第16話 はろー にゅーわーるど
――2か月が過ぎた。
計画していたショッピングモールは予定通り約1か月で完成。開店初日にプロセイン国の国民の5%にあたる200万人が来店し大盛況を博した。
生産コストを極限まで落とした商品の数々はプロセイン国既存のメーカーや店頭で実現できる価格ではとてもなかった。品質が良く、何より安いエンジェル・カンパニー製の商品の需要はショッピングモール開店から数日でウナギ登りでは無く“直角”登りと言った方が的を射ていた。
需要が伸びれば比例して供給が伸びる。しかし需要が開店2週間で急落したのが国内の販売店だ、国内の大手老舗メーカーは当初エンジェル・カンパニー製の商品を見向きもしなかったが、ショッピングモールが開店し2週間を過ぎた頃から自社の商品が全く売れていない事に気付く。そこで何処の大手老舗メーカーも部下にショッピングモールに調査(買い物)に行かせた。そして買って来られたエンジェル・カンパニー製の商品を見た職員達は我が社の負けを確信したのだった。
食品、日用品から始まり、電化製品、家具、服、電気自動車、更には剣、魔法具まで。国
内に有るどんな物よりもワンランク、ツーランク上の商品が有り得ない程の低価格で大量に陳列されたこのショッピングモール。
ハッキリ言って売れないハズが無かった。
☣☣☣
≪ラボ≫第一会議室――
ドーナッツ状の円卓が置かれた会議室に今日も、エンジェル・カンパニー・グループのトップとその重鎮、そして秘書の3人が集まって行った。
「では今から第48回最高意思決定会議を始めます」
マリアが掛けているメガネを右手の人差し指と中指を使いクイッとメガネのフレームを上げる。
「あ~やっぱハンバーガーは目玉焼きバーガーだは!! 一年中食べられなんてもう最高ッ!」
「はぁ~? ハンバーガーって言ったらチーズバーガーだろ!! 此処は譲れないぜ!!」
空気と水と太陽光を原料に≪万能食品製造機≫で造り出した、疑似ハンバーガーの目玉焼きバーガーとチーズバーガーを行儀悪く貪っているのがこのエンジェル・カンパニー・グループの重鎮、最高幹部の1人青野ノアとトップ、実質てきな最高権力者にして創設者、青野宙だった。
ノアは最近、“とある体”に身体を乗り換えた為、食事を摂取する事が出来る様に成ったのだ。
「宙、ノア……いい加減にして下さいッ!!」
珍しくマリアが怒ったので宙もノアもおとなしく成り、食べるのを止め会議に集中するのだった。
「はぁ、……ではここ1カ月のショッピングモールの売上を報告します。売上は目標であった5億ギルを大きく上回り10倍の約48億4900万ギルに成りました」
「1ギル約10円だから480億円か……これは中々」
宙は手元のスクリーンに映し出された資料を指でスクロールさせ、目に止った項目を読む。そして気に成った項目に意見を述べて行く。
「なぁノア、電電電≪家庭用自家発“電”“電”気自動車充“電”スタンド≫スタンドはどう?」
「電電電スタンドは第46回会議で決定した通り800万が完成、予備として100万を余分に造っといた」
「よし完璧! マリア、プロセイン国に建設予定の地下鉄と高速道路はどうなった?」
「はい、プロセイン国の了承を得ました。毎度の事ながら支援は一切なしだそうです」
「まぁ逆に支援されたら面倒だしな……よし、即刻建設開始」
「畏まりました、それでは次の議題に……。早くもショッピングモールの効果が出てきました。現在約152万人がエンジェル・カンパニー・グループの社員に成る事を希望しています」
ショッピングモール建設には3の目的が有った、1つ目は単純に金稼ぎ。2つ目はエンジェル・カンパニーの名を知らしめる事。そして3つ目は社員確保だ。
現在全エンジェル・カンパニー・グループの社員数はアンドロイドを除き24人、その内、元奴隷が21人全員。
宙曰く、金を巻き上げているばかりじゃ世界が発展しないとの事なので、第47回最高意思決定会議時に社員の確保を決定したのだ。定員は10万人、今回152万人が希望したので面接を行うつもりだ。
