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第18話 魔力加速砲と婚約届

 

 先に動いたのは≪エンデッド≫だった。5体は散開し、一定の距離を取った所で攻撃を始める。滑空砲にグレネード、散弾が雨霰と吹き荒れる。

 爆発音と硝煙が辺り一帯に入り混じり、≪ファントム≫が立っていた地点は土が削れ、クレーターを形成していた。≪ファントム≫は其処で一旦射撃を止める。


 煙が晴れると、其処には≪エンデット≫を遥かに凌ぐ発光を機体に纏った≪ファントム≫がただ佇んでいた。

「姉さん、どう?」

 雪春が今もなおデータを採取しているであろうノアに語り掛ける。

『完璧だ。次は、回避運動を行いつつ戦闘をしてくれ』

「了解」


 短く答えると雪春は動いた。

≪エンデット≫は≪ファントム≫が動き始めるのを微かな駆動音で察知し、一斉射撃を再び行った。

 雪春は≪ファントム≫と連動する体躯を動かし、125mm、グレネード、そしてその爆風と鉄片、散弾の1粒1粒を全て完璧に避ける。

 今の雪春には造作も無い事だ。

≪ファントム≫は着用者の神経系とシンクロし、視覚、聴覚の補助は勿論。反射神経の上昇から始まり生命維持、または直感等の第6感まで備わる。これらの機体からのフィードバックは通常の人間の脳ではとても処理できない。第五世代人類である雪春ですら戦闘をしながらではとても無理だ。

 

 其処で量子コンピューターによる脳の代理演算が行われる。

 処理しきれない膨大な情報をコンピューターに任せ、充分な訓練を受けた第五世代人類に把握可能な程度にまで簡略化し脳に伝えているのだ。

 それでも、従来の人の脳では情報量が多すぎるため、処理はとても追いつかない。

 つまり、この機体≪ファントム≫は第五世代人類でなければ扱う事が出来ないわけだ。

 

 雪春は送りこまれて来る情報を頼りに1つずつ丁寧に避けて行く、雪春は走馬灯の様にゆっくりと時間が流れて行く錯覚を覚えた。実際、雪春の体感時間は通常時の数百倍から数千倍に引き上げられている。

