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第17話 入学式

 気付くと、二組の生徒全員は木製の板が張りあわされた床が続く空間に居た。規模はかなりのもので端から端まで50m程は有り、パイプ椅子が整然といくつも並んでいた、1000はかるく超えるだろう。

 眼前には1m程の高さの段差が有り、その上には演壇があった。壇には色とりどりの花で飾られた花瓶が置いてあり、華やかさを演出している

 まるで学校の入学式の様だ。


「此処は何処? これから何が始まるの?」

 コリンは隣に居るイヴに話しかける。イヴは冷静で淡々としていた。

「此処は恐らく、第一エンジェル・カンパニー高等学校の地下にある体育館だと思われる。ここには転移で強制転送されたと考えられる。……これから入学式が始まるはず」


 イヴが話し終わるといくつも眩い青い光が点滅し、そのたびに制服を身にまとった、少年、少女の生徒が現れた。どの生徒も不安を期待の間でかっとうしているような顔をしている。

 すると、異様な雰囲気を持った集団が現れた。明らかに生徒ではない。

 統一性に欠ける、その言葉が一番しっくりくる。フォーマルな格好の者居れば、何故か白衣を着た少女いる。その少女の後ろにはダークスーツにサングラス、身長2m越えの集団が微塵も動く事なく立っている。まともな人物も居るがとても少ない。


 その中にコリンも見覚えがあるメアリ=スチュアートの姿があった。なにか、長いシルバーブロンドの髪を持ち白衣を着た小柄な少女と話している。2人は遠くから見るとまるで歳の少し離れた姉妹のようであった。

 コリンがそんな2人を観察していると、銀縁のメガネ掛け、すらっとした大人びた雰囲気を持つ女性がマイクを持っていた。


「それでは椅子に座っている方はご起立下さい」

 その声には優しい口調からはとても想像できない強制力が有った。数秒立たず全ての生徒およそ1000人以上がスッと立ち上がる。

「はじめまして、皆さん。まずはご入学おめでとうございます」

 透き通るような声音が体育館に響く。


「まずは自己紹介からですね。私はマリアと申します。エンジェル・カンパニーでは秘書を勤めております」

 コリンが周囲を見ると、何人かの男子がマリアに見とれていた。

「皆さんはまだ状況がうまく理解できず、混乱している方も多いかも知れません。しかし、ご安心ください。未来はもう開けています。あなた方はこれからこの学校で3年間さまざまなことを学びます。他ではできないような驚きと発見を数多く体験できるはずです」


 ところどころから3年間この学校で勉強すると聞いて不安の声が上がる。

「御心配は不要です。学費は一切掛かりません。また1日この学校で学ぶごとに日当20,000円が支給されます。ギルで換算すれば200,000ギル程度でしょうか」

 その言葉に体育館中が色めき立つ。

「また、一人ごとに部屋を提供します。家賃等金銭面の請求は一切ございません。この入学式が終了次第、各自の部屋の鍵を配布します。……それと、この入学はキャンセルも可能ですが、この場限りですのでご了承ください。キャンセルなされば、数分後にはきっとあなた方は見慣れた町に戻って居るはずです。キャンセルの方がおりましたら、お手数ですが挙手をお願いします」

 静寂に包まれる。ひとりとして手を上げる者は居なかった。


 それを見てマリアはほほ笑む。

「では、キャンセルの受付を終了します。皆さんが良い学校生活を送れるよう、心から願っております」

 マリアはそう言うと一礼する。

「――それでは次にエンジェル・カンパニー・グループ最高統括顧問、青野 宙様から祝辞です。それではお願いします」

 コリンは“青野”と言うその名字に聞き覚えがあった。

「ねえイヴ、あのスーツを着て今、壇上に登ろうとしている人って……」

「……私の兄」


 やっぱりとコリンはそう心の中で呟いた。

 宙はマイクの前に立つとスーツの内側から、紙を縦に、ジャバラ折りにした物を取り出す。

 ぱっと、その紙を広げ読み始めた。

「えー春暖の季節と相なり、樹木が芽吹き若やいだころと成りました。つつがなくお過ごしのことと存じ……あぁーッ! もう!」

 宙は紙をぐしゃぐしゃと丸め、そのまま中に放り投げると。

「≪フレア≫」

 魔術を発動し燃やしてしまった。

「……あまりにも堅苦しいのでつい燃やしてしまった」

「おいコラ、兄貴!!」


 すると、ノアがマリアの持っていたマイクを奪った。

「兄貴がこういうのが苦手だって行ったから書いてやったんだ! 其れを何燃やしやがって! このピ――でピ――、ピ――ピ――が!!」

「あーノア……後で話し聞くから……また後でな」

 ノアのご立腹加減は相当なもので、とても表現できない下劣な言葉を連呼している。

「……皆さん、自己紹介がまだだったな、俺は青野 宙。一応エンジェル・カンパニーを創った内の1人で、最高責任者をやっている。んで、今そこで放送禁止用語を永遠と連呼して居るのが……まあ、妹のノアだ」


