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変わった世界――The strange world  作者: 足利義光
第五話 変わった世界――The strange world
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ケジメの付け方

 

 最低限の理性を、冷静さえ取り戻せば、井藤には電流による足止めなどもう脅威ではなかった。


 床一面がスプリンクラーからの放水で濡れ、そこをショットガンによって露出したケーブルが壁から垂れ下がって漏電、水を通して感電。

 短時間でこれ程の細工が可能な人物は限られる。


(間違いなく家門さんとそれから林田さんですかね。

 確かに厄介ですが、もう通じませんよ)


 井藤は毒を周囲に展開させる。

 そしてその毒を床に浸食。無数の穴を空けていく。

 床を抜かないように一つ一つは小さな穴。だがそれで狙いは達した。

 スプリンクラーから発せられ、池のようになった水が床から階下のフロアへと流れていく。

 さらに壁から露出していたケーブルを毒で腐食。その機能を完全に破壊する。


「く、うっっ」


 これでもう感電はない。だがすぐに起き上がるのはかなり困難であった。

 何分、身体が痺れて上手く動かない。

 井藤は思わず苦笑する。


(大した物です、殺害しようと思えばいくらでも機会はあったはず。つまりは、足止めする事が狙いだったのでしょう)


 そして今更ながらに思う。

 この三カ月と半月程の間、自分が如何に周囲の人々に助けられて来たのかを。

 本来ならば支部長、なんていう立場に立つような大層な人間じゃない。


 それに、今回の一件で理解した。


(私の本質は復讐者なんだな)


 何故自分のイレギュラーが毒であったのかを、考えて来た。先天性の覚醒ではなく、後天的な覚醒の場合、本来の素養よりも、それまでに構築した精神性がイレギュラーとして発現する。

 ならば何故、あんな全てを殺す毒だったのだろう?


 理由は簡単だった。


(本当に復讐したいのは、兄を殺した解体者でもなければ、友人を殺した相手でもない。

 私が殺したい、と思っていたのは)


 この″世界″を殺してやりたかった。


(世界は平等じゃない。悪人がのさばり、善人が虐げられる)


 思い出すのは兄である啓吾けいごの言葉。


 ──俺はさ、少しでも世の中を良くしたいんだよ。悪い奴を逮捕して、その分良い人が楽しく生活出来るようなそんな世の中にしていきたいんだ。


 だから井藤啓吾は警察官になった。

 自分の言葉通りに世の中を良くしたい、その一心で。

 だが、その思いは残酷な形で閉ざされた。


 ある殺人事件を追い、啓吾は殺人犯である″解体者ブッチャー″へと辿り着き、そこで無残な最期を遂げた。


(兄はただ、より良い世界にしたかっただけだ。

 何かに憎しみを抱きはしなかった。ただ罪を憎んだだけだった)


 なのに兄は死んだ。

 爆発に巻き込まれた、とは聞いていた。

 だが異能者マイノリティとなった後に真実を知った時、決定的に思った。


 ″世界は平等なんかじゃない″


 許せなかった。ただ許せなかった。

 犯人であるブッチャーが憎かった。殺してやりたい程に憎かった。


 その時は自分なりの形で世界を良くしよう、と思ったが、一方でこうも思った。


(こんな理不尽な異能イレギュラーを放逐するこの世界すら憎い)


 そう、思えば西島迅は井藤の中にあったそこ微かな歪みを認めたのだ。そして、それを誘導した。


 ──聖敬君は向こう側から来た来訪者ビジターだ。彼の本当の力はイレギュラーの無効化キャンセル。本当に凄い力です。世界のバランスを崩しかねない程のね。

 もしも彼が急激な力の回復に耐え切れずに暴走すればどういった事態が起きる事でしょうか?

 もしもそうなるなら、その前に止めるべきだと思いませんか?


 その言葉はまさしく井藤には過去の悲劇を想起させるには充分なモノだった。


 彼はマイノリティとして覚醒した時の、あの地獄のような有様を思い起こす。


 ──三年前に起きた、あの悲劇よりも悲惨な事が起きるかも知れない。だからあなたの力を是非ともお借りしたいんです。あなたしか彼を止められる可能性を持った人はいないのです。


 それはまさに悪魔の囁き、だったのだろう。

 感情を、そして考えを誘導された井藤は、聖敬を殺す事が唯一の解決策だと思い込まされた。

 そしてその事だけに意識は向けられ、美影やエリザベスをWDに引き渡す協力さえしてしまった。


(今更正気に戻ったからと言って私はもう許されない、ならば──)


