第7話 未来都市Ⅲ
瞬間――
宙の身体に電撃が走った。宙は思い出した様に風系統の低級魔術を発動、青い魔力光がこぼれる。≪blast≫風を操る魔術である。宙は右手の平に空気を集め始めた。突然、一点に凝縮した空気の塊が発光し始める。≪plasma≫雷系統の最上級魔術だ、発生させる事だけなら少しの魔力が有れば誰でもできる。しかしコントロールが極限に難しい事と破壊力が凄まじいため魔術では最上級の分類だ。さらに宙は発生した≪plasma≫を更に凝縮し、槍の形に形成する。≪雷塊より造り出されし槍Indra≫限りなく魔法に近い数少ない魔術の1つだ。
この域に達すると、この青い輝きの放つ2mほどの≪Indra≫一発で目標のビルは消し飛ぶ。
しかし、まだそれだけでは終わらなかった――
宙は急に背中が熱くなるのを感じた。右肩の肩甲骨あたりが膨らんでいく感覚を覚える、ついにスーツの背中が縦に裂けると、背中から青白い光の束がまるで翼の様に噴き出した。
宙は体内に新たな力の躍動を感じた。それは魔力ではない何か新しい力で、魔力とは全く性質の異なる、気を抜いたら爆発してしまいそうな野蛮で強力なものだった。
その正体不明の力を≪Indra≫に重ねる。反発しあう2つの巨大な力を無理やり押さえつける。そして混ぜ合わせ融合させる。≪Indra≫は形状を変化させて行った。1m程に圧縮され先端が3つに分かれる。さらにビスマス色になった光の槍は禍々しくも神々しかった。
≪断罪の蒼鉛Judgment≫今回、宙が習得した20%の魔術、魔法の中で最高クラスの威力を誇る。
最高神直属対戦術用御前天使見習いで有る宙の渾身の1撃を受ければ帝都何処ろかこの星が滅びてしまう。
その事に今更ながら気付いた宙は亜空間を形成する、そして亜空間の中に更に亜空間を形成していく。
宙は≪Judgment≫を形成した亜空間の中に放った。急いで亜空間を閉まる。
「やべー、今回は不味かった。危ない、危ない。星を一つ滅ぼす所だった」
宙は身体から力が抜けて行くのを感じた。視界が暗く成っていく。宙は何とかベッドまで辿りつき倒れ込むように眠りについた。
「起きたら……また……未来に……あ、える、きが……する」
***
宙が目を覚ましたのは日が落ち辺りが暗くなった後だった。ガラス越しに1万Åの夜景が広がっていた。赤に黄色、白、金、青様々な明りが宝石の様な輝きを放っていた。しかし今の宙にはどうでも良かった。ベッドに倒れ込んだままポケットを探り携帯電話を取り出す。時刻は23時を指していた。
「おかしいなー腹が減ってる」
宙は御前天使見習いに成り食事をほとんど必要としなくなった。しかし大量の魔力、神力を使い、エネルギーの摂取が必要になった。要するに腹が減った訳だ。
「マリア~腹減った~」
<はい、只今ホテルの受付に連絡を入れますから、もう少し辛抱してください>
マリアに呆れられる宙だった。
***
30分後。
「美味かった~」
テーブルの上には積み上げられた皿の山が作られていた。
「御満足頂けたでしょうか?」
ホテルのウエイターが宙に尋ねる。顔が引き攣っていた。
「はい、御馳走様」
ウエイターは皿を片付けて行いく、宙はウエイターが出て行くのを確認すると携帯電話を取り出し。立体映像を表示させる。さらに完全記憶をONにし、立体映像を頭の中に叩き込んで行く。“上”の図書館、家電量販店、デパート、ドラックストア、ガンショップはすでに閉店しているので“下”に向かう事にする。宙は破れたスーツを直し、立ち上がる。
「座標は特定出来たし、場所のイメージも出来る。よし試してみるか」
宙の足元に青い魔法陣が描かれた転移魔法だ。世界を渡る様な転移では無いが発動者の技量しだいで数百km離れた場所に一瞬で到達する事が出来る。
「転移」
***
其処は輝かしいビル街とはかけ離れた薄暗い路地裏だった。周りに人はいない、もちろんそこを狙ったのだけれど。宙は更に奥に向かう。少し進むと金属製の錆ついた扉が有った。
宙は服装を整え、ネクタイをきつく締める。その瞬間、宙の纏う雰囲気が変わる。威圧的で重い気迫を撒き散らす。これで大抵のザコは寄り付かないだろう、宙が此処までするのには理由が有る。これから向かうのは“そういう”場所だからだ。
