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変わった世界――The strange world  作者: 足利義光
第五話 変わった世界――The strange world
104/121

解体者の最期

 


(ああ、コイツはちょいとばっかヤバめかもな)


 血の流出が予想以上に早く、そして深刻になりつつある。


(だがまぁ、現実ってのは期待通りにゃいかないってのが世の常だよなぁ)


 もっとも、この状態もまた想定していた展開の一つではあったのだが。


 ◆


 春日歩は、自分でそう言うのは憚れるものの、所謂数々の修羅場を乗り越えてきた歴戦の兵である。

 年齢こそまだ二十歳を少し越えた所ではあるが、その人生経験、特に戦闘実績は半端ではない。

 欧州のパラシュート部隊に入隊。

 そこで自身がマイノリティである事が周囲にバレたのだが、それは彼が裏の世界へ入るキッカケにもなった。


 パラシュート部隊の、より正確には歩が配属された中隊はその実、欧州に於ける対マイノリティ部隊でもあったのだ。欧州では″ギルド″を始めとした様々な犯罪結社が跋扈。さらに″NWEニューワールドエネミー″なる新興カルト的な組織まで勃興。まさに混沌状態へ陥っていたのだ。


 歩はそれこそ欧州全土を巡った。


 ある時は破壊工作サボタージュを。ある時はテロの阻止を。ある時はある大物犯罪者の暗殺を。またある時はとある要人の警護を、といった調子で常にイレギュラーを用いて様々な働きをこなし続けた。

 その結果として、彼は自身のイレギュラーの担い方を完全に把握するに至った。本来であれば訓練を十数年受けたのと同等以上に濃い経験を僅か二年で味わったのだ。


 そして歩は理解した。


(俺が独りで成せる事なんてたかが知れてる)


 それは彼の戦いに於けるスタンスにも大きく影響する結果となり、縁あってWGに所属する事になった今に至るまで影響し続けている。


 ◆



 その生じた隙を背外一政は見逃さなかった、いや見逃せなかった。

 相手が何かを秘しているのは確信していた。

 だが、それもここまで。

 相手が隙を見せたのが例え″誘い″なのだとしても関係ない。


 彼には医学的知識がある。さらにそれに基づいた様々な経験も。その見地から鑑みれば、相手にここまで与えた手傷を、それ以上に流れ出た血の量を推察すれば結論は明確だった。


(常人であればとうに失血死でもおかしくはない流血に、大小様々な傷。何を我慢していたのかは知らないが、これが限界であるのは間違いない)


 だからすべき事は明白であった。


 さっきまでの攻撃全てが相手を弱らせるのが主眼であった以上、この時を見逃せない。


 解体者ブッチャーは壁に沈めた己が身体を浮き上がらせ、トドメを刺すべく音もなく背後から貫手を繰り出さんと動く。

 切るのではなく、抉るのでもなく、相手の内部に入り込ませ、″抜き取る″のが彼のイレギュラーの本質。様々な臓腑が傷一つなく抜き取られるのも、バラバラになるのも同じ原理。

 狙うのは心臓、そしてもう一方の手刀で首を断つ。

 相手は何をされたかすら認識出来ずに即死する。


(せめてもの慈悲だよ、痛みすら覚える間もなく死ぬがいい)


 大事な事は速度ではなく、相手に気付かれない事。

 そして当てるのではなく、触れる事である。


 相手は気付かない、反応もしない。


 そうして必殺にして、絶殺の左右の凶手は歩へと至った。


「な、に──?」


 違和感があった。手応えが、おかしい。

 間違いなく相手の心臓を抜き取れる位置にあるはずの手にあるのは空。あるはずの臓器の手応えもなければ、相手の身体に入り込む感触すらない。


「アッ────────」


 代わりにガアン、という衝撃が走る。


「ぐ、うおっ」


 全身が何かに打ちつけられた感覚。まるで巨大なハンマーのようなものを受けたような衝撃、そして、

「ぐうう」

 口から赤黒い血が吹き出る。立っていられずに膝を屈する。

 そして即座に自分の負傷の度合いを理解した。

 全身の内部損傷、様々な骨の粉砕骨折。

 背外一政は視線を泳がせ、凛や田島こちらへ向き直るのを確認する。


(このダメージはあの少女、のものだ。そして、あれは幻覚、だ。だが、何故)


