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変わった世界――The strange world  作者: 足利義光
第五話 変わった世界――The strange world
109/121

ケジメの取り方

 

 この戦いが再開してから、具体的には聖敬が囮となって井藤へと仕掛けてから、この状況に至るまで実の所、時間に換算して僅か十秒にも満たない。


 家門恵美の手にあるアンチマテルアル・ライフルは井藤の目にもハッキリと見えた。


「まさかあんなモノを持ち出すとは……」


 強力な武器を出すとは思っていたが、あれほどのモノを発現出来るとは想像もしていなかった。


(あれが単なるアンチマテルアル・ライフルであれば毒で弾丸など溶かしてしまえるが──)


 あの長大な対物ライフルは家門恵美のイレギュラーによる産物。そして何よりも大事なのは、あの銃身から発せられる弾丸もイレギュラーである事だ。


 ″創造クリエイション″。つまりはイメージによる産物である。それは元来の、元になった武器とは姿形こそ同じなれども似て非なる物である。それは担い手のイメージに寄るからであり、一番大事なのはそのイメージを担い手本人がどう思うか、である。

 つまりは、如何に大仰な武器を発現させようとも、その威力は担い手自身に大きく依存する。


(く、本来ならこちらも全力で対応しなくてはならないのですが……)


 だがそれは不可能である。

 今、この時にでも発射させかねないあの対物ライフルの弾丸に全意識を傾ければ、閉じ込めたはずの聖敬が出て来てしまう。そうなれば元も子もない。


(だからといって、こちらから仕掛けるにした所で……)


 中途半端な毒では彼女には通じない。

 下手を打てば返り討ちに遭うのは必定。

 この短時間で分かった。実戦で彼女と戦って理解した。家門恵美は極めて優秀であると。


(なら、選ぶべき選択肢はたった一つだけ)


 聖敬を封じ込めるのに、およそ三割の力を割く。

 残り七割でこれから向かってくるであろう攻撃を防ぐ、つまりは耐え切ってみせる。


(何にせよ、あれだけの武器を使う攻撃がそう何発も続くとは思えない。恐らくは一発が精一杯、であるなら)


 そう判断した井藤は己が体内の毒壺から残った毒を全て吐き出す。


(こちらも出し惜しみはしない。持てる全てを出し尽くして、勝負に出るまでです)


 紫色の毒を周囲に展開、外套のような形状にてその身に纏うのであった。


 ◆


「ふぅ、」


 家門恵美は小さく息を吐く。

 そのズシリとした重みは普段扱う銃器とは明らかに別物。


(発現させただけですが、やはりかなりの負荷がかかっていますか)


 ミシミシ、という軋みが全身に走るのを自覚する。

 全身の血管が浮き出ている。手足の筋肉が切れそうな感覚もある。

 不幸中の幸い、とでも言えばいいのか、あくまでも身体の内部、内側の話である事だろうか。

 まず対峙する井藤には見えないし、理解させるつもりもない。


 ──エミエミ、無理するなよーーー。


 通信機越しに林田由衣の心配そうな、でも音程のおかしな声が届き、こんな時にも関わらず思わず笑みが浮かぶ。

 実の所、ああ見えても心配症な彼女の事だ。何処かからかこの状況をハラハラしながら見ているのだろう。

 普段はズボラで、干物みたいな生活態度でこそあれ、受け持った仕事は決して投げ出さない。


(私は幸せ者だ。素晴らしい友達を持てたのだから)


 決して井藤だけではない。

 マイノリティになる、なっていた、という事は日常世界からの隔絶を意味する。

 どんなに上手くイレギュラーを操れようと、如何に日常世界に溶け込んでいようとも、目覚めた瞬間から周囲と自分との″違和感″を誤魔化す事など出来ない。

 それは当然だろう、ついぞ先日、さっきまで自分は日常の世界に当然のように存在したのだから。


 自分がどうしようもなく″異物″であるのだと、嫌でも認識せざるを得ないのだから。


 むしろ、生まれながらのマイノリティであり、なおかつ一般社会から距離を置いた世界で生きてきた分、家門恵美はまだ″適応する″余裕があっただけ幾分かはマシだったのかも知れない。


