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変わった世界――The strange world  作者: 足利義光
第五話 変わった世界――The strange world
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夢幻その3

 

 ″何故世界から争いがなくならないのか?″


「「「────!」」」


 田島、進士、そして凛の三人はその問いに言葉が出なかった。


 だが、それは当然だと言える。

 例えるなら、野球の試合で開始早々に打席に立つ自分めがけて投手が全力投球したボールが顔面すれすれをかすめたようなモノ。とっさにしゃがむなり、のけぞらなければ間違いなく怪我をしたに違いない。


 それ位にその問いかけはあまりにも唐突で、そして重かった。


「どうしたね? 答えられないのかな」


 まるで生徒に勉強を教える教師のような、小宮和生は穏やかな笑みをたたえる。


「その問いに何か意味があるとは思えないぜ」


 沈黙を破ったのは田島だった。


「そもそもこの質問だけど、小宮和生。俺にはあんたが時間稼ぎをしているようにしか見えない」


 そう言葉を紡ぐと、意識を集中。手にククリナイフを発現させた。そうしてその刃先を相手へ突き付けると、

「逆にこっちから聞きたいね、あんたはここで何をしてた?」

 と問いかけ直す。

 だが、進士は見た。

 一瞬ではあったが、田島は確かにアイコンタクトをした。

 まばたきを三回、それはある″合図″だったはず。

 次に同じアイコンタクトがあれば″攻撃″だったはずだ。


「ここで何をしていた、か。確かにそれは大事な話だね。

 実にいい質問だと思うよ」

「だったら答えてはもらえないですかね? キチンと俺にも分かるように」


 あくまでも穏やかな面持ちのままの小宮に対し、田島の眼差しは一層厳しいモノへと変わる。

 ジリジリ、と感じる。

 ″危険だ″と本能が告げている。

 田島は、小宮の指摘通り、常に自分を偽る事に意識を向けてきた。

 髪型や服装など軽薄そうな装い、喋り方を調べて、他人から見える自分、という存在を侮らせた。

 危険性のない、馬鹿で短慮な自分を演出する事で、他人の油断を誘い、色々と情報を得たり、または任務で最終的には相手を確保してみせもした。


 だから己を偽る、という一点でなら、自分がそれなりの経験値をしている自負もある。

 そしてその経験則が、本能的に訴えかけてくるのだ。


 ″目の前にいる相手は何かを隠している″のだと。


(ああ、分かってるさ。何だか妙だ)


 そしてそれは田島の相棒である進士もまた同感であった。

 九頭龍支部所属のエージェントである以前に、統括本部たる日本支部のエージェントの彼は自分がよその支部に派遣されるに際して、そこの所属する全職員のデータを事前にチェックしている。

 それは自分が派遣される支部の人間関係から趣味嗜好に至るまで様々なデータが収集、または予測から成り立つ膨大なモノ。単純に本で換算すると数千ページをも超える事であろうか。


 ”他の連中はともかく、僕はそれ程自分に自信がないから”


 自分がマイノリティとして、それ程に強くない事を幼い頃から理解していた少年は物事に際して、まずは徹底的に事前の準備をする事をいつの頃からか己に習慣付けていた。


 その中には支部の中核となる人員のデータもあり、事実上の副支部長である家門恵美、その親友で九頭龍支部の情報解析部門の要たる林田由依、そして支部長であった小宮和生の項目もあった。


 機密事項に関しては流石に閲覧は叶わなかったものの、一通り目を通してその人となりはある程度把握したつもりである。


 小宮についての、進士の人物像は一言でいえば”石橋を叩いて渡る”タイプである、というものだった。

 とかく物事に望み、慎重に慎重を来す。任務や交渉事も事前に様々な情報をありとあらゆるツテを用いて収集。それを元にして自分なりの分析を行ってから望む、というまるで自分を見ているような錯覚を覚えたものだ。


 それでいて相手との交渉となると、硬軟織り交ぜて一時的には失敗したのでは、と思える出来事も二手三手先になっているといつの間にか形勢は逆転。最終的に目的を達成する。

 必要とあれば敵であっても何の躊躇もなく手を結び、周囲から弱腰だと非難されようともそういった非難を誰よりも早く、または誰よりも大きな功績を上げ続ける事で黙らせて来た。


 ”この人からは多くの事を学べるに違いない”


 そう思った進士はだからであろうか、この支部長の仕事を間近で見る為に、進んで様々な任務に志願し、そして幾度かは交渉の場にも立ち会った。云わば小宮和生は進士将にとっての先生であった。


