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変わった世界――The strange world  作者: 足利義光
第五話 変わった世界――The strange world
110/121

選べなかった男

 

「────っ」


 井藤には舌打ちする間もなかった。

 目の前に突きつけられた左右二丁のリボルバー拳銃が火を吹くのが見えた。


 家門恵美が狙うのは毒で彩られしあの鎧、アンチマテリアル・ライフルでの銃撃で放った弾丸が弾着した部分。

 空中で回転しながら、だがその照準には一切の狂いはなく弾丸は放たれる。

 まさにアクロバティック、大道芸のような銃技であり、本来であれば狙いを定める事すら困難な技巧だが、家門恵美にとってこのリボルバーは、これまでに練習に実戦も含めて幾万、幾十万回もの回数引き金を引き絞り、銃撃した代物。文字通り己が手足の如く慣れ親しんだ相棒。

 目を瞑っていようとも銃口から発した弾丸の軌道は把握出来る。

 まさしくイレギュラーに依存しない家門恵美自身の鍛錬の賜物である。


「く、ぐっっっ」


 弾丸は確実に鎧の一カ所に着弾していく。

 一発目。鎧はまだ耐える。

 二発目。鎧の凹みが大きくなる。

 三発目。鎧に軋みが走る。

 四発目。鎧に亀裂が走る。

 五発目。いよいよ弾丸は鎧を撃ち抜く。


「う、ぐぬ」


 よろめきながらも、だが井藤は倒れない。

 既に鎧は砕かれつつある。だが銃撃の間隙を縫って距離を取らんと後ろへ身体を傾ける。

 家門恵美は、肩から着地するもまるで何事もなかったかのようにクルリと素早く姿勢を整え──そのまま前転。


「ふうっっっ────」


 息を吐きつつも相手の懐へと肉薄。その超至近距離は普段であれば井藤の″間合い″であり、いつもならば家門はこの時点で即死であっただろう。


(大丈夫)


 だが家門恵美は確信していた。

 今、自分が毒殺されないであろう事を。

 根拠はさっきのアンチ・マテリアルライフルによる一撃。あれにはありったけの力を込めた。

 そして井藤はそれを防ぐべく毒を用いて防御を試みた。その狙いは相殺。そしてそれは達成された。

 イレギュラーを含めた互いの力量差から考えれば、本来ならば分の悪い賭けだったのだが、聖敬の存在が大きかった。

 聖敬の持つイレギュラーを無効化する能力を井藤は警戒した結果、百パーセント中の二十から三十パーセントの容量を封じ込めに用いた。


 そして、今。


 銃口が井藤の腹部へ突き付けられる。

 零距離から、二丁のリボルバーが火を噴く。


「ぐ、うぐっっっ」


 井藤の口から血が滲み出る。

 一発一発ならば、その威力は通常のモノと同様だ。

 これだけでも自分同様に、如何せん家門恵美にもまた余力はないのは明白である。

 威力から鑑みて、マイノリティを打破するには本来ならばあまりにも心許ない弾丸であったが、弱り切った今の井藤にはそれでも充分な威力であった。


「く、──ふうっっっ」


 ミシミシ、とした軋みが家門恵美の全身に走る。

 引き金を引くその都度、弾丸を放つ度に、イレギュラーによる反動が自身の身体をも攻撃する。

 さっきのアンチ・マテリアルライフルによる攻撃は思っていた以上に負担が大きかったらしい。


(でもまだ、よ)


 引き金を引く。左右二丁のリボルバーから弾丸を放つ。ここまで追い詰めたのだ。勝機はここしかない。

 六発目、七発、八発、九発────休む事なくありったけの弾丸を放つ。


 そしてやがてその場には、カチ、カチッという引き金を引く音だけが鳴り響いていた。


「ハァ、はぁハァ、はぁ────」


 リボルバーを突き付けたまま、相手の顔を見上げる。

 もう何も出来ない。文字通りに空っぽになった。


「…………………………まいりましたね」


 それだけ呟くと井藤の身体はバタンと後ろへ倒れ込む。全身を覆っていた毒の鎧は完全に消え失せ、肉体は毒を封じ込めた時の様に病的に痩せたモノになっている。


「け、っして侮った訳じゃないんですが、……まさかこうも見事にやられてしまうとはね……」


 大の字のまま、井藤は乾いた笑みを浮かべる。


「支部長、何故手を抜いたのです?」


 家門は問いかける。彼女には分かっていた。目の前に倒れ込む相手が本当の意味で全力を発揮しなかった事を。そもそも井藤が本気であったならば、肉薄すらさせずに今頃は家門が消え失せていたに違いない。