 家門恵美の場合は防人の一族として、幼い頃よりイレギュラーを持ったマイノリティとして育てられた。

 だが決して素晴らしい環境ではない。

 何せ彼女は他ならぬ父親から暗殺者としての訓練を強いられたのだ。そして不可抗力であったとは言えど、自身の手でその命を奪ったのだから。


 そして一族から放逐された後、寄る辺のない彼女は防人の一人にして警察官でもあった菅原に育てられた。

 菅原は自分と似たような境遇の子供達を引き取り、育てていた。


 そしてそこで多くの事を少女は知った。

 自分のような者が大勢いる事を。

 その与えられた力を、ただ己が欲望のままに使う者がいる事を。

 そして一方で、今ある世界を守るべく戦う者がいる事を知った。だからこそ選んだ。

 防人の一族の出だからではなく、自分自身の意思で世界を守るのだと。


(私は幸せ者だ、菅原さんの所で人として生きる、という事を理解出来た)


 そしてそこにいたのはマイノリティだけではなかった。イレギュラーに起因した犯罪で家族を失った一般人の子供もまた、そこにはいた。

 そうした一人が、井藤であった。


 家門恵美は自分よりも年長者の井藤によく懐いた。

 マイノリティである事を伏せるのは心苦しくはなかったとは言わないが、それでも彼女はそこで家族、人との関わり方を学んだ。


(でも、だからこそ私は井藤支部長。あなたがこっち側に来ない事を願った)


 だが井藤はマイノリティとして覚醒した。

 それもイレギュラーの暴発、暴走による目覚めにより、およそ数百もの犠牲者を出しての出来事。


 原因は未だに不明。


 ただ、当時欧州ではその被害規模こそ違えど、イレギュラーの暴走が多発していた事はしばらくして知った。


 井藤は深い傷を負った。

 いや、魂に刻まれたと言うべきか。


 彼が自身を呪っていたのは知っていた。

 贖罪として、少しでも多くの人を救いたい。その一心でWGに入ったのも知っていた。


 誰よりも凶悪なイレギュラーを持った事で、強い業を背負った事を精神誘導で狙われたのは間違いない。

 彼もまた被害者なのだ。


(でも、それは今はもう関係ない。この銃を選んだのはあの人を倒す為)


 ジャコン、という音を立てる。

 セーフティーを外し、その銃口を相手へ向ける。

 本来であればスコープで狙いを定める所なのだが、今はそんな必要のない距離。


 聖敬にはああは言ったものの、家門恵美はこの対決で井藤を生きたまま無力化する事が困難である、と考えている。

 ハァ、と一呼吸を入れる。

 そして、「行きます」というとその長大過ぎる対物ライフルのトリガーに指をかけ────一気に引いた。


 ◆


 銃声が響く。

 消音されていないその音はまさしく轟音。

 その巨大な銃口からは通常のそれよりも遥かに巨大な銃弾が放たれる。

 その口径は12・7ミリ。

 元々は重機関銃用のそれは、通常の狙撃銃スナイパーライフルに用いる7・62ミリ弾と比較して有効射程はおよそ倍の約二千メートル。

 破壊力に関しては、家屋や軽装甲の戦闘車両ならば軽々と撃ち抜き、破壊する程。

 如何にマイノリティであろうが、まともに喰らえば、その当たり所が悪ければ一発で即死しかねない、そんな化け物じみた弾丸である。



(正直、この勝負は私の方が不利ですね)


 火を吹いたそのライフルを真っ正面から見据えながら、井藤は思う。

 何せこの対決は二対一、間接的な支援をも含めるのならば、三対一なのだ。

 しかも相手は自分よりも遥かに身体能力に優れ、イレギュラーを無効化する星城聖敬に、銃火器の扱いに習熟し、常に冷静沈着な家門恵美。


 真っ正面からまともにやり合っても苦戦は必至の難敵と二人同時に対峙せねばならないのだ。


(ですがむざむざ負けるつもりもありません)