宙は8ビートのリズムで扉をノックする。更にマネーカードを扉の中央にかざす『ガチャ』と鍵が外れる音がした。これらはすべてマリアの調べた情報だ。
「まったくすごいな、マリアは」
<お褒めにあずかり光栄です。此処からは危険ですのでお気つけください。それでは御武運を>
扉を開けると下に階段が続いていた。階段を降り切るとまた扉が有った。先ほどの錆びた扉では無く、金と赤で丁寧に装飾された扉だ。宙が扉の前に立つと自動で中心から縦に開いた。
扉を潜ると広大な地下街が広がっていた。マリアに情報によればこの地下街は一種の治外法権に成っている“上”では売買を禁止されている物も売られているそうだ。正し法外な値段であるが。金さえ払えば何でも揃うそれがこの帝都の第二の都、地下街だった。
扉が開くと現れた宙に目線が注がれる。有る者は舐めまわす様に、有る者は値踏みするように宙を見まわす。宙もそれが気持ち悪く見て来る者を睨めつける。殺意すら孕んだその視線に蜘蛛の子を散らす様に宙に視線を送る人物は居なくなった。
宙は取り敢えず視線を感じ無くなったので、マリアの情報で目星を付けていた店に向かう事にする。少し歩いた所でその店は見つかった。その店はこじんまりした店構えで、とても儲かっている様には見えない。
宙は中に入る。
店の奥の右端にデスクと椅子が有り、壁一面にフィルムスクリーンが無造作に貼り付けられている。お世辞にも綺麗とは言えない。
「いらっしゃい……」
椅子に座った店主と思われる髭面の男が気の無い言葉を発する。
宙は迷うそぶりも見せず壁一面のフィルムスクリーンから1枚をはがし店主のところに持ってく。すると――
「これは、これは“お客様”本日はこの情報屋ポドリアお越し下さり誠にありがとうございます。どのような“情報”をお探しでしょうか?」
髭面の男が先ほどとは打って変わり、丁寧な言葉遣いで接して来た。
「此処にはレベル1から5までの重要性、機密性、危険性に合わせた様々な情報が有ります。値は張りますがきっと御満足頂けるでしょう」
「そうだな……レベル6の“物”を頼む。此処以外には有るんだろ?」
宙は微笑を浮かべふてぶてしく有りもしないレベル6を口にする。
「……かしこまりました」
髭面の男は立ち上がり入口のドワに鍵を掛けた。店の中央に歩いて行き屈む、そして床の一部をスライドさせパネルを出した。パネルに手をかざす。床が大きくせり上り階段が現れた。
「どうぞ此方へ」
髭面の男に宙は着いて行き階段を下りる。しばらく歩くと、銀色の金属で出来た扉が現れた髭面の男が今度は懐からカードを取り出す。ロックを開け中に入ると中は先ほどの店内とほぼ同じ作りをした空間が有った。違う事は壁にフィルムモニターは無く、全て白で塗りつぶされ遠近感の掴みづらい事。そして、部屋の中央に二組の椅子とテーブルが置かれている事だった。宙が椅子に座る。そして髭面の男が座った。
「ようこそお出で下さいました。此処はポドリア、レベル6。情報だけで無く物品の取引も承っております。もちろん売買の禁止された物から、そもそもこの星に有ってはならない物まで幅狭く取りそろえております。では、どの様な物をご希望でしょうか?」
「ここでは売買もできるのか?」
「はい。勿論です。何かお売りになりますか?」
「ああ」宙は頷きスーツの内ポケットの亜空間から小さなケースを取り出す。そしてケースを開け髭面の男に渡す。
「それで幾らになる?」
髭面の男はやや緊張している様だった。
「こ、これほどの宝石ならば10億Åはくだらないかと……」
「よしそれでアウエル・シュテットについて此処に有る情報全てをくれ」
「お、お客様」
髭面の男は声が震えていた。何かを恐れるように……。
「すいませんお客様10億Åではとても足りません。この情報はいわゆる“有ってはならない”情報なのです」
「ではこれでどうだ?」
宙はまた懐からケースを何十個と取り出す。ケースの蓋を開けたままテーブルの上に並べていく。その中にはすべてギッチリとドロップのような宝石が詰め込まれている。
「これで足りるか?」
「はい……十分すぎる程に……それだけでなく、この店の物を全て差し上げてもとても足りません」