 見えるとはそう言う事だ。雪春は飛んで来た125mmの砲弾を無理やり逆手で掴みとり、そのまま投げ返した。

 投げられた砲弾は≪エンデット≫の滑空砲の銃口に吸い込まれる様に収まり、爆ぜた。

 砲弾を投げ返した直後、雪春は先ほどから散弾を乱射している機体に肉薄する。右手の指を揃え、≪エンデット≫の腹部に抜き手を入れる。


≪ファントム≫の右手は易々とμCDSを突き破り、装甲を貫いた。

 大量の火花が散りつつも、≪エンデット≫は動くのを止めず銃口を向ける。

 しかし、引き金が引かれることは無かった。

≪ファントム≫の突き刺し、肘の手前までめり込んだ右腕に光が収束し始める。


「ファイヤ」

 雪春がそう呟くと、青白い光の束が≪エンデット≫の背中の装甲を内側から押し上げ、貫いた。

 雪春は≪エンデット≫の腹部に足を掛けると、勢いよく右腕を抜き、其処から離れる。

「1機目……」

 背中で爆風を受けながらも、雪春は次のターゲットへ向かった。


 ☣☣☣


 人工太陽が夕日を造り出し、都市を紅に染める。

 あの戦闘鑑賞の後≪ラボ≫の様々な施設をコリンはクラスメイトと見て回った。

 コリンを除いた全員は地下都市B1ですらお目に掛かる事の出来ない、技術の結晶の数々に目を奪われ心を躍らせたが、コリンはなぜか同じ様にはしゃぐ事が出来なかった。


「心にぽっかりと穴が開いた様だ」正にこの時の為に使う言葉だと、コリンは思う。

 結局、イヴが来ることは無く、社会見学は終了した。

 その日、学校は授業が無く、見学が終了した時点で解散に成った。

 コリンは同じ方向に一緒に帰る友達が今日は居なかった為、1人でトボトボと家に向かって行く。

 しばらく歩くと夕日をバックにしてイヴがぽつんと立っているのを見つけた。

 コリンは急いで駆け寄ると、衝動を抑える事が出来ず、思わず大声を張り上げてしまった。


「どうしてッ!」

 コリンは怒っていた。

 生まれて初めて本気で怒っているのだと、心のどこか冷静な部分が理解する。

 目の前に居るイヴはコリンが声を荒らげた事で一瞬目を見開くが、それ以降反応は無かった。

 何時も通りの眠そうな無表情を決め込んでいる。

「……ごめん、大きな声出して」

 自分で大声を出しておきながら、気不味くなったコリンは謝るのだった。

「でも、何でイヴはあんな危ない事を?」

 数秒の間の後、イヴは口を開いた。


「……確かに危険は有る。しかし、私が自ら志願した」

「イヴのお兄さんとお姉さんは……」

「始めは反対していた、でも、私と雪春は何かの役に立ちたかった。だから、私達2人はバッド・エンジェル・カンパニーに所属して、≪ラボ≫では新型機のテストパイロットをしている」

 コリンはイヴの目を見る。一切の揺らぎに無いまっすぐな目をしていた。

「……そっか」

 コリンがそう呟くと、今度はイヴがコリンに尋ねて来た。

「……あなたはどうして私を怒ったの?」


「え?」

 コリンは質問の意味が良く分からず聞き返した。

「にーが言っていた、イヴを真剣に怒ってくれる人はイヴが本当に大切なんだよって」

 イヴは更に続けた。

「……コリンは私の事が大切?」

 コリンは顔を真っ赤にして、自身の意識が深い思考の海に落ちて行くのを感じた。

(そ、そんなつもりで言った訳じゃないのに! ま、まるで告白を迫られているみたいじゃないか!)

 

 悲しいかな、イヴはただ単純な疑問として問いかけているだけで、別に告白を迫っている訳ではない。例え此処で「大切だから」や「イヴの事が好きだから」と勇気振り絞って言った所で、イヴは“友達として”と言う前提のもと、その事柄を捉えるだろう。

 イヴ、雪春の2人は純粋培養された第五世代人類だ、そのためか、コリンなどの人間をベースにしているものに比べ、感情が乏しい。そのため、こう言った思春期を絵に描いた様な、嬉し恥ずかし事情には大変疎かった。いや、ある意味知識だけはふんだんに持っている為、成熟しすぎていた。そのことから、そう言った事に対して嬉しいとは感じても、恥ずかしいと感じることは無い。

 だが、今回ばからはこの事が幸いした。

 コリンはとんでもないことをこの直後を口にする。


 だが、誰が責められるだろうか、イヴは正に美少女だ、それもとびっきりの。

 癖が無くつやつやとした黒髪、ほっそりとした顔のラインにふっくらとした唇。しみ1つ無い陶磁器の様な白い肌。細身ながらも女性的な曲線を描いた身体。

 想像してみよう。そんな可愛い少女が首を少し掲げ、ただ無言で目を見つめて来る。時間の経過と共に少しずつ瞳に不安の色がにじむのだ。

 好きな女性が居ても告白どころか、相手が挨拶してきても完全にフリーズし挨拶し返すことすらできない、ノミの心臓を持つコリンに冷静な判断などできるハズが無かった。


「――――」

「え?」

 コリンでは無くイヴが初めて洩らした疑問符。

「え?」

 今度はコリンが洩らした疑問符だ。自分が今何を言ったか理解できていない。

 イヴは寝むそうだった目を大きく見開くと、コリンに再度、尋ねた。


「本当に?」

「あ、うん」

 コリンは何も考えずに頷き返す。

「そう、わかったわ……ちょっと来て」

「え、な、何!?」


 イヴはコリンの手を掴むとそのまま走り出した。コリンは引きずられぎみに成りながらも何とか付いて行く。どうやら地上都市に上がる事の出来る“ゲート”を目指している様だ。コリンの手をグイグイ引いて行く。

