れいてんれい【あるいはそんなもの】
その幼い女の子はパンツ姿だった。
今時は下履きのことをズボンとは言わずパンツと言うみたいだけど、この場合のパンツは文字どおり下着のパンツだ。
やや大人びた印象のあるパンツ。布の面積こそ多いものの、ありふれたキャラ絵などはそこにはなく、細やかな装飾と繊細な色使い、何より独特の柔らかさがそこにはあった。
夢にまで見た幼女パンツ。けれど現実にはそんなものに見惚れられるわけもなく、僕の意識と視線はその持ち主へと“向けられた”。
普通の女の子だった。
決してパンツ姿で出歩くとは思えないくらいには、そう見えた。
八歳くらいだろうか。そろそろお洒落にも気がいきだし、そんな思いの下にあるであろう伸びかけの不揃いな黒髪。何故か少し腫れぼったい目。フードが可愛い薄ピンクのパーカー。
どこにでもいる子供に思えた。
だけど彼女はパンツ姿だった。住宅街の往来にある公園の真ん中で、パンツ姿だった。それだけが普通じゃなかった。
「…………」
彼女と目が合った。睨めつけるような目付きだった。僕は内心たじろぐ。見ていたことを知られたのが、恥ずかしくて、何より気まずかった。
すぐにこの場を立ち去ろうと、僕は歩みを速める。
この公園はマンションまでの通り道になっていて、今はその帰り道だった。だから必然的に、少女の方へと足を進めることになる。別に他の道が無いわけではなかったけれど、かといってきむすびを返すというのも憚られた。逃げたと思われるのが嫌だったのか――あるいは、怖かったのか。頭の悪い例えにはなるが、誰だって熊と出会った時に背を向けたくはないだろう。そんな感じ。ただしこの場合、少女が熊のような獰猛さを持っているわけではなく、あくまで公園の真ん中でパンツ姿というその異常さに、僕はびびっていたわけだけれども。
一歩、二歩、三歩。いつもより速く、けれど決してこちらの弱みを気取られないくらいのスピードで、少女との距離が縮まっていく。ばくばくと心臓が音を立てていた。まるで身体全体が脈打っているかのような感覚だった。生きた心地がしないというのは、案外こんな感じなのかもしれない。
少女との距離が完全に詰まる。後二歩行けば、僕はきっと走り出すだろう。なりふり構わず。後先考えずに。後も先も無く。だってもう少女と会うことは二度と無いのだ。
後――一歩。
少女と僕が交差する。
その一瞬の逢瀬。
けれど僕は気付いてしまった。少女の隣、さっきの位置からは死角になっていたその場所に、彼女に寄り添うようにしてぼろぼろのランドセルが置かれているのを。
僕は――立ち止まっていた。
まるで走馬灯のように、めまぐるしく思考が渦巻く。それが消化される間も無く、誰かが言った。
「きみ――スカートは?」
「スカートは、無くしたの」
それが、僕と彼女の最初の会話だった。