なぜ152万人もの人が集まったか、それには理由が有る。理由は単純で“金”に他ならないが……。
プロセイン国で、日本で言うとこの大卒で国家公務員の様な役所に就職した人の初任給は18000ギル。日本円で約18万円。そして、エンジェル・カンパニー・グループが提示した金額は25000ギルから能力しだい、ハッキリ言って破格だ。しかも応募用紙には、年齢、学歴、性別を一切問わず、能力が高ければ更に高給を支払うと有った。
これに食いつかない人間は先ず居ないだろう。
「そうか……まぁ良いや。定員を増やそう、金と仕事は幾らでも有る。20万人まで定員を増やし、正社員を150人から300人に増やそう。準備出来るか? ノア?」
正社員とは本部、つまり此処、地下都市≪ティエラ・ナタル≫で働く人々だ。そして正社員に成った者は≪ティエラ・ナタル≫で暮らしてもらう事になる、機密保持のため必然的に地上への帰還は当面の間絶望的なものになる。
「おう! それくらいなら余裕だぜ」
「良し。第48回最高意思決定会議をこれで終了する。ノア、これから“新しい弟と妹”に会いに行って良いか?」
「良いぞ。まあ、あいつ等はまだ意識がはっきりして無いから、兄貴を認識できないけどな。それでも肉体はほぼ完成。――雪春イヴ、2人ともかなり可愛いぜ」
☣☣☣
2日前――≪ラボ≫第303研究室
様々な機材が置かれた研究室に2つの青い溶液に満たされた2m程のポットが設置されていた。ポット内部はブクブクと下から上に気泡が上がって行くが沸騰ではなさそうだ。
そんな303研究室に宙、ノアの2人が居た。宙はいつものスーツ姿、ノアは白衣を着てその艶やかな銀髪をまとめポニーテイルにしていた。
「兄貴、2人の名前をオレが付けて良いか?」
ノアが2つのポットを眺めながら宙に話しかける
「良いぞ、決まってるのか?」
「――弟は雪春、妹はイヴ。どうだ?」
「良い名前だと思うぞ……ノアにしては」
「何だよ! オレにしてはって!」
「だってな~」
宙はノアが造った某猫型の社長ロボットやノアが良く好んで使うマークなどを思い浮かべる。
「オレだって一生懸命考えたんだからな!」
「ごめんごめん、名前はそれで良いから」
「よし! お前らは今から青野雪春、青野イヴ。決定!」
ノアが造り上げたのは、従来の有機性ヒューマノイドとは次元が違う物だった。
≪第五世代人類≫。猿人、原人、旧人、新人と数えて5代目の人類。
突然変異体≪ミュータント≫とは違う、造られた人類、それが≪第五世代人類≫だ。
宙は創造系の能力を持っているが、その能力では生物を生み出す事は出来なった。
そこで考えられたのは、人間を創るのではなく、造る事だった。宙とノアは人間の構造を徹底的調べ上げた。人間を構成しているすべて器官、細胞内の細胞小器官の機能と構造。脳の構造とメカニズムを解明し、蓄積された膨大な知識と技術を持って人間の全ての器官、組織を、生体金属を要し、ほぼ完全に再現した。
造り上げられたこの≪第五世代人類≫は究極のヒューマノイドと言っても過言では無く、自らの自我を持ち、与えられた命令では無く自ら思考する事が出来た。また寿命が半永久的であり、外見の成長は約16、7歳程度でストップ、老いる事がない。
生命力がとても高く、軽い裂傷、擦り傷程度なら数分で治癒する。そして生きる事への苦しみをほとんど感じる事がない。≪第五世代人類≫は生殖能力を有しておらず、生殖方法は、互いの遺伝子情報を組み合わせた細胞を生体金属溶液の入ったポットに入れ培養し生み出す。
ゼロから生み出される≪第五世代人類≫は授乳することなく、生後直後から離乳食を食べ始める。また半年もすれば歩き始め、その1年後には、言葉を理解する事が可能になる。
今回の雪春とイヴは先に身体≪ハード≫を造って置き、成長させ。意識≪ソフト≫をインストールする予定に成っている。
雪春、イヴの生み出し方≪製造法≫は宙の遺伝子とノアの遺伝子――ノアの身体は、完成された≪第五世代人類≫の身体に義体化の技術を転用し、意識を定着させている――を組み合わせ、其れをベースに遺伝子の組み換えをした。
