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変わった世界――The strange world  作者: 足利義光
第五話 変わった世界――The strange world
112/121

夢現から夢幻へ

 

 気が付けばそこには何もなかった。


 辺りを見回してみる。


 ただただ広い空間だけがある。


 いや、ちがう。


 ここはあまりにも狭くて、動く事すらままならない。


 いいや、それもちがう。


 ここは一体何なんだろう?


 まるで、不安定な生まれたばかりの子供にも思えるし、はたまた老成しきった爺さん婆さんにも思える。


 蠢いている、のか?


 何かがいるのか?


 無色透明で、無味無臭、そして何もないくせに、何故か満ち足りた感覚を覚える。


 ああ、そうか。


 唐突に分かった。


 ここが″世界″なんだな。


 そう理解した瞬間だ、何かを悟れたように感じた。


 不思議な場所だ。


 何もないと思えば何も存在せず。


 何もかもがあるのだと思えば周囲の景色は一変、様々なモノで満ち満ちていく。


 森羅万象、ありとあらゆるものがここにあり、また気が付けば虚空にただ一人取り残されもする。




 鮮やかな、七色の光に包まれる場所。それが世界。



 海のようにゆらゆらしたかと思えば、

 その次の瞬間には自分、という概念すらも吹き飛ばしかねない暴風が吹き荒れ、地割れが起きて、巨大な隕石のようなモノが降り注ぐ。


 一瞬で全てが生まれ、そして一瞬で死していく。


 ここは始まりであり、終わり。


 自分、という存在の概念自体が無意味だともいえる。


 徐々に薄れていく自分という存在。


 溶けていく、消えていく、ああ、そうか。


 世界とは全てだったのだな。


 全てが含まれて形成されるここに無駄なモノなど何一つない。


 なら、僕が何かしようとしても────────、意味などは────!!!


 ちがう、そうじゃない。


 だからこそ僕は世界を変えてみせる。


 何が何でも、どんな手を弄してでもこの目的だけは絶対に達成してみせる。


 何もない、全てが無駄なんて言わせない。


 世界から見ればこの身など小さな蟻、プランクトン以下の存在であろう。だが、これだけは絶対に叶えてみせる。



 ◆◆



「はっ、」


 迅の意識が覚醒する。

 ただ、そこにいたのは対峙しているはずの聖敬ではなく眠りについているはずの晶。


「そうか、さっきのは晶の仕業か」

『兄さんもう止めて』


 晶の表情から深い憂いがありありと浮かんでいる。

 眠りにつかせた事で肉体的には動きを封じたものの、晶のイレギュラーとは肉体的なものではなく、あくまでも精神的なモノであるからであろうか、こうして今、迅の前に立ち塞がっている。


「精神体、いや、これがお前のイレギュラーを使う際の姿、という訳だな」


 晶の身体は神々しいまでの白い光で包まれている。


 さっき″世界″を見たから確信出来る。

 あの光は、世界そのもの、であると。


「く、すままいが僕はもう止まれない。わかってくれ」


 迅は夢現を使用する事を決意。目の前にいる妹に対して、仕掛ける。狙いはあくまでも晶を無力化する事、必要以上の害意などは初めから持ち合わせていない。


(目の前にいるのは晶の云わば内面、精神そのもの。

 ならば、夢現も通じるはずだ)


