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変わった世界――The strange world  作者: 足利義光
第五話 変わった世界――The strange world
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解体者

 

「君は誰だね?」

 解体者ブッチャーこと背外一政は新たな敵へ問いかける。表情や声音からすれば一見すると冷静に見える。

 だが、彼は本能的に理解していた。この新たな敵は自分にとって危険極まりない相手であろう、と。


「さぁ、それに誰だっていいんじゃないの?」


 春日歩の返答に正直苛立ちを禁じ得ない。

 もしも背外一政が己がイレギュラーを肉体操作、文字通りの意味合いでその手足や顔の筋肉までを細部にまで訓練していなければ表情には明らかな怒りの色合いが浮かび上がっていた事だろう。


 一度絶たれた手は既に再生済みであり、特段深刻なダメージも残ってはいない。

 全く消耗していない訳ではないが、だからといってもう一人新たな敵が出てきたからとは言えど、不利になった訳ではないはずなのだが。


(何かおかしい、この男は危険だ)


 その予感が脳裏から離れない。

 それは背外一政が裏の世界で生き抜くに当たり、いざという時にもっとも信用してきたモノ。つまりは直感である。


(ならば──先手必勝)


 そう決断したなら行動するのみ。

 解体者ブッチャーは意識を集中。

 その手足を、筋肉、骨格、細胞に至るまでありとあらゆるモノを物体に侵食させる。


「む、」

 春日歩が目を細めるが、そんな事は無意味。

 既に解体者こと背外一政の全てが壁に入り込んだのだから。


「う、ぐっっ」

 春日歩の脇腹が背後からの貫手で抉られた。

 反撃すべく振り向くものの、既に相手は壁に消えた。


 今度は足元。いきなり浮き上がり、アッパーを放ってくる。歩は身体を後ろへ傾けて躱す。

 そして相手を掴もうと手を伸ばすが、ブッチャーはそのまま天井へと跳躍。腕を染み込ませると、そのままズブズブ、と入り込む。


「コイツは、厄介極まるなぁ」


 やれやれ、と脇腹へ手をやって傷口を確認する。

 不意を突かれたものの、咄嗟に身体を捻ったので抉られた、とは言え深手ではない。だが、もし少しでも反応が遅れていたのであればあの一撃で、臓腑の大部分を失っていただろう。


(解体者、とはよく言ったもんだな)


 今度は左から襲い来る。肩口を抉られる。反撃をしようにも相手はもういない。

 次いで間を置かずに今度は右の壁から貫手を放つ。身体を反らし、胸部を抉られる。


「くそ、お気に入りのジャケットだってのによ」

 ──それは失敬した。だが君の血でいい具合に染まっているじゃないか。

「そいつぁ、どうもな。でもクリーニングしたいんであんたに請求したいんだよ」

 ──はは、君は実に愉快な男だね。だが残念だけど断るよ。それに君は今日ここで死ぬのだし、クリーニングはもう必要ないだろう?


 嘲笑う声が四方から聞こえる。

 いや正確には違う。上下左右、そこに潜みし者が休む事なく素早く動き回っているのだ。

 単純な方法ではあるのだが、これでは相手の位置を探るのは難しいだろう。


(さて、どうしたものか)


 歩は冷静そのものであった。

 今、自分は確かに窮地にいる。解体者は壁に潜みながら、こちらの隙を突いてくる。相手からすれば無理に仕留める必要もなく、少しずつ獲物の活動能力を削ぎ落とせばいい。そうして、動けなくなった所を確実に仕留める。実に単純な理屈である。


(さっきの声からすると、壁の中をかなりの速度で移動出来るみたいだ)


 冷静に、努めて冷静に状況を鑑みる。

 何故ならそれが春日歩じぶんの唯一の強みなのだから。




 それはいつの頃だっただろう。


 春日歩は己の限界に行き当たった。


 その日、彼は自分のイレギュラー、つまりは血液操作ブラッドコントロールで可能な事の許容範囲を把握したのだ。


 歩は己のイレギュラーについて、長年他者に隠し続けた。まだ子供の頃、自分が周囲の人間と何かが異なる事を知った。

 それは自分の血を自在に操作出来る力。流れた血を一定の距離内であればどうとでも操れる力だった。


 本来であれば、家人にはこの力を言っても良かったのかも知れない。″武藤″の家は異能力イレギュラーを以てして代々九頭龍の治安を治めるのが家業であったのだから。本来ならば歓迎こそされ、拒絶されるはずなどなかっただろう。