「何で分かったか、だろ?」

「──!」


 その声は背後からだった。

 背外一政が振り向くとそこには歩がいる。

 やはり全身の負傷度合いは深刻、流血量も酷い。

 半死半生どころじゃない瀕死にしか見えない。

 だと言うのに、その目は、何よりその声には力がある。


「ど、ういう……ことだ?」


 解体者は困惑する他ない。

 理解出来ない。相手の状態は自分と同等、いや命の危機、という観点から見ればあちらの方が深刻なはず。だと言うのに、何故相手の方が活力に満ちているのかが理解出来なかった。


 そしてその困惑を歩は目ざとく認める。


「確かに俺の方がヤバいのかも知れないな。リカバーをあんたと同時に発動させても、先に回復し終わるのはそっちの方が早いのかもな」

 でもさ、と言うと歩は「フウッッ」と息を吐く。

 それに呼応するように歩の血がまるで逆再生でもするかのように戻っていく。


「こ、れは?」

「あんたの見立ては多分正しかったと思うよ。俺の失血量は常人なら死ぬレベルだ」

「ならば、な、ぜ?」

「あんたの見立てがあくまでも一人分だからさ。

 生憎だけども、俺の血の量ってのは【一人分】じゃなくてな。上手く血の流出を抑えれば結構な時間死なないのさ。それから、あんたの行動が読めたのが疑問だって言うなら……代わりに彼に聞くといい」


 そう言いつつ視線を外す、背外一政もまたその視線の先を見るとそこにいるのは進士である。

 壁に背中をはじめとする預けたままの状態だったが、目にはまだ光がある。


「休ませてくださいよ」

「いやいや、俺こう見えて重傷だよ。死ぬ寸前だよ。口を動かすのもつらいんだからさ、な、な?」

「…………分かりました、よっと」


 声を上げつつ、進士は立ち上がり、そして答える。


「僕が観たからだ、あんたがそこにいるのを」

「ナ、にを言ってい、る?」


 背外一政はこの戦闘に際し、改めて相手となるであろう人物のイレギュラーなどは把握していた。


(田島一、は虚像を作り、支援に秀でる。だがさっきは鉈のようなモノを何もない虚空から出した)


 実際、虚像に騙された。


(星城凛は、音を砲弾とする)


 とてつもない威力だった。実際、こうして一撃でほぼ戦闘不能になっている。


(だが、あの少年。進士将の【予知】は私には発動しないはずだ)


 背外一政が壁に潜り続けたのは、そうすることで自分がどう動くのかを読ませない為でもあった。


「分からないみたいだな。僕が観ていたのはあんた自身じゃない。そこにいる春日歩さんだ。彼がどこにいるのかを観て、そこに虚像を出す。で、その虚像ごと音で攻撃する。それだけの算段だ」

「ば、なにを──」


 そう言いかけてハッとする。

 今の一連の流れの中、春日歩はただ囮になっているだけだったのか? そう思い、思わず相手へ視線が向く。


「き、さま何をしてい、た?」


 すると歩は、にやりと悪戯小僧のようなやんちゃな笑みを浮かべる。


「ああ、バレたか。俺のイレギュラーは【血液操作ブラッドコントロール】を基調にしたモノなんだが、あのベルウェザーって美女ほど大袈裟な事は出来ないんだけど、【小技】は得意でね……ほら」


 そう言うと何を思ったか、自身の手首を切る。当然血が滴り落ちるのだが、その動きは奇妙であった。

 落ちた血がウネウネと動いていく。

 そうして、そこには″結構器用だろ?″という言葉が綴られていた。


「……こうやって三人に意志疎通を取ってたのさ。幸いにも【文字】に使う血はあんたのおかげで沢山ブチ撒けられたからなぁ」

「ば、かな……だが一体」

「それも簡単だ。彼らにも書いてもらった。【俺の血でね】。だからさ器用なんだよ、俺」


 屈託なく笑う歩に、背外一政は怖気を感じた。


(この男は危険だ、際だって危険だ)


 だから次に取るべき行動は明確であった。

 迷う暇など全くない。


 解体者は、その身を一気に床へ染み込ませる。


(ここは逃げの一手だ。足止め位はした、依頼内容結果に問題はないはずだ)


 背外一政、ブッチャーは戦士ではない。

 彼の本分は芸術家、殺人というのはその結果に過ぎない。

 だから彼に逃亡、というのは何も恥じる事ではない。

 生き残る事こそが最重要。


(死ねば二度と芸術を楽しめない。あの瞬間を見れなくなるのはお断りだ)


 であるからこそこの場から逃げる事に何の躊躇もいらない。壁を移動し、そのまま外まで出るだけ。ものの一分もあれば屋外に出られる…………。


 なのに、だ。


(な、に?)


