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変わった世界――The strange world  作者: 足利義光
第五話 変わった世界――The strange world
116/121

夢幻その4

 

『もう君に勝ち目はないよ。諦めるんだ』

「はぁ、はぁ、は、────」


 迅からの宣告を前に、息も絶え絶えになりつつも聖敬は抗う。

 向かってくるのは幾多の災い。自然と戦い、人の作りし武器を打ち払い、そしてまた自然へ立ち向かう。

 聖敬の右手が襲い来るそれら全てを無効化し、消し去る。

 だが、攻撃の止む気配は一向に見えない。


 続々と、際限なく攻撃が加えられる。


『分からないな、どうしてそうも抗おうとするのだい?

 君には一切の勝機などないっていうのに』


 迅の声からは、心配するような響きすら聞き取れる。

 実際彼は今、少しばかり驚いていた。

 晶のイレギュラーをも担う今、もう誰であろうともこの異界で刃向かえる者などいないはず。

 何故ならばこの異界、この空間内では今の迅は好きに干渉出来るのだから。


 晶のイレギュラー、とは異界に干渉出来る能力。

 それは単に異世界へ入り込める、に留まらない。

 文字通りに世界に関わる事が可能な彼女は、その異世界、異界から様々なモノをすら持ち運び、異形の存在を誘導する事すらも可能である。


 それだけでも規格外の能力であるのに、今や西島迅のイレギュラーである夢現改め、夢幻によって彼が想像したモノ全てが具現化して襲いかかってくる。その結果が今の苦戦である。


 いくら聖敬の無効化がイレギュラーにとって有効な力であろうとも、あくまでも右手でしかそれは叶わない。


「く、────」


 口元を引き締め、荒れた呼吸を少しでも整えるべく集中する。

 今、聖敬の周囲を取り囲むのは数え切れない程の武器の数々。

 剣や槍、斧に槌に鎌やどういった理屈かは分からないが、弦の絞られた状態の弩に至るまで。


『もういいんじゃないか? 君はよくやった。君がここまでやるとは誰も思っていなかっただろう。今この敗北を、それを責められる者など私が許しはしない』


 迅の言葉は、完全に己が勝利を確信したからこそである。

 そしてその事実は、誰あろう聖敬自身が誰よりも分かっていた。

 世界、と繋がった今の迅は誰であっても、どんなイレギュラーを用いても打倒する事は困難である。


(僕に出来るのはせいぜい目の前で起きる異変を食い止める位のモノだ)


 聖敬はかつての自身を思い返す。

 彼は世界の■♦&◇であった。ただしその存在は脆弱で、少しの刺激で崩れかねない儚い存在だった。思えばそれは自分のような存在がここ以外の世界へと旅立つのを防止する為であったかも知れない。


(世界というのは理だ。一見するとあまりにも広大で何でも出来るように見えるし感じるけど、それは違う)


 そう、世界というのは自由自在なようでその実、そうではない。


 そこは様々な理に縛られ、背けば罰せられる。

 では何故人類は今まで無事だったのか?


