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悪意の誘い

 空は雲ひとつ無く、抜けるように真っ青だった。ついさっきまでの戦いが嘘の様に爽やかな光でその身体を照らす。

 そんな快晴の中。


「な、何を」

 突然の提案に聖敬は驚いた。つい今さっきまで、あれだけ闘った相手を仲間にしようという零二の考えはどうかしている、そう心から思った。

「何だ? 別に問題ねェだろが、オレがお前を勧誘したってよ」

 当の本人は聖敬の驚いた反応に驚いたらしく、顔をしかめている。 ついさっきまでの戦いなどもう覚えてないかの様に。

「僕はテロなんかしな……」

「ちょい待て、誰がテロリストだ? WDがか?」

 零二は、やれやれと言わんばかりに大袈裟に肩を竦める。

「勘違いすンなよ、WDうちのモットーは【自由】だ。

 WDにいるマイノリティの中にもそりゃ、アホみたいな奴は多いぜ。お前の言うテロだの、殺しだのってな。何たって好きに出来ンだからよ、WDは。

 ……だがよ、言っとくぜ。オレは、ンなくだらねェ事には手は貸さねェし、目の前じゃやらせねェ。

 てめェよりも弱い連中をいたぶる様なクズはオレが焼き尽くしてやるさ、絶対にな」

 そう言いながら勢いよく右拳を突き上げた。

「じゃあ、さっきまでのあれは何だったんだ? 一歩間違えたらどちらかが死んでたじゃないか?」

「ンだよ、細かい事を気にすンだなぁ。ありゃ【腕試し】だぜ。お前がどンくらいつえェのか知る為の、な。

 ンで、お前は合格ってこった、久々だったぜ。オレが少し本気になれたのはよ」

 ハハッ、と笑うその姿からは、心底楽しめたのか満足そうな笑みがこぼれている。

 聖敬はこの戦闘狂バトルフリークの同級生に呆れる他なかった。だが、その裏表の無い様子に少しだけホッとした。

 確かにネジは緩いのだろう。何処か狂ってはいるのだろう。

 だが、彼は人間を辞めた怪物フリークでは無い。たったそれだけが分かっただけだが、少しだけ安心出来た。少なくとも目の前にいる相手は、怪物フリークに身を落とした訳では無いのだ、と。

 ふと、零二に視線を向けるといつの間にか、鞄からサンドイッチを取り出してムシャムシャと食べている。どうやらライ麦パンを使った手作りらしく、香ばしいライ麦の匂いとマヨネーズとマスタードの香りが聖敬の鼻腔を刺激し、食欲をそそった。

 数分後。


「……ンで、WGからWDに鞍替えする気になったか?」

 サンドイッチを平らげた零二は、マヨネーズがついた口をポケットティッシュで拭きながら問いかけた。そうしながら今度は野菜ジュースを飲むつもりらしく、ストローを飲み口に刺している。完全に油断しているのが見てとれる。

「――嫌だね、悪いけれど」

 その問いかけに聖敬は間髪入れずに、ハッキリと拒否の言葉を吐く。そしてゆっくりと立ち上がると、いきなり屋上から飛び降りた。脚の筋力を解放し、一気にその場から離れていく。

「あ、てめェ。逃げンなッッ」

 零二も追いかけようとしたが、瞬間。持ってたスマホの着信音にその注意を引かれ、その動きを遮られる。

 その音はよく知るメロディ。彼がいつも楽しみにしている”合図”を告げる音だ。と、同時に彼の苦手な相手からの電話でもある。

「ちっ、仕方ねェな。ま、また機会はいくらでもあるだろうよ」

 紙パックの野菜ジュースを一気に飲み干し、かぶりを振ると、ため息混じりに、通話ボタンを押した。



 ◆◆◆



 結局、聖敬が教室に入ったのは二時間目になってからだった。

 ボロボロになったブレザー等を”開かずの間”ことWG九頭龍支部の分室に置いてある予備と取り替えたりしていたからだ。

 先生には授業をサボった事を当然の事ながら咎められ、他のクラスメイトからの好奇の視線が向けられ、容赦なく全身を貫いていくのが分かる。

 さっきの零二との教室でのやり取りはこのクラスのみならず、学年中に拡がったらしく、廊下を歩いていても、何だか視線が痛い。

 三時間目終わりの休み時間にようやくスマホを確認してみると、田島は今日はもう来れないらしい。進士も今日は休むと昨日、連絡が入っていたらしい。つまり今はここには一人しかいない。