 妹の心を読み解こうとする。

 その表情、仕草、あらゆる情報を参考に瞬時に判断。

 そして全力で投げかける。


「──さぁ、晶。お前の望みは何なんだい?」


 強制的には仕掛けない。あくまでも晶の本意に叶う誘導を試みる。

 何故ならば、相手は迅にとってこの世界で誰よりも、他の何よりも大切な、唯一の家族。愛するべき妹なのだから。


「さぁ、何でも良いんだよ。何だって僕は聞くよ──」


 優しく訊ねる。

 実の所、夢現で一番強力なのはまさしくこの″問いかけ″である。

 この問いかけ、で相手のもっとも無防備な部分を探り当て、そしてそれを想起させるように″誘導″するのだ。


 人間誰しも自分の願い、を持ち得ている。

 物欲、食欲、性欲、睡眠欲。

 そうした本能に基づき、夢を描き、先へと進めて実現しようとする事で、人間は進化し、人間足りえる。


 夢現、とはそうした他者の心にある願望を叶えたと錯覚させるイレギュラー。


 多くの精神操作能力テレキネシス系統のイレギュラーを持つマイノリティのように半ば強制的に押し付けるのではなく、本人にそうイメージさせる事で、後遺症も残さずに、かつ効力を高める。それが迅の夢現の特徴である。確かにそうなるように″誘導″こそすれど、あくまでもイメージ付けは対象者本人。それ故にその効力は他の同系統のイレギュラーよりも強力にして持続性もより高い。だからこそ、数々の事件事故の目撃者に対しての事後処理も常に良好。


「──なんだっていいんだ。お前の望むモノを思うだけでいいんだからね」


 最初のこの″言葉″こそが唯一、強制力が必要であり、迅はそこに多くの力を割くのだ。

 効力を発揮すれば、精神そのものである今の晶であればその言葉による効果は絶大に違いない。


『兄さん、お願いだからもうここまでにして』


 だが、その言葉は晶には通じなかった。


「な──に、」


 迅は驚愕するしかない。この言葉は、かつて十年前に異界から顕現した聖敬になる前の存在にすら効力を発揮した。例え本人に協力する意思があったからと言えども、だ。


「晶、何故君には僕の言葉が届かない?」


『届かないよ、だって私の気持ちを兄さんは無視しているんだもの』


 晶にはその言葉は届かない。

 その面持ちに浮かぶのは家族への憐憫にも似たモノだろうな。


「く、何故だ。晶、何故分かってくれない?」


『兄さん、兄さんが何をしようとしても無駄なの。

【世界】を自由に変える事なんて不可能なんだもの』


「何をいうか。ならお前の力は一体何だというんだ?

 かつて子供だったお前はその力で色んな世界を見たんだろう?

 それにお前は世界に干渉し、死ぬはずだったモノを元に戻した。昨日それを実行したじゃないか? あれは世界に干渉したと言う以外に何と説明するんだ?」


 思わず言葉を荒げる。

 迅の身体はワナワナと震えていた。

 妹からの言葉に、彼は自身の根幹を揺るがされた気持ちだった。

 いや、実際迅の言葉は通じない一方で、晶の言葉が逆に迅の心へ叩き込まれている。

 他者の心を手繰る事に長じているからこそ、自分の心を触れられる事には不慣れ、それを今更ながらに自覚させられた。


『違うよ、私のやった事は確かに干渉なのかも知れない。でも世界そのもののルールの範疇よ。

 でも兄さんのやろうと思っている事はそうじゃない。

 世界、という枠組みそのものに干渉する事は誰にも許されないんだよ。それは世界そのものを変える事になるんだから』


 なおも晶は苦言を呈する。

 彼女は兄がこれ以上の、取り返しのつかない事態を引き起こす事を何としても止めたかった。

 だからこそ、美影や、エリザベスと共に捕まった後、彼女はその気さえあれば逃げる事も可能であったのだが、敢えて抵抗もせずに、大人しく捕まったのだ。

 きっと自分の兄にはこの能力が必要で、説得を試みようとするに違いない、そう確信していたから。


「僕は世界の理不尽を是正したいだけだ。

 この世界には様々な理不尽が存在する、そうした中の一つを変える事の何処に問題があるというんだ?