髭面の男はアウエルの事を口に出した時以上に震え上がっていた。顔は青を通り越しすでに白い。
「それでは……今起きている戦争について。それと戦争が起きているにも関わらず何故この帝都はこんなにも緊張感が無い?」
「……戦争など起きていません」
髭面の男はさらに続ける。悲痛な面持ちで、吐き出す様に。
「あれは一方的な虐殺です。そもそも戦争になっていません。現在帝国が虐殺を行っている惑星パスはそもそも科学と言うものが有りません。“魔術”と呼ばれる独自に発達した技術を使うそうです。なんでも手から炎の玉を出したり、水を操ったり、電撃を放ったりするそうです。ですが帝国の兵器には敵わず蹂躙されて行きました。ここ帝都にはその情報は一切入ってきません。厳格な情報規制が敷かれています。私もこの情報を知ってから3年、地下街から一歩も出ていません。」
帝国の科学技術は現在の地球の科学技術を、遥かに超えていることから地球では及びもつかない超兵器の数々が山の様にあるのだろう。魔術が発達しているという事はあまり文明レベルが高く無いはずだ、前回の世界の同様ならば武器と言えば剣と魔術程度しかない。
空から降り立つ宇宙船が国と人々を蹂躙していく様は容易に想像できる。
宙はこの虐殺が、けして人ごとでは無いことに気がつく、……万が一いや億が一。敵性宇宙人が現在の地球に惑星パスと同じことをしたら……。
(技術が、技術が必要だ、圧倒的な……誰もが及びもつかない技術がなんとしても……未来のために)
宙は決意するこれは自分にしかできないことだと理解した。起こってからでは遅いのだから。
(技術……有るじゃないか!目の前に!)
「そうか分かった。ではここに有る全ての情報、技術、兵器をくれ。もう私の物なのだろう?」
「畏まりました」
髭面の男は椅子から立ち上がり宙から見て左の壁の前に立った。壁に手が触れる。壁が上にシャッターの様に上がって行く。
「お客様は今このポドリアを手に入れました。ここに有る全てがお客様の物です」
そこはとても広大な空間だった。一点の曇りの無い白い壁が永遠と続いている。そこに異形ともいえる。様々な形をした金属の塊が無数に鎮座していた。分厚い装甲の足が6つ有る戦車の様なもの。おそらく戦闘機であろう航空機。甲冑を彷彿とさせるフォルムを持つアーマー。その隣はカメラと足と機関銃の付いたそれは人が乗り込む所が無いことから無人機だと分かる。大小様々な兵器たちが新品同様の姿で並べられている。
「これはまだ表層の一部に過ぎません」
髭面の男は様々な兵器の中を平然と歩いていく。
「お客様をこれから案内するのはポドリアの心臓部。この帝都の闇から明日の天気予想まで様々な情報が蓄積されているメインコンピューター室です」
しばらく歩くと壁の前で立ち止まる。すると壁が横にスライドする。
「ここに有る全てはお客様の物です。どうぞ気の済むまで御調べください」
其処は上下左右の部屋が銀色の金属で出来ていて。椅子、テーブル、モニターが1つずつ置かれただけの部屋だった。
宙は椅子に座り、ポケットから携帯電話を取り出す。
「マリア」
<はい>
「このコンピューターからアウエル・シュテットが行って来たことをピックアップしてくれ」
<畏まりました。携帯電話をそのモニターに近付けてください>
宙がモニターに携帯電話を近付けるとモニターに高速で文字が走って行く、マリアがクラッキングを仕掛け始めた。
<宙様、完了しました。それと幾つかロックの掛けられたファイルが存在しました。案の定、この世界では知っただけで“消される”レベルなので隠したい気持ちは理解できますが……>
宙は後ろで顔を青くし汗を滝の様に流している髭面の男を睨めつける。
「ここの物は全て私の物。そうだな?」
「は、はい……」
「今回はこれで許す。しかし次は無い事を覚えておけ」
「はいぃ」
髭面の男は走って行き姿が見えなくなると、何処からか電子ロックの外れる音が響いた。髭面の男は大きなケースを両手に抱えながら歩いて来た。
「何だ、それは……」
「これは……自立進化プログラムです。これだけは危険すぎるので、売るつもりは無かったのですが。この自立進化プログラムは0から様々なことを学習、理解し文字道理自ら進化、発展、してゆきます。しかし1つだけ問題が有ります、進化していくのにかなりの時間が掛かるという事です」