 はー、と溜め息を付きながら机に突っ伏していると、聖敬の耳にはクラスメイトのひそひそ話がハッキリと聞こえてきた。

 ――聞いたか? あの武藤とケンカしてたって話だぞ。

 ――聞いた聞いた。それもどうやら引き分けたってよ。

 ――じゃあ、何で星城だけが戻ってるんだよ?

 ――まさか、武藤が負けたんか? マジか。

 男子の間ではいつの間にか自分がケンカして勝った事になってるらしい、実際には完敗だったのに。

 一方で、女子から聞こえてくるのは、というと。

 ――西島さんとの間で三角関係だったんだって。

 ――じゃあ、修羅場になったのかな?

 ――でも、晶は普通にしてるみたいだよ?

 ――そこはほら、実は魔性の女なんじゃないの~。

 こっちでは、晶が自分と零二を弄ぶ悪い女みたいな感じになっているらしい。

 尤も、もう一人のこの話題の中心である晶は、そうした噂にも大して動揺せず、やだー、とか言いながら委員長こと美影と楽しそうに話している。


 こうした何て事の無い、噂話が何もしなくてもこの教室位の広さなら全て聞き取れる。

 田島辺りなら大喜びしそうな能力補正。

 ”肉体変異能力ボディ”のイレギュラーを持つマイノリティは大なり小なり、身体機能が全体的に底上げされる。

 恐らくは文字通りに肉体を酷使するイレギュラーに身体が適応する一環として、発達するらしい可能性が高いらしい。

 勿論、他の系統のイレギュラーにも何かしらの補正が入る場合もあるらしいと座学で習ったのを思い出す。

(ま、便利は便利だよなぁ)

 そんな事を考えながら、午前中の授業が終わり、昼休みを挟み、午後の授業が始まろうとした時だった。


「えー、これから転校生を紹介しよう、入って」

 英語の先生が唐突に話を切り出し、クラス中がざわついた。まさかの午後になってからの転校生に、クラス中が興味津々なのが見てとれる。そして、入ってきた新たなクラスメイトを見て、それは最高潮に達した。

