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変わった世界――The strange world  作者: 足利義光
第五話 変わった世界――The strange world
113/121

夢幻その1

 

 戦いが繰り広げられる。

 ただ、その戦いには余人には分からないし、見えない。


 一見すると、そこには簡素な寝台に寝かされた状態の晶に、その兄である迅と聖敬が向かい合うような格好で立ち尽くすだけだからである。


 だが彼らは間違いなく戦っていた。

 この狭い室内で、縦横無尽に動き回り、そしてあらゆる法則を無視した苛烈な攻撃が飛び交う。


 もしもこの室内に、何も事情を知らない第三者が立ち入ろうものならば、間違いなく命を失う事だろう。


 そう、今まさにこの場所、空間は″異界″と化していたのだから。



 ◆◆◆



 何もないただただ様々な色に包まれる世界の中で。


『どうしたんだ聖敬君? さっきまでの威勢は何処へやら、だよ』


 嘲笑の声が聞こえる。

 それは晶の声。晶の姿をしているのだからそれも当然ではある。

 だが、正確には違う。

 姿自体は紛れもなく西島晶であっても、今、こうして対峙している相手は西島迅そのものなのだから。


「くっっ」


 聖敬が右手で向かって来る多数の岩石を薙ぎ払う。それら無数の岩石はそれぞれがまるで槍の穂先のように鋭利に尖っておりまさしく石槍。まともに受ければただでは済まないのは明白。

 右手で触れた石槍は即座に消滅。それ以外の槍は彼方へと飛んでいく。


『まだまだだよ』


 次いで迅が指を鳴らすと、今度は聖敬の周囲に猛烈な炎が巻き上がる。何もない空間ながらその勢いは強烈であり、もしも飲み込まれれば聖敬の肉体は燃え尽きる可能性すらある。


「は、アアアアアあっっっっ」


 聖敬は右手で円を描き、迫る猛火を打ち消す。

 と、そこに迅が迫っていた。


『これはどうかな?』


 試すような言葉と共に、迅の左貫手が迫る。

 聖敬の対応は遅れ、その貫手が胸部へ突き込まれ、そのままめり込む。

「ぐ、はっ」

 前のめりとなり、口から血を滲ませながらも聖敬は踏み留まる。だがそこに顎先へ突き上げるような膝が放たれる。

「ふぐ、」

 文字通りに鈍器で殴られたのと同然の衝撃が脳を揺らす。目の前の相手が、晶の姿をした迅の姿がぶれる。そこを見逃す事なく迅は素早く腰を落としながら回転。相手の足を素早く刈り取るように払う。無防備な聖敬はバランスを崩され、その場に倒れ込む。

『さて終わりかな』

 試すような言葉と共に、迅の左手には瞬時にサーベルが発現。逆手に持ち直すや否や、それを相手の心臓めがけて一気に下ろす。


「は、――あっっ」

 聖敬は目の前に迫らんとするその銀刃を目にした瞬間に右手を振るう。

 右手とサーベルが交差した瞬間に、その刃は跡形もなく消える。

「ふ、うっっっ」

 聖敬は右手を振るった勢いを利用して身体を左へと捻る。そのまま足を振り上げ迅へと見舞う。

『ぬ、っ』

 まるで浴びせ蹴りのような素早い反撃を喰らって迅はよろめく。聖敬はその隙に素早く起き上がる。

 反撃に転じようと身構えるが、既に迅は素早く後ろへ飛び退いて間合いを外していた。


「はあ、」『ふう、』


 互いに呼吸を整える。


 そして互いを真っ直ぐに見据える。


「迅さん、もうやめてください。分かっているでしょ、こんなの晶は望まない──」

『──黙れ異界の怪物。君が何を言おうが既にストレンジワールドは始まっている。だって、』

 君も分かってるだろ、そう言いながら迅はその手を軽く降る。

 その瞬間、周囲を多量の水が何処からともなく噴き出す。

『今の私には何だって可能だ』

 今度はその場で足を大きく踏み出す。

 するとまるで罠か何かのスイッチでも踏んだかのように地面から無数の槍が突き出る。

『君の異能を無効化する能力は確かに厄介なシロモノだ。

 だけどそれにも【制限】がある。違うかい?』


 刺すような鋭い視線が聖敬へ向けられる。


「…………」


 聖敬は表向きこそ平静さを保つものの、それは事実だった。

 この無効化もまた無制限の能力などではない。


『君のそれ自体もまた一種のイレギュラーだ。君が本来の姿にまで戻ったらどうなのかは分からないけど、そうして人の姿を象っている間は本来の姿じゃないだけ余分に制限がかかるんじゃないのかな?

