最近、足太くなったんじゃね?その1
過程に意味はない。特にこの二匹の間には、そういったものはまるで必要がなかった。
いつか来ると思っていた破滅。
いつか来ると思っていた終焉。
互いが別種の存在であるがゆえに相容れぬ決定的な歪み。
だから、引き金を引いたのがどちらかということには意味などなかった。
全てかき消す巨大な爆発音と閃光が周囲を照らした。大地が抉られて大気が震える。極限の破壊行動に世界が悲鳴を上げていた。
アースガゼル。五つの大陸から構成されるこの世界には、今や生きている生命体は二匹しか存在しない。
その始まりは唐突だった。よくあるファンタジーな世界のアースガゼルでは、平和とは言い難いが、それでも生命体が一気にいなくなるというような火種はなかったはずだった。
ある大陸では魔王と勇者の戦いが繰り広げられ。
ある大陸では国同士の戦争が行われ。
ある大陸では魔獣と戦う冒険者が活躍し。
ある大陸は平和な時を過ごし。
ある大陸は見果てぬ新世界への冒険が行われていた。
そんな、どこにでもありそうなファンタジーな物語の世界。争いがないわけではない。現に、魔王などは放置すれば、人類は滅亡する危機がある。だがそれでも、魔獣や魔族は生き残るだろう。どちらも壊滅してしまうということはないはずだ。
だが、今やアースガゼルは死の世界となり果てていた。
魔王と勇者は大陸を覆い尽くす煉獄の炎に溶かされ。
国家は大地が崩壊するほどの巨大地震に破滅の終わりまで襲われ続け。
魔獣と冒険者は大陸を飲み干す程巨大な津波に飲まれ。
穏やかな国々は何千も吹き荒れる嵐に吹き飛ばされ。
見果てぬ新世界を目指した者達は、成す術なく海の藻屑と消え果てた。
そう、世界は崩壊したのである。一切の容赦も、一切の取りこぼしもなく、ありとあらゆる生命体、強者も弱者も善も悪も、分け隔てなく全てが飲みこまれ、一つの世界が終焉した。
一体何が起きたというのか。その答えを知る者はすでにほとんど存在しない。いや、そも語り継ぐことに何の意味があるというのか。語るべき者がいないこの無明世界で、意味なく紡がれるその全て。
だがその惨劇は確かに存在した。
鮮血の超越生命と、流血の魔神皇帝。
二匹の化け物によって生みだされた惨劇を語ろう。意味などなく、意義もないが、しかしこの破滅をあえて語ろう。
遡ること遥か彼方、幕を開けるのは世界を落とした黙示録の日。
正気ではいられない。まともでいることがこんなにも難しいことだということを、少年、キオは実感していた。
「あぁぁぁぁぁ! あがぁぁぁぁぁぁ!」
遮二無二だった。生存本能の叫びに身を任せて、これまで積み上げてきた全てをかなぐり捨てて逃げていた。
この世界に召喚され、勇者として仲間たちとともに魔王を倒す旅をしていた。至るまでの苦労があった。挫折を経験し、乗り越え、仲間たちと絆を深めて、ついに魔王城まで到達した。
そしてその時、仲間たちと誓ったのだ。これまで以上の激戦になるのが分かっている。だから誰かが死ぬかもしれないけど、それでもきっと無事に戻ってこようと誓った。仲間達も、そんなキオの誓いに応え、彼らは魔王城へと乗り込んだ。
決死の覚悟がそこにはあった。己が死ぬことも厭わぬ覚悟が彼らにはあった。
「ひぃ! ひぃやぁぁぁぁぁ!」
だというのに、キオは今逃げていた。死を覚悟していたはずなのに、涙を流して悲鳴をあげながら彼は今逃げていた。仲間達のことなど既に忘我の彼方だ。キオは襲いかかる災厄から逃げるのに無我夢中だった。
情けないと、誰もがキオの姿を見たら嘆くだろう。事実、彼は情けなく、惨めにも臆病風に吹かれ、勇者などとは到底思えない醜態を晒していた。
だがそれのどこが悪いと言うのだろうか。たかだか命を捨てる覚悟程度では、この煉獄を耐えることは叶わないというのに。