「オラ! テメーラ! 何見てんだ、アァ?」

「すまんな、いつもは優しい良い子なんだ……あの頃はあんなに素直で、う、うぅ」

「あ。お、おい。その、な……泣くことないだろ? あ、あう、言い過ぎた。わ、悪かったから――」

 さっきまでケンカしていたのにも関わらず、今でノアが慰めている。

「――さて、まああれだ。入学おめでとう」

「オイ」


 さっきまで泣いていた(泣き真似をしていた)宙は何事も無かったかのように、マイクを固定している台から取り外し、手に持つ。

 何故か祝辞がコントに成ってしまった。体育館に微妙な雰囲気が流れ始める。

「また脱線してしまった。……ノア、話しは後でだ」

「ふん!」

 するとノアとその後ろに控えていたスーツの集団の足元に魔法陣が刻まれ、転移術式が完成すると瞬く間に転移してしまった。


「はぁ……先ほど転移してしまったのはエンジェル・カンパニー総合開発機関局長:青野 ノア、階級は智天使≪ケルビム≫だ。現在エンジェル・カンパニーが独自に開発した製品の90%は彼女の発明と言っていい。将来、開発関係に進みたいと、思うならまず間違いなく就職先は総合開発局だな」

 先ほどとは打って変わって、真面目に話す宙に生徒達は耳を傾ける。

「それとこの学校では学ぶと言っても公式を覚えたり等の膨大な暗記作業を永遠と繰り返す事ではけして無い」


 全員今一つよくわからない様だ。

「なぜなら、そう言った知識はすでに此処に入っている」

 宙はそう言って右手の人差指で自らの頭を指差す。

「それではまずこて調べだ。今から有る計算式を口頭で言うから暗算し、解ったら手を上げてくれ。それじゃあ行くぞ。一万六千五百九十六掛ける事の二万七千九百三」

(なんだこれ……)

 コリンはその式を聞いた瞬間、頭の中に数字の羅列が浮かんだ。

 辺りを見渡すと、目につく限り全ての生徒が同じ様に不思議そうにしていて、何人かはおずおずと手を上げていた。イヴに至っては聞いた瞬間に挙手している。

 コリンもそれにならい手を上げた。

「答えは四億六千三百七万八百八十八。どうだ? 恐らく今君達は不思議な経験をしたはずだ。問題を聞き終わった直後に、答えが頭の中に浮かぶ、そんな経験だ。それはなぜか?

 答えは……君達はもう従来の人間じゃない。試験会場で君達は光に包まれ、気が付いたら透明な用器の中に居ただろ? あの時すでに君達はホモ・サピエンスを卒業していたわけだ」


 宙は更に続ける。

「それとな、この三年間、君達はこの地下都市B1から出る事が出来ない。故郷には帰れないからな?」

「ふざけるな!」

 一人の生徒が声を荒らげた。

「さっきから聞いてれば、お前達は人間じゃないだの、此処から出られないだの、ごちゃごちゃ言いやがって。唯の監禁じゃないか、俺達にはここから出て帰る権利だって有るはずだ!」

「……えーと、言いたい事はそれだけか?」

「な、それだけ――」

「まあ、少し黙れ。≪サイレント≫」

 宙は彼がこれ以上言葉を発する事を許さなかった。魔術を発動し、声を封じる。

「君達の言っている事はもっともだ。我々のしている事は監禁、人権を無視した人体実験、生命の冒涜だ。だが……それがどうした!! 我々はその犯した過ちの分だけ、償いをしている」


 宙は先ほど魔術を掛けた少年を見る。

 すると懐からA4サイズの金属の板らしきものを取り出す。宙はその板を指で突っついたり、はじいたりする。

「お、あった、あった。三組、ドーン・ファクトだったな。お前の志望動機はー……金が欲しい、おーとっても解り易い。さてこの中で志望動機が金ってやつは何人居るかな? まあ99%以上だが。それと、帰る? 帰るって何処に? そこには“誰”が君達の帰りを待っている?」

 宙は一人一人の顔を見て行く。

「心の許せる人が居ない。両親が居ない。兄弟、姉妹が居ない。友達が居ない。頼りになる知り合いも居ない。そんな君達の帰りを“誰”が待っている」

 宙はまた一人一人の顔を見渡す。うつむき、顔を曇らせている生徒がほとんどだ。

「……君達を雇い、生命を冒涜し、ホモ・サピエンスである事を、断りも無く止めさせたが。その見返りに、金を与え、服を与え、家を与え、そして学ぶ事の楽しさを与えようとしている我々はそんなにも悪なのか? マリアも言っていたが、未来はもう開けている。現在我がエンジェル・カンパニーの総社員数は70万人に上る。この学校を卒業し、入社すれば、君達は天使≪エンジェル≫の階級が与えられる。そうすればもはやエリートだ」


 宙は懐から、銀色をした、一対の閉じた翼の形をしているバッチを取り出す。

「この際だから説明しておくと、エンジェル・カンパニー・グループは大きく3つに分けられる。生産開発の総合開発機関≪ラボ≫、販売や営業を行う傘下企業≪グループ≫、そして統括や管理をする≪セントラル≫。一般的にエンジェル・カンパニーに入社するとほぼ必ず≪グループ≫に入る。其処で実績と経験を積み、優秀で有れば≪ラボ≫または≪セントラル≫に配属される」


