄である迅が何を目論んだ上でこんな事を始めたのかを今はもう知っている。

 何せ今や、迅の精神そのものが自分の身体へ入り込んでいるのだから。その結果、互いの精神が繋がっているのだから。


((兄さん、こんな事やめて))


 幾度も幾度もそう訴え続ける。

 対して、迅からの返答は一切ない。答えるつもりなどないのだ。


(兄さん、世界を変える事は兄さんにも私にも出来ないんだよ)


 動く事も叶わず、かといって目をつむる事も出来ずに晶は目の前の光景を見るほかない。

 肉体の優先権を取り戻そうにも、迅は対策済みだった。

 そもそも如何にマイノリティであろうとも、異界、ましてやこの精神世界で平常さを保てるのはおかしい。

 イレギュラーの影響で、あらゆる世界を往き来出来る晶は例外。

 聖敬の場合はそもそもここの出身だから、一見すると生身であっても

 その本質は以前と同じ。だからこそ存在出来る。


 だが迅は違う。彼は優秀なマイノリティでこそあれ、ここで自己を保てるような耐性を持っていない。

 ここは存在するだけで異物は徐々に喰らわれていく。

 実際、迅の中身は少しずつ減っているのだが、その中身は彼自身ではない。

 そう、迅は彼一人でここに来ていなかった。

 多くの、数十人もの人と共にある。

 だからこそ、晶には耐えられないのだ。


(やめてよ兄さん。もうこれ以上私たち以外を【犠牲】にしないで)


 自分達の為に他者がいなくなっていく事に晶は耐えられなかった。



 ◆◆◆



「さて、何処から話したモノかな」


 小宮の前に立つものは最早いない。

 田島も、進士も、凛もまた膝を付き、肩で息をしている。

 三人共に小宮の前に膝を屈していた。


「……その反則技はどういった訳で?」

 田島は皮肉めいた言い方で訊ねる。


「そうだね。これは【夢幻むげん】。西島迅の夢現に妹である西島晶の世界に干渉する能力。そして私の接続アデプトによって繋ぎ合った、……ここの全員の協力によって成り立つ一つの奇跡だよ。む、──」


 おお、っと、と言いつつ小宮はその手を掲げる。

 途端、三人とは別の方向へと三本の槍が飛んでいく。

 バン、という音と共にそれは壁を貫き通し、その穴からは真っ赤な血が染み出す。


「そこに誰かいるな、その血は何だね?」


 そう言うと小宮は更に五本の槍を具現化させ、放とうと手を掲げ──、


「おおっと、ちょっとタンマ。待ってくれないか、今出て行くから」


 そう言いながら、ドアを開き姿を見せるのは春日歩であった。


「あ、あんた」

「よ、また会ったな田島君」


 へらっとした笑顔を見せる歩の目の当たりにして、田島は当然として進士や凛もまた呆れる他なかった。

 今の今まで、全く気配を感じなかった。何せ気を取られていたとは言えど、凛の聴覚ですら聴き取れなかったのだ。それに気付いた小宮の勘が鋭いのだとしても、わざわざこうして姿を見せる理由がない。



「ふむ、君は何処の誰だね?」

 小宮は自身の記憶にないその相手に警戒心を強めたのか、姿を見せる相手へと目を細める。


「俺ですか? 単なる近くを通りかかった第三者──」


 言い終わる前に槍が足元に突き立つ。

 びいいん、としなる槍を、歩は顔色一つ変えずに見ている。


「つまらない冗談は結構だ。今ので顔色一つ変えないような肝の据わった第三者が今、このタイミングで偶然にこちらの様子を壁の向こうから窺っていた、とでも?」

「そういう事にしてもらえるとこっちとしては嬉しいんだけどなぁ……」


 ギィン、という金属を弾いた音。それは、

「やっぱしダメかぁ」

 突然、敵の胸元を狙って放たれた剣を、これもまた唐突に具現化した赤いコンバットナイフで歩が弾いた音だった。


「あーあ。こっちとしちゃあこれ以上ここでの出来事に足を突っ込む事態は避けたかったんだけどな」

「何を言っているんだね? 君は【わざと】こちらに仕掛けさせたんだろ? あくまでも【正当防衛】としてやむを得ず、という体を装う為に」

「……そう見えちゃいますかね?」

「ああ、そうとしか見えないよ。全く…………食えない男だね」


 小宮の眼光が鋭く細められた途端、歩は間髪入れずに前へ飛び出す。

 そこへ一瞬で具現化した無数の炎の壁が左右から挟み込む。


「む、」

「うっわ、あっぶねーー。危うく丸焦げだったなぁこりゃ、ん? あ、シャツがちょっと燃えてる!! あっちあっち」


 おどけるような口調で火を手で払いのける。


(本当に気に食わない男だね)


 それが小宮和生の偽らざる本心であった。

 今、目の前にいる男からはまるでやる気を感じない。

 口でこそ焦ったようにも聞こえるものの、そう言いつつも、歩の表情には一切の焦燥の色がない。


(それに何故躱せた?)


