【第三幕】 月夜の涙
〇
だってあれは、“吸血鬼”だから・・・
そうは言われても、普通は理解が追い付かない。
言葉は分かる・・・
“吸血鬼”と言えば、赤い瞳に鋭く発達した牙、人の血液を嗜好し噛みついて吸った相手を、吸血衝動だけを持つ化け物に変えてしまう、架空の生き物だ。
では、あの男の姿はどうだったか・・・
脳裏に過るのは禍々しく赤い瞳、そして狼の牙のように発達した犬歯・・・
では、あの男は何をしようとしていたのか・・・
衣服を乱暴に剥ぎ、肌を露出させようとしていたのではないか?
最後にあの男は何を言っていたか・・・
ゴクジョウノ、チノニオイダ・・・
オマエノチ、ハヤクノミタイ・・・
極上の血の臭いだ・・・
お前の血、早く飲みたい・・・
だが、吸血鬼なぞ存在するはずがない。
だって、あれは・・・
「吸血鬼なんている訳ありません。あれは、空想上の生き物ですよ? 誤魔化さないでください! 」
いくら姿形が似ていようが、あくまで想像の産物、吸血鬼なんているはずない・・・
それが、少女にとっての真実であり、世間一般の常識である。
だが、女性は鼻で笑う。
「君は君の知っていることが全てだと思うの? 世の中には君の知らない真実が満ち溢れてるよ・・・」
女性の言葉に少しムッとする少女。
「確かにそうかもしれないですけど・・・」
「まあ、いいや・・・どうせ今日のことは忘れるんだし」
「え? それってどういう・・・」
少女の言葉を遮るように言った女性の言葉に少女が不安そうに首を傾げる。
女性の真意を確かめようと問い返したとき、またそれを遮るように目の前の女性とは別の女性の声が響いた。
「銀月っ!! ・・・よ、ようやく、追い付きました! あなた・・・少しは、人の話を・・・聞き、なさい! 」
息も絶え絶えの様子の女性・・・おそらく全力で走ってきたのだろう。
少し場違い感のある巫女服は乱れ、腰までのびた黒く艶やかな髪は汗で首筋にまとわりつき、荒い息づかいと相まってどこか艶っぽさを醸し出していた。
「・・・桜・・・何かエロい」
「だまらっしゃい!! 」
「そんなことよりも、この娘の記憶処理をお願い」
「そっ・・・」
渾身の一喝が軽く流されたこともそうだが、エロいと言っておきながら同じように軽く流されては、お前の体に魅力などないと言われたようなもので、女性の身としては傷付く・・・
桜と呼ばれた女性は地面にへたりこみ、いじけ始めた。
「・・・どうせ、どうせ・・・私なんて・・・」
「桜、いじけるのはあと・・・吸血鬼やるところ見られたから、早く記憶消して」
「・・・もう、討伐するところ見られてはいけないといつも言っているのに・・・仕方ありませんね」
先ほどまでのいじけっぷりはどこへやら、桜は少女の方へ向き直ると、胸元からチェーンに通された石のついた指輪を取り出した。
その石は真紅、朱、菫と見る角度によって色彩を変え、非常に美しい。
「記憶を消すって・・・え? どういうこと? そんなことできるはず・・・」
「どなたか存じませんが、吸血鬼のことが世間に広まっては大騒動になってしまいます。申し訳ございませんが、今日一日の記憶をなくしていただきます」
そう言って桜は少女に向かって指輪をかざす。
「記憶を・・・なくす? そんなのだめーーー!!」
記憶を失うことに恐怖したのか、拒絶を示す少女・・・
しかし、無情にも石が輝きを放ち、その光が少女を覆う。
「えっ・・・なに、この光・・・やだ」
状況に戸惑うばかりの少女だが、そんな少女にも分かった・・・
この光の中にいては駄目だと。
それでも、どうすることもできず、ただ呆然と立ち尽くしていると、石は一際眩い輝きを放った。
少女はその輝きに堪らず目を閉じた・・・
〇
輝きは徐々に収まり完全に消えた頃、少女はぎゅっと閉じていた瞼を持ち上げた。
目を開いた少女の瞳に最初に映ったのは、銀糸の様な髪に紫赤の瞳の日本人離れした美貌を持つ女性。
自分を襲いくる暴漢から助けてくれた人・・・
その方法は間違っているけど、命の恩人。
そして、この世界には吸血鬼が存在していると言い、私から記憶を奪おうとした。
「そう、記憶!! 絶対に忘れませんからね! 私にとって思い出は命と同じぐらい大事なものなんです! 」
「えっ? 覚えているのですか!? 」
記憶は消したはず・・・それにも関わらず、今夜のことを覚えている少女に桜は驚きを隠せない・・・
「ちょっと、桜・・・今日何の役にもたってないんだから、後処理くらいしっかりやってよ」
「うぅ・・・」
銀月に無能と言われ、実際にその通りなので言い返したくても言い返せない。
道路の端の方で再びいじけ始めた。
「それにしてもおかしいなー・・・これまでにこんなことなかったのに」
再び記憶を消そうとしてくるのではないかと怯えた表情の少女に対し、銀月は少しのあいだ考え込んだ後、少女に告げた。
「このまま帰すわけにも行かないし、しばらくのあいだ付き合ってもらうよ」
銀月は少女の瞳をじっと見つめ、発した言葉には有無を言わせない力があった。
先ほどの吸血鬼を倒した腕といい、幾千の修羅場を潜ってきたことが予想される女性に、10代半ばを過ぎた程度の小娘が抵抗できるはずもなく、少女に選択の余地は無かった・・・
こんばんは?おはようございます?それとも、こんにちは・・・?
銀月の姫君【新装版】、第三幕はいかがでしたでしょうか?
タイトルの月夜の涙・・・誰の涙かは読んでいただいた方にはもちろんお分かりですよね(^-^)
そんなことはさて置き・・・ 桜「・・・(涙目)」
作中に出てきた石の正体に気付けた方はいらっしゃいますでしょうか?
少しだけヒントを出していますが、もし気付けた方がいらっしゃったらその方は宝石に詳しい博識な方なのでしょうね(@_@)
これからも1週間に1話くらいのゆっくりとした更新ですが、楽しく読んで頂ければ幸いです。
そして、もし少しでも心に響いたなら、そのお声を頂ければ六花は非常にうれしく思います。
それでは、次の更新でお会い致しましょう。