ゼっちゃんのおしごと。うさぎつき
傾いた天の城─バベル・ザ・バイブル─。それはアースゼロと呼ばれるこの世界では二つしかないA+ランクギルドの一つであり、世界中の冒険者が憧れる最強のギルドである。
入団最低基準がFランク。それですら戦闘部隊を補佐する、八つある補給部隊の入団基準である。だがそれでもそこに名を連ねるということは、たとえ使い走りでも栄誉とされることだ。
さらに部隊の中でも部隊長ともなればその実力は規格外の一言である。補給部隊も戦闘部隊も、それぞれの部隊長は最弱でもA-ランク。本来は伝説や文献に出てくるような神話生物のみが至れるAランクこそが彼らのスタンダードであり、そんな化け物が全十八人もいるのだから、規格外という言葉も冗談ではないことがわかるだろう。
だがさらに部隊長の上にはまだ化け物が存在する。部隊長を纏め上げる三人の総隊長。彼らはそれ以上はないというランク、A+という領域におり、その戦闘を見たもので生きているものはいないと言われるほどだ。
最早その時点でも考えるのがバカらしくなるギルドだが、しかし驚くのはまだ早い。
そんな三人の総隊長どころか、部隊長や平隊員も含めた全員よりも強い化け物。そんな異常者こそ、傾いた天の城のギルドマスターだ。
最強、という言葉ですら生ぬるい。最強である総隊長三人すら届かぬ実力、雲の上はおろか銀河系を突き抜けた先にいるような化け物。
部隊長は彼女の姿を見上げることも叶わずひれ伏し、総隊長すら畏敬の念を持って接する。
圧倒的カリスマ。
圧倒的実力。
最強を超えた孤高の化け物。
「うぅ! うぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」
そんな化け物、傾いた天の城、二代目ギルドマスターであるゼウシクス・ディザスターは歯を食いしばって涙をぼろぼろと零していた。
簡潔に言うと、彼女はよくこけては痛みに震えて泣く。そしてよくくしゃみをして、いつも眠そうに欠伸をしている。
見た目は、百人が百人、美とは何かと聞かれれば彼女のことだと即答するくらいに美しい。筆舌も出来ぬ完璧なバランスで整った相貌。華奢だが、決して弱弱しさを感じさせない美しい肉体美。
でもこける。
「うぅぅぅ! 痛いよぉ……畜生、畜生ぅぅぅぅ」
誰に言うでもなく、ただ悪態をつくその姿は、声だけ聞くなら転んだ子どもが泣き喚いているだけに聞こえる。それが天にも昇るような美声で行われているのだから、あまりにも台無しであるが。
さて、改めて紹介するが、彼女こそ傾いた天の城の現ギルドマスターである。見るからに強そうには見えない少女だが、決して侮ってはならない。
ギルドでも知っているのは総隊長のみではあるが、彼女は星の意志に抗うことが出来る化け物軍団、敵性存在に名を連ねる第四位『災厄招来』の称号を持っているのだから。
とはいえ今はぶつけた鼻を押さえて蹲るだけの情けない少女に過ぎないのだが。
「……」
そんな彼女の背中を優しく撫でるのは、これまたゼウシクスと比べても遜色ない愛らしさを持つ少女だった。
顔は無表情そのもの。雪原のように真っ白な短い髪と、濡れているように輝く赤く大きな瞳、袖のない白いワンピースから覗く白みかかった肌が、人形のような人ならぬ美を強調していた。
例えるなら、うさぎだ。事実、彼女は共通の知り合いであるアート・アートによって、こう命名されている。
名を、敵性存在第八位『終焉世界』ホワイト・ラビット。この世界に現れてから一度も口を開いたことのない、超絶無口少女である。
「……」
とはいえ、感情がないわけではない。必至に涙を堪えようとしているゼウシクスをあやす姿は、まるで妹を見守る姉のような雰囲気がある。