 それは簡単な理由で、″世界″にとっては人類の為す事など些事でしかなかったから。世界、が向かうべき道筋から外れていなかったからである。


 世界そのものに明確な意思はない。

 世界とは全て。

 だが世界が重視するモノがある。


 それは″流れ″。

 世界は少しずつ変わっていく。

 それは時に徐々に。時に急激に起きる。

 世界は変化そのものは否定しない。


 だが″例外″もある。


 だからこそいつの頃からか世界の一部、そこにソレはいた。


「もう止めて下さい。こんな事を晶は決して望みはしない」

『は? 今更何を言っているんだい君は』


 聖敬の本心からの言葉を受けて迅の雰囲気は一変した。

 さっきまでのような泰然自若とした様子はそこにはない。

 その表情は怒りからか歪み、目にはこれまで以上に明確な″敵意″が満ち満ちている。


『君は僕が何を為そうとしているのか分かった上でそんな言葉を吐くのかい?』

「いいえ、分かりません。ですけど、……こんな事を起こして何が為せるっていうんですか? 僕には迅さんが混乱を生じさせているようにしか見えません」


 それは一切の嘘偽りのない聖敬の本心からの言葉であった。

 星城聖敬、という存在にとって、西島迅とは記憶を失ってこそいたがずっと信頼出来る存在だった。

 いつも優しく、穏やかで物事を冷静に見詰めて、怒るにしたって感情に任せたりせず、理路整然と妹である晶や、自身に注意してくれた。

 今思えばそれは確かに、十年前から要注意だと思われていたからこその対応であった部分も確かにあるのだろう。

 だけど、それだけじゃない。


「一体どうしたっていうんですか? 僕の事はどうだっていいし、どうなってもいい。でもどうして晶まで巻き込んだんですか……迅さんは晶を誰よりも大事に、大切に見守ってきたじゃないですか。なのに、どうしてこんな事をしてしまったんですか!!!」

『…………』

「答えてください。こんな人の身には手に余るような力を得てまであなたは何をしようとしているんですか?」

『黙れ────』


 沈黙、そして聖敬からの心からの嘆願に対する、迅から発せられた言葉はこれ以上ない程に深い”拒絶”であった。


『お前に何が分かるというんだ? 僕がこんな事を心から望んだとでも思うのか? ふざけるな!!

 誰がこんな最低な事を好き好んで実行するものか』

「なら、……」

『──だけどな!! 誰かがやらなければならないんだ。そうじゃなきゃいつまでだってこんな理不尽がまかり通ってしまう。分かるか、君に何でこんな事になってしまったのかを』

「それは──」


 迅の剣幕を前にし、聖敬は言葉を返せない。答えは分かっているつもりだった。

 いや、間違いなく答えは分かっている。でなければ無数にある異界(せかい)の中で敢えて”ここ”を選ぶはずがない。


『君には分かっているはずだ。かつて【ここ】にいた君にならね』

「………………」


 そう、ここはかつての星城聖敬の前身であったモノが存在していた場所。

 無数にある、常に縮小し、また同時に膨張を続ける世界を”監視”する為の異界(ばしょ)

 気の遠くなるような時の経過の中をここでソレだったものは色々なモノを見た。

 ある時はとある世界の誕生を。またある時はとある世界の破滅を。


 ここは生きとし生けるあらゆる存在をただ見続けるだけの場所。


 そしてソレであるモノに与えられた役割はたった一つ、余分なモノを、或いは乱すモノを削除する事。

 余分なモノ、乱すモノというのは端的に言えば、世界の理、流れを乱す存在を指す。

 それこそまさしく今、自分の目の前にいる晶の中にいる迅のような存在である。


「この【世界】を変える事は許されないんです。今ならまだ間に合います、どうか──」

『そうだね。世界を変える、それこそが唯一無二の晶を救える道なんだ。お前は誰よりも知っているはずだ。彼女がとんでもない力を持ってしまった事を、誰よりも間近で観察していたのだからな』


 そう、聖敬になる前のソレだった頃、晶は頻繁にここに来た。


 まるで近所の散歩でもするかのように気楽に、世界に何の歪みをも生じさせずに異界へ来ていた。

 彼女は生まれ持っての異能者だった、それも類い希なる異質な力を保持した存在である。


『いいかイレギュラーなんて力こそが全ての元凶だ。

 こんな人の身の丈に合わない力がこの世界を狂わせる。

 だからこそ、僕はそれを是正する。ここには過去現在未来の全てが見える。かつてお前はそう言った。ならば、ここにはあるはずだ。

 イレギュラーに目覚める最初の存在の記録もな。

 そこに介入し、イレギュラーというモノを消してみせる。

 世界を変えて、悲劇を防ぐ。それこそが【ストレンジワールド】。

 僕にとって、晶にとって一番望ましい結果なんだ。

 だから、───────』


 迅はその意識を集中させる。

 障害となる聖敬を確実に動けなくする攻撃を相手へ殺到させる。

 イメージするのはまさしく豪雨の如きおびただしい数の矢。前後左右上下から一斉に数万以上もの矢の雨を降り注がせる。


『────ここで大人しくしていろ。それも出来ないのなら、ここで死んでくれ』

「────!」


 矢の嵐が吹き荒れ、聖敬を貫かんと襲いかかる。

 聖敬はその圧倒的な矢の前に全く動けないまま、飲み込まれるのだった。


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