 宙は更に続ける。

「此処でこのバッチの登場だ、≪ラボ≫、≪セントラル≫ではこのバッチが階級を表す。全部で8つの階級に分かれ、上から、熾天使≪セラフィム≫、智天使≪ケルビム≫、座天使≪スロウン≫、座天使≪ドミニオン≫、力天使≪ヴァーチュ≫、能天使≪パワー≫、権天使≪プリンツパラジー≫、天使長≪アークエンジェル≫、天使≪エンジェル≫となっている」


 宙は懐からまたバッチを取り出した。そのバッチは天使≪エンジェル≫と同じく翼を模したもので、違いは右翼が広げられている事だった。

「右側の翼が開くと、次は左の翼が開く。そして能天使≪パワー≫に昇格すると、バッチ

 の翼は4枚になる。そして先ほどと同じ様に右、左と昇格と共に翼が開く訳だ」

 宙は此処で一旦区切り、

「話が長く成って悪いな。皆座ってくれ、大事な話だからもう少し話すぞ」

 宙がそう言うと、マリアがすかさず「ご着席下さい」と言った。

 全員座ったのを確認すると宙はまた再開した。

「天使≪エンジェル≫の階級でさえ持っていれば、≪グループ≫内では専務か常務級の扱いを受ける。つまり地上都市では全ての公共機関の利用が無料になり、出張すれば、出張先に有る、エンジェル・カンパニー系列のホテルが無料または最低5割引される。正に良い事尽くしだ。さて次だ、マリア。配布してくれ」


「かしこまりました」

 マリアは足元に有るボタンを踏む。すると、全生徒が座っている、席の右前の床が小さくスライドし金属製の円柱が出現する。円柱の頂点は平らで名刺程の大きさのカード収納されていた。

「なかなか凝ってるだろ、この為だけに付けた設備だ」


(((なんて、手間の掛かる事を……)))初めて全生徒の心が一つに成った瞬間だった。

「そのカードはこれからの生活に欠かせないカードだ。財布兼身分証明書兼鍵の役割が有る、勿論セキリティも万全だ。万が一無くした場合再発行が出来るが……再発行に12時間程掛かる、つまり無くした場合、飯は食えず、家にも入れず。最悪な1日に成るから注意しろよ」

 宙は全員がカードを取った事を手に持ったボードで確認する。

「さて、まあ大方話したな、本格的な授業は明日からだ。今日はゆっくり新しい家で休むと良い。さて、こんなもんか……マリア、後はよろしく」


 それだけ言うと宙は転移を使い消えてしまった。

 マリアは気付かれない程度に溜息をつき、全生徒にこれからの事を話すのだった。


 ☣☣☣


「はッ!!」

 コリンはベットから飛び起き、枕元に置いてある携帯電話で時間を確認する。この携帯電話は入学式の次の日に配布されたもので、クラス全員持っている。この携帯電話は言わば最低限の機能しかない学校用。プライベート用としてもう一機買う事をお勧めされたが、取り敢えずコリンは携帯電話の購入を先送りにした、必要に成ったら買うことにする様だ。

 現在、午前6時。まだだいぶ時間は有る。


 コリンは一安心し、もぞもぞとベットから出て、締め切っていたカーテンを勢いよく開く。

 コリンは窓から降り注ぐ人工太陽の光に目を細めながら、眠気をさまして行った。

 光に成れるとその巨大な地下都市を見渡す、眼下の道路と歩道では清掃用小型ロボットが忙しなく動き回り、眼前の超高層ビルは人工太陽の光が窓に反射しきらきらと輝く。

 コリンが≪ティエラ・ナタル≫で初めて“学校”に通った日から速くも3週間。コリンも学校にはだい

ぶ慣れたが、この高すぎる眺めにはまだ慣れずに居た。


 コリンは一先ずシャワーを浴びる事にした、此処に来る以前はそんな習慣は無かったが、この部屋に備え付けられた浴室は広く、掛けられた魔術によって何時でも清潔な状態が保たれている。コリンが風呂好きに成るのにそう時間は掛からなかった。


「ふう」

 制服に着替えたコリンはゴロンとベッドに横に成る。

(本当に此処は凄い……科学技術と魔法技術が上手くお互いの欠点を補い合ってる。僕のこの部屋1つにしても何十何百もの魔術が僕の生活をより快適な物になる様に作動している)

 ベッドから身体を起こすと窓の下のロボットを見る。

(……あの国にもロボットは有った。でもあそこまで正確で安定した動きは見た事が無い。学べば学ぶほど、此処の異常さが理解できる。……そして、その異常を一瞬で理解できる、自分の異常さも)