というか、背中をさするどころかその体にもぞもぞと抱きつき始めた。
「……」
そしてむふぅと鼻を鳴らしながら、涙に濡れているゼウシクスの頬に自分の頬をぺたりと貼り付ける。
「……」
無表情なのにドヤ顔という高等テクであった。やってやったぜ! と言わんばかりに頬ずりをするホワイトに、暫くなされるがままであったゼウシクス。数分後、いい加減むず痒さに我慢できなくなって、そっとホワイトを引っぺがした。
「……」
「うん、もう大丈夫だよ」
静かに自分を見上げてくるホワイトに、腫れた目を細めて笑顔を返す。そうすれば、ホワイトは小さく頷くと、いそいそと定位置である部屋の一番隅っこに行って体育座りをした。
ゼウシクスも潤んだ瞳を裾で拭うと、ホワイトの隣にちょこんと座る。
「退屈だよねー」
「……」
「実際、リーナのクソが適当に作ったはいいけど、飽きたけど捨てるのはもったいないからって理由だけで、僕、ここのギルドマスターになったんだもんなぁ」
ハァ、と深々とため息を吐き出すゼウシクス。暇潰しにギルドを作って、作るだけ作ったら後は他人に丸投げ。
まったくもって最悪である。責任という言葉をちゃんと理解しているのかすら怪しいものだ。
「あー。お外出たいなぁ」
天井を見上げてゼウシクスは退屈そうに目を細めた。そうして暫く何もせずにぼーっとしてから、ゼウシクスはいいことでも思いついたのか。嬉しそうに笑みを作って、無表情でお腹をぽりぽりと掻いているホワイトのほうを見た。
「ねぇねぇうさちゃん。暇だからあっち向いてホイしよ!」
「……!」
その提案を名案だとばかりにホワイトは目を輝かせると、何度も頷きを返した。
そうと決まれば早い。ゼウシクスは腕まくりするような仕草をすると、僅かに深呼吸。
「行くよー……じゃんけんぽい!」
「……!?」
「よし! あっち向いてホイ!」
「……」
「ぐぬぬ。じゃんけんぽい!」
「……!」
「しまった!?」
「……!」
「あわわ、僕の負けだぁ……」
「……」
無表情だというのに、得意げに踏ん反りかえるホワイトとは対照的に、悔しそうに項垂れるゼウシクス。
だがまだまだ一回戦だ。気を引き締めなおしたゼウシクスは、瞳になみなみならぬ決意を秘めると、勝者の余裕を見せるホワイトと真っ向から対峙した。
「いっくぞー! じゃんけんぽい!」
「……」
「あいこでしょ!」
「……!」
「あいこでしょ!」
「……!」
「あいこでしょ!」
「……!!」
「あいこでしょ!」
「あいこでしょい!」
「……」
「あいこで……え?」
「あそれあいこでしょぅ! ふひょー! 美少女二人のじゃんけんすんばらすぃー!」
いつの間にかそこにいたのか。ゼウシクスとホワイトは、自分達の間で腰をへこへこさせている男を絶望の面持ちで見た。
「ん? あれ? どうしたのぅ? 続きやろうぜぇ! そ、それとも、ハァ、お、お兄ちゃんも、ハァハァ、い、いれてくれるのか、かなぁ? あ、自己紹介がまだだったね」
そこには目を血走らせて荒い吐息を繰り返す。
「はぁい! オリビエ・ゼッケンベルクでっす!」
童貞がいた。
「い、いやぁぁぁぁぁぁぁ! あぁぁぁぁ! うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「……! ……!! ……!!!???」
ゼウシクスが背筋を走る悪寒に震えて涙を流しながら、隣のホワイトと体を抱きしめあって、出来るだけ距離をとろうと顔を引く。
だがすでにそこは壁際。ハァハァしながら両手をわきわきさせるオリビエはゆっくりと距離を詰めながら、怯える少女の姿に、直接的に言えば、性的興奮を覚えていた。