 僕はこの世界を今よりも良くしたい、心底からそう思っているんだよ? それの何処が間違っているって言うんだ」


 迅の訴えは、何を思って来たのかが晶には痛い程によく分かる。

 迅のいう通り、この世界にはあまりにもたくさんの理不尽や不条理がまかり通っている。そしてその事で多くの罪もない人が傷付き、虐げられている。

 だからこそ、晶は言わなければならない、と決意を固める。


『本当に困っている人を目の当たりにして、助けたい、と思うのはごく自然な事だと思うよ。

 だからこそ手を差し伸べたい、それは当たり前の善意だし、その事自体に間違いなんてない、そう私だって思うよ』

「そうさ、だからこそ僕は今日ここから──」

『でもそうだからって、お兄ちゃん一人で一体何をするつもりなの? お兄ちゃんは自分だけで何を為すつもりなの? そんなの……駄目だよ』


 晶の言葉一つ一つを受ける迅の面持ちは見る見る内に沈痛なものへ変わっていく。

 自分の言葉よりも妹のそれの方が遥かに重い。

 以前から分かっていた。晶のイレギュラー系統もまた、自分と同じく精神操作能力を基調にしたモノであると。

 ただその能力の範疇があまりにも規格外で、結果として、世界そのものにすら干渉する事が可能なのだという事に。


 そう、迅には初めから分かっていた。


 自分よりも晶の方がマイノリティとしては遥かな高みに至っている存在なのだと。


 こうした事態、互いを言葉で説得しようとすれば、どちらが勝るのかも、誰よりも知っていた。


(そうだ、これは想定内だ、だからこそ、手を打ったんじゃないか)


 力なく広げていた拳をぎゅ、と爪が食い込み、血が滲む程強く強く握り締める。


 ポタポタ、と滴り落ちていく血を見つめ、息を吐き、そしてゆっくりと吸い込む。


(今回、ストレンジワールドを実行するに当たって障害は二つ)


 一つは異界からの来訪者である星城聖敬、と名付けられた存在。彼の力はイレギュラー自体を無力化する、という最悪のモノ。だからこそ彼を倒せる可能性が低い事は分かり切っていた。出来るならば事前に倒しておきたい存在。


 もう一つこそが、異界へ干渉する程の力を持つ自身の妹。

 彼女こそ、迅にとって最も重要な人物にして、ある意味で最も脅威足りえる存在であった。

 何せ、大まかな分類では恐らく自分と同系統のイレギュラー。その能力、影響範囲などを鑑みれば、明らかに自分の夢現よりも上の能力。勝負となればまず間違いなく負けるに違いない。


 だからこそ、であった。

 ″備え″を用意したのは。


 自分一人では通用しないのであれば、一人では挑まなければよいだけ。


 一人よりも二人で、二人よりも三人、四人、五人等々人数を増やして、一斉にかかればやり方次第で勝機だって見えてくる。


「晶、悪いけども今日だけは負けられない。卑怯だと思っても構わないからね」


 そう言うと迅は意識を集中させる。自分と意識を通じてある協力者達から力を借りて、まとめあげ、一つの塊と化する。


『っっっっっっっっっっ』


 晶の口から苦しげな言葉が出る。

 表情が歪み、胸を押さえる。


『兄さん、何て事を──』


 晶は絶句する。

 目の前の景色が、世界が歪んでいく。

 迅が行った事とは、事前に意識を接続アダプトさせた小宮和生の意識を乗っ取る事。

 同時に、小宮和生自身もまたこの計画の実行に賛同した自身の仲間の意識と己が意識を接続、数十人もの賛同者の意識に同時に干渉。

 小宮和生に西島迅の意識を直結。そこから小宮和生を経由して数十人の意識、全員が意識共有により、西島迅というモノを瞬時に肥大化させ、世界へ浸食していく。


「言ったろ、……手段は選ばないって」


 一方の迅もまた、いや晶よりも苦しげな表情をしている。それは当然だろう。数十人もの賛同者を自分と接続し、能力を飛躍的に肥大化させた反動が、負荷となり迅の中身を壊しているのだから。