 コリンはこの3週間、勉強しかしていない。勉強が面白く、知る事の喜びを享受し続けた。

 第五世代人類は計算力、暗記力、IQなど、どれをとっても従来の人間では及びもつかないのであった。

 コリンは朝食軽くとり、忘れ物が無いか確認すると、鞄を持ち部屋をでた、エレベーターを使い1階まで下りる。少しの浮遊感の後、あっという間に1階についた。

 広いエントランスを抜け、外に出ると、コリンは自分の家の有る70階建のマンションを仰ぎ見てから学校に向かっていった。


 ☣☣☣


「突然ですが、今から社会見学に行きます」

 担任のメアリがSHLショート・ホーム・ルーム開口一番にそんな事を言った。

 教室全体は驚きに包まれる。

「先生ぇ~何でそんなに行き成り何ですか? 昨日は何時も通りって、言っていましたよね?」

 女子生徒の一人がメアリに質問した。

「そのー……、それが上司に言われたんですよ、明日社会見学に来いって来ないと、左遷だって言うもんだから……」


 女子生徒はメアリの胸に輝く、その完全に開いた四枚の翼を見る。

「先生って主天使≪ドミニオン≫ですよね? 先生の上司って一体誰なんですか?」

「えーとっ……エンジェル・カンパニー総合開発局局長青野 ノア智天使≪ケルビム≫です」

 驚きの声が響く中、コリンはスッと隣の席を見る。

(どうしたんだろう? 風邪かな? いや、もう風邪なんてひけない。だとすると……)

 コリンは1人、イヴの事を考えるのだった。


 ☣☣☣


 地下都市B5。そのは、エンジェル・カンパニーの心臓部。様々な物が厳重の保管、封印されている。権天使≪プリンツパラジー≫以上の階級を持たなければ、特別な許可を貰わない限り、たちいる事すら許されない場所だ。

 首に許可を受けている証明であるプラカードを掛け、30人がぞろぞろ移動していた。

「皆さん、もうすぐ第202格技試験室に着きます。中には席が用意されていますので自由に座って下さい」

 そして通路を進んで行くと、行き止まりに成っていた。


「先生迷いました?」

「大丈夫です、道は有ってますよ。皆さん、転移しますので、もう少し此方によって下さい」

 メアリがそう言うと、白い無機質な床が光り出す。

「≪ラボ≫にはこういった転移ポータル無数に存在します。それと言うのも≪ラボ≫はとても広大で、徒歩では100年掛けても見て回る事は到底不可能です。階級に応じて転移できる範囲が限定されており、私でもたちいる事の出来ない場所が沢山あります。将来≪ラボ≫で研究がしてみたいと、考えている人は覚えておいて下さい」


 メアリが言うと何人かの生徒が「はーい」と返事をした。

 そして、転移が完了すると、其処は第202格技試験室と記された大きな2枚扉の前だった。床、壁と同色の無垢な白をしている。

 一行が入って行くと、3面ガラス張りにされた広い部屋だった。床と天井は依然として白一色、奥行きが掴みにくい。

 ガラスの向こうには直径300m程のドーム状の半円型の空間が広がっている。その空間には瓦礫の山が至る所に有り、コンクリートと鉄骨で出来た廃墟まで存在する。

 コリン達が居るこの部屋はかなり高い位置に有り、さながら規模の大きいジオラマを見ている様に錯覚させる。

「それでは、適当に座って下さい」

 そう言われコリンは適当に座る。ガラスの外を観察すると、ほかにもこの半円状の同じ高さに出っ張りが幾つも有った。


(見学に来ているのは僕達のクラスだけじゃないみたいだ)コリンはそう当たりを付ける。

 コリンはそれから数分、ガラスの外の空間を観察して過ごした。

『諸君! 今日はよくオレの城に来てくれたな、心から歓迎する。オレは此処の局長をやっている青野 ノアだ、よろしく』

 そのキーは高いが男の様な口調がと共に、ドームの天井が開き、4m程の塊が1つと2m程の塊が10程度に落下して来た。

『歓迎の意味を込めて、先ずはデモンストレーションだ』


 大小の塊が轟音と土煙を巻き上げ落下する。土煙が晴れ其処に有ったのは黄色い装甲を持ち、両手に銃を抱えた10体アンドロイドと4mの体躯を持つ第一世代型戦闘用甲殻外装:≪ディーン≫の姿だった。

『黄色くて小さいのがうちの最新型アンドロイド、AC-AN9。そして、その大きいのが≪ディーン≫だ。2機種とも発売はおろか、公開すらしていない機体で、関係者以外に見せるのはお前達が初めてになる。今回はこのAC-AN9、10体と≪ディーン≫を戦わせ、実用性、戦闘能力、その他もろもろの性能を計測するのが目的だ。前置きが長く成ったな、それでは……始め』


