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第二十九幕 終演

なかなか更新出来ず、お待ちしていた読者様方、すみませんでした。一応、これで一区切りです。次話からはいつものようなコメディに戻りますのでよろしくお願いします。

骨が軋む。一発一発がオレの体に響き渡るのが分かる。

正直、痛い。

だけど…引くわけにはいかないんだ。


「なんだ、私の期待はずれだったのですか、武蔵ムサシッ!守ってばかりじゃ勝てませんよ」

「ッ…!」

思わず俺は身を守っている両腕の痛みに集中を奪われる。

この人はやはりプロだ。

武道を尊ぶ一人なのだとその痛みと共に痛感する。

「ムサシ…負けないで」

蘭の声が遠くで聞こえる。分かってる、オレはこの戦いに勝ちたい。心底思ってるんだ。

「自分の無力さを悔やむんだな」

「オレは…無力なんかじゃない!」

待ってました、とばかりにオレは繰り出した腕を取り、力の方向に逆らわずに受け流す。

その瞬間、相手の腕が支点となり、威力を殺せなかった相手の身体は宙へと投げ出される。

「諦めないさ、オレは…」

コンクリートの地面に背中を叩きつけた相手…阿久津家の一人、阿久津恭介をオレは見下した。



「やっときましたか、武蔵家の一族よ」

オレと蘭、そして渚ちゃんで奥に進んでいくと、そこにはいかにもお坊ちゃま育ちのような男と、金髪の麗しい青年が、椅子にちょこん、と座らせてあるあすかを挟み、立っていた。

「あすかッ!無事だったか!」

「ムサシ〜!わざわざ助けに来てくれたのね!」

思ったより元気そうなあすかにオレは心底安心した。正直、あまり良い光景だとは思っていなかったからだ。

…火曜サスペンスの見すぎかも知れないが。

「来たな、武蔵ムサシッ!恋敵はボクチンが直々に倒してやるものね」

と、いきなりお坊ちゃまが叫びはじめた。すこしくらいこっちの様子を見ればいいのに…

「とりあえず、あんた誰よ!?」

蘭が叫ぶ。しゃべり方が気に入らなかったのだろうか?

「よくぞ聞いてくれました!ボクチンは現阿久津家当主!阿久津織太おたなのね!」

「…変な名前」

蘭がぼそりと呟く。蘭よ、それは突っ込むな。

「というか、恋敵ってはどういうことよ?」

「恋敵は恋敵ね!あすかちゃんを巡っての壮絶恋愛バトルの始まりなのね!」

「…とんだ無駄骨だったわね」

状況が掴めずに唖然とする織太。確かに、オレはあすかを巡って壮絶恋愛バトルなぞする必要はないわな。

「ちょっと蘭っ!余計なこと口走ってんじゃないわよ!予定ではこのままムサシとそこのオタクが戦って、ムサシが勝って、私とムサシは永遠の愛を誓い合うはずだったのにぃぃ!」

「何、小賢しい計算してるのよ!」

…多分、あすかの事だから捕まってから考えたんだろうな。あすかにはそういう前向きさが滲み出ているし。

「で…織太、あすかは返してくれるわけ?」

オレは多少ショックを受けている織太に話しかける。

「…武蔵ムサシよ!勝負ね!」

「ヤケクソで勝負はやめようよ…」

「ここで引いたら男としてのプライドが許さないのね〜!…恭介、やっておしまい!」

「「「戦うのはお前じゃないのかよ!!」」」

オレと蘭と渚ちゃんは同時に突っ込んだ。

「いや、だって…痛いじゃない…」

なぜか赤面する織太。確かに戦い向きの図体ではないとしても…

「いやいや…私でよければお相手願いますか?」

「オレとしてはあんまり戦いたくはないんだけど…やらないとダメなわけ?」

「そうではありませんが…お互いのプライドを賭けての男の戦いですから」

「…これでやらなきゃ男じゃ無いってわけね」

オレはニコニコ笑っている阿久津恭介に苦笑いを返した。

「改めて…武蔵ムサシ、参ります!」

「阿久津恭介です…お手柔らかにお願いしますね」

恭介さんと改めて対峙すると相手の大きさを感じる。体格の問題じゃない。

氣の強大さに。

ここに止まっているだけで冷や汗が身体を湿らせる。阿久津家の当主はアレだけど、この人は出来る人だ。オレの本能が疼く。

「どこからでもどうぞ」

恭介さんはいまだに笑みを浮かべながらに言う。

(先手必勝か…)