 であれば、取るべき道は一つだけ。


 そして、井藤は立ち上がるのだった。

 己が行いのけじめを付ける為に。



 ◆◆◆



 《エミエミー、気を付けて。支部長復活したからーーー》


 林田由衣の言葉で聖敬と家門恵美は正面を見る。

 ムクリ、と起き上がった井藤が真っ直ぐにこちらを見据えているのが分かる。


 すぐに動き出さないのは、恐らくは感電した為にまだ身体に痺れが残っているからだろうか。


 だが、周囲には毒を霧状にしたモノを展開させており、戦闘態勢を崩しはしない。


「星城君、タイミングを合わせて」

「はい、じゃあ──お願いします」


 聖敬の返事に家門恵美は一度だけかぶりを振ると、さっきまで持っていたショットガンを投げ捨てる。

 そのショットガンがガチャン、と一度音を立てたかと思いきや即座に跡形もなく消えていく有り様はまさに雨散霧消、といった所だろう。


「フゥゥゥゥ────」


 家門は目を閉じ、そして深く深呼吸をする。

 ゆっくりと息を、横隔膜をへこませ、息を吐き切る。

 そして次いで、今度は息を大きく吸い込んでいく。

 所謂腹式呼吸なのだが、家門恵美がこれをするのは、彼女が本気になった時。


 意識を集中させる。

 イメージするのは強力な火器。

 あの井藤の展開する毒を弾き飛ばせるだけの絶大な威力を秘めうる弾丸を放てる武器。


 と、その手に浮かび上がるのは──、



 そしてその様は井藤にも見える。

 拳銃であれば即座に発現、造り出せる彼女をして、あの時間のかけよう。


(マズイですね、彼女が何を出すにしてもそれは切り札に成り得る程の銃火器。アレを使わせる訳にはいきません)


 手足に痺れはまだ残っているが、そんな事を気にしているような状況ではない。

 意識を集中させ、自分自身の体内に封じてある毒を吐き出していく。

 それはさっきまでとは違う紫色の毒霧。

 さっきまで周囲に展開させていたモノとはまるでその禍々しさが違う。


 それは触れずとも死を与える。

 それは吸わずとも死を与える。


 ただそこにあるだけで万物に終わりを与える。


 最強にして最狂。最悪で最低な悪魔デーモンとも云えるモノ。


 三年前に、彼がイレギュラーを暴走させた際に全てを殺し尽くしたモノである。


「う、うっっっ」


 苦しげな声と共に悪魔は担い手たる井藤の周囲をまるで鎧の如く覆っていく。

 紫色の毒霧に覆われ、井藤の姿は三メートルはあろう鎧を纏った巨人のようにすら見える。


 そして一歩を踏み出す。

 ブシャ、という不自然な足音は、悪魔が床を瞬時に溶かした事により発せられたもの。


 なまじ走らずに歩く事で、悪魔の毒はその異様さを聖敬と家門恵美に誇示しているかですらある。


「副支部長、あれは危険です。順番を変えます」


 聖敬はそう言うや否や、突進をかけていく。

 確実な勝算があるからの行動ではない。

 ただこのまま待っていては取り返しの付かない状況に陥る事が分かったからこその、こちらから仕掛けさせられた結果の行動である。


 聖敬は右手に意識を傾ける。

 聖敬の本来持ち合わせていたイレギュラーとはイレギュラー自体の無効化キャンセルである。

 彼がいた向こう側の世界、異界に於いてあらゆる外部からの悪意ある侵入を防ぐ為に備えた異能殺し。


 聖敬は無意識下でこの力をこれまで幾度も使った。

 そして今日、あの椚剛との対決で壁を砕いたのもこの力によるモノである。


 今の聖敬はそれを完全に扱える。

 今の彼ならば、もし椚剛と再度対決したのならば、確実に勝利する事であろう。


(だけどそれでも──)


 即座に間合いを詰めた聖敬が右手を叩き込まんと繰り出す。

 狼の姿ではなくともその速度は極めて俊敏。まさしく獣の如く。


「ハアッッッ」

「く、っっっ」


 本来であれば井藤も反応出来たはずではあったのだが、今の彼はまだ痺れの為に対応が遅れた。


 だが、井藤は舌打ちこそすれど、この状態を待っていた。

 そう、こうなる事は百も承知。

 最初から後の先を取るつもりで仕掛けたのだ。


(さぁこれで幕を引きましょう)


 紫色の毒霧が一斉に聖敬へと殺到。その四方八方を一瞬で覆う。


「星城君!」


 家門恵美の叫びも虚しく、毒霧は聖敬を完全に呑み込むのであった。



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