 ノアの合図と共に10体のAC-AN9は散開し、至る所に有る遮蔽物に身をひそめた。そしてつんざく様な音と共に10のマズルフラッシュが瞬く。

 放たれた何百と言う弾丸は≪ディーン≫の装甲と激突する。激しい金属音が響きわたるがそれほどダメージは受けて居なかった。

≪ディーン≫が動いたのはその直後。背中に装備された2つの巨大な銃器うち1つを手に持ちかまえる。

 その大きくて無骨な金属の指が引き金に掛かる。

 ポンッポンッポンッと気の抜けたシャンパンのコルクを抜いた音と共に、銃口から4cm程のグレネードをいくつも吐き出した。


 轟音と破片、そして金属辺が飛び散る。

 1体破壊されたAC-AN9は遮蔽物が効果をなさないと判断し、一斉に移動し始めた。威力は高いが、速射性能に劣る相手の装備を見ての判断だった。

 しかし、まだ甘い。

≪ディーン≫は相手が移動し始めるのを確認すると、牽制の為に放たれた弾雨をもろともせず、左腕で銃身を守りながら背中に仕舞う。そしてもう1つの銃器を取り出した。

 そして放つ。

 本来ならばAC-AN9の考えた作戦は完璧だったと言って良い。AC-AN9の筆頭する所は、俊敏さと固さ。並みの小銃では凹み1つ付ける事は出来ない。その俊敏さを生かし高速で移動、相手を撹乱、または照準から逃れる。グレネードからの爆風が有るが、装甲で守られている、直撃しない限りAC-AN9にはそよ風だ。そして事前にインプットされた敵の弱点である背後に回り込み、銃に備え付けられたグレネードの一斉射を浴びせようと言うのだ。≪ディーン≫は正面に比べての背中の装甲が薄く、動力部が密集している。そのため、いかに≪ディーン≫とは言え、9発のグレネードを一斉に受ければひとたまりもない。


 だが、≪ディーン≫はそれを許さない。

 構えた銃の引き金を引く。

 すると、爆音と共に一体のAC-AN9がオイルを撒き散らしバラバラにちぎれ飛んだ。

 四肢と首が、ポップコーンがはじける様に飛び、胴体が無残にひしゃけていた。胴体部を良く見ると、無数に穴があいており、紙に穴を開けるパンチ機に、何回も何回も掛けたボロボロの紙の様になっている。

≪ディーン≫が放ったのは散弾、ただし、弾の1つ1つが通常の弾丸サイズに及ぶ。

 これにより、遮蔽物が一切ないフィールドに無防備にも全身をさらしているAC-AN9は一方的に破壊されて行った。


 ☣☣☣


『さて、デモンストレーションが終わった所で、本日のメインイベントに行ってみようか』

 ノアのその言葉と共に何かがまた天井から落ちて来た。

 300mの落下を経て、地面に綺麗に着地したのはAC-AN9よりも数段小柄な2人組で、2人にも身長差が有った。

 2人は黒い軽装鎧の様ないでたちであった。全身がプレートで覆われている訳では無く、プレート部分は胸当てと手足を覆うのみで、それ以外は黒い生地、皮膚の露出は一切ない。頭はフルフェイスのこれまた黒い防具で守られている。胸当てには青いラインが縦に一本入っており、丁度右胸辺りに星のマークをテーマにしたエンブレムがペイントされていた。


 2人はそれぞれ違う装備を持っていた、小柄の方は自分の身長程もある銃を背中に斜めに掛け、腰に20cm程の刀で言えばつかの部分を2本差していた。

 もう一人の方は更に奇抜な装備で、背丈程の金属で出来た杖を一本持っているだけだった。杖には幾何学模様と、何かの文字がびっしりと刻みこまれ、脈動する様に時折鈍い光を発している。

『さてこれで整ったな、今からこの2人が先ほどAC-AN9ですら倒せなかったあの≪ディーン≫を撃破するのが目的だ、それではスタート』

 その掛け声と共に銃を持った人物が動いた。真横に走り出し、背に掛けていた銃を両手で構え、銃口を≪ディーン≫に向ける。何百発と弾丸を受けそれでそれでもほぼ無傷だったその装甲に向けたのだ。その行為は観戦していた全ての生徒たちの目には無謀に映る。

 しかし、今度ばかりは違った。

 ダダダッと空気を震わせ、立て続けに放たれた3発の弾丸は≪ディーン≫右膝の1点に寸分たがわず着弾する。そして装甲は確実にダメージを受けていた。

 それもそのはず使用された弾丸は.700ニトロ・エクスプレスと言う規格の弾丸を使用している。

 .70口径(17.78cm)のその弾丸はけして、立ったまま撃って良い代物では無い。立ったまま、しかもライフル銃で撃てば、脱臼、骨折は必至だろう。


 それをこの小柄な人物は事も無げにやってのけた、しかも3発である。

≪ラボ≫製のその背丈ほどもある銃は.700ニトロ・エクスプレスを連続で大量に打ち出せる様にドラム型のマガジンを取り付け、銃身にはBad Engel Companyと記されてあった。

 その時もう一方の方の杖を持った人物も行動を開始していた。

「第一の盾≪バルタザーク≫第二の盾≪カスパー≫第三の盾≪メルフィオーレ≫展開。続いて、魔弾≪シューター≫毎秒25発30秒間フルオート。――レディ」


 すると、ギュルッギュルッと杖から超圧縮詠唱が行われる。

 もはや1つの音に成り言語では無いその音声の直後、その人物の身体が青く発光、そして直径2m程の球体が身体を包み、正六角形の青い結晶体が8つその周囲に出現、周囲を浮遊し始めた。

 そして、1m程の大きさの青い球体が大量に発生し、一斉に≪ディーン≫に殺到する。

 豪雨の様に降り注ぐその魔弾は着弾と共に爆発する。

≪ディーン≫はすかさず両手をクロスさせ耐える。

 すると、この時を待っていたとばかりに銃を構えた人物は撃ちまくる。

 ガガガガッと弾丸が装甲に着弾するたびに装甲は確実に削られ、ついにその装甲を貫いた。

 クロスさせ、身体を守っていた≪ディーン≫は頭部に一門着いた12.7mmの重機関が魔弾を放ち続けている人物に向けられ、撒き散らされる。

 観客席の生徒たちの中から悲鳴が上り、何人かの生徒は目をつぶる。しかし、その心配は今回も杞憂に終わる。


 浮遊している正六角形の結晶体≪バルタザーク≫が高速で動き、弾丸を防いでいく、何発か取りこぼした弾丸は全身を覆っている球体≪カスパー≫によって防がれ、術者には一行に届きそうにはなかった。