 気付けば″動けない″。壁の中だというのに。


 何かが、邪魔をしている。そんな事は有り得ない。ここは彼の庭。誰にも邪魔をされない彼だけの場所のはずなのに。

 何かが彼の身体を捉え、そして引き寄せる。


 ガコン、という音は壁から男が飛び出す音。


「く、ぐああっっっっっ」


 背外一政の全身に激痛が走り、思わず転げ回る。


(これは、何だ?)


 今まで感じた事のない痛みであった。

 身体の内側に異物が入り込んで暴れ回るような違和感。


「な、んだこれは」


 頭が回らない。思考しようと試みるが、何も考えられない。


「どうやら苦痛については詳しいらしいが、実体験となるとそうでもなさそうだ」


 歩が見下ろしているのが分かる。だが解体者の脳裏にあるのはただ一つの疑問のみ。


 ″何が起きたのか?″


「なにを、し……たぁ?」


 床に身体を沈めようにも、集中力が足りず、それどころか呼吸するのすら困難であった。


「あんたはもうどこにも行けないよ」

「な……んだ、と?」

「ここから周囲およそ十メートルは俺のモノだからな」


 何を言ってるのか、分からない。

 何故なら壁や地面全てが自分の庭なのだから。

 誰もここには入り込めないし、入り込ませない。


「ああ、分かり易く言おうか。あんたのお陰だよ全部」

「ばかを言う、な」

「いやいや、あんたが協力してくれたじゃないか。俺で散々に遊んだだろ、血を撒き散らして。あの血を壁やら床やらに浸透させた。いつやったか? 凛ちゃんが音で攻撃した際だよ。気付かなかったろ? あれはあんたを攻撃するのが主目的じゃあなく、壁に亀裂を入れるのが狙いだったってさ。でも一番の功労者は間違いなくあんただよ。改めて礼を言うぜ──解体者さん」