 何せここじゃ、私や君みたいな存在は【異質】だろうから、ね』


 見透かしたかのように迅は余裕を持った笑みを浮かべる。

 そう、ここは異界。

 異なる″理″が支配する世界。

 ここにいるモノ達にとって、今の聖敬や迅の存在は異質どころの話ではない。


(マズい、このままじゃ)


 聖敬は正直焦りを感じていた。

 それはこの状態が長引く事への懸念。


(晶を利用するとは分かってたけど、まさかこんな手段で来るだなんて)


 攻撃しようにも躊躇ってしまう。

 確かに迅からの攻勢は間断なく続き、正直消耗しつつあった。

 だが、この状況に陥った最大の理由は、下手に自分から攻撃、何かの拍子に右手で今の迅に触れでもしたら、晶がどうなってしまうのかに不安があったからである。


 今、目の前にいるのは西島晶、の器に入り込んだ西島迅。

 詳しい方法までは分からないが、迅は恐らく自身の″精神″だけを晶の身体へ入り込ませ、そしてその支配権を得たのだろう。


 イレギュラー、とは当人の精神を反映した能力。


 だから今の迅が扱っているイレギュラーは、彼自身だけモノではなく、晶が持ち合わせていたモノも何らかの影響を与えた結果なのだろう。


(でもそれはおかしい。有り得ない話だ)


 だが、それは本来あってはならない事だった。

 そのイレギュラーが能力の複製、もしくは吸収、これならば他者のイレギュラーを誰かが扱う事は可能ではある。


 だが、今。


 迅が扱っているのは、恐らくは自身の夢現を晶のイレギュラーを応用する事で格段に強化したモノ。

 それは本来あってはならない事だった。


 何故なら他人の精神の具現化とも云えるイレギュラーをこんな形、つまりはそのまま全部飲み込むような格好で使おうとすれば、まず担い手の精神が持たないからだ。


 それが可能だというのであればその担い手は自分以外の存在、を完全に受け入れる事が可能だという事であり、そんなのは人間には不可能な事なのだから。

 そんな事が能うのはそれこそ超常足りえる存在、つまりは神だの悪魔だとでも云えるモノであろう。


「──あなたは一体何をしたんですか?」


 その問いかけに、迅は言葉を返す。


『僕一人で達成した事じゃないさ。これは皆の力があったから出来た、……一種の奇跡みたいなモノだよ。そうだな、このイレギュラーに名前を付けるのならば【夢幻】とでも言うべきかな』



 ◆◆◆



 その部屋に至るまで、何の抵抗もなかった。

 いくら今回のクーデターに協力していたのが、支部内でも小宮和生の息がかかっていた者だったとは言え、それでもさしたる抵抗も受けずにこうしてこの部屋に辿り着けた事が、正直信じられない思いだった。


「おい、何だよこれはさ?」


 先頭を切って部屋に入った田島は、目の前の光景に驚きを隠せない。


「どうやらここにもう敵はいないらしいな」


 次いで部屋に入る進士は対照的に淡々としたものだった。


「言ったでしょ、敵はいないって」


 最後に凛が部屋に入り、室内をくまなく見回す。


 その室内にいたのは、無数の人だった。

 そして彼らに共通する事は皆、一様に意識を失っている事。

 ある者は椅子に腰掛けたままで、またある者は予め用意されたと思しき寝台に身を横たえる。


「来てしまったか……」


 そんな室内の中で、男は一人壁に寄りかかるようにいた。


「小宮支部長」

「支部長、これは一体何事でしょうか? 納得出来る説明をしてください」

「どうでもいいんだけどさ、あんたは敵って認識で合ってるワケ?」


 三者三様の言葉を受けた男、つまりは小宮和生は言う。


「そうだな、確かに私は君らから見れば敵だろうね」


 そうあくまでも穏やかな笑みを浮かべながら、返事をするのであった。


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