「姉さんッ! 後5秒で打ち切る!」

「……了解」

 銃を構えた小柄な人物は撃ち尽くした銃を放り投げ、腰に挿していた柄に手を掛け、引き抜く。

 しかし、其処に刀身は無かった。

「抜刀」


 すると、刀身の無かった柄から青い刀身が生えた。ただし、とても巨大な。

 純粋な魔力のみで形作られた刀身はまるで氷の様に冷ややかで、鋭く、美しかった。

 柄を両手で持ち右肩の上に掲げ、前傾姿勢、右足を前に出し、

「……参る」

 ――消えた。

 と、その人物を見ていた生徒たちは思っただろう。

 その人物は一瞬のうちに消え去り、一瞬のうちに≪ディーン≫の真後ろに刀身をすでに消した柄を握り、佇んでいた。

「任務完了」

 ドームを揺るがす轟音と共に、熱風と小さなキノコ雲が上がった。


 ☣☣☣


『さて、これで終了だ。今日は楽しんでくれたかな? それでは2人の紹介をしよう』

 戦闘が終了してから、約5分、ドーム全体に抗放射能薬が霧状で散布され、ドーム内の放射能濃度はほぼ零に成った。

 先ほどまで常識外れの激しい戦闘を繰り広げていた2人組はドームの中央に佇んでいた。

 すると、2人はほぼ同時に頭部の手を掛ける。

 ぷしゅと言う空気が抜ける音がしたあと、2人はそのヘルメットを取った。


 小柄な人物からは、花が咲くように長く艶やかな黒髪が零れ、精緻な容姿があらわになる。杖を持っていた人物は(杖は戦闘終了と共に収縮し、ポケットに収納した)少し伸ばされた黒髪を持ち、色白で整った顔立ちの少し幼い好青年と言った具合だった。

 つまり、2人とも完璧な美男美女。瓦礫の中で、鎧を身に付けた彼らの立ち姿は1つの絵画の様であった。……少女が寝むそうは顔をしていなければ……。

『まずは彼の方からだ、彼は青野雪春。名前で気付いたと思うが、私の弟でもある。バッド・エンジェル・カンパニーと言う会社に所属していて中尉として活動している。専門は魔術関係でかなり優秀だ』

 紹介が終わると、雪春は頭を下げ挨拶する。

『彼女は青野イヴ。此方は私の妹だ。弟同様バッド・エンジェル・カンパニーに所属していて階級は大尉。戦闘を見て解ったと思うが、イヴは強いぞ? ノアの事が気に成る野郎どもッ! イヴを任せられる奴じゃなきゃ私は認めなから、そのつもりでなッ!』


 イヴはそんなノアの言葉に何の反応を見せず、弟に倣いお辞儀をした。

『それでは各自、担当の先生に従い次の見学場所に移動する様に。――じゃあな』

「さて、皆さん次の見学場所。生産プラントエリアに向かいます。忘れ物が無い様にシッカリと、手荷物を確認してください」

 コリンは混乱していた。何であそこに、ガラスの向こうにイヴが居るのかと。どうしてあんな無茶な戦闘を行って平然としているのかと。

「コリン? 準備は整いましたか?」

 メアリにそう尋ねられ、意識を現実に戻す。其処にはコリンとメアリの2人しかいなかった。

「あ、はいっ 整いました」

 コリンは慌てて椅子から立ちあがった。


 ☣☣☣


「どうでしたか?」

 宙はその部屋に一堂に集まった人物の顔を一人一人見て行く。

 そこは一言でいえば異様な空間だった。部屋は一面ガラス張りで床を除いて透けていて。一目で高級だとわかる黒色のいかにも座り心地の良さそうな椅子が置かれている。


 此処に居る人物の服装はそれぞれバラバラで、現代の一般的なスーツを着ている者が居れば、歴史の教科書を開けば出てきそうな中世のヨーロッパの貴族の様な服装の者。ゆったりとした白い服を着た、肌の浅黒い人物など、人種、国、時代とどれも統一性に掛ける。

 しかし、共通点が1つあった。それは表情だ。

 みな思い思いに顔をゆがめ、恐怖していた。目の前で繰り広げられた。壮絶な戦闘、その鉄風雷火てっぷうらいかが吹き荒れるさまに。

「そうそう、皆さんは“こんな物”が我々の本気だとは思わないで下さい。これはまだ序の口の序の口。氷山の一角のそのまた一部にすぎません」

 宙のその発言に個々の表情が更に曇る。


 彼らは言わば周辺国の特使、大使と呼ばれる人々だ。

 この集まりはエンジェル・カンパニー側がセッティングしたもので、各国に呼びかけ、今回この様な形で集まっていたのだ。文明が発達していない、少数民族、国として機能していない所を除けば、この星に有る全ての国家が会したのだった。