「……やはり正気だったのですね」

「そう、です……ね。とちゅう、からですがね」


 とは言え、現実として精神的にも肉体的にも負ったダメージは井藤の方が大きい。

 呼吸を整えた家門恵美に対して、井藤は未だに息も絶え絶えなのがその証左である。


「何故退かなかったのです?」

「そうです、ねぇ。試したかった、のかも……知れません」

「……何をです?」

「可能性、をでしょうか。そ、の経緯はともかくも西島迅さんの計画には興味を惹かれたのも事実。もしもそれが成就すれば…………」

「────」

「で、すが同時に皆さんがどうしたいのか、にも興味があった。どちらかが正しくどちらかが間違っている、そうは思えなかったからでしょうか。

 それ、にです。やはり星城君が気になりまして、……ね。もしも彼が西島迅さんの言う通りの危険な存在であるのならば、差し違えてでも、と思ったのですよ。

 結果は見ての通りですが」


 そこまで言うと呼吸は落ち着いたのか、井藤はゆっくりと身体を起こす。そしてそのまま壁に背中を預けた。


 家門恵美は苦い表情を浮かべ、

「支部長、この件が終わったら……」

 と話を切り出す。


 井藤もまた、察していた。

「ええ、分かってますよ。一つだけいいですか?」


「何でしょうか支部長?」

「上に行くのは危険です。西島迅は危険な存在です。

 君がまともにぶつかれる相手ではない。だから、下へ向かった方がいいです。下には小宮支部長達がいます。

 彼らを抑えられれば、或いは上の戦いにも影響を及ぼせるはずですから」


「分かりました、後程迎えに来ます。少しここで休んで下さい」


 家門恵美はそれだけ言うと場を離れていく。

 その足取りは今し方限界を迎えていた事を感じさせない程に軽やかだった。

 その後ろ姿をぼんやりと眺めながら。井藤はふう、と大きく溜め息をつく。

 窓の外は雲一つない晴天だった。

 心の内とはまるで真逆の天気だと思える。


「どうやらここまでですね」


 WGの一員として、世界を守るべく動いていたはず、であった。

 だが否が応にも思い知ってしまった。

 自身の本質が″復讐者″である事は理解していた。

 何せイレギュラー、が何もかもを殺す毒なのだ。

 決して褒められるような立派な精神から育まれるような類のモノではない、重々理解していたはずだった。


(上手く、付き合っていたつもりだったのですがね)


 だからこそ強い、誰よりも強い自制心で毒を体内へ封じ込めたはずであった。二度と暴走させない為に、二度と決して無関係の人々を犠牲にしない為に。


(それがどうだ、──)


 天を仰ぐ。

 自制心は崩された。

 如何に西島迅のイレギュラーである″夢現″が強い能力であったとしても、それ以上に強く強固な精神があれば対抗する事は可能であったはずだ。

 実際、家門恵美はある程度、耐えてみせた。だからこそ林田由衣の介入があったからとは言えど平静さをすぐに取り戻せたのだ。


 それがどうだ、自分は少し感情を、──その思考を誘導されただけで容易く己を見失ってしまった。

 一つの目的に執着し、その為には手段を選ばなかった。あろうことか味方である美影やエリザベスを敵であるはずのWDに引き渡したのだ。

 聖敬を殺す為、という目的にしか興味はなかった。


(本当に情けない限りです)


 自分を見失わないように、己を律してきた……はずであったのに。それがどうだ、ついぞ今さっきまで完全に我を失っていた。ああも容易に、倫理観を見失う程度でしかなかった。


「もう、このままではいけませんね」


 責任をどうとるべきなのか、そんな事に意識が向こうとしていた時だ。


 ピピピピピ。


 スマホに電話が入る。


「ん? …………誰です」


 ポケットから取り出し、通知を確認。初めて見る番号だった。このスマホはWGからの支給品であり、番号を知っているのもまたWG九頭龍支部の面々位である。


「もしもし、確かにこちらは井藤ですが。あなたはどちら様でしょうか?」


 電話越しに聞こえる声はやはり初めて聞く誰か。

 そして────、


「今、……何ておっしゃいましたか?」


 井藤は思わず目を剥く。

 何故ならその電話の内容は、彼が予想だにしないものであったから。


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