 それが分からなかった。今の炎は、小宮としては完全に不意打ちだと思っていた。だと言うのに、目の前にいるおどけた男はほぼ完全に回避してみせた。


(ならこれはどうだ──!)


 今度は歩の背後、開かれたドアのすぐ傍から氷柱を具現化、それを一気に背中めがけて放つ。

 そして僅かにタイミングをずらし、上から、前からも同様の氷柱を具現化させると投げ放つ。


「おいあん──」


 事態に気付いた田島が言い終わる前に攻撃は到達する。

 風を切り、迫る凶器を歩は一歩も動けない。

 そして、三本の氷柱が標的を貫く。



「あ、……」


 田島は言葉を失う。

 氷柱を受けて歩の身体からは鮮血が飛び散る。

 それは普通であれば明らかに致命傷に思えた。


「ふん、とんだお笑い草ね」


 だが凛はその光景を見て皮肉めかした笑みを浮かべる。

 ドクン、ドクン。

 何故なら彼女の″聴覚″は正確に聞き取っていたのだ。


「なに────!」


 片付いた、と思っていた小宮の表情が一変する。

 目の前でまるで噴水のように夥しい鮮血を噴き上がらせていた歩の身体が、ピクリと動いた。


「正確に心臓、脳、内臓を貫いたはずだ」


 一本でも重傷、それを三本共に受けた。即死は免れないはずだと確信したはずだった。

 なのに、歩は動いた。


「あー、いたいなぁ」


 その全身を真っ赤に染め上げながら、だが相変わらず平然とした口調で男は声をあげる。

 ピキピキ、と思いの外あっさりと氷柱が全て砕ける。


「何をした?」

「ん、ああ。【砕いた】んだよ」

「だから何を──」


 そこで小宮ははた、と気付く。盛大に噴き上がり天井にまで達していたはずの鮮血がまるで逆戻しするかのように、歩へと戻る様を。


「【血液操作能力ブラッドコントロール】のイレギュラーだな」

「ご明察、ついでに言っとくと俺の血は振動するんだぜ。それでつららを砕いたのさ、もっと深く入り込む前にね。でも痛かったなぁ」


 さっきまでの真っ赤な姿がまるで嘘のように、歩は既に元に戻っている。

 だが、さっきまでとは違う点がある。

 それは────、


「──な」

「悪いね」


 小宮の口から、胸部から血が噴き出る。

 それはまさしく一瞬だった。


「く、がっっ」


 視線を向けると、赤いナイフが身体から飛び出ている。

 正確に、まるで冗談みたいに心臓を背中から貫いていた。

 小宮は気付けなかった。さっき天井へと噴き出した歩の血の一部がいつの間にか背後の壁へと移動していた事を。それも一滴一滴、僅かな血が移動して寄り集まっていた事など知る由もない。


「悪いね、……俺は仕留めると決めたら躊躇はしない主義でね」

「な、なぜだ?」


 ドクン、とした振動が小宮の全身を駆け巡る。

 それはナイフから発せられた振動。ナイフの形をした歩の振動する血が、小宮の身体を瞬時に破壊した証左。


「く、む、────」


 それ以上の言葉を発する事は叶わない。

 ぐらりと前へと倒れ込む小宮の身体からは既に鼓動は失われつつある。そのまま人形のようにばたんと倒れ、死んでいく相手を平然とした表情で見下ろしながら歩は言う。


「確かに強かったんだろうよ、その夢幻ってのはさ。

 でもな、あんた自体は戦闘のプロじゃない。だから殺気のコントロールが下手くそだし、視線で俺は攻撃を予見出来た。だからこうなった、ただそれだけの事だよ。ほんのちょっとだけ運がなかった、それだけさ」


 それは疑念を抱いたまま死にゆく相手への葬送の言葉。

 流れ出でる血と共に死んでいく小宮和生への、彼なりの敬意を込めた言葉であった。



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