「ふざける、な」


 全身が沸騰していくのが分かる。

 怒りを感じるのは一体いつ振りであろうか。

 この軽薄極まる男に心底から憤怒を抱く。


「さっきまでの能面みたいな面構えが嘘みたいだ。

 ははーん、あんた……命の瀬戸際での駆け引きを知らないな」

「なにぃ?」


 その声音にあるのは明白な蔑視。


「分かるぜ。あんたは痛みを与えるのは大好きでも自分が痛みを受けるのは苦手なんだな。

 だから【弱い】のさ」

「よわい、だと? ……私が」

「ああ、そうだ。あんたは強いつもりで紳士然としてるだけの、中身のない空っぽな男なんだよ。

 芸術か何だか知らないが、自分の趣味にしか興奮しない変態野郎って事だよ」


 その言葉は解体者にとって許す事の出来ないモノであった。


「お、のれ。おのれおのれええええええええええ」


 思い返されるのは彼を育てたあの義父。

 あの自分を見下す男の顔がチラつく。

 あのクズ野郎の自分を見下し続けた顔がチラつく。


 鼓動が早まる。今にも爆発しそうな程に勢いを強め、早まり高鳴る。怒りが抑え切れない、もう爆発させるしかない。


「ウググググヌウウウウウ」


 そうして発したその声はまさしく獣の咆哮そのもの。

 重傷であったはずの身体が一気に回復するのが見て取れる。


「こいつぁマズいな進士」

「ああそうだな一、あいつは【怪物フリーク】に成り果てた」


 身体の傷はリカバーで回復しつつあるが、解体者であったモノのそれは桁違い。さっきまでの傷が嘘のように消え去っていく。

 歩にとってもここに至ってのフリーク化は望ましい展開ではなかったのか、その表情は苦々しい。


「ち、追い込み過ぎたか……」

「ねぇアンタ分かってんの?」

「何だいお姫様」

「軽口で誤魔化すな。勝てるんでしょうね、アレに」

「ああ、それは問題ない。あいつはもう終わってる。だから一つだけ約束だ、今日ここであの男は死ぬよ」


 そう言い切ると歩は、意識を集中させる。

 流れ出た多量の血を、自分へと戻していく。それと平行して体内へ意識を向ける。無数の傷を血小板で塞ぎ、傷そのものも急速に回復させていく。


「あああ、っつうううう。痛っ、ああ何度やっても慣れないなぁ」


 リカバーと血液操作の複合技。痛みはするが傷を一気に回復させる事が可能である。


「ころす、殺してやる。お前の顔を見せろ」


 目の前にいるのは衝動に突き動かされるフリーク。

 その姿こそ変化はしないが、もう理性は感じない。


「まぁ、実の所とっくの昔にそうなってたのかもな。

 だけど同情はしないぜ。それはあんた自身の業って奴なんだからな。全部背負って死になよ」


 その言葉は葬送の言葉。


「ああああああああううううううううう」


 相手は真っ直ぐに向かって来る。さっきまでのように潜る事は叶わない。だが、あの凶手は健在。触れただけで死を招く。


 一直線に、ただ一直線に最短距離を突っ込んでくる。

 対して歩は何もしようとはしない。


 思わず田島は「歩さん!」と叫ぶも、すぐに気付く。春日歩の表情に一切の焦燥感がない事を。


 赤いレザージャケットを纏った男の背中がこう言っているように見えた。


 ″何も問題はない″


「ウグアウアアアアアア」


 解体者の腕が振り下ろされる。

 大振りで決して早くはない。だが少しでも触れればそれで大ダメージを受ける一撃。歩はあくまで慎重。まずは相手がどうなったのかを注視する。

 一口にフリークと化したと言ってもその変化には固有差がある。


 相手が単に怒りによって一時的な暴走状態であるのか、もしくは完全に理性を喪失し、フリークと成り果てたのかを見極める必要がある。

 一歩バックステップするだけで振り下ろされた腕を躱すのは容易かった。隙だらけではあったが、それは誘いの可能性もある。


「ウグギャアアアアアアアアアア」


 解体者は口から泡を吹きながらその腕をブンブンと振り回す。

 いくら触れられればそれで終わりかもしれない凶手とは言えども、こう振り回されればもう歩には完全に見切る事が出来る。


(うん、そろそろかな)


 歩が待つのは”相手を仕留める時”である。

 さっき凛に言った通り、既に決着に至る道筋は出来上がっている。だが大事なのはそれを行う”機”である。


(急いては事を仕損じるって言うからな。もう少しだ)


 相手は完全に衝動に呑まれつつあるのは理解した。しかし、今までのように壁に沈み込んでの強襲は今や不可能。であるならば、出来るのは己自身での徒手空拳。だが、その技術は観察した限りで判断する限り、然程脅威でもない。結論は出ていた、この勝負は春日歩(じぶん)の勝利である、と。


(だけど妙だ。何か嫌な予感ってのがしやがる)


 何故か勝利を確信するには至らない。互いの実力を見極めた上で判断しているのだと言うのに、である。

 何かを見落としている予感を感じていた。

 相手はもうひたすらにその凶手を振り回すだけになっているというのに。


(まて、もしもこの攻撃自体が……)


 そう思った時であった。


「ウグギャアアアアアオオオオウウウウ」

 解体者はまさしく獣の如き咆哮をあげながら、その腕を振り回す。そして歩はそれをあっさりと躱す。解体者は勢い余ってそのまま前のめりに倒れ込む。

 ズザシャアアアア、という転ぶ音。

 本来であればカウンターなり何なりの攻撃をすべき機会ではあったが、歩はそれをしない。

 ゾクリ、とした悪寒を感じ逆に後ろへと飛び退いた。


 バシュ。


「く、がくっ」


 飛び退くとほぼ同時に歩の胸部が突如切り裂かれる。


「な、?」

 歩は困惑しながらも、何が起きたのかを確認する。何が自分を襲ったのか、と。

 何かが天井へと向けて飛んでいくのが見えた。何か小さなもの。そうまるで手のようなモノが…………。

 歩は即座に理解した。

 ゆっくりと立ち上がる解体者、の左手が丸ごと失われていた。


「ハァハァ、ころすころす見せろみせろ」

「狂ってても色々考えるだけの知性は残ってやがったか」


 と、切り離された左手が天井から射出される。

 それはさっきまでの解体者自身が行っていた攻撃よりも遥かに素早く、そして鋭い。

 まさに弾丸の如き勢い。そして触れるだけで肉は削がれ、骨すら容易く折れる。


「ち、コイツは厄介だ。躱すのも一苦労だ」


 襲い来る左手は壁から出て来る都度、少しずつボロボロになっていく。それは潜る度に歩の巡らした”血の檻”に接触している証である。

 このまま放っておいても手はやがて崩れ落ちるであろうが、問題はそれまでに相手が更なる攻撃に出る事。そうなれば歩もかなり危険な状態に陥る。


「まぁ、いいさ。なら、いっその事」


 歩は決断し、自分から飛び出す。解体者は確かに強い。だがその強さの根っこはあくまでも己がイレギュラーに起因する。本人自体の身体能力や戦闘技術は訓練された戦士には及ばない。