オレは地面を蹴ると、オレの射程圏内まで踏み込む。

「貰っ…」

「甘いですよ。自分の射程圏内と言うことは相手の射程でもあることをお忘れなくっ!」

オレの一打を身を縦にして避けると、がら空きのオレの脇腹に拳を浴びせる。

「ッ!」

「相手の攻撃が一打で終わるとお思いですか!」

一発、二発と背中、脇腹へと打ち込まれる。意識が一瞬飛び、身体が硬直する。

「っく!このっ!」

オレは痛みに耐えながら身体を捻り、三発目を両腕で受け止める。しかし恭介さんは攻めるのを止めずにオレの両腕目がけて拳を突き立てる。

「攻めは最大の防御にもなりうるのです!」

一発が重い一打をそう食らっていてはどうにか防いでいる自分の腕が壊れるのも時間の問題だ。痛みと焦りで全身から汗が染みだす。

(何か…何か手は…)

技量でも経験でも阿久津恭介には勝てない。だけど…どんなに強者だって一瞬くらい隙ができるはずだって、零ねーちゃんがよく言っていたよな…

(一瞬だ…一瞬を見逃すなよ、オレ…)

徐々に押されている身体に無理矢理前に押し込みながら、オレはその瞬間を待っていた。

そして…



「あきらめないさ、オレは…」

コンクリートの地面に強打した身体の部分を痛そうに擦っている阿久津恭介を俺は見下した。

「いや〜、一本取られましたね。さすがは武蔵家の継承者だ」

ハハハ、と恭介さんは笑みを浮かべる。やっぱり…全然本気なんかじゃなかったらしい。

「一度、お手合せしたかったんですよ。あの武蔵零の弟がどんなものか」

「…」

俺は黙ったまま、恭介さんの話に耳を傾ける。それを知ってか知らずか、恭介さんは話し続ける。

「センスはさすがは親…というか祖父ゆずりだね。全く、羨ましいかぎりだ。ただ…練習不足だね」

「…零ねーちゃんはオレに格闘技…いや、武蔵流をあまり積極的に教えてはくれませんでしたから。それよりも大事な事があるからって」

「なるほど…零らしい」

恭介さんはひょい、と立ち上がると、おもむろに懐に入っているくしゃくしゃになったタバコの箱から一本タバコを取り出し、火を付けた。

「アイツ…キミのお姉さんは未来を見つめてるからね…それが良いのか悪いのかは分からないけどさ」

「未来…ですか?」

白い煙を吐く恭介さんにオレは尋ねる。

「これからの将来、『武』はいらない…詳しくはお姉さんに聞くのがいいとおもうけどさ」

「将来に『武』はいらない…ですか」

零ねーちゃんがそんな事を考えていたなんて意外だなぁ…とオレは思った。あのふざけたねーちゃんからは想像も出来ない。

「おっ…久隠とあれは…ナオキさんか?」

「恭介、久しぶりだな」

少しタバコ臭いナオキは、恭介さんに話し掛ける。古くからの知り合いなのかも知れないな。

「久しぶりですね、アレ以来ですか?」

「ああ…そういえば、武光はどうした?」

「武光ですか?今頃寒さに震えているかも知れませんね」

「…零の相手だったのか。しかし…今回は悪ふざけすぎだぞ。いい迷惑だよ」

「いやはや…当主の趣味ですから」

「当主の教育はお前たち古参のものがすればいい」

「まぁ、その通りなんですけどね」

「その通りじゃないわよ!恭介ッ!」

聞き慣れた声と共に、零ねーちゃんが、なんだか凄くゴツイ人と一緒にアドレナリン爆発で近寄ってきた。

「恭介ッ!これすべてあんたの責任だからね!」

「零ではありませんか…武光はどうしましたか?」

「武光?ああ、めんどくさかったから鉄に担がせたわ」

ほら、と零はなんだか凍えているナイスミドルを担いだオッサンを指差した。

「…で、今回の首謀者はどこのドイツ人よ!」

「…寒いぞ、零」

一瞬凍り付いた空気に負けじと、ナオキがやや無理して突っ込みを入れる…ねーちゃん、それは辛いよ。

「零ねーちゃん…阿久津家の当主はあれだよ」

