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変わった世界――The strange world  作者: 足利義光
第五話 変わった世界――The strange world
106/121

誘導

 

「く、ぐぐぐウウウウウ」


 井藤の全身が痙攣を起こしている。

 どうやら絶え間なく流れ続ける電流によって全身の神経伝達に支障が出ているらしい。


 そしてその通電は、予期せぬ副産物をも生じさせた。


(あ、ああ。これは一体何事だろうか?)


 井藤自身の自我が回復したのだ。


「く、ううううううう」


 痛みを覚えながらも、辛うじて動かせる眼球で分かる範囲で事態の把握に努める。そして水溜まりを通して電流を流されている事、それから神経伝達に問題が起きた為だろう身体がピクリとも動かない事はすぐに理解した。


(なるほど、これはまぁ──)


 状況が芳しくない、とは理解した。

 動けないのは問題だったが、これを仕掛けた相手はこちらを殺害するつもりはない、のかも知れないとも察した。


(それにしても、何故こうなったのか?)


 思い返そうと試みる。

 するとぼやけた光景が幾つか浮かぶ。


(く、まだだ。もっと鮮明に思い出せ)


 絶え間ない電流で全身を通電させられているこの状況下で、井藤は自身の記憶が何故曖昧なのかを思い返そうと試みる。



 そして思い出す。ここに至る経緯を、断片的ではあるのだが。


 ◆


 それは昨日、だっただろうか。


 時間の感覚は曖昧だった。


 拘束された井藤は、目隠しをされたままの状態で西島迅と話した。


「井藤支部長、まずはこのような状況にでの対面をお詫びします」


 声の様子から察するに相手はすぐそばにいるらしい、とは理解した。

 だがこの状況下に於いても井藤自身は、焦りをそれ程感じてはいない。

 その気になれば手足の拘束自体も毒で何とでも対処出来る。

 毒、というイレギュラーの性質から誰もが必殺、必死の禍々しいモノを想起するのであろうが、毒とは云っても様々な種類がある。

 井藤のソレは殺傷力、溶解性に特化した独自オリジナル、唯一のモノではあるが、意識を集中させればその毒性を弱め、非殺傷も可能なのだ。


「そう思われるのでしたら、まずは拘束を解いてはいただけませんか?」


 相手である西島迅はこれまで幾度か話をした事のある相手である。

 その時の印象から考えるに、基本的に荒事を是とはしないはず。だからこそ、彼は表立ってはWGに協力はしない。一説にはWDとの関係もあるとの情報も上がってはいたが、それも弱体化した防人の顔役としては街のバランスを維持する、という観点から鑑みれば責められるものでもない。


「いえ、流石にそこまでは……ですが目隠しは外させてもらいます」


 足音が近付き、そして目隠しは外される。


「ウ、ッッ」

 どの位そうだったかは分からないが、一定時間何も見えない状態だったからか、室内の照明に思わず目が眩む。


「……これで少しは信用してもらえましたか?」


 探るような口調で西島迅は訊ねる。

 その目を見て井藤は即座に理解する、目の前の相手は井藤がその気になれば即座に拘束を解けるという事を。

 思わずはぁ、と嘆息しつつ、

「こちらの出方を理解した上で、ですか。分かりました、流石にそこまで把握した上で話そうというのならば話を聞くしかありませんね」

 そう言いながら、目の前の相手を真っ直ぐに見据える。



 そうして二人が向き直ってしばらくの間。


「…………」「…………」


 井藤もそして西島迅も互いに無言であった。

 それは互いの腹の内を探る為でもあり、また同時に事態の打開について考えていたからである。


 とは言え、いつまでも無言のままでは何も始まらない。そこで沈黙を破って話を切り出したのは、

「まずは今回の事態について改めてお詫びをさせていただきます」

 井藤から見れば、今回の事態を引き起こした首魁、と見なされてる立場にある西島迅であった。


「……申し訳ありませんが、私がその言葉だけで納得するとはまさか思っていませんよね?」


 謝罪を受ける立場となった井藤だが、何故この状況へと陥ったのか、その判断の為にも迅の話を聞く必要がある。だから言葉こそキツめではあったが、務めて平静さを保っていた。