宙はその際に≪創造主≫を使い。能力を塗付した、2つの心臓を創った。生体金属のみで出来ているこの心臓は宙の≪創造主≫でも創る事が出来た。
雪春の心臓には純粋に生産魔力量を増大させる≪魔力量増大≫の2ランク上の能力≪魔力量増大++≫、≪アイアンハート≫、≪完全記憶≫さらに宙の持っている魔法、魔術の知識を心臓が自壊する寸前まで詰め込んだ。
イヴの心臓には≪周囲認識≫、≪ガンマスター≫、≪アイアンハート≫、≪完全記憶≫、そして刀などの刃物を使った接近戦の能力が大幅に上昇する≪ソードマスター≫の5つの能力を詰め込んだ。
創った2つの心臓は2つのポットに入れる、培養液に入った2つの心臓は瞬く間に溶け視認できなくなった。これで肉体が完成した時にこの2つの心臓が雪春とイヴに組み込まれるだろう。
☣☣☣
現在――≪ラボ≫303研究室
宙とノアは2つのポットの前に居た。
「どうだ兄貴、カワイイだろ、こいつら。」
2つのポットに1人ずつ15歳程の男女が目を瞑り、眠った様に浮かんでいた。
左のポットに浮かんでいる、雪春は宙譲りの黒い髪を持った、中性的な顔立ちに、ノア譲りの白い肌。正に美少年と言えた。
右のポットに長い黒髪が溶液にたゆたい広がっている。スッと整った顔立ちと、ふっくらした桜色の小さめの唇がアクセントに成り、とても愛くるしい。イヴもノア譲りの透き通る様な白い肌を持っていた。
「そうだな……自慢の弟と妹に成りそうだ」
宙は優しい頬笑みを浮かべ2つのポットに浮かんだ2人を見つめていた。
その時――
イヴのポットにボコボコと気泡が生まれた。そして瞑っていた瞳がゆっくり開く。
「おっおい! ノア!」
「ッ!」
ノアは急いでポットの横に据え付けられた、コントロールパネルを操作した。
イヴのポットを満たしていた溶液がみるみる排出されていく。完全に溶液が排出されると透明なポットのみが研究室の床にせり下がって行く。
すると、いきなり、イヴはよろよろと自らの足でポットから歩き出て来た。2、3歩ほど歩くと、ペタリと床に座りこんでしまう。宙は見かねてスーツの上着を脱ぎイヴの肩に掛ける。
イヴの虹彩の色はスカイブルー、そして眠そうに瞼が下がっていた。
「大丈夫か? イヴ」
イヴはコテンと首をかしげ。
「イ……ヴ?」
「そう! お前の名前はイヴ。初めましてイヴ、俺の名前は宙、お前の兄だ」
「そら、は……に、にー?」
イヴの眠そうなスカイブルーの瞳は、吸い込まれそうな程鮮やかで宝石の様だった、此処もノアに遺伝した様だ。
宙が拙いながらもイヴに兄と呼ばれ舞い上がっていると……。
今度は雪春のポットが地面にせり下がる。ノアが駆けより、ノアは白衣を雪春に羽織らせる。そして、雪春がノアの肩を借りて歩いてきた。
「えっと……初めまして、兄さん。……イヴ姉」
此方もノアに遺伝したであろうスカイブルーの瞳を持つ雪春は、ほんのり頬を赤らめはにかみながらそう言った。
☣☣☣
「無理です! 無理です! 私に学校の先生なんてできるハズがありません!! 局長! 何で私なんですか!」
それは新しい弟、妹との出会いから2日後のこと。
メアリ=スチュアートは両手で金属光沢を放つ、モダンなデザインの机をバンバンと叩く。
その机の持ち主は意を返さずパソコンのキーボードを叩いている、カッカッと音がまるで繋がった様に聞える速さで。
「しかた無いだろ。他の連中はほとんど出払ってるし、セリルとキャロは特別任務中だ。マリアが居なく成ったらカンパニー全体に影響が出るし、オレはこの通り忙しい。兄貴は……論外だ」
「でもぉー、私だって忙しいんですよぉー。私これでも≪セントラル≫で社長秘書の仕事がんばってるんですから!!」
「そんな事は、報告書で知ってる。オレも評価しているからな」
「じゃあ何で……左遷なんか」
「はぁ? 左遷なんかじゃ無いぞ? これは“最重要企画”、その中でも特に“重要”な部分だ。だからお前に任せ様としているんだ。……まぁお前がそんなに嫌がるのであれば――」