 少女は周囲の同級生を圧倒していた。

 金色に輝くその髪の色は、ナチュラルそのもので、遊び半分で染めたのとは質感も色艶も違い、まるで一本一本が金色の糸の様に見える。キレイ、と女子は嘆息した。

 ブレザーを着ていてもハッキリと分かるその巨乳に男子はおおっ、とため息混じりに興奮している。

 その男女を問わない破壊力を持った、その見覚えのある金色の髪の少女に聖敬は思わず顔を背けた。

 英語の先生が紹介を続ける。

「彼女はイギリスから三年前に日本に来たそうです。それであちこちをお父様の仕事の都合上で転校し、今日からはこのクラスの一員になります、では、黒板に名前を」

 彼女は手慣れた様子でチョークを手に名前を書いていく。

 一気に書き終えると、くるりと振り向く。

「茂美エリザベスでス。よろしくでス」

 そう言いながら笑顔をふりまいた。

「て、天使が降臨されたっっっっ」

「は、反則級の可愛らしさじゃまいかーーーー」

「ほんと、お人形さんみたい」

「キレイよね~、羨ましい」

 クラス中がさっきよりもざわつき、誰もが彼女にその好奇の視線を向けた。一人、聖敬を除けばだが。

 こほん、と咳払い。先生が釘を刺す。

「えーと、茂美さんの席ですが……」

「先生、星城の隣があいていまーーーす」

 あ、バカ。その言葉が口から出そうになる前に「ああああっっ」という大声が響く。

 そして、聖敬が正面を振り向いた時には、既に彼女の豊かな胸が目の前にあった。

「キヨ、また会えましたねーー」

 嬉しそうな声をあげ、飛びつかれると、そのまま聖敬は後ろへと椅子もろともぶっ倒れた。

 そして、気が付くとまたしてもと云うべきか、あの豊かすぎる胸が顔に押し付けられた。

「あら、キヨまたラッキースケベですネ」

「あ、バカ」

 そう叫ぶのと同時に聖敬に対し、クラス中が様々な思惑の籠った視線を向けていた。

 お前、羨ましいぞーー、という羨望に満ちた視線。

 何、今の? と呆れる様な視線。

 そして、幼馴染みを軽蔑する様な痛烈な視線を向ける、晶。

 慌てて、起き上がると、エリザベスから離れ、席に座るように促す。流石にエリザベスも少し今の状況を理解したのか黙って着席した。

 席に着いた聖敬は思わず、幼馴染みに向けた。晶はまだ怒っているらしく、そっぽを向く。

「きのうといい、やっぱりわたしとキヨはうんめいの糸で、つながっているんですネーー」

 エリザベスは本当に嬉しそうな声をあげた。

 空気を読まないその言葉はトドメの一撃となり、聖敬は深い溜め息をつくしかなかった。


 こうして波乱含みに始まった英語の授業は、まさかのネイティブスピーカーの登場により、先生よりもエリザベスが目立った。

 更に、次の授業は古文だったが、それもまたエリザベスのまさかの博識ぶりを披露する場となり、エリザベスの独壇場と化した。


 そうこうしている内に、HRも終わり、後は部活か帰宅かになるはずだったのだが。

「ねぇねぇ、茂美さんって何処に住んでるの?」

「この髪ってどんな手入れしているの?」

 クラスの女子がエリザベスを囲みながら、矢継ぎ早に次々と質問を浴びせていく。

 それに対して金髪少女は一つ一つ丁寧に返事を返す。


「で、星城は彼女とどういう知り合いなんだ?」

「そうだよ、お前にゃ好きな人がずっと前からいるだろ?」

 聖敬は男子に囲まれ、羨ましがられた。

「ぼ、僕は昨日、たまたま街でエリザベスを見かけて、ちょっと」

 と言いかけて口をつぐんだ。

 下手な事は云えない。何かのきっかけでマイノリティやイレギュラーに関連するか分かったものでは無いからだ。

「キヨは、バッドガイに囲まれたわたしを助けてくれたんでス。

 まるでナイトのようでかっこよかっタ」

 エリザベスが困っていた聖敬に助け船を出したつもりなのだろう。だが、この場合は完全に逆効果だった。

 ますますクラスはどよめく。

「何だよ、そのフラグ?」

「晶ちゃんだけじゃ飽きたってのか? この浮気者めがーーー」

「はぁ、モテ期かよ」

 男子は聖敬を軽く小突きながら笑う。心無しか手加減されていない様な気もする。

 ようやくの思いで、その包囲網を脱した聖敬は晶の傍に駆け寄る。晶は、いつも以上に笑顔を浮かべながら、

「良かったねキヨ」

 それだけ言うと、いこ、と言って美影と一緒に教室から出ていった。その表情とは裏腹に、肩をいからせながら。

「あーあ、怒らせた」

「ま、仕方ない。モテる男には付き物だ」

 冗談めかしながらも、追い撃ちをかけるクラスメイトに聖敬はブチン、とスイッチが入った。

「うるせーーーー、僕とエリザベスは単なる友達なんだ」

 ウギャーーと叫び、教室を後にした。


 それからしばらく。

「あーあ、怒らせたよ。ヒカを」

 はぁ、と心から溜め息をつきながら聖敬はトボトボと歩く。

 今日の様子だと、どうやら機嫌を取るには、彼女の好物、それも駅前にある人気店のクレープを、三十分並んだ上で買う必要がありそうだ。

(あれで、アイツ結構嫉妬深いんだよなぁ)

