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変わった世界――The strange world  作者: 足利義光
第五話 変わった世界――The strange world
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ストレンジワールドpart6

 

「く、うっ」

 天井を見上げ、田島は呻き声をあげている。

 その腹部からは夥しい血が吹き出している。


「う、ぐぐ」

 辛うじて立ち上がった進士は銃口を相手へと向ける。

 その全身には無数の細かい破片らしきものが突き刺さっておりかなりの出血。その為だろうか、銃を握る腕はカタカタ、と震えている。

 だがその銃口が向く方向に、肝心の狙うべき敵の姿は見受けられない。


「アッッッッッッ──────」


 凛がその口から音の砲弾を放つ。

 だが直撃する前に相手の姿は忽然と消えてしまう。


「くそっ」

 思わず舌打ちする。さっきからこの繰り返し、であった。相手へと音を放つが、相手は即座に姿を消す。

 とっさに横へ飛ぶ。

 そこを反対側の壁から突如腕が伸びてきて腕を掠める。


「うん、惜しかった。いい反応だよ」


 そう言いながら、背外一政は壁からその姿を見せる。まるでそこにあるドアから出るかのような自然な動作ではあったが、勿論そこにあるのはただの壁のみ。


「そう、褒めてくれるの?」

「ああ、まだ若いのによく鍛えられている。実に大したモノだよ」

「そう、なら大人しくその場にいてもらえない?

 そしたらすぐに終わるし面倒くさくないもの」

「ははは、それは困る。流石に挽き肉になりたくはないからね」


 言うや否やで凛は指をパチンと鳴らす。その不可視の弾丸は威力こそ足りないものの、相手への牽制には充分なはずなのだが、

「おっと、危な──」

 いねぇ、と言いながら即座に背外は床へとその身を沈み込ませ、襲い来る弾丸を難なく躱してみせる。


「くく、本当に危ない危ない」


 そのくぐもった声は床から聞こえる。

 解体者ことブッチャー、そのイレギュラーについてはWGにせよWDであろうとも充分知られている。


 曰わく、最悪の殺し屋。


 その手にかけた人数は軽く見積もっても数百人に達する。その犠牲者は依頼の標的だけではなく、依頼には無関係のその配偶者も含まれるという。

 しかもその配偶者は身体の″中身″がごっそりと無くなっており、まるで人形のような姿になる。

 その上で、傷一つ残さないその遺体は医学的にどうやったのか検証不可能となり、迷宮入りする。


 曰わく、金や名誉では動かない。


 その仕事を受けるに当たって要求するのは、如何に自身がその仕事を、過程までをも含めて愉しめるかどうか。そして自分の仕事に一切の口出しをして来ない事。

 それを守れない依頼者は逆に始末される、とも言う。


 その異名やイレギュラー、手口までこれほどに判明しているマイノリティは極めて珍しい。

 にもかかわらず誰も彼を倒せない。そして顔をすら知らないのだ。


 そんな得体の知れない怪物が今、彼らに立ちはだかっていた。


「く、っっっ」

 目を閉じ、凛は意識を集中させる。

 単に物の中に″入り込む″だけの能力。

 それが彼女にとってのこれまでの解体者の印象。


 だが相手のイレギュラーは想像以上だった。


 確かに、事前に聞いていた通りの能力だった。


 相手はこちらの攻撃に対して地面やら壁に入り込む事で回避。

 姿を消し、足元や背後から突如姿を見せ、またはその手だけを浮き上がらせて攻撃を喰らわせる。

 三人で立ち向かっていたはずなのに、今やマトモに戦えるのは凛のみ。


 その戦闘力はまさしく圧倒的であった。



 ◆



「背外一政? はは、マジかアンタまさか本名じゃなうよな?」

 田島は苦笑しながら、……だがその目は怒りに満ちている。


「ふむ、何をそう怒っているのかな? 背外一政。紛れもなく私の本名なのだがね」

 対して解体者は、僅かに困惑すら浮かべる。

 と、そこへ。

 乾いた銃声が響き、解体者を撃ち抜く。

「く、ぐっっ──」


「一、そいつはそういう相手だって事だ。いちいち真面目に対応しようとするな」

 進士が銃口を相手に向けつつ、なおも発砲する。

 パパパパ、というその連射速度は三点バーストによる速射によるもの。

 素早く、だが弾丸は確実に標的を捉えていく。

 およそ七回、それがこのバーストによる連続回数。

 カラカラ、と地面に薬莢が転がっていき、当然のように残弾はあっという間に消費されていく。

「一、星城凛、一気に仕留めるぞ!」

 そう言いながら引き金を引き絞る。

 三回目、四回目、五回目。

 あと二回で全弾を撃ち尽くす。

 左手を腰に備え付けたポーチへ伸びる。

 すぐに予備弾倉を交換できるように備える。


 相手は弾丸に対して殆ど対応している様子もない。

 ただ為されるがままに、その身で弾丸を受け止めている。


(……妙だ。あまりにもおかしい)