自立進化プログラムは直径10cm程の金属の球体だった。表面には幾何学模様の紅いラインが入っていて一定のリズムで発光している。まるで鼓動しているかの様だ。
宙はそれを受け取り数秒見つめた、するとある疑問が生まれる。
「この自立進化プログラムに進化の限界は?」
「理論上ありません」
「時間は掛かるが何処までも進化していくと?」
「はい、そうです」
「なぜこれほどの物が普及しない」
「それはとてもコストが掛かることと、進化が遅い事です。人間自らが進化し発展する速度が速かった。という事です」
無意識に想像者を発動し高速で思考を始める。宙は有る結論を導き出す。
(これは……行ける)
宙は進化自立プログラムをスーツ内の亜空間に仕舞う。宙は一先ずモニター前の椅子に座り直す。マリアにピックアップして貰ったデータに目を通す。其処には事細かに惑星パスについて記されてあった。
『帝国歴8年、人類以外の生命を発見するという目的で無人探査船100機を宇宙へ飛ばす』
『帝国歴109年、第58無人探査船から生命の痕跡を発見したと通信が入った。同年無人探査船を座標に送る。惑星探査をした所、高度に発展した生命が多数居るであろう痕跡を確認する』
『帝国歴110年、惑星をパスと呼称する。第二次無人探査船を送り込む事が決定、その半年後、探査終了。報告をまとめる。惑星パスには我々人類と遺伝子レベルで酷似している先住民が、約80億人住んでいる。惑星パスには8つの国家が有り、それぞれ王政である。科学かそれに類する学問は異端とされ、科学技術の発展は見られない。先住民は“魔術”と呼ばれる技術を使い戦闘、生活の助けにしているようだ。生活レベルは現在の帝国の約1200年前に類似している』
『帝国歴112年、帝国は惑星パスの先住民とファーストコンタクトを取ることに成功した』
『帝国歴115年、惑星パスに希少価値の非常に高い鉱物の鉱脈を多数発見。採掘について先住民と協議するが難航』
『帝国歴116年、鉱物の採掘について白熱した討論をしている時、帝国側の役員が“魔術は時代遅れだ”と誤って発言。相手はこれに激怒、魔術を使いが役員3人を焼き殺す。という事件が発生。同日、政界の権力をほぼ掌握し、絶大な影響力を誇るアウエル・シュテットがこれを戦線布告と捉え軍を編成。惑星パス第七国家に攻撃を開始。事件については事実を大きく捻じ曲げられ、相手側からの一方的な宣戦布告と報道される。同年、第七国家以外のすべての国家が軍を率いてパス連合軍を編成、帝国軍と衝突。第一次パス大戦勃発。同年、帝国の圧勝、パス連合軍は約5億人の戦死者を出す。帝国は合計900億Åの賠償金をパス8大国家に請求、さらに帝パス友好条約締結(不平等条約である)』
『帝国歴121年、第二次パス大戦勃発。第二次パス連合軍は10億人に膨れ上がる。帝国軍は物量に押され駐留していた帝国第43師団が壊滅。9348人の死者を出す。帝国内では徹底的な報道規制が敷かれ。惑星パスで新種の病原菌による病死とされた。これに対し帝国は大量破壊兵器による殲滅を命令(アウエル・シュテットの独断によるもの)10億の連合軍は兵器使用から約15秒で壊滅、その後崩壊。表向きは病原体の滅菌とされた』
『帝国歴122年、アウエル・シュテット、帝国国民の圧倒的人気により就任選挙を圧勝、帝国第92代大統領に就任』
『帝国歴123年、アウエル・シュテットは――対人用無人機30万機をキルモードで惑星パスに独断で投下。これによる死者は――』
『同年、アウエル・シュテットはレアメタルの採掘を断行、抵抗する28の農村を対人無人機を要し――』
『同年、アウエル・シュテットは――これによる死者は――』
『同年、アウエル・シュテット――帝国には報道規制が――』
途中から宙は読むのを止めた。ここまで読み宙は1つ理解した事が有った。
(“あいつ”はよほど人間を欺き殺す事が好きらしいな……しかし、これではとても“足りない”)
宙はピックアップされた以外のデータも閲覧する事にした。するとどんどん宙の表情が無くなっていった。
「なるほど、そう言う事か。だが、あいつがそんな簡単なミスをするとは思えないな?」