 子供の頃からの付き合いで、聖敬は晶の事は大体知っている。最近はすっかり鳴りを潜めてはいたが、子供の頃は本当に男勝りでよく大暴れしていたりしたものだ。

 それから、聖敬に他の女の子が近づくのが嫌らしくて、よく追い散らしていた。

(そんなに心配しなくても、僕にはヒカしかいないんだけどな)

 聖敬はさっきの様子で、晶の心配症が相変わらずなんだと再確認出来て、困ったのと同時に少し嬉しかった。

 そう思うと、足取りが嘘みたいに軽やかになるのが実感出来た。我ながら単純だとは思いつつも、クレープ店に向かおうとした時だった。


「きゃあああああああ」

 その声はハッキリと耳に届いた。

 常人ならまず聞こえないだろう。その声は数百メートルは離れた場所から出たのだから。だが、ハッキリとその声は聞こえた。その主も分かった。知り合いだったから。

「くそっっ。またか!」

 一言叫ぶなり、駆け出す。


「はぁ、はぁ。なんでなノ?」

 彼女は必死で逃げた。いつの頃からだろうか? 彼女はこうした事態によく遭遇する。

 昨日もそうだった。ただ来たばかりのこの街を軽く見て回ろうと、そう思っただけだった。それなのに……。

 学園には、仕事の都合上で頻繁に転校していると伝えたのだが、それは違う。

 彼女の父親が、娘の身の危険を察して引っ越しをしていたのだ。

 彼女がごめんなさい、と謝る度に父親は気にするな、と優しく微笑んでくれたし、母親はこんな事はこの街でもう終わりよ、と言ってくれた。それなのに――――!

 彼女の状況は改善されなかった。それどころか、ここへ来ていよいよ身の危険をハッキリ実感出来る程に悪化していた。

 昨日の少年達もそうだったが、今彼女を追い回している二人組も何処かおかしい。

 これまでも何度もこういう事態には遭遇してきたが、いずれも最初は悪戯からのエスカレートでこうなっていた。

 だが、昨日、今日のこの状況はそれとは違う。

 最初から、彼女に対してハッキリと害意を持った少年達が追いかけてくるのだ。

(このままじゃ、ころされル)

 少年の一人はナイフをちらつかせていた。言うことを聞かないなら、と云わんばかりに。

 隙を見て、学生鞄を振り回して何とか逃げ出したが、まだ彼女はこの辺りの地理には不慣れだ。相手の足音は聞こえないが、油断は出来ない。そう思っていた時だった。

「おいおい、金髪のおねぃさん。待てってんだよ」

 彼女の進行方向に一人が姿を見せた。

 慌てて来た道を戻ろうとしたものの、後ろにはもう一人がさっきと同じくナイフをちらつかせながら近付いてくる。

「おれらも傷付いちゃうよなぁ、何か悪い奴みたいじゃん」

 へへ、と下品に笑いながらナイフの少年がにじり寄る。

「まぁ、いいんだけどよ。元気があるのはさぁ」

 前方の少年はベルトの金具をカチャカチャと緩め始めている。何をするつもりなのかは明白だった。

「「せいぜい喘いでくれよな」」

 二人がそう言いながら彼女を――エリザベスを捕まえようと手を伸ばした時だった。

 キイィィン。それは不快な音。

 黒板を爪で引っ掻く様なあの音。

 聞こえた瞬間に、彼女は意識を失う。その直前に誰かが崩れる自分の身体を支えてくれたのが分かった。朧気ながら見えるその姿は……そうして微睡みの中へ落ちていく。


「エリザベス。一体君は……」

 少女を抱き抱えた聖敬が呟きながら、状況を視認した。彼女を迫っていた二人はフィールドを張ったのに倒れない。一瞬怯みこそすれ、気を失ったりはせずに睨みつけてくる。答えは明白だった。