「うへへ、だ、だいじょぷ。だいじょうびゅだぜ可愛子ちゃん。お、お兄ちゃん痛くしたりしないから、さきっちょ、さきっちょだけだから!」
「いやぁぁぁ! 誰か! 変態、いや、童貞ですぅぅぅ! 誰かぁぁぁ! 童貞が! 童貞がぁ!」
「……あ、あの、そんなに童貞童貞って……」
「助けてぇぇぇ! 童貞いやぁぁぁ! 童貞怖いぃぃぃ!」
「そ、そのぉ……」
「びぇぇぇぇぇぇん! 童貞酷いよぉぉぉぉ!」
「う、うぅぅぅ……童貞童貞ってよぉ……」
だがゼウシクスの童貞批判は終わらない。そのせいで興奮の頂点に達していたオリビエは、一気にテンションを低くして、ついには共に泣き始めた。
「ちくしょぉぉぉぉ! 俺だって、お、俺だって、ヒッグ、ず、ずぎで童貞じゃないんだぁぁぁぁ!」
「ぎゃぁぁぁぁ! 童貞が叫んだぁぁぁぁ!」
「やめてぇぇぇぇ! それ以上はやめてぇぇぇぇ! 死んでしまいますぅぅぅ! 童貞は童貞って言われるとピュアハートが死んでしまうのぉぉぉぉ!」
後は、阿鼻叫喚であった。歯止めのない泣き合戦は、時間がたつにつれさらに悪化の一途を辿っていく。
やむことのない大暴走。そんな極限状態で、一人冷静さを採り戻したホワイトは、汚物でも触るように、顔を引きながら。
そっと、オリビエの肩をつついた。
「びぇ──」
直後、オリビエの体が跡形もなく消滅する。そこにいたはずの童貞は、ホワイトの手によって別の何処かへと飛ばされたのであった。
「……」
「うぅ……うえ? あ、うさちゃん。もしかして」
「……」
拳を作って、親指だけを立てる。その頼りになる姿に、ゼウシクスは安堵から再び涙を溜めてホワイトに抱きついた。
「うぅぅ、ありがとうさちゃん! 怖かったよぉ!」
「……」
抱きついてくるゼウシクスの肩を優しく叩いて、母のようにその体を抱きしめた。
「ところで、あいつどこ行ったの?」
「……」
そっとホワイトが遠くを指差す。その指先を辿って、きっと遠くに飛んでいったんだろうなぁと思ったゼウシクスは、落ち着きを取り戻すと、再び今日のお仕事であるあっち向いてホイを再開するのであった。
─
とある世界。遠くの世界で起きた問題を解決しに一人旅をしていたリーナ・ラグナロック。ようやく問題も終わってほっと一安心もつかの間、暇が加速してため息を吐き出していた。
さっさと戻ればいいのだが、その前に水浴びをしていたため、折角だし着ていたものも洗濯して乾かしている最中であった。こういうのはのんびりと乾かして、真っ裸で待つのがリーナ流である。
常人であれば、森に囲まれているとはいえ、全裸であればただの変人としか思えないだろう。
だが、リーナの姿をもし一目でも見れば、誰もがその芸術的な光景に見惚れてひれ伏すだろう。木と木の間に渡されたロープに干されている衣服ですら、神聖な何かのように見えてしまう。まさにそれは一つの美だった。陳腐な風景すら芸術に変えてしまうほどの美しさがあった。
囁くように流れる川の水の音、木漏れ日を射す木々のざわめき。そしてその中央で地に腰を下ろして、燃えるような赤い髪をいじるリーナ。
その裸体が触れた地面は、照れるように風に燻っていた。自然ですら祝福する女神の体。その全てをこれから事細かに語ろうと思う。
そういうの嫌いな方は読み飛ばしてね。
細く、しかし肉付きのいい生足には産毛すら見つからない。足先から太ももまでの美しいラインは、芸術的でありながらあまりにも扇情的だ。その足に触れるなら、命を捨てても惜しくないと、男女問わずに叫ぶに違いない。柔らかさと艶かしさ、この二つを同時に併せ持ったエロスの権化とはこの足のことを言うだろう。