『やめて、このままじゃ皆が──それに足りないよ』

「止まれないよ、僕らはもう、ね────」


 迅は全てを解き放った。自分に内包されたあらゆるモノを世界へ拡散、浸食を図る。

 まさしくそれは自爆、であり西島迅、という存在は晶の目の前で四散していく。


『駄目だよ──兄さん!!』


 晶が、消え失せようとした迅の意識へ入り込む。

 目的はその無謀極まる行為を止める為。


 あっという間に迅の意識の深層へ入り込む。

 後は目の前にある西島迅、という存在の中枢をなだめるだけ、その魂ともいえる輝きへと手を伸ばすべく近付くのだが、


『え、?』


 晶は強い違和感を感じた。

 何かがおかしい、そう思った。


 その次の瞬間。


「捕まえたよ、晶」


 晶の手を掴む者がいた。


『に、兄さん』

「やぁ、やっぱり【来たね】。晶ならきっと来ると思っていたよ」


 崩れ落ちていく迅の顔が歪に歪む。


『夢現っ』

「そうだよ」


 その晶の背後から肩を掴む手。


『く、』

「甘いよ、もう僕の能力からは逃がさない」

『う、う゛っっ』

「さぁ、皆の苦しみを共有するんだ」


 途端、晶の中に何かが入り込む。

 脳内で、いくつもの場面が次々と再生されていく。


 それは晶には全く見覚えのない光景の連続。


 ある時は目の前で誰かの家族らしい人達が死んでいく光景を。

 またある時は誰かを助けようと手を差し出し、手が届かない。

 そしてある時は事件に巻き込まれ、そして多くの人が死んでいく中で、自分だけが生き残った。


 そしてまたある時、マイノリティとして覚醒した際の事。その突然の出来事に、イレギュラーが暴走して多くの犠牲が出る。自分以外の全員が死に絶えていく。

 これは井藤の記憶であるのだが、その凄惨な光景、そして溢れ出た感情の奔流は晶の精神を大きく揺るがす。


 そうした悲劇にまつわる人々の数々の記憶が続々と再生され、その事態に直面した際の様々な感情が流れ込んでいく。


『ウヴヴッッッッ』


 これが自分の記憶ではない、それは分かっている。

 だが理性では理解していても、本能が大きく揺らいでいる。一度にあまりにも多くの感情が駆け巡り、気分が悪くなる。


「ごめんよ晶。だけど大丈夫だ」


 その迅の言葉は心底から妹を気遣っていた。そう、迅が晶に勝る点は他者の感情への耐性。

 数え切れない人数の感情に触れた分だけ、晶よりもこの不快な感覚に耐えられる事。


「少しの時間でいいんだ、……力を貸してもらうよ」


 そう諭すように言いながら、迅は晶の心へ入り込む。

 歪んでいた世界が収束していく。



 ◆◆◆



「ここは、?」


 気付けばそこは何もない空間だった。

 聖敬は一瞬で周囲の風景が一変した事に身構える。

 迅を捉えたはずだったのに、そこに迅の姿はない。

 その代わりにいるのは、


「…………」

「晶?」


 晶が無言で目の前に佇む。

 だが、何かがおかしい。


「どうしたんだ? ひか──」


 危険を察し、咄嗟に横へ飛び退く。

 そして、今いた場所が抉れ────一瞬で元に戻る。


「晶、じゃないのか?」


 聖敬はそう口にしながらも、相手が何者なのかを理解した。そう、この場にいない人物。

 今まで対峙していたはずのその誰かの姿がこの場にいない。


『聖敬君、すまない』


 晶の口から出た言葉。だが決定的に欠けているモノがある。それは、誰よりも優しい少女の目だった。

 その奥から滲み出るのは言葉とは裏腹の、聖敬へ対する明確な″殺意″。


『君には死んでもらうよ』


 そこにいるのは、晶の姿をした全くの別人。

 西島迅であった。



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