 一番の違和感を抱いたのは、まさにその攻撃を叩き込んでいる進士その人。

 仮にも名うての殺し屋としてその悪名を轟かせている相手がどうしてこうも容易く攻撃を受けているのかに疑念を抱いた。


(そもそも、殺し屋だというのに何故こうも堂々とその姿を晒すんだ? これじゃまるで狙ってくれ、そう言っているようにしか思え──)


 そこで進士は一つの可能性を察知する。


「二人共離れろッッッッッッ」

 咄嗟に声を張り上げ、それぞれに相手へ向かおうとしている田島と凛へ警告する。


 その直後である、背外一政の身体が爆ぜたのは。


 その全身が瞬時に弾け飛び、爆風が周囲を覆う。

「ぐあっっっ」

 進士も咄嗟に飛び退こうとしていたが、腕や足に無数の破片が突き刺さり、呻く。

 そうして壁に強かに叩き付けられながら、進士は思う。

(く、不覚だ)

 そのままズルズル、と崩れ落ちていく。



「くっそ、野郎っっっ」

 田島は、舌打ちしつつも、即座に事態を理解した。

 相手の自爆、そう、不覚であった。

 一〇年前、解体者の引き起こした事件での参考映像を見ていたというのに、失念していた事を悔いた。


(そうだ、あの時も不意を突いて爆発したんだ)


 そう、知っていた。井藤刑事の腹部から仕掛けた爆弾を起動させ、多数の犠牲者が出た事を知っていたのに。


(それにあっちの立場で考えてみりゃ、至極当然じゃないかよ)


 三対一という状況の不利を知りつつ、何故自分から姿を晒したのかを。


デコイにまんまと引っ掛かったってコトだよな──!」


 身体を捻ると、直後にそこを背後から伸びだした貫手が通過する。

 背後の壁から手が伸びだしているらしい。


「くあっ」

 即座にククリナイフを発現。振り向きざまに背後の壁へと突き立てる。

 ガッツン、という鈍い音を立てながら壁を抉るが、そこは既に単なる壁。解体者のいる様子はない。


「なかなかやるね」

「──!」


 その声は下から聞こえた。そして、

「あぐうううっっっ」

 田島の腹部が抉られる。解体者は下から一気に飛び出すとそのまま天井へと姿を沈み込ませる。


「悪くない反応だが、及ばないね」


 天井からのその声はハッキリとこう伝えていた。

 ″君達では私には勝てないよ″と。



 ◆



 そうして今。

 進士にせよ、田島にせよ深手を負い、場に残ったのは凛のみ。


「う、」

 横へ飛び退き、相手の来襲を躱す。

 即座に反撃に転じようとするものの、その場に既に相手はいない。


「どうやら爆発の効果はなかったようだな。メガネの彼の声のお陰様だな、彼に感謝するといい」

「…………」


 返す言葉もなく実際その通りであった。

 進士の声で咄嗟に音を放った。それが壁となってあの爆風を防いだのだ。


「だが、それがどの程度の意味を持つのかは疑問だ。

 死ぬまでの時間が、苦悶する時が長引いただけなのだからな」


 解体者は天井──上から飛びかかる。

 まるで猛禽類のような鋭い殺気を放ちながら。

 反応が遅れた事を凛は自覚する。


(間に合わない──でもただじゃ────)


 解体者の手が相手の心臓へと突き出される。

 一直線に一目散に。

 その手はまさしく一撃必殺。

 達すればそれで目的は完了。確実に終わるはず。


(相討ち覚悟か。だがね、甘いな)


 これまでも散々にそういう対処をされてきた。

 そしてその全てを突破した。


(長ずれば或いは。だがねこれが現実だよ、お嬢さん)


 相手の口が開かれ、音が紡がれるよりも先に手は届かんとする。


 だが、


「え、」

 凛の頬を撫でるようなブワッとした風が吹いた。

 それは誰かが飛び出した事により生じた風。

 相討ち覚悟であったはずなのに、彼女は無事だった。


 そして目前にいた敵は、と言えば。


「く、ぐぬぬぬ」


 苦渋に満ちた表情を浮かべながら、その手を絶たれて膝を付いている。

 その素顔は何とも印象のない平々凡々とした男。

 中肉中背、可もなく不可もなく、特徴らしき特徴を持たない男。

 目撃者がいて、顔写真を作ろうにも恐らくは何の参考にもならないような恐ろしく無難な顔になるだろう。

 そんな男が、そこにいた。


「とりあえず間に合ったな、大丈夫かいお姫様?」


 そしてそこにいたのは飄々とした雰囲気を纏った男。

 赤のレザージャケットにジーンズにバイカーブーツを履いた軽薄そうな表情を浮かべた青年、春日歩であった。



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