そしてそんな美しき滑らかな足から繋がる、地面に潰され、その全容を隠しながらも、大きく、触ればそのまま飲み込まれそうなお尻の姿は簡単に想像できる。
尻だ。そう、尻なのだ。簡単に、しかし明瞭に、はっきりとくっきりと、完璧に想像できる究極の芸術品。
それがお尻だ。リーナ・ラグナロックのお尻なのである。完璧な円のラインを描く二つの丘は、程よき筋肉に締まって、キュッと上向きである。だと言うのに、触れればプルプルと揺れ動くような柔らかさもあるお尻は、少しでも揺らせば、国だって傾きかねないだろう。
触れるのすら憚られるようで、だけど可能であれば欲望の赴くままに鷲掴みにしてもみくちゃにしたい。生物だったら誰だってそう思えるほどの欲望を煽りたてる、あらゆる興奮剤を超えた最強最高の、悪魔的ヒップであった。
そして尻から上に上がれば、陶磁器のラインすら屑にしか見えぬくびれであるお腹回りには当然ながら無駄な贅肉はない。鳩尾から臍までのラインは、その流れに全てを任せたいと思えるくらい魅力的で、頬ずりできれば天にも昇る気持ちになれるだろう。
だが彼女の美を伝えるにはまだ足りない。美しい腰まわりの上には、母性の全てを詰めたかのような二つの双球がある。何もかも包み込むような大きな乳房は、最早、至高。重力に負けずにツンと持ち上がっているそのバランスは奇跡だ。神が与えた世界の至宝だ。言葉を尽くしても足りない天国へ繋がる何かだ。
その大きな慈愛に包まれて眠れば、そのまま天国へといけるだろう。というか、そこが天国に違いなかった。天国である。天国なのだ。
とまぁここまで語ったが、いい加減ただの戯言を語るのも意味がないのでここまでにしよう。
さておき、芸術を見せることへの興奮を覚えるリーナであったが、それでも暇は募る。自然の中で全裸というのもたまには悪くないが、やはりこういうのは相手がいて、かつドギマギさせるためにチラッと見せるのがいいんだよなぁとか思うのであった。
だが、そんな彼女の暇を潰すのはおろか、無敵の化け物である彼女をすら戦慄させる事態はすぐそこまで迫っていた。
「あー……暇だぜ。さっさと少年のところに戻って……って、むっ、何やつだぁ?」
突如背後に現れた気配に、強敵の予感を感じた。警戒心ゼロだったとはいえ、無意識下でも周囲の気配くらい容易く反応できる彼女の探知を掻い潜る猛者。
面白い。こういう展開を待っていたんだ。
リーナはこみ上げる笑いをより深くしながら堂々と全裸のまま振り返り、暇を潰してくれるだろう相手を歓迎しようとして。
「あ……」
振り返ったその場、いつも笑顔のリーナ・ラグナロックの顔が凍りつく。
どっとあふれ出す汗。いやおうなしに震えだす体。それを見たリーナは、まるでこの世の終わりだとばかりに絶望しきった表情を浮かべた。
なんてこった。なんということだ。終わりだ。最悪だ。何でこんな奴がここに居る!?
そこには、リーナとは違って、白の靴下だけはしっかりと着用し、さらにはちょうど洗濯を終えて干していたはずの紐パンを頭に被る。
「やぁ姉貴! 皆のアイドルのオリビエだぜ! 今日も魅力的なおっぱいだねぇ! 折角だから揉ませてくれよ! 切実に!」
童貞がいた。
「う、うぎゃあああああああああああああああ!!!!!????」
咄嗟に召喚した長袖長ズボンを着込んでリーナが絶叫する。
その日、一つの世界が滅んだ。
今回の裸体描写はR15向けに抑えたものでした。多分、これなら、大丈夫、なはず。
例のアレ
第八位『終焉世界』ホワイト・ラビット
うさちゃん。別世界人で宇宙人で侵略者。とりあえず星の敵なんで敵性存在になった。ホントの名前は誰も知らない。目的は世界征服。好きな場所は隅っこ。
敵性存在の項目が開放されました!