 だからこそ、進士は目の前にいる前支部長の今、この場に於いての言動に戸惑いを隠せなかった。


 事態がここまで推移した今、もう話し合いで解決出来るとは思っていないはず。

 なのに、どうして今更こんな事をするのかが理解出来ない。


「──あなたの真意は一体何処にあるんですか?」


 だから、知らず内にそう訊ねていた。


「ふふ、君はそう訊ねて来るだろうと思ってたよ」


 そして小宮はそう言葉を返す。



「アアアアアアアアアア───────」


 ″声″が部屋で響き渡る。

 それは唐突な攻撃。

 凛が小宮へ向けて発した音の砲弾。


「ぐわはっっっ」

 不可視の攻撃に戦闘に不慣れな小宮は対応など全く取る事もなく、呻き声と共に部屋の壁へと叩き付けられる。

 一瞬の攻撃であったが、それでも壁にはピシピシと亀裂が走っており、その威力の凄まじさを雄弁に物語っている。


「あんたら面倒くさいのよ。今、こいつの話なんかどうだっていいでしょ?

 大事なのはこいつらが何かやるつもりであるって事実で、その為に一般の人まで巻き込むのを承知の上で色々な事件を引き起こしたって事。言い訳なんか全部終わってから聞けばいい。まずはこの場を制圧するのが先決よ!」


 凛は小宮とは何の面識もない。知っているのは彼がただ前の支部長であり、名うての交渉人だという事のみ。


「一応手加減はしたつもりだから、死にはしないはず。

 早く拘束して、他の連中を起こすか何かして事情はそいつに聞けばいいだけよ」

「あ、ああそうだな進士」

「確かにな、どうも僕たちは相手に合わせてしまう癖があるらしい」


 若干引きながら田島と進士は年下の少女の物言いに賛同する。


「酷いなぁ、いきなり攻撃するだなんてね」

「!!」


 声が聞こえ、前を振り向くとそこに小宮の姿はない。

 三人が身構えようとした時、


「ここだよ」


 その声が聞こえたその瞬間、凛が振り向き様に音を放つ。

 があん、という轟音と共に部屋のドアが吹き飛ぶ。

 だが、相手はいない。


「ここだよ」

「くあっ」「うぐっ」


 田島と進士は呻きながら、その場にうずくまる。

 二人はほぼ同時に肩口にピリリとした痛みを感じ、同時に身体が動かなくなるのを感じた。そして手探りで針が一本突き立っている事に気付く。


「……麻痺針パララサスニードルか」

「ぬかったぜ」


「どこに」


 無力化された二人に戸惑うが、そこは戦闘経験の為せる事なのか、凛はすぐに冷静さを取り戻す。

 相手が何をしたのかは不明だが、彼女からは姿をくらませたように感じた。


(見えない、でも問題はない)


 そう、他のものならいざ知らず、凛には意味を為さない。

 この室内にいるのであえば、耳を澄ますまでもなく相手が何処にいるのかを″聴き取る″事など造作もない。


「さて、あとは君だけだよ可愛いお嬢さん」


 小宮の声が聞こえる。

 そこへ音をぶつける、ただそれだけの事など簡単。

 少しばかり雑になるのが不満だったが、それは不可抗力だ。

 振り向くとそこに相手がいた。

「アッッ────!」

 音を飛ばす。

 それは咄嗟の攻撃であったが、それでも狙い通り敵へと向かう。

 だが、その攻撃は当たらない。


「う、あっっっ」


 気付けば凛の身体は宙を舞っていた。

 そしてそのまま背中から床へ叩き付けられる。


「く、あっっ」


 背中に走る衝撃で、肺にあった空気が抜けていく。

 そこでようやく自分が投げ飛ばされたのだと理解する。


「ふう、驚いたね。君が音を飛ばせるのだと知らなければ間違いなく負けていただろうね」


 今度こそ、と声の方向へ顔を動かす。相手は目の前に立っている。

 だが、同時に首筋に痛みが走り、急速に力が抜けていく。


「とは言え、やはりつい目で見た物を追ってしまうというのはやはり聴覚よりも視覚の方が馴染みがあるからだろうね」


 気付けば″背後″から針を刺されていた。


(これじゃまるで──迅さんの)


 凛は驚きを隠せない。

 何故なら、これは彼女が誰よりも信じてきた人物のイレギュラーなのだから。


「ふむ、こうして見るとやはり【彼】のイレギュラーは極めて強力なのが実感出来るね」


 さて、と言いながら小宮は無力化された三人へ視線を巡らせる。


「さてこれでいいだろう、では答えようか。争いがなくならないのはそれが人の持って生まれた業だからだよ。

 そしてその中でもっとも恐ろしい力とは何だと思うね?」

「イレギュラー、か」

「その通りだよ田島君。そんな人の手に余るような力は無くすべきだと思わないか進士君?」

「それが、……」


 田島に進士は相手を見上げる。


「そうだよ、それこそが【ストレンジワールド】。世界の有り様を変える為の彼の計画なのだ。世界にイレギュラーなどという力は必要ないだからこその計画だ」


 小宮は満足げにかぶりを振るのであった。



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