それにほら見てみろ。逃げているのは自分だけではない。先程まで戦っていた魔王だって、悲鳴をあげながら逃げている。
「ひぁぁぁぁ! わぁぁぁぁぁ!」
魔王と呼ばれる者があげることのない悲鳴を、魔王があげているというのは、どういった状況なのだろうか。世界を賭けて戦っていた勇者と魔王が、今やそこらの無力な子どものように逃げ惑う姿を、はたして誰が想像できるだろうか。
だが現実にそれは起きていた。世界の命運を握っているはずの二人が、それら全てをかなぐり捨てて逃げている。
何が彼らをここまで追い詰めたのかというのか。という問いかけに応えるのは容易だ。
見ればいい。彼らの周りに広がる世界。それが答えだ。
風は地獄の悪鬼の断末魔のように叫び、逆巻いていた。大地は断頭台への道を待つ罪人のように震え続け、空はこの世の終わりのように、血よりも濃い赤色へと地平線の彼方まで変貌している。
落雷は止むことなく落ち続け、大地は次々に奈落へと引きずり込まれていた。
ここを地獄と呼ばずして、何と呼ぼう。今まさに、現世に地獄は具現されていた。ッ生命体は一切の例外なく恐怖の底に沈み、魔王だろうが赤子だろうが関係なく無力と等価になり果てる。
キオと魔王が生きているのは、唯の奇跡でしかなかった。
たまたまこの災厄に飲み込まれずに、偶然まだ無事な場所を駆け抜けている。たったそれだけで、そこに彼らの持つ実力は一切含まれない。もし何かがずれていれば、きっと飴細工よりも容易く、二人の命は溶けて消えただろう。
そして、奇跡はいつまでも続かないから奇跡という。
「ひぃぃぃぃ!」
キオと魔王が再び悲鳴をあげる。なまじそこそこに実力があるからこそ感じる力の奔流を背中に浴びて、体中から冷や汗を流し体を震えあがらせた。
「『初めに言葉あり』」
極上の歌手の歌声よりも魅力的な声が、魔力を伴って世界に響き渡った。言語魔法。ただし、その言葉に込められた魔力の量は、無色の力だというのに、物理的な圧力を持って世界を軋ませる。
「『神は言葉と共に。言葉は神と共に』」
神聖で、しかし破滅的な魔力が充実する。周囲一帯を埋め尽くすどころではない。その魔力は大陸を覆い尽くし、それだけでは収まりきらずに、世界を覆って尚広がり続けて行く。
「『その内より溢れしものよ。無力にして無限の意をここに』」
金色の魔力光が、大気圏を超えてさらにその先へと突き抜けていった。黄金幻想。美しきその黄金色の新世界に飲みこまれたキオと魔王の顔から、唐突に絶望感が抜ける。
そして新たに浮かぶのは、諦めだ。
魔法を理解しているとか関係ない。この魔力の荒波に飲まれれば誰だって悟る。逃げても無駄なのだ。抗うことの意味のなさをわかってしまうだろう。最も、こんな地獄の世界で、今もまだ生きている生物がいればの話だが。
「『私は油を注ぎ、印を記す』」
力がさらに膨れ上がった。濃厚な魔素が渦を巻き、広がっていた金色がある一点へと集束していく。破滅の光景は、突き抜けて幻想的な美しさだった。空を走る黄金の線は、まるで流星のようだった。世界の終わりの風景には全く合わないようで、でも世界の終わりはこういうものだろうと納得できる風景。
集まる先には、遠くからでも確認できる程に巨大な魔法陣が浮かび上がっている。それは一秒も同じ形を保たず、円の形はそのままに、そこを走る複雑な術式が次々に組み換わり、集められる魔力を意味ある形へと変えていく。
徐々に、しかし恐ろしい程の速度で魔法陣の中心に光の球が作られていく。世界中に広がった魔力を集めたにしてはあまりにも乏しい光は、その種火のような輝きとは裏腹に、内在する魔力の総量は、そこから僅かに漏れ出るだけで、大地に壊滅的な損害を与えるだろう。