「君達もマイノリティなのか」

 その問いかけに、返事は無かった。何故なら、二人共にもう変異を始めていたから。

「マイノリティ? いやコイツは――」

 二人の少年だった者はみるみる内に変異していく。

 獣の様な牙を剥き出しにした不自然な迄に肥大化した顔の肉食恐竜と、グズグズに身体が崩れていき、まるでナメクジの様な姿のフリークの二人。

 その目にはもう正気の光は一切感じられない。それはもう完全に人間性を喪失した怪物フリークが二体だった。

「グウアアアアアアッッッッッ」

 咆哮と共に肉食恐竜のフリークが飛びかかってきた。明らかに巨大な顔に対し、特に変化していない身体というアンバランスな外見にも関わらず、その速度はかなりのものだ。間違いなく肉体変異能力のイレギュラーである事が見てとれる。

 ガガガガ!! 牙はコンクリートの壁を簡単に抉り取りそのまま襲いかかる。

 だが、今の聖敬にはその動きは遅く見える。

 元々、人間のままでも身体能力の向上により、この位の相手なら何なく捌く自信があった。だが、昨夜――そして今朝の零二とのやり取りに比べたら、こんな攻撃はまるで子供の遊びの様にすら感じられる。

 聖敬は、牙での攻撃を何なく上半身を捻って避ける。そして追撃の爪先を左手で弾くと、そのまますれ違い様に相手のボディに変異させた右拳を叩き込む。

 メリメリ、という感触。

 ウグアアア、と呻き声をあげると肉食獣のフリークは口から泡を吹きつつ、そのまま倒れ伏した。

 今度は、もう一体のナメクジ状のフリークが、口らしきものから何やら液体を吐き出してくる。

 それはネバネバしており、ドロリとしたまるでタールの様な物。

 軽く躱した聖敬はそのままフリークへと右拳を叩き込む。これでケリがついた。そう思った瞬間だった。

 そのフリークに直撃したはずの拳に手応えはなかった。フニュフニュとした嫌な感触だけが残る。

 更にジュッとした音が聞こえた。視認すると、さっきの液体には溶解作用があるらしい。ブクブクグチャグチュ、という何とも不快な音と強い薬品臭が聖敬の鼻腔を強く刺激する。

(あれをマトモに喰らったらマズイ)

 警戒感を強くしながら構えると、ナメクジ状のフリークが動き出した。

「¥#%@◆~~~」

 もうマトモに口も動かないのか、意味を消失した何かを叫びながら、どうやっているのかは不明だが、飛びかかってきた。

 その全身からは、汗の様に分泌物が垂れ落ち、それがまた聖敬の不快感を煽っていく。

 とは言え、その動き自体は脅威にはならない。寧ろ、一般人でも避ける事は充分に可能だろう。まして、今の聖敬なら当たるはずもない。

 ジュワジュワーーー。

 だが、どうやら、彼のあの分泌物自体が溶解作用を持っているらしい。彼のいた場所のみならず、周囲のアスファルトや、壁のコンクリートが溶かされている。

(このままじゃエリザベスが危ない)

