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変わった世界――The strange world  作者: 足利義光
第五話 変わった世界――The strange world
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ケジメを取る時

 

「なに、」


 聖敬は驚愕するしかなかった。

 その毒の展開速度は尋常ではなかった。

 肉薄した一瞬の間に周囲全体を小さなドーム状に覆い尽くしてみせた。


「くっっっっ」


 罠、だと察した聖敬は咄嗟に右手を繰り出す。

 迫った毒が右手に触れる事で無効化され、消えていく。


 だが、それも気休め程度でしかない。


 周囲を覆った毒霧のドームは見る間に元通りになり、再度相手へと迫っていく。

 ならば、とばかりに前方へ右手を突き出す。


「くっっ、これは────」


 口を尖らせ、警戒心を露わにする。

 これ以上の毒霧の接近は命の危機を招く。そう思った聖敬は右手を常に動かす。前後左右、上下に休む事なく動かし続ける事で辛うじて身を守っている。


「僕を閉じ込めるつもり……ですか」

「ええ、私では君と正面切って戦えるはずがありませんからね」


 井藤の姿は見えない。だがすぐそこ、至近距離にいるのは分かる。そして確信もした。


(これだけ濃密で、それでいて繊細な操作、間違いなく支部長は正気だ。じゃなきゃもっと強引に仕掛けたはずだ。二人の予想通りだな)




 それはついぞさっき、家門恵美達との会話。


「支部長を助けるのには賛成です。ですが今の状況では……」

「星城君の懸念はもっとも。だけど心配はいらない。由衣、説明をお願い」

 ──はいなーーー。ええ、とね聖敬君。要約するとね、さっき手を打ったから多分大丈夫なのだよーーー。

「え?」


 思わず聖敬の目はキョトンとなる。


「由衣、要約し過ぎです」

 ──あはは、やっぱし。ええ~、とね。さっきの足止めの目的は時間稼ぎとそれから脳への電気的な刺激が目的なのだよーーー。

「電気的な刺激ですか?」

 ──そそ、あの西島迅さんがどうやって他人の感情とか思考を誘導するにせよ、それを最終的に判断するのは脳みそじゃない? で、その脳みそがこれを判断しましたよー、って命令する際には一種の電気信号が流れるのだーーー。私はさっさと精神自体を電脳空間に逃がしたから問題なかったけど支部長はモロに誘導を受けていたからねーーー。

「つまりはその信号をどうにかする為に、」

「その通りです。脳の伝達部位を狂わせてああいう状態にしたのであればその信号を遮断する。その為の攻撃です」


 そこまで説明を受けて聖敬は改めて、家門恵美と林田由衣の一連の行動に驚く。そして本心から思う。


「……僕は二人が敵じゃなくて本当に良かったです」


 思わず一瞬ではあったが、安堵の表情を浮かべるのであった。


 ───ま、もっとも絶対に大丈夫か? って問われたらさぁ、どうだろ、ってのが正直な回答なのだけどねーーー。


 その何ともあっけらかんとした、ざっくりとした言葉を聞くまでの本当に僅かな間ではあったのだが。




「く、」


 聖敬は右手を振るい、迫る毒霧からその身を守る。

 だが紫色の悪魔はすぐにその囲いを戻して、またゆっくりと迫ろうとする。


「無駄です聖敬君。君に私と差し違える覚悟でもなければこの霧は突破出来ない」


 井藤は聖敬の抱える弱味を正確に理解していた。

 それは聖敬には西島晶を救い出す、という目的がある事。その為にこの先にいるはずの西島迅を突破しなければならないという事。


 そして双方が理解している事はもう一つ。


(支部長は僕がここでこれ以上強行に動けないのを理解している)

(星城君にとって私は西島迅、という本命の前の障害。だからこそここですべてを使い切る事は出来ない)

(でも)(だからこそ)

((鍵を握るのは家門さんだ))


 この勝負の行方を決定付けるのは、……今まさしく何らかの銃火器を発現させるであろう、家門恵美である事である。



「く、うぬうっっ」


 頭痛がする。ズキズキとした鈍痛ではない。

 思わず手でこめかみを押さえる。

 これは外傷ではなく、内傷。

 身体の外側から加えられた痛みによるものではなく、内側からの痛み、である。


(これは、想像以上でしたね)