命は、究極の破壊を前に、祈ることしかできない。神の如き力を前にして、誰もが平等にひれ伏し、縋りつくしかないのだ。
奇跡の前に世界が溶けた。ありとあらゆる全てがその魔法の発動とともに消えていく。魔法陣がさらに幾つも束ねられていき、何重にも折り重なったそれらが光の球を過ぎ去っては虚空に消えていく。
終末を知らせる笛が鳴り響く。天使と悪魔が奏でる鎮魂歌が滅びゆく世界を包んでいった。光り輝く栄光の破滅。目を焦がす祝福の悪夢。
「『光あれ』」
『黒点背徳・輝ける栄光の一文─カコス・バイブル─』。
文字通り世界を終末に導く滅びの歌。栄光の光にこそ真の破滅があるのだと、究極の慈愛を、暗転と反転の中心に再生を刻んだ術式で構築された魔法陣によって、その輝く一文の意味を全て裏返させるという、神の威光を踏み散らして嘲笑うが如き暴挙。
それがこの球体の正体だ。まだその最大の一割程度しか顕現していないにも関わらず、その輝きは見る者の眼球を乾かし、そこから浴びせられる光を浴びた者達の体を砂へと変えていく。
あるだけで終わりを告げる破滅のラッパ。七日かける創世を一つの輝きに閉じ込めて、破滅へと至らせるおぞましき壊滅術式。超越生命の持つ無現とも言える魔力の一割を使用するあり得ぬ魔法が、産声が如き光を放つ。
だが破滅はそれだけでは終わらない。
「『七つのラッパよ吼えろ』」
その詠唱が始まったと同時に、向かい合うように展開されるのは、成層圏を突き抜ける巨大な魔法陣。十八の聖痕、十二の奇跡、清浄たるその絵図の上にぶちまけられた七つの原罪によって構成された冒涜的な赤色の陣が、黄金を食い散らして無限の棘をあらゆる場所から顕現させた。
一本一本が、触れただけで正気を狂わせる禍々しき聖なる槍。神を刺殺した罪深き槍のオリジナルだ。
「『五つ目の冒涜は罪深き我らの額を濡らす。永劫の苦しみを刻み。無限の倒錯を擦りこみ。偽りの神罰よ、印を焼け』」
まさに、破滅の光景には相応しき凶器に違いなかった。神すら震えあがらせる兵装。規定を打ち破る狼の牙より産み落とされた、七つの爪が一つ。
「『溶け爛れろ、楽園の君』」
『心鉄金剛・苦悶する底なしの沼─アポリオン─』。
神々を嘲笑う紅蓮の牙の群れが顕現する。空と大地から隙間なく生えてくる牙の総軍は、さながら口を開けた獣の口内。抗いようのないと思われた黄金の輝きすら、その槍の群れであれば刺殺しかねないと思うくらい、天地を跨ぐ魔法陣より召喚された凶器は異端だった。
まるで食虫植物の持つ牙のようであった。突き刺さり、絡め取ったならば、そのまま我が内側で、甘い苦悶を与えて咀嚼しきってみせよう。捕らわれれば最後、その結末しか見えぬ必殺の牙は、黄金の輝きと同じく、未だその全貌のおよそ一割しか姿を見ていない。
傍観して、諦めたはずの二人の弱者は、遥か遠くで展開されながらも、容易に自分達を射程に収めている二つの絶望に、歯を震わせて膝をつく。
許してくれと、何故かそんな言葉が浮かんだ。勇者も魔王も市民も王族も草や木も、全ての生命体が許してくれと願った。
何故か罪科が己にあると感じるのだ。肉体は屈服し、精神は蹂躙され、魂は焼けただれている。既に、この世界に残った者達は、神のみが使える栄光の輝きと、神すら殺す破滅の牙を前に、生命として敗北した。
魂が死にかけていた。事、この最後の破滅が激突するこの時まで生き抜いてきた強き者達すら、見るだけで敗北を認める悪夢。
こうして、赤子を捻るよりも容易に、世界は敗北した。突如現れた場違いな究極の前に、あらゆる物語は塵芥として沈む。
もしこの破滅が来なければ、それらの物語は紡がれていただろう。
だが、今となっては意味のないもしもの話だ。現実として、世界を滅ぼそうとする魔王と、世界を守ろうとする勇者すら、抵抗するまでもなく敗北したのだから。それ以外の全てのことなど語らずともわかるだろう。