「止って下さい。此処から先は許可が無ければ通る事ができません」

 2人がゲートの有る施設に着くと、入口に立っていたアンドロイドが問いかけて来た。

 イヴはポケットから入学式に全員に配られたカードを取り出し、アンドロイドに見せる。

「……確認しました。お通り下さい」

 アンドロイドはそれだけ言うと正面を見据え、動かなくなった。


「今の……」

 コリンは歩きながらイヴに尋ねる。

「パスポート、にーに言って造って貰って良かった」

 施設はかなり大きな造りをしていた。


 ちょっとした空港程度は有る。しかし、なぜかアンドロイドしか居ない。利用している人物が1人も居ないのだ。

 イヴとコリンはそれから幾つかの手続きの様なものを経て、ついでにコリンはパスポートを造り、地上都市に行くことが出来るゲートに向かうのだった。

 其処に有ったのは巨大な魔法陣。魔法陣は青白い光を発していて、イヴは何時も通り、コリンも何時の通り(ビクビクと)に陣の中に入った。


 2人は手を繋いだままだ。コリンは始めこそ、恥ずかしさのあまり、顔から火が噴き出しそうだったが、現在はなぜか、嬉しいと言う感情が勝っていた。勿論、恥ずかしいことには変わりない。周りに人が居なかったせいでもあったが、イヴのその小さく柔らかい手が、とても愛おしく思えたのだった。


 ☣☣☣


 地上都市側のゲートで働く≪グループ≫の従業員は初の重大な仕事に緊張の連続だった。

 それと言うのもイヴとコリンの2人が訪れたからだ。

 宙やイヴは専用のゲートを持っており一般者向けのゲートを使用する事は無く、≪グループ≫から連れてこられる場合は階級能天使≪パワー≫以上が直々のおもむき、連れてくる。階級持ちと接触する機会など無いに等しい。


 地下都市に訪れた各国の来賓の方々も認識障害の魔術を掛けた上で、直接地下都市へ転送したため、このゲート施設を利用されたのは今回が初めてだった。

≪グループ≫の人達からしてみたら地下都市の人々は雲の上に存在(地下に居るのに妙な話であるが……)例え、16歳程と幼い容姿をしていようとも丁重に扱わなくてはならない。


「誠に恐縮でございますが、パスポートを拝借してもよろしいでしょうか?」

 受付でとても丁寧な言葉遣いと物腰で接してきた女性に2人はカードを渡す。

「……確認しました。――本日はお仕事ですか?」

 女性がマニュアルを忠実に守りながら話しかけて来ると、ノアが口を開いた。

 その間コリンと言えば、いまだに繋がれたままの手が恥ずかしいやらこそばゆいやらで、気が気では無かった。何とか、気をシッカリ持とうとするが、受付の女性の完璧なまでの営業スマイルに圧されぎみだ。しかし、その踏ん張りもノアの次の言葉と共にもろくも崩れ去る。

「――婚約届の製作に」

 ノアはいつもの通りの淡々とした無表情、コリンは思考が完全に吹き飛び、フリーズしていた。


 ☣☣☣


 コリンに其れからの記憶はほとんどない。

 そのおかげで、地上都市の無機質なコンクリートジャングルを脳内で理解する事が出来なかった。


 地上都市のコンセプトは、この地上で1番進んでいる文明から50年進んだ科学技術と魔法技術を持つ都市だ。

 この地上都市には主に≪グループ≫に属するエンジェル・カンパニーの従業員が生活をしており現在の人口は約800万人。この都市の住むにはエンジェル・カンパニーに入社し、ナノマシン入り生理食塩水8mlをモスキートニードル(無痛注射針)を使用して注入するだけと言う手軽さである、その為か人口が急激に増加した。


 先日行われた一般雇用面接(第五世代人類に選抜するものでは無い)では200万人の定員に対して各国から約1400万人の入社希望、約7倍と言う高倍率に成った。

 今のところ≪グループ≫に属する約1300万人の中から≪セントラル≫または≪ラボ≫に配属させた者は計65人と約50万人に1人だ。


 そのことからも例え、容姿が幼かろうと、一番低い天使≪エンジェル≫の階級すら無かろうと、あのような扱いを受けるのだ。

 イヴとコリンの2人は現代の日本で言えば役所の様な所に来ている。役割はほとんど役所と同じで、様々な重要性の高いデータ等を扱う。

 そんな役所に居る2人はあからさまに浮いていた。もう浮まくっている。


 周囲に十代其処らの人など1人も居ない。もともと、会社が造り上げた都市だけあって、子供の数は少ない。少ないと言っても居ないわけでは無く、子供も居る、両親が共働きと言う事がざらなので、保育所は最長21時まで子供を預かる。

 更に教育面でも力を注ぎ、小学校、中学校、高校と授業料、教材費は無料。医療、介護面ですら対策が何重にも張り巡らされている。

 実質この地上で最も過ごし易い、都市であることには変わりない。


 閑話休題。

 2人は相変わらず手を繋いだままである。

「次、30番の方どうぞ」

 そう呼びかけが入ると、2人は立ちあがった。コリンは生きた屍と化しており。イヴに手をひかれると、それにつき従う状態だ。

「本日の御用件は何でしょうか?」

「……婚姻届を下さい」

「すいませんが、何か御身分を証明――」

 そこまで言われると、イヴはカードを渡す。カードを見た瞬間、受付の女性は顔を青くするのだった。


「は、はいただいまッ!」

 2人が地下都市の住人であると知った途端、血相を変えカウンターから飛び出し、2人が居る“右隣のラック”から用紙を引き抜く。

「ど、どうぞ」

 イヴはこくんと頷くと、ペンをとりさらさらと書き始めた。

「はッ!――ッ!!」

 コリンの意識が現実に復帰したのもつかの間、左親指の付け根に激痛が走った。

「な、なにしてるのッ!? 痛ったっい!」

 コリンが見たのは自分の親指付け根の肉を食い破り、その肉を咀嚼しているイヴの姿だった。

「――んく、指を出して」

 コリンの肉を飲みこむと、イヴは自らの指の付け根を噛み千切った時に付いたと思われる、血が生々しく付いた右手をのばし、人差し指でコリンの滴る血をすくう。

 そしてまるで朱肉の様にコリンの親指に血をなすり付け、すでに1つの紅い血印が押された紙に指を持っていく。


「チョット待ったぁぁぁぁッ!!」

 その時だった、役所の入り口から悲鳴にも似た叫び声が響きわたる、その声に動じることなく、イヴはグイッとコリンの手を引き寄せ、印を押させた。


「ノオオオオォォォォ――――!!!!」

 それは正に魂の叫び。

 憎しみ、恨み、寂しさ、およそ考えつく負の感情を煮詰め、常温で2週間放置した牛乳の様なそれはまごうこと無き真の悲しみだった。

 イヴはその婚約届をお願いします。と丁寧に受付の女性に手渡した後、後ろに顔を向けた。

 イヴが見たのは。

 役所の入口で右腕を前に突き出し、愛用の黒いスーツを着用、そして顔を絶望に歪み瀧の様に血涙を流す。

 

 この男こそ。エンジェル・カンパニー・グループ並びに、バッド・エンジェル・カンパニーの頂点に立つ、青野 宙こと熾天使≪セラフィム≫兼≪総統≫は、現在、愛娘を何処の馬の骨とも解らない男に取られた父親の様な顔をしていた。

 

 ☣☣☣


 それから状況は目まぐるしく動いた。

 この結婚を認めることは出来ないと、宙が猛反発。しかしこれにイヴとノアが反論した。コリンとイヴが血印を押したあの婚約届、実はとても強力な、呪の様なものが掛けられている。印が押された今、あの婚約届に掛けられた呪が発動し、記入した2人を結び付けるだろう。物理的にも、精神的にも、魂に至るまで。


 本来、この呪いは宙が面白がって付けたものだった。「身分が~」とか「親が~」と言った周囲に許可が下りない結婚も、この紙切れに名前を記入し血を垂らすだけで、結婚成立。

 お互いに愛し合っていれば、いかなる邪魔をもする事が出来ない非常に強力な代物であった。

 勿論、安全対策も万全だ。もし、どちらか片方でも、この結婚を望まない心が微塵でも有れば、血を垂らし、名前を書こうともただの紙切れ、そこに何も強制力は無いのだ。

 今回問題に成った婚約届、しっかりと魔術術式は発動している。

 つまり、2人は両想いであり相思相愛な訳であった。そして事がなおのこと許せないのが宙。

 物事を泥沼化させたのはイヴとコリンのいちゃつきだった。

 

 コリンも始めはかなり……いや、半狂乱ぎみに戸惑っていたが、1週間後には何か決心したかの様な変貌を見せた。

 どうやら、2人は話しあった結果、先ずは夫婦では無く、恋人からの交際をと言う形で落ち着いた様だ。

 恋人からならと、渋々許可を出した宙はコリンに「悲しませたら、殺すぞ?」と釘を根元まで打ち付け今回の一件は一路収集へと向かったのだった。


 しかし、これは同時にコリンの、苦労と命の危険を存分に吸い上げた、波乱万丈な人生のほんの序曲がコンサートホールに響き始めた瞬間でもあった。

 その事をコリンは知らない。

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