 原因は自身が誰よりも一番分かっている。

 これは井藤が、今まさに放っている紫色の毒霧に寄ってもたらされたモノ、云わば代償であり、副作用に他ならない。


 何もかも全てを″殺す毒″。それが井藤のイレギュラーである。

 その性質の通り、あらゆるモノを殺し、溶かし、跡形もなくしてしまうのがこの忌むべき毒の本来あるべき本質であり、本来の能力を発揮出来るのを、井藤は今、相手を″閉じ込める″事に集中させている。


 その結果が今、内側から生じている″痛み″であった。不自然なイレギュラーの使い方を意図して行った結果、身体に反動が返ってきているのだ。


 それは例えるならば、担い手であり、毒壺である井藤謙二、という器に少しずつ歪みが生じて、亀裂が走ろうとしている、といった所であろうか。


「く、ぐうう」


 ツツ、と温かいモノが両耳から滴る感触がある。

 いずれにせよ、この状態を維持する事は困難であるのは明白であった。


(ですが、どの道この勝負はすぐに決着するはず。

 さぁ家門さん、君が勝つのか。或いは私が勝つのか……勝負ですよ)


 その視線は今まさに何かを発現させている家門恵美へ向いていた。




「ふうぅぅぅぅ」


 呼吸を整える。

 深く深く、より深く息を吸い、そしてゆっくりとゆっくりと吐き出す。

 いわゆる武術の達人であれば丹田に意識を集中させるのであろうが、彼女は違う。


 意識を集中力させるのは己が左右の手。

 より正確にはその手の先、虚空にである。


 イメージする。長大な銃身を。まるで槍か何かではないのか、と思う程に長大な銃身を。


(強い武器だ。何もかもを撃ち抜けるだけの一撃必倒の威力を秘めた武器を思い浮かべるんだ)


 脳内にその全体図を思い浮かべる。


「う、っっ」


 ピシピシ、と亀裂が走るような痛みを感じる。

 間違いなく反動であろう。しかし仕方ない、と思う。

 自分の身の丈にあった以上の武器をこうして発現させようとしているのだから。


 ──エミエミ、無茶だよ。まだ具体的に姿すら出ていないのに、全身から血が出てるよーーー。


 林田由衣の心配そうな声が聞こえる。

 いつもどこかおどけたような口調の親友があんな声を出す事に少しばかり驚きつつも、だが武器の創造を中断するつもりなどは毛頭なかった。


「……僕が囮になります。支部長の注意を引きます」


 それを言い出したのは聖敬からだった。


「星城君、……それがどういう意味かは分かっているわね?」


 家門恵美の問いかけに聖敬は首を縦に振って肯定。


「支部長を殺さないように無力化するとしたら、メインの攻撃は副支部長の方がいいはずです。それに、僕が仕掛ければ支部長は嫌でもそちらにイレギュラーを使わざるを得ない。その分、余力がなくなるはずですし」

 ──うん、一理ありだねーーー。それに実際の所、支部長をぶっ飛ばすならエミエミの方がいいんじゃないかな。あの分からず屋の頑固者に対して、ねーーー。


 二人の言葉を受け、思わず家門恵美ははぁ、と嘆息する。だが、自身が囮になって仕掛けるよりは可能性が高いのも事実である。


「…………分かりました。その案に乗りましょう」




 そして今。


 聖敬は当初はまず家門の銃撃を契機に始まるはずだった作戦は井藤の想定よりも早い復活で変更。

 本来ならば、聖敬が機動力でかき乱すはずだった計画は井藤の展開したあの毒で象られたドーム状の球体に覆われた事で頓挫したかにも見えた。


(でも、星城君はあの中にいる。でなければ支部長はとっくにこちらにも仕掛けるはず)


 答えは明らかだった。

 聖敬はあの中で生存している。そして井藤はそれを維持するのが精一杯。その訳はこちらに対する警戒。


(どの道、こちらにも余力はない。これで決着を付ける)


 イメージしたモノを具現化させる。

 それは一見すると狙撃用に使うスナイパーライフルに見える。

 だが銃火器に詳しい者がその銃身を目の当たりにすればすぐに気付くであろう。

 それは確かに狙撃用の銃器ではある。

 ただしその明らかに長大に過ぎる銃身、そして重量感は一線を画していると。


「行きます」


 それは華奢な女性が手にするにはあまりにも不釣り合いな、巨大な対物ライフル──アンチマテリアル・ライフルであった。


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