「それは当然です。こちらとしても不必要な戦いをするつもりは毛頭ないのですから…………」


 そう言うと西島迅は説明を始めた。

 だがそれは最早、単にWG九頭龍支部だけでどうこう出来る事態の範疇を越える可能性すらあるとんでもない計画だった。


「本気、……なのですか?」

「勿論です」


 その問いかけに対して西島迅は即答を返す。

 井藤は唖然とした表情を浮かべ、我知らず思わず息を飲んでいた。

 確かにそれがもしも可能であるのならば、一つの解決策なのかも知れない。

 だが正直な所、そんな計画が上手くいくかと問われればそうは思えなかった。


「ですがそんな大規模な計画をWD、いや九条羽鳥ピースメーカーが見逃すとは到底思えません」


 そう、この支部にきてかれこれ三ヶ月半。

 支部長としての日々を過ごす中で彼は痛感した。

 この街の治安が他の地域と比べて、特にイレギュラー関連の犯罪が落ち着いているのは、WG九頭龍支部の規模が大きいのもあるのだが、もう一つの勢力であるWD九頭龍支部の、ひいては九条羽鳥の存在がとてつもなく大きいのだと痛感せざるを得なかった。


 WDの支部の役割は本来であれば少数のエージェント同士が互いの領分を犯さない程度のお目付役。

 なので個々のエージェントも過度に個々の活動に口を出さず、緩やかな敵対しない程度の間柄。その程度の関わり合いしかない為、往々にして彼らは互いの利益の為に味方とも争い、一般市民にも被害を発生させる。


 だが、それが九頭龍支部では違う。


 流石に個々のエージェントの暴走が皆無とは言えないものの、その大部分は九条羽鳥、という一個人の統制下にあり、そして彼女はWDのエージェントとしては極めて珍しい穏健派でもある。


 だからこそ彼女がこの街、経済特区九頭龍に来た十年前から当時はまだ発足していなかったWGの前身である防人との関係も当初から比較的良好であった。


 云わば彼女こそこの九頭龍という地域の巨大な要石。


 その彼女の強みは個人の政治的手腕及びにその情報網。国の政治中枢にまで届くと言われるコネクション、そして結果として警察機構との関わりも持ち、尚且つ民間警備会社のトップという立場もあり、彼女の元には裏表関係なく膨大な情報が集まる。


 如何に西島迅が秘密裏にここまで立ち回れたからと言えども、ここから先の段階は表立った行動が必要になる。現時点で既に少なくともWG九頭龍支部内での内部抗争であり、その事を九条羽鳥が知らないままに計画進行が叶うとは思えなかった。


「九条羽鳥は極めて有能な人物です。この【ストレンジワールド】は確かに凄い計画です。ですが、私にはコレが上手くいくとは思えません。あの九条羽鳥にバレずに済むとは思えないのです。

 それに、この計画の要は…………あなたの妹さん。

 それでいいのですか?」


 そう、ストレンジワールドの実行に当たり最大の課題は実行者である西島晶。

 これは彼女に多大な負担を与える計画なのだ。


「妹さんの安全の為に十年もの間手を尽くしたあなたが、何故こんな計画を立案したのですか!」


 最大限の説得だった。

 ここで事態を食い止める、今がそのギリギリの境界線だと井藤は判断したのだ。


「…………」


 西島迅は無言だった。だが、その目にあるのは後悔ではなく、情念の光。

「残念です、井藤支部長。ですがもう事態は止まらないのですよ。

 何故なら、もうすぐWD九頭龍支部は最上でトップを失い、最低でも機能不全に陥るからです」

 その口調と共に西島迅は剣呑な雰囲気を漂わせる。


「もう一度言いましょう。止まらないんです」


 それに、……そう言いながら西島迅は井藤のすぐ傍に立つ。


(マズイ今すぐに拘束を解いて──)