 言語の壁は魔術で解決し問題無く、お互いに情報交換などをしているようだ。

 ちなみに、彼らには地下都市の事は明かしていない。


 彼らにはここは地上都市の大規模な実験施設だと、魔術で認識させている。この魔術は相手の真相心理にまで働きかける強力な物で、下手な魔術返しなど何の役にも立たない。

 彼らが国に帰り、報告しようとも、地下都市の事は一切明るみには出ないだろう。

「皆さんには遠路はるばる来て頂いたのです。我々としても“あんな物”を見せただけではとても恥ずかしい。其処で、我々が開発した最新機をご覧に入れます」

 すると宙は後ろに控えているマリアのアイコンタクトをする。

 マリアは頷き。何処かに連絡を取り始めた。

 各国の大使達は、顔を青くしながらも、ガラスの向こうのドームを食い入る様に見つめている。

 すると、ガラスは一瞬黒一色に成り、次の瞬間には大地には緑、青と白のコントラストが美しい空、そして彼方には海が見えた。


「ここは……」

「ここは、丁度エンジェル・カンパニーの真裏に有る、1つの無人島です。かなり危険が伴うので、映像のみに成りますがご了承ください」

 映像に変化が有った。空から何か巨大なミサイルの様なものが飛来してくる。ミサイルはそのまま落下し土煙を上げ、地面にほぼ直角に突き刺さる。それが何十と空から降って来た。

「何だね、あれは」

「言葉で説明するよりまず先に見てからの方だ速いでしょう。説明はそれからと言う事で」

「……うむ」

 取り敢えず、宙は説明するのが面倒に成って来たので、黙らせた。

 コリン達生徒がまだ観戦している時からあれは何か、これは何かと、親にあれこれ聞いてくる児童なみだったので仕方が無い。

 しばらくすると、ミサイルの表面の一部に切れ込みが入り、バラバラに崩れ落ちる。すると中から計8体の≪ディーン≫が武装した状態で現れた。

 宙は此処に居る、汗を流し過ぎて脱水症状が出るのではないか? と逆に心配になる方々が質問してくる前に早々と説明する事にした。

「あれは敵地制圧用兵器搭載ミサイル、≪ポット≫と言う物で素早く、確実に敵陣地を制圧する為の物です」


 そこで宙は一旦区切る。

 空からまた何か降って来たからだ、しかし、ポットの様に巨大では無い。ずっと小さく、人型をしていた。

 それらは、地面激突直前でふっわと浮いて、それから両足で着地する。

「あれは第二世代型魔力核併用式戦闘用甲殻外装:≪エンデット≫。≪ディーン≫の後継機ですね」

 漆黒に彩られた、全身を装甲に覆われながらも≪ディーン≫に比べ随分と細く、小さい機体。

 そして、なぜか≪エンデット≫は銃火器等の一切の兵器を持ってはいなかった。


「≪ディーン≫に比べ、あれは随分と小さい様だが?」

「そうですね、しかし大きさ何てほとんど関係有りません。重要なのは実用性と性能です」

 優に100機は優に超える≪ディーン≫に対して≪エンデット≫はわずか8機。先ほどの観戦で最後には敗れはしたが、アンドロイドを事も無げになぎ倒して行く≪ディーン≫の戦闘能力を十分にここに集まる各国の来賓の方々は十分に承知していた。

 その為に、目の前に広がる光景が信じられなかった。

≪ディーン≫は≪エンデット≫を発見するや否やグレネードに散弾、ミサイルを叩きこんだ。しばらく其処には爆発音が続いた。映像は巻き上げられた土煙で何も見えない。

 すると、土煙の向こうから何か光りが覗く。


 次の瞬間。

 ボムッ! と土煙が吹き飛ぶ程大きな破裂音が連続で8つ響いたと思うと、8機の≪ディーン≫が粉みじんに吹き飛んだ。

 其処に現れたのは巨大な、まるでランスの様な漆黒の125m滑空砲を構えた≪エンデット≫の禍々しくも力強い勇姿だった。


 滑空砲の砲口からは薄い煙が立ち上り、この島を吹き抜ける風で煙は消え去った。

 それを合図にしたかの様に≪エンデット≫は滑空砲を放りなげ、地面をけった。

 滑空砲がズシンッと音を低く響かせる頃には≪エンデット≫は新たな武器を手にしていた。

 ポンッポンッポンッと景気良く飛び出したそれらは≪ディーン≫を物言わぬ鉄クズへと変えて行く。

 この間≪ディーン≫は勿論反撃している。しかし、そのことごとくが避けられ、また散弾等が当たったとしても、≪エンデット≫の全身は青い膜状の何かで守られていてダメージが通らなかった。


 今までの常識がいっさい通用しない戦闘も、回を重ねるごとに慣れて来た様だ。各国の方々の反応が初めの頃ほど敏感ではない。宙としては一々説明する手間が省けて良いのだが、いちよう説明する事にした。

「先ほどから≪エンデット≫の装甲に現れている発光はμCDS≪マイクロ・セル・ディフェンス・システム≫と言うものです。仕組みは最高機密に抵触するためお教えできませんが、まあ魔力の盾だとでも思って下さい」

