第二十三幕 この遥かなる月の世に
全国津々浦々の皆様、久しぶりだな。酔い潰れた二人に呆れ返っているナオキだ。
とりあえず、今はこの二人は放っておこう。これからが忙しくなるはずだからな…
チャチャーチャララン、チャーチャチャチャチャチャ…
月の光で照らされた酒の臭いが漂う密室内の壁により添いながら、零の家族用・着信音である
「哀・戦士」
が鳴り響く零の携帯電話をオレは取ると、誰からだ?と光るディスプレイを確認する。
『着信…私の愛するマイ・ブラザー』
…あぁ、ムサシの事か。
俺は携帯の受信ボタンを押して、
「もしもし」
と受話器の向こう側にいるはずのムサシに話し掛ける。
「あれ、ナオキ…零ねーちゃんは?」
「零か? あぁ…そこで珍しく酔い潰れてるよ」
俺は苦しいほど酒臭い室内を換気するために月が綺麗に見える大きなガラス窓を開ける。
フゥ…と、夜の匂いがゆっくりとした夜風と供に運ばれてくる。
「零ねーちゃんが酔い潰れてる!? よく、家でそんな事許したね」
「いや、実はな…ここは自宅じゃないんだ。神田…神田あすかの父に宴会に誘われてな、今はそっちにいるんだ」
そう、とムサシの声色が低く落ちる。この状態はアレか、ムサシが焦っているか、落ち込んでいるかのどっちかだ。
「どうした、ムサシ?神田家にでも興味が湧いたか?」
「…されたんだよ」
ん、とオレは聞き返す。思った以上に聞こえない。
「実は、あすかが放課後から行方不明で…そして…」
「…大体事情は分かった。今、どこだ?家じゃないんだな?」
「うん、あすかを追って駅の裏路地まで来たんだよ、そこで、渚ちゃんが怪しい集団が周りにいるって言い出して…」
「怪しい集団…だと? 」
ムサシの話で、俺はようやくここに呼ばれた理由が初めて分かった気がした。
神田鉄は感付いていた。
単身、ムサシに会うために飛び出していったあすかを狙う者達がいると。
「その怪しい集団が誰だか分かるか? …というか些か起こしてないだろうな? 」
「やっぱりまずかった…よね? 」
「…お前達、当分、夕食は白米と梅干しの種だけだな…怪我しなかったか?頼むから無茶は止めてくれよ」
「…ゴメン、ナオキ」
全く…とオレは頭を掻く。これで家にいちゃもん付けられても文句は言えん。
「…分かった。ムサシ、とりあえずお前たちは家に帰れ。渚も今日は家に泊まってもらえ。何かあった時は…お前と蘭で渚だけは守るんだぞ。家の問題に巻き込ませるなよ」
「うん、分かった…ナオキ達は?」
「とりあえず、零と話し合うさ。じゃあ切るぞ、今からバケツに水を汲んでこなければならないからな」
俺は一方的に電話を切ると、ようやく酒臭さが抜けてきた室内で、
「…で、どっから聞いてた? 」
と、呟いた。
「ムサシが私に会いたくてたまらな」
「いつ、そんな話したんだよ」
俺は振り向くと、すでにアルコールが抜けたような、ついでに気も抜けたような顔つきの零が座っていた。
「まさかそんな理由でここに呼ばれるなんてね…薄々分かってたけど」
「で、どうすんだよ? 無駄な争いなんてしたくないぞ、俺は」
「…私もよ。私のすべすべお肌にキズでもつけられちゃたまったもんじゃないもの。けど…」
けど…?、と俺は聞き返す。
「ただ酒飲んじゃったから…協力しないていけないわよね」
「…まったく、誰かさんが酒好きじゃなければこのまま帰れるんだが…? 」
「酒好きはおじいちゃんのおじいちゃんからの遺伝よ、私に罪はないわ」
ハイハイ、と俺は何百回と聞いた言い訳に苦笑すると、零もクスクス笑っていた。
「全く、誰がこんな災難引っ張ってくるんだか…」
「零、罪を自覚しないことが本当の自分の罪って事、知ってたか? 」
「…さあね」
零は、笑いながら、鉄の横にあった日本酒をコップに注ぐと、景気酒よ、と一気に飲み干した。