【第二幕】 月夜に閃く紅い刃
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少女を救ったのは、刃渡り50センチ程度の日本刀を携えた女性だった。
彼女が持つ日本刀の刀身は紅く、それはまるでこれまでに切られたものたちの血で染まったかの様だ。
だが、決して禍々しく感じないのは何故だろうか。
女性はすばやく少女に目を走らせ無事を確認すると、今方自分が吹き飛ばした男の方へ向き直った。
ちょうどその時、男がゆらりと立ち上がった。
「この程度じゃ、やっぱり死んでくれないよね」
女性は日本刀を構えて男を見据える。
口許には、僅かな笑みが浮かんでいた。
女性を睨み付け、警戒していた男だったが、女性が動かないことに痺れを切らしたのか、女性に向かって雄叫びにも似た声を上げながら猛然と走り出した。
その速度が異常に速い・・・
一般的な男性の50メートル走の平均どころか、世界最速記録すら大幅に上回る、本来人が出し得ない速さだ。
何て言ったって、走り抜けたあとに突風が巻き起こっているのだから。
少女が後ろの方であり得ないものを見たような顔をしていた。
そんな速さにも関わらず、女性は驚くでもなく構えていた刀を一閃させる。
男の残った方の腕目掛けて振られた刃は確実に男の腕を切り落としたかの様に思われた。
だが、男の女性が交錯した刹那、金属同士がぶつかるような甲高い音が響き、何事も無かったかのように離れていった。
「身体強化・・・ううん、身体変化、かな・・・・・・思考は持たないのに能力だけは持ってるとか、豚に何とかだね」
女性の言うように、いくら強い能力を持っていようが、何も考えずにただ振るっては戦略や戦術の前に敗北を喫する。
それ以前に能力で負けていては相手にすらならない。
男はもう一度突撃を仕掛けようと軸足に力を込める・・・
・・・が、動かない。
男は何が起こったのかよく分からないのだろう。
しきりに首をかしげ、辺りを見回す。
「・・・気付いてないの? 君、もう死んでるよ?」
男の様子が可笑しかったのか、女性は笑いを含んだ声で男に言う。
「が? 」
男にはこの女性が何を言っているのか、理解できなかったのだろう・・・再び首をかしげている。
だが、それは身体を襲う激しい痛みと共に身をもって体験することになる。
「ぐぁ? ・・・ぐ、がぁあああああ・・・!!! 」
男の上半身が下半身から滑り落ち、首がその台座から転げ落ちた。
少しの間、ジタバタしていた手足も終にはその動きを止めた。
「能力を持っていても雑魚は雑魚か・・・自分が切られたことにも気付かないなんて」
あの一瞬の交錯で繰り出した攻撃は何も一度ではない。
初太刀で金属化していた男の腕を弾き、二太刀目で首を、三太刀目で胴を薙ぎ、最後に心臓を貫いた。
これだけの動作をあの一瞬にやってのけたのだ。
そもそもの格が違う。
「あ・・・あなた、何てことしたんですか!?」
「うん? ・・・・・・君、だれ?」
背後から響いてきた少女の大きな声に女性が振り向く。
「え? あ、えーっと、私は姫地夜耶です。この度は危ないところを助けて頂いて・・・・・・って、そうじゃなくて! 」
「のりツッコミ? 最近の子はやるねー・・・くっ、くくっ」
少女の天然がツボにはまったのか笑いを堪えている様子が見てとれる。
「・・・っ・・・どうして殺しちゃったんですか!! いくら襲いかかって来たからって、殺しちゃったら犯罪なんですよ!」
「大丈夫だって、バレないから」
「そう言う問題じゃないでしょ!!? 」
女性がまるで悪びれていないことに、少女のカミナリが落ちる。
だが、そんな少女の一喝にも、女性は訳がわからないといった顔をしている。
「何が問題なのさ・・・? バレないからいいじゃん」
「だから、そう言う問題じゃないないんですってば。人殺しですよ!? 犯罪ですよ!!? 逮捕されちゃうんですからね!!! 」
「ああ~、そう言うことか・・・」
少女の言いたいことがようやく分かったのか、一人納得する女性。
「大丈夫、あれは人じゃないから・・・」
「え、何を言って・・・」
「だって、あれは・・・」
“吸血鬼”
だから・・・
そう言った女性の背後では、先ほどの男の無惨な死体から青い炎が燃え上がるのだった・・・