 毒を放ち、この場から離れなければ──。

 そう思って動き出す前に、


「残念ですがあなたは逃げられない。あなたの【奥底】にあるモノを見つけましたから」


 その声を聞いた瞬間。井藤の手足が動かなくなる。


「な、っっ」


 驚愕する井藤の身体から力が抜ける。まるで腰に力が入らない。

 その様子を見て満足げにかぶりを振ると西島迅は打って変わって穏やかそうに微笑む。


「そう言えば今日、この場に井藤さん。あなたをお呼びした最大の理由を言っていませんでしたね。

 あなたには……今回の計画の最大の障害を取り除いて欲しいのです」

「な、にを、……」


 上手く口も動かない。

 説得するつもりであった井藤に対して、西島迅は最初から″誘導″するつもりであったのだ。


「う、くっ」

「そんなに抵抗しても無意味です」

「馬鹿な、これは誘導とかそういうレベルではない。一体何故…………」

「あなたはさっきこう言った。妹が、晶に負担を与えかねない、と。その通りです、そのまま実行すればそうなります。なので、計画を練りました。

 今、この状態は一種の暗示のようなモノ。

 協力者の皆さんの助力あってのモノなのです。

 さぁ、あなたの力を貸して下さい。

 危険な異界から来たあのケモノを殺しましょう」

「け、もの?」

「はい、十年前にこっちへ来た星城聖敬君です。

 晶がああなった以上、彼の力が目覚めるのも時間の問題。彼はイレギュラーそのものを無効化する。

 そして何よりも異界の存在である彼が目覚めた力で暴走しないとも限らない。

 あなたなら分かるはずだ。イレギュラー、異能が暴走したら何が起きるのかを。そして聖敬君は急激に目覚めつつある反動でそうなる可能性がある…………」


 西島迅の言葉の一言一言が耳に入るその都度、まるで鈍器で殴打されたかのような衝撃が駆け巡る。

「う、ぐあうあああああ」

 痛みにはそれなりに耐性があるつもりであったのだが、今感じているのは体内、いや、正確には脳だけを狙った攻撃。


「思い出して下さい、かつての自身の事を。

 三年前、覚醒したあなたは何を思って生きる事を誓ったのですか?」

「よ、せ……」

「そう、二度とこんな悲劇を起こさない。そうだったはずだ。星城聖敬君は危険だ。もしも万が一にも彼が暴走したら、誰も彼を止められない。無関係の人にも多くの犠牲が出るに違いない……」


 徐々に鈍痛は収まっていく。同時に言葉が脳内に焼き付いていく。それがまるで自分自身の考えのように思えてくる。


「だからこそ、二度と悲劇は起こさせない。

 ストレンジワールドで。

 そして、井藤支部長。あなたにはその実現を前に立ちふさがるであろう、彼を止めて欲しいのです。

 だから問います、悲劇を起こさないように……あなたは何をしますか?」


 その言葉こそ彼が長年抱いていたモノの答え。

 正気ならば疑念を抱いたはず。だが、今の井藤にはその考えは至極真っ当に思える。


 だから、

「私は星城聖敬を殺す。全ては悲劇を起こさせない為に」

 その返答は彼にとって当たり前のモノだった。


 ◆



(そうだった……何という事だろう。

 私は悲劇を起こさせない、その一心を見抜かれた。そして聖敬君がそれを起こす存在であると決め付けていた)


 そして彼の歪んだ大義は、それ以外の事柄に際するモラルをも歪ませた。


 晶を確保する為に、WDの戦闘チームを利用。疲弊した美影とエリザベスを捕らえさせ、あろう事かWDに引き渡すのを黙認した。


(私は、間違っていた。ですが、…………)


 ようやく電流にも身体が慣れてきた。

 徐々に身体の感覚が戻っていく。


(まだ、やるべき事は残っている)


 そうして、井藤は決意した。




「さて、以上が支部長を止める算段です。異論はあるかしら星城君?」

「いえ、お願いします家門さん」

 《エミエミ、ゴメン。支部長が動き出すよーーー》


 聖敬と家門恵美が顔を上げる。

 そこには林田由衣の言葉を裏付けるかのように立ち上がりつつある井藤の姿。


「一気にケリを付ける。いいわね?」

 その姿を認めた家門恵美は横にいる聖敬へ訊ねる。


「──はい」

 聖敬は全身、いやその右手に全意識を傾ける。

 決着の時はもうすぐそこまで迫っていた。



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