 勝負は一瞬で帰結する。

 瞬きすら許されない時間で。

 あの化け物じみた対物ライフルの12・7ミリ弾を、それもイレギュラーによって成立するそれを凌げるか否か、たったそれだけの単純明快な勝負だ。


「す、ああああっっっっっっ」


 聖敬を封じ込めるのに必要な分以外の全ての毒を一気に前へと展開。毒の壁を生成する。


「ふ、うぅぅぅ──────」


 対する家門恵美もまた全神経をその弾丸に込める。

 相手の壁を貫くだけの威力を発揮する為に、イメージをしながらトリガーを引いた。


「くっっ」

 その瞬間、家門恵美の身体が大きく後ろへ飛ぶ。

 その銃撃の際に生じた反動の大きさに彼女の身体が耐えられなかったのだ。

 態勢を崩し、後ろへと倒れそうになりながらもその目は自身の放った弾丸にのみ向いている。

 その弾道は彼女の狙いから寸分違わずに向かっていくのが分かり、そのまま後ろへと転がっていく。


 弾丸が迫る。


「く、ぐぶっっっ」

 衝撃で、井藤は口から吐血する。

 銃声が聞こえた瞬間にはもう既に弾着していた。

 弾丸は毒の壁で溶け、ない。溶かそうにも、弾丸の威力が勝っているのか、そのまま突破しようとしているのが壁の感触で分かる。


(く、マズイですこれほど、とは)


 毒が散らされそうになるのを何とか食い止める。

 意識が飛びそうになるのをこらえるのだが、耳や鼻から血が滴り流れる。そして血管から血が吹き出し、遂に意識は途切れた。


 この時、井藤は自身の生存の危機を無意識で察した。

 聖敬、という不確定要素に対する警戒よりも目前に迫る死の可能性を本能が優先した。


 瞬間、聖敬を覆っていた毒のドームは消え去り、そのまま担い手たる井藤を守るべくその身を固めていく。


 弾丸は、毒の壁を突破。

 そして井藤へと到達する。


「ぐ、うはあっっっっっっ」


 全身を凄まじいまでの衝撃が駆け巡る。

 それはまるで巨大な鉄球を叩き付けられたかのような感覚。ありとあらゆる骨が砕けたように脱力する。


「あ、はっっ」


 ガクリ、と膝を付く。

 そこで井藤は意識を取り戻し、自分が陥った状況を即座に理解した。

 毒の壁は突破された。

 そして鎧にも亀裂が走っている。拳大の凹みは弾丸が命中したからであろう。


(は、聖敬君は)


 その事に気付いたが、既にドームは消えている。今、井藤は完全に無防備であり、攻撃されればひとたまりもない。


「家門さんっっっ」


 聖敬は叫んでいた。だがその位置は井藤から五メートルは離れている。


(な、に? 何を……)


 井藤は困惑する。倒せるはずなのに、聖敬はこの場から離れつつある。何が起きたのか咄嗟には分からない。


「はあああああああ」

「──はっ」

 その咆哮にも似た声で井藤は我に返る。

 目前に迫りつつあったのは家門恵美。だがもうあのアンチマテリアル・ライフルはその手には存在しない。


(立て直しが早い──そうかさっきは敢えて自分から飛んだのか……衝撃を逃がす為に。だが──)


 彼女もまた限界のはず。

 対して井藤も限界寸前ではあったが、だがまだ僅かながらも余力はある。


 だが、家門恵美は一切躊躇する事もなく向かって来る。その走り出しは何か、切り札がある事を想起させる。


(見落としはないはずだ。彼女にはもう新しい銃を用意するような────?)


 脳裏に浮かんだのは、聖敬のかけ声。

 この場から素早く離れるのであれば、何故わざわざ声をあげて注意を引くような真似をしたのか?


(なんだこの違和感は、……あれじゃまるで……自分の目的を明かすような真似をしたんだ)


 聖敬がいなくなるのであれば何故、家門恵美はああも迷う事なく向かって来れるというのか?

 もう新たな銃を出せないであろうに、何故戦える。


(その走る先に何か切り札が用意されているとでも言うのだろうか?)


 はた、と気付く。

 家門恵美の手が何かへと伸びている事に。

 気付けば彼女の身体が宙へ飛んでいる。

 井藤はその手の先へと視線を向けて、切り札に気付く。


 それは二丁のリボルバー拳銃。

 家門恵美が、この戦いでショットガンを出す前に使っていた武器。聖敬に預けていた武器である。


「し、まっっっ──」

「アアアアアアッッッッ」


 家門恵美は左右二丁の拳銃を手にする。そしてそのまま空中にて拳銃の引き金を引くのであった。



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