(そもそも待つだけってのはどうにも性に合わないんだよな────)


 決着を狙い、踏み出す歩の姿を認めた解体者もまた相手を仕留めるべく踏み出す。


 互いが交差するまでの距離はほんの五メートル。


 歩が留意するのは一点。

(間違いなく左手が来るはず、そいつさえ躱せば俺の勝ちだ)

 前後左右上下、どこから襲来しようとも全神経をそこに向ける。


 距離は四メートル。

 左手はまだ来ない。


 三メートル、まだ来ない。


 二メートル、一メートル。


(おかしい? 何故来ない?)


 疑念を抱きつつも、相手はもう肉迫している。

 決着はすぐそこにある。


 と、その時。


 解体者の腹部から何かが飛び出した。

 それはあの左手。


(しまった、躱し切れない)


 歩は即座に自分の右手を動かす。躱すには距離がないこの間合いで手を犠牲にするつもりで差し出した。


(だがただじゃ済ませない)


 相手の左手はあっさりと歩の右手を吹き飛ばす。だが同時に左手も崩れ去る。

 歩は咄嗟に右手の血液で相手の手を攻撃したのだ。

 左手は跡形もなく砕け散る。

 だがしかし、先に仕掛けた分、解体者の方が動くのは早かった。その肩を突き出し体当たりを喰らわせる。

「う、っっ」

 歩は無防備な状態でそれを受けて後方へ転がる。


 そして解体者は己が勝機を見出し、そのまま突進をかける。相手が態勢を整える前に残った右手で仕留める為に。


「ころすうううううううううううう」


 それしか頭にはない。だが相手には反撃の術はない。完全に先手を取った事が幸いしている。

 渾身の貫手を放つ。それは理性からではなく、長年の身体に染み込ませた動きだから。

 まさに必殺の凶手は顔を上げんとする相手を確実に仕留めるはずだった。


「──散れ」


 だが貫手は相手には至らない。

 解体者は大きくバランスを崩していた。


「う、あ?」


 何が起きたか判然とせず、困惑する解体者を歩は、またも見下ろす。


「どうやら間に合った、か。もうあんたは終わりだ」


 解体者には相手が何を言っているのかが分からない。

 相手は右手をなくしている。こちらも左手を喪失したものの、負けてはいない。


「気付いてないみたいだから言うけど、あんたはもう死んでるんだよ。ほら、自分の膝を見ろよ」


 言葉に促された訳ではないが、気付けば膝へ視線を向ける。そして目にしたのは……多量の血を吹き出す己が膝である。


「な、んだこれはぁぁぁぁ?」

「さってと、これで満遍なくあんたの体内に俺の【血】が循環してるのが確認出来たよ。気付かなかったろ?

 他人をいたぶるのに夢中でさ。

 本当なら循環し終わるにゃ、もう少しばかり時が必要なんだけど、思惑通りにあんたがカッカしてくれたから早く全身に回ったよ」


 解体者には相手が何を言っているのかが分からない。

 中に入った? 何が?


「言い忘れてたけど、俺のイレギュラーは【自分の血を振動させる】って能力なんだ。人間に限らずあらゆる存在ってのには固有振動ってのがあるんだけどさ、俺の血はソイツを強制的に狂わせて【破壊】しちまう。つまりはあんたの全身には爆弾がセットされてるって事……」


 辛うじて残った理性が告げている。

 死ぬ、自分はここで死ぬ、と。

 知らず内に、全身が震えている。死の恐怖を前に怯えている。こんな感覚は一体いつ以来であろう。


「クグルアアアアアアアアア」


 咆哮しながら襲いかかる。

 先に殺せば死なない、そう思ったからだ。

 実際、獲物は動かない。

 油断している、今なら殺せる。死なずに済む。


「シネエエエエエエエエ」


 右手を突き出す、必殺の貫手を繰り出す。

 狙いは相手の頭部。確実に殺す為に。狙いは寸分違わず、到達しようとして。


 グシャ。


 何かがひしゃげたような音と共に爆ぜた。


 寸前で止まった右手の主へ歩は、冷ややかに告げる。


「言ったろ? ……あんたはもう終わってるってさ。

 ここがあんたの【終着点ラストストップ】だ」


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