オレはなんだか零ねーちゃんの周りの空気が一段と冷たくなっていくのを感じながら、あすかが縛られている椅子の後ろに頭だけ隠して…というか隠れている織太を指差した。

「ほ〜ん…首謀者が私から隠れる何ていい度胸ね〜」

「な、なんなんだな、お前は!ボクチンを阿久津家の当主としっ…て……の…!?」

「何〜?全然聞こえないんだけど…」

零ねーちゃんは織田の右腕を掴むと、命一杯、力を入れているらしく、だんだん織田の表情が苦痛で歪んでいく。

「痛い冷た痛い冷た痛い冷たい!!」

「このまま、雪だるまにしちゃるわ!」

「止めんか、零」

般若の表情を浮かべながら力を入れ続ける零にナオキがやれやれと、必殺、家政夫チョップをお見舞いする。あれって地味に聞くんだよね…

「痛ッ!な、何すんのよ、ナオキ!」

「全く…少しは落ち着いたらどうだ」

「…分かってるわよ!」

と、ようやくクールダウンしてきた零ねーちゃんは、ふぅ…と深呼吸する。

「恭介!久隠!武光!何でボクチンがやられてる間に助けもしないで武蔵家の人間と仲良くお話してるのね!」

「いやいや、すみませんでした。すっかり忘れてましたよ」

「ホント、ホント」

怒り心頭で真っ赤になりながら口を金魚みたいにパカパカやっている織太をスルーし、恭介は零ねーちゃんの方に身体を向き直す。

「さてと…今回は誠にご迷惑おかけしました。阿久津家を代表してお詫び申し上げます」

「…何よ、その棒読みは」

「苦手なんですよ、昔からこういう改まったものは」

「…まぁ、いいわ。鉄も久々に暴れて満足でしょ?許してあげなさいよ」

「しゃあね〜な…まぁ、ストレス発散にはなったな」

武光さんを下ろしながら、鉄と呼ばれたオッサンはガハハ、と大きな声で笑った。

「…よし、これにてこの話は終わり!後から恨みっこ無しよ!」

「ありがたいです。我ら阿久津家当主はみっちり教育しておきますので」

「みっちりバッチリ頼むわよ……さて、帰りましょうか。正直疲れたわ」

零ねーちゃんはオレ達に向かって笑みを浮かべていた。

「あなたたちもよく頑張ったわ。けど…あんまり自分達だけで危ない世界に突っ込んじゃダメよ。特に蘭は」

「は〜い…零お姉さま」

「渚も巻き込んじゃってごめんなさいね」

「いえいえ…結構楽しかったですわ」

「そしてムサシ…大丈夫?」

「オレは大丈夫だけど…零ねーちゃん、オレもっと強くなりたいよ。自分に自信が持てるくらいに」

「…そう」

零ねーちゃんは少し俯くと、一言返事を返した。それがオレにはなんだか、悲しく聞こえた。

「さて…帰るか。早く帰ってゆっくり風呂でも入ろう」

「それもそうね。私は早く暖かい布団に潜り込みたいわ」

「私もですよ、零お姉さま〜!」

ナオキと零ねーちゃんは笑いながら、阿久津家の方を向いた。

「全く…次からは承知しないわよ」

「ハハハ…またお会いしましょう、武蔵家の皆様…特に武蔵ムサシ君」

「恭介さん…次に会うときには、もっと自分に自信が持てる男になっておきます」

「ああ…楽しみにしてるよ」

こうして、オレ達の長い一日はようやく終わりを告げた。いろんな事がありすぎて正直、参ってしまいそうだけど…オレは少し『武人』として、成長できたと思った。










…何か忘れているような気が。










「ちょっと〜!!!誰か助けなさいよ〜!この縄解きなさいよ〜!僕の事助けに来たんじゃなかったの!!ちょっと誰か返事してよ!!何で誰も助けなかったのよ!!」

放置されること数時間…叫ぶこと一時間。今回の目的である、あすか奪還作戦の本質、あすかの奪還は皆からとうに忘れられ、廃工場に手足縛られたまま椅子に放置された神田あすかが、ようやく思い出したムサシ達によって保護されるのはそれから三日後の事だった…。


〜あすか奪還作戦・完〜


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