 そう判断した聖敬は迷わずにエリザベスの身体を抱き抱え、その場で一気に跳躍。そのまま脚力だけで壁を駆け登っていく。

 そうしてビルの屋上まで辿り着くと、今度は隣のビルまで走り幅跳びの様に飛ぶと、そこでエリザベスをゆっくりと降ろす。

 再度、ビルを飛び移り、下にいるであろうあのフリークを確認してみた。そして、目にした光景に言葉を失う。


 あのナメクジ状のフリークはその場を離れていなかった。さっきまでの敵を追うこともなく、ある事をしていた。

 彼がいたのは、もう一人のあの肉食恐竜のフリークが気絶していた場所。先日のフリークとは違い、元の人間の姿に戻っていない彼の上に覆い被さっていた。

 グチャグチュ……グジュル。

 それはあの分泌物による肉が溶解される音。不快なその音と共にナメクジ状のフリークは”食事”をしていた。

 溶解され、原型をとどめていない自分の仲間だった何かをその全身で直接取り込みながら……。

 そうして、その場には人型に溶けたアスファルトが残され、食事を終えたナメクジ状のフリークはその全長を一回り大きく成長させていた。

 彼は、そのままゆっくりとした速度で路地裏から表通りに出ようとしているらしい。こんな化け物がもしも、フィールドの外にでも出たら大惨事になるだろう。

 聖敬はくそっ、と舌打ちしながら屋上から飛び降りて敵の目の前に立つ。

 ナメクジのフリークはもう人間としての原型を全く留めてはいなかった。ただ、恐らくは本能の赴くままに周囲の生き物を手当たり次第に取り込む事しか彼にはする事も無いのだろう。

 ここまで異形と化した彼はもう人間の姿にも戻れない。

 しかも、あの溶解作用のある分泌物が全身を覆っている。あれでは、戦闘不能にしての”回収”も困難だろう。

(彼を殺すしかないのか……でも僕に出来るのか?)

 単純な戦闘能力なら雲泥の差がある。今の状態でもあのフリークを翻弄する事は出来るだろう。だが、問題は”素手”であの分泌物にまみれた相手を触れられるのか? この一点だった。少なくとも”打撃”では大したダメージも与えられないのはさっきので理解した。

 半端な攻撃では溶かされてこちらが怪我をするだけ、だろう。迷いの無い一撃で瞬時に仕留めなければいけない。

「ああああアアアアッッッッ」

 ブレザーを脱ぎ捨てた聖敬は、吠えながら両腕を狼へと変化させる。更にその意識を集中。爪先をより鋭利に変化させていく。相手を”切り裂く”為に。

 フウッ、と一息付いて飛び出すとそのまま敵へとその両腕を交互に振るう。

 バシャッッ、という音を立てながら相手の身体が裂けるのが分かった。あの分泌物に触れた爪先は無傷ではなかったものの、どうやら自分の攻撃が通用する事は理解出来た。

(これならイケる)

 そう思った聖敬だが、まだ戦闘は終わってはいなかった。あのフリークは一旦は裂けた身体が再度融合する様な形で元に戻ると、全身を震わせて、分泌物を周りに撒き散らす。当然、敵を狙っての攻撃だ。

 ちょっとした小雨のような酸性雨が襲いかかり、完全に躱しきれなかった聖敬の身体に焼けるような痛みが走った。そこにフリークが覆い被さろうと襲いかかる。膝にダメージを受けたばかりで聖敬の動きは鈍かった。

(しまった。くらっちまう)