 だが結果として、武藤歩、春日歩は自身のイレギュラーを家を出るまで隠し続ける。


 そして歩は目的の為に世界中を巡った。


 とある欧州の国、そこのパラシュート部隊に入隊した。それは戦う為の能力を養う為だったのだが、結果として自身のイレギュラーの限界を知るきっかけともなる。


 生死の境を彷徨い、そうして追い詰められ、そして生き延びる日々を幾度も送り、彼はイレギュラーを限界まで使い、気付いた。


 自分の血液を″振動″させる。それが春日歩のイレギュラー。

 そしてさっきのブッチャーの手を断った攻撃。あれは手首から血を放った結果である。


 そしてブッチャーは何をされたのかまだ把握仕切れていない。


(さて、勝つのなら今しかない、【仕込み】はおおよそ終わった。後は上手くいくかどうかだな)


 そんな事を思っていたからだろうか、


「あ、くっっ」


 歩は、がくりと身体から力が抜けていくのに気付くのが遅れ、ブッチャーこと背外一政は相手に生じた隙を見逃さなかった。


 ◆


 そもそも彼は自身を強者だと認識した事は今まで一度たりともない。


 そもそもイレギュラー、という異能力を持った少数派マイノリティである段階で、強い弱いなどという見解そのものが無意味でしかない。そう彼は考えている。


 だからこそ彼は自身にそうした異能力が備わったのだと理解して最初に行った行動が、″現状把握″であった。自分に何が出来て何が出来ないのかを徹底的に調べた。そして確認した事象を反復し、把握していった。


 彼は戦士ではなく自分を芸術家、いや″死を表現する者″だと思っている。

 今の現状についても単にただ自分が美しい、と思えるものがその途中で発生する″死の恐怖″であったからに過ぎない。残ったモノは単なる残り物でしかなく、それ以上でもそれ以下でもない。ただそれを為した結果で金銭が入るからそれを仕事にしているに過ぎない。


 そも代名詞とされる″臓腑なかみ″を抜き取った人形のような死体は、正直″自身″の趣味ではない。

 無駄に目立つのは彼の好みではない。

 数年もの歳月が経過した。彼は多くの人間を相手に自身が何を為せるのかを見定め続けた。

 おかげでいつしか″解体者ブッチャー″という異名で呼ばれるようになり、裏世界で彼を知らない者はいなくなっていた。


 もう金銭には困らない。自身が何を為せるのかもおおよそは把握した。


 背外一政が目下の所、唯一興味を抱くのは自身という存在に充実感を与えてくれる相手である。

 生死をかけた駆け引きの機会を誰かを相手にする。それだけが彼の悦楽になりつつあった。


 もう、姿は見せるつもりはない。

 壁から手だけを出し入れし、瞬間的な奇襲に徹する。

 反撃しようにも、その時にはその場にはいない。

 この閉鎖された空間で一方的に攻撃するだけ。


(どうもこの相手は私を観察している節がある。

 無論、観察した所で私に抗するには足りないだろうが)


 それは敢えて例えるなら虫の知らせ、にも近い感覚だろうか。

 今、対峙する相手は何かを″秘している″のは間違いない。何故なら、


(あの目だ、そこには自身が窮地にいる事への恐怖も、焦燥も浮かんでいない)


 背中を抉った。血が噴き出す。致命的な深手には至らずだが、それでもかなりの出血量にはなるだろう。


(妙だ、この男……)


 今度は下から手を出し、足を抉る。これでさっきまでのように致命的な深手に至る前に身体を動かすのも困難になった。


(何故、ここまで追い詰められて尚、表情に変化がない?)


 目視する事など叶わず、ただ四方八方どこから襲いくるのかただ蹂躙されていくのみであるのに。

 まるで風にたゆたう凧の様に、その場にてただ攻撃されるだけだというのに。


(だが油断するな、まだだもっと血を流させればいい。手傷を負わせればいい。回復が追い付かぬ速度で追い詰めて、殺せばいい。見せてもらうよ、その死の際を)


 解体者は淡々とその工程を楽しむ事にした。

 いつもよりも慎重に、確実に相手を殺す為に。


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