「やります! やらせて下さい局長! 必ずやDawn Slaves≪始まりの奴隷達≫メアリ=スチュアートの名に欠けて、完遂して見せます」
机に身を乗り出し、ノアの顔の10cm手前まで自分の顔を近付けたメアリは目を輝かせ、宣言した。
「お、おう。頑張って来い」
「はい! それでは予定通り、第一次面接のセッティングに行ってきます」
メアリは意気揚々とエンジェル・カンパニー総合開発機関局長室を出て行くのだった。
「……ちょろいな」
イヴは一人キーを叩きながら呟いた。
☣☣☣
コリン・セルカルは現在15歳。プロセイン国に住んでいる孤児だ、血縁者は一人として居ない。
身長は160cm程、くすんだ茶色の髪と琥珀色の瞳を持つ、低い身長と童顔がコンプレックスの少年だ。
コリンは今、有る決心をしようとしていた。それは新しくこの首都の旧市街に出来上がったショッピングモールを持つ、エンジェル・カンパニー・グループに入社しようとしていたのだ。
(年齢、学歴、性別、一切問わず。しかも月給25000ギル……)
コリンは偶々拾った、エンジェル・カンパニー・グループの求人広告チラシに釘付けだ。
(こんな話うますぎる……絶対に裏が有るのかも知れない……。でも、もしかしたら、あんなめちゃくちゃなショッピングモールを作ってしまう会社なら……)
旧市街地に視線を向ける。其処にはいままで考えられなかった、高いビルが5本そびえ立っていた。
コリンは決意を新たに面接会場に向かうのだった。
☣☣☣
コリンは今、極限に緊張していた。
ここはエンジェル・カンパニー・グループ面接会場、そこは簡素な所だった。特に特徴の無い10脚のパイプ椅子が置かれ、それぞれにこれから面接を受けるで、あろう人達が座っていた。
周囲を見渡せば、スーツを着て、髪の毛をワックスでオールバックにした目が切れ長の男。
いかにも高そうな金の腕時計を付けた恰幅の良い男。そんな人ばかりだ。
ガチャと音がした、コリンはその音源に視線を向ける。
音源で有るドアから、紺色のスーツを着た五十代ほどの男が出て来た。続いて更にドアから出て来たのは1人の女性。黒のスーツを見事に着こなした16歳程の女性だった。
「12番の方どうぞお入りください」
この女性の発した言葉にコリンは、はっとして、ズボンのポケットに大切に入れていた紙きれを取り出す。
22番――
(まだ、まだだ。落ち着かなきゃ!)
コリンの緊張はさらに高まって行くのだった。
そんなコリンは正面の椅子に座っている、奇妙な2人をコリンは見つけた。
此処プロセイン国では珍しい黒髪、綺麗な青い目を持った同い年であろう15歳程の男女2組みだ。
少年の方は落ち着いた色のトレンチコートを着ていた。耳が隠れる程度に伸ばした黒髪、中性的な顔立ちをしている。少女はシンプルな白いワンピースを着ていて、黒髪が肩に掛かる長さに切り揃えられている、容貌はとても美しいが眠そうな目をした仏頂面であった。
次の瞬間。
「!?ッ」
一瞬では有ったが、同い年の少年と目が合った。コリンは慌てて目を逸らし、視線を下に向ける。30秒程そうしていたコリンだが、そろそろ良いだろうと視線をゆっくりと上げた。
するといつの間にか少年が少女を引き連れ目の前に立っている。少年と目が合った。コリンは気不味く成り、面接の緊張と相まって軽いパニックを起こしていると。
「あの……えと……こんにち――じゃない。……初めまして」
恥ずかしそうな表情を浮かべた少年から挨拶された。
「こんにちは」
コリンは、すかさず挨拶をした。
「――僕の名前は青野 雪春って言います。君は?」
(アオノユキハル? ……変わった名前だな)
「名前が雪春でファミリーネームが青野です。ここでは変わった名前ですよね?」
コリンの考え込む様な表情で感じ取った雪春は即座に説明した。
「あう、えっと……僕はコリン・セルカルです。青野さんは――」
「雪春で良いですよ」
「……雪春と妹さん? も、エンジェル・カンパニー・グループに?」
「そう、この此処に