 だが、相手は聖敬の手前にその全身を叩きつけた。まるで、そこに相手がいるとでも云わんばかりに。

「キヨちゃん、一旦距離を」

 その声に従い、聖敬は後ろに飛び退いた。

「サンキュウな、田島」

 振り返らずに相手を”不可視インビジブル実体サブスタンス”で足止めしてくれただろう親友に礼を言った。

「うん、これまた妙な奴と戯れてるんだな、キヨちゃん。

 でまたフリークかよ? よっぽど好かれてるみたいだなぁ」

 頭を掻きながら、緊張感の抜けた声で半ば呆れた様に田島はそう言った。

「いや、別に僕じゃないよ。ここにはいないけど、【また】エリザベスが襲われてたんだ。有り得るのか? 二日連続で一人がフリークに襲われるだなんて」

 その質問に田島は表情を歪めた。そして数秒程考えると口を開いた。

「いや、可能性が無い訳じゃないかな。ただし、三百万人の人口がいる九頭龍でその可能性は限りなく低い。だから多分……」

「偶然じゃないんだな」

 その言葉に田島は一度だけ頷く。

 フリークが、再度聖敬に気付いたらしくゆっくりと動き出す。

「田島、アイツをどうしたら倒せる?」

「なら、アイツの核を破壊すればいい。よく見とけよな」

 言うなり、田島はグロックを抜くとマガジンを取り替えた。そして、引き金を引く。

 パパパン、という銃声共に放たれた弾丸はフリークの肥大化した身体を捉える。

 ジュワワ、という音を立て、弾丸は溶かされるかと思いきや、バン、と音をあげその場で爆発した。WG特製の”炸裂弾”だ。

 小さな爆発ではあったが、フリークの身体が弾け、その”中身”が見えた。微かにその身体の中で赤く光る心臓の様な物が見えた。

 だが、あの程度の爆発では大したダメージにはならないのか、すぐに元の形を取り戻す。

 そしてさっきと同じく、全身を震わせ、小規模な酸性雨を降らせた。今度は聖敬が田島毎、後ろに飛び退く。その酸性雨もまた田島が相手を惑わしたのか、違う場所に降り注ぐ。

「さっきと見えた赤いのがあのフリークの核だ……やれるよな?」

「ああ、勿論だ」

 聖敬は力強く頷くと、右手の爪先に意識をさっきよりも集中させる。さっきよりもより鋭利に、確実に相手を倒せる様にと。

 そして、向かってくるフリークへと駆け出し、そのまますれ違い様に右手を一閃。

 その一撃はアッサリとフリークの身体を切り裂き、その内部にあった赤い心臓の様に脈打つ核をも両断。

 それが決め手となり、その全身が消化器の恐るべきフリークは崩れ落ち、そのまま跡形も無く消え失せていく。

 不快な刺激臭が辺りを突き、その場には聖敬と田島だけが残された。

「ふう、何とかなったなキヨちゃん」

「ああ、それより……」

「……分かってるよ、エリザベスって子だろ。どうやらキチンと調べなきゃ駄目みたいだな」

 田島の言葉に聖敬は大きく頷いた。



 ◆◆◆



「上出来だな」

 九頭龍にある建設工事中のあるビルの最上階。

 ここから聖敬と田島があのフリークと戦うのを眺めていた人物がいた。

 年の頃は三十代。顔に幾つもの傷を付け、どう見ても彼を一般人だとは誰も思わない厳つい外見の男――悪意マリシャスマース”。

「ふむ、なかなかの戦闘力を持っているらしいな」

 男は満足そうに顎を触りながら、聖敬のさっきの戦闘データを確認している。彼のいる部屋は日中にも関わらず、まるで夜の様な暗さに包まれている。そんな室内には無数のパソコンが稼働しており、データを洪水の様に垂れ流す。その中には、街中に放った無人偵察UAVカメラの映像もあり、リンクしているパソコンには今、九頭龍で蠢くフリークらしき怪物も数体映っている。

「彼がWG九頭龍のルーキーか、なかなかの逸材だな」

 マリシャスマースの横に何者かが並ぶ。

「は、それに例の実験動物モルモットも首尾は上々です」

 見たところ、骨と皮しかついていないのではとも思える程に痩せぎすの男が掠れるような声で言う。

「思った以上の結果を出しているな、他のはどうだ?」

「他の実験動物についてはその場で【覚醒者】に殺害される場合が殆どですので。しかし計算通りではありますな」

 痩せぎすの男が手にするタブレット端末に映っていたのは、ある金髪の少女の顔写真に身体的特徴を表示しており、それは間違いなく茂美エリザベスだった。

 その顔をしげしげと眺め、不気味に笑う痩せぎすの男。

 その表情はマリシャスマースですら嫌悪感を抱く程に薄気味悪い。

「まあ、いい。そろそろ【仕掛ける】としよう。準備はどうだ?」

 その問いかけに痩せぎすの男はニタリと笑いながら答える。

「は、今現在のWG九頭龍支部の戦力は把握出来ました。いつでも攻撃出来ますな」

 そう言うと、くかかか。と掠れた声で笑い声をあげた。




























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