そして時間にして一秒か、あるいは一時間か、長くも短い時間を経て、神罰はその全てを顕現する。
黄金は、その通りの栄光ある輝きを破壊の力に全て変質させて世界を照らす。たった一つで全てを消失させる原初の光が、担い手を中心に七つ。数こそ牙の群れに圧倒的に劣るものの、内在する戦力は決して勝るとも劣らない。常人なら、見るということすら叶わない極限。
これが出現したというだけで、世界に存在する殆どの者は、何が起きたかもわからずに消えすしかない。神が使う光にして、唯の神では使うことすら出来ぬ破滅を、担い手は哄笑しながら従える。
対して紅蓮の剣群は、担い手たる獣の口を具体化したかのようであった。天と地。地平線を満たす牙の群れ。その一つ一つが必殺であり、触れれば魂ごと溶かし尽くす貪欲な野生。濡れ滴る狼から生みだされた心鉄金剛の名は伊達ではない。神のように全能ではない。ありとあらゆる事が可能などとは冗談でも言えはしない。
しかしこの剣は神を殺す。神であっても、それが例え神の力であっても殺して見せる。食い下がり、引きちぎり、我が体内で溶かし尽くしてみせよう。それこそ剣の意味。あらゆることが出来ない代わりに、殺すという一点のみを極めた神罰兵装。使用者すら扱いを違えれば殺し尽くす諸刃の剣を、故に獣は使ってみせる。獣の笑顔を張り付けたまま使ってみせる。
だが、あぁその神々しくも冒涜的で美しくありながら破滅的なその光景を最後まで見る者はいない。
何故なら、その全てが現れた、ただそれだけで、その周囲にあった全ての生命体が死滅していた。見れば死ぬと分かっていても、目を放すことの出来ない悪夢を見続け、発狂し、砂と化し、魂を消滅させた。輪廻転生すらも望めない。完全なる消滅を世界は味わった。
だからここから先は神罰を具体した者達の視点。全ては冒頭に戻る。
「ベェェェェェェェェイ!!!!」
鮮血の超越生命と。
「ラグナァァァァァァァァ!!!!」
流血の魔神皇帝の。
理由すら忘我した、取るに足らない戦争を。
端的に言えば、唯の喧嘩を、粛々と語ろうではないか。
例のアレ
鮮血の超越生命
ボインボイン姉貴。足が太くなってきたのを指摘されてキレた。チラリズムが功をなして勝利。
流血の魔神皇帝
中二ネーム狼。足が太くなったのを指摘したらキレられた。チラリズムに油断して敗北。
※アースガゼル
五つの大陸で構成された特徴のない世界。何処にでもあるようなファンタジー世界が繰り広げられていた。はた迷惑な私闘に巻き込まれて消滅。
※心鉄金剛
規定を破る狼の牙から生まれた七つの爪。一本一本が剣と呼ぶには異様な形をしている。七本全てが回りに害意しか与えない危険な代物で、その固有の能力は、一点のみに関しては例え第二位と第十二位の力ですら完全に消しさることが出来ない。なので、常人が敵性存在などの規格外を打倒する方法の一つでもある。これを模した劣化心鉄金剛という物もがある。ヤンキー本編現在では、心鉄金剛の一本は消滅、二本はクトゥア・ベイ=ヴォルグアイが保持している。今回クトゥア・ベイが使用したアポリオンは、触れた物を溶解する能力を持つ。
※黒点背徳・輝ける栄光の一文
本来は『輝ける栄光の一文』という魔法。その栄光の光で、万人に慈愛を与え、世界に平和をもたらす究極の救済魔法。だが黒点背徳という魔法陣を透過することによって、その意味を破壊の方向へ変質。世界に破滅をもたらす災厄魔法となった。容易く扱える魔法ではなく、例え言語の意味を理解していようが、そこに込めるべき魔力の総量は世界一つ程度の人材では賄えない。人類が未だ到達していない未知の魔法にして、いずれは到達する一つの究極点。