「魔力? すると、あの≪エンデット≫とか言うのには中に人が入っているのかね?」

「いいえ、無人です。……これも詳しくは話せませんが、機械に魔力を流すと盾が発生すると、考えて下さい」


≪エンデット≫には魔力機関と呼ばれる物が2種類搭載されている。1つは気体魔力式動力機関もう1つは気体魔力式魔術制御機関だ。

 μCDSに大きく関わるのは後者の気体魔力式魔術制御機関である。機関に封入された100ℓの純粋魔力を動力にμCDSを発動させているのだ。

 ちなみに1ℓの純粋魔力はこの世界での平均的な魔術師1000人分(当社比)に相当する。

 それから≪エンデット≫は≪ディーン≫を次々と破壊して行く。無駄な動きに無い洗練された体さばきで全長約3mの巨体を無場無く使い。避けそして撃破して行く。


 戦闘終了まで10分掛からかった。

「本日はありがとうございました。今日はお疲れでしょう。お部屋をご用意させましたので、ご自由にお寛ぎ下さい」

 宙は猫を被る事を務めた。

「カジノやバー等の娯楽施設も充実しています。お時間がございましたらご使用下さい。それではマリア、ご案内してくれ」

「かしこまりました。それでは皆様。此方へ」

 マリアに先導され、宙だけがその部屋に残った。

 眼前には数多くの残骸の上に立つ5体の≪エンデット≫が映し出されていた。

「ふぅ」


 宙は溜息をつく、そしてパチンッと指を鳴らし≪創造主≫を発動。するとその部屋の椅子、テーブルが全て消え、丁度中央に3人は優に座れるソファーが出現した。

 ボフとソファーに身体を沈めまた溜息をつく。

「兄貴随分お疲れだな」

 その声は丁度背中側から聞えて来た。宙は身体をひねり、ノアの顔を見る。

「なんだ、来てたのか。てっきりお前の事だから、さっきの試験データの解析をしていると思ったんだけどな?」


「それもそうなんだが、せっかくだからもう1つ試験でもしようと思ってな」

「……ああ! 成るほど。“あれ”が完成したのか! お前結構手間取ってたよな?」

「まあな。どうしても重量オーバーで、本来の性能の30%も達成できない失敗作の試験機1号からよく此処までこれたと我ながら素晴らしいぜ」

「そうだな。えらいえらい」

「お、おい! やめろよ!」

 宙はノアの頭をくしゃ、くしゃとなでた。ノアは口ではやめろと言っているが頬は緩み、目を軽くつぶって実に嬉しそうに笑っている。

(なんか、どっかの医者トナカイみたいだな……)

「さ、さて。そろそろ始めるぞッ!」

「おう」


 強引に切り上げたノアは宙の隣にちょこんと座った。

 そして映しだされた映像が空からさした1すじの光りの線が地面に接触したと思った瞬間激しく揺れた。

「凄まじいな……」

「当たり前だ、軽減したとは言え、第三宇宙速度の速さで約1.3tの塊が地面に激突したんだからな」

「16.7km/s……惑星間の航行には必要な速さだが、……雪春、地上でそんな速度出すなよ、機材が壊れる」


 宙は画面に向かって呼びかける。すると、映し出されたのは灰色をした、2m程の人型だった。

『兄さん、ごめん。でも急いで来たらつい飛ぶのが気持ちよくて』

 その甲殻外装に第一世代、第二世代の様なゴツゴツとしたフォルムでは無かった。しなやかそうな四肢には一切の無駄なく。

 研ぎ澄まされた刀、この機体を一文で表現するとすれば正にそれだ。

 第三世代型魔力核併用式惑星間航行戦闘用甲殻外装:≪ファントム≫。

 初の魔力兵器搭載甲殻外装で、両指に計8門の小口径魔力加速砲、手の平に2門の中口径魔力加速砲さらに胸部の装甲の下に大口径魔力加速砲1門が搭載されている。小口径は出力を抑えれば捕縛や暴徒鎮圧等に利用できる。


 小型甲殻外装には不可能とされていた液化魔力式機関を搭載した、初の戦闘用甲殻外装。装甲板は1層しかないが、n単位でのCDSを発動させる事が出来る、nCDS≪ナノ・セル・ディフェンス・システム≫により防御力は第二世代型より格段に上昇。

 そして第三宇宙速度以上での飛行が可能になり、大気圏脱出、宇宙空間での活動をも可能にした。

 またこの機体は汎用性がとても高い事が判明している。陸海空、宇宙、様々な環境下で活躍が期待される。


「雪、大口径の発射は禁止な、地上で使ったら、その大事な実験場が地図から消える」

 イヴが雪春に尋ねると、雪春は≪ファントム≫の両手の平の装甲を一部開放した。

『解ったよ、姉さん』

 雪春が動かす≪ファントム≫は手を握ったり開いたりして感触を確かめる様な動作をする。

「何時もごめんな? こんな実験ばっかり」

『大丈夫だよ、兄さん。これは僕がしたいから実験に参加しているんだ。だから兄さんが謝る必要何てないよ』

 会話は此処で終了した。5体の≪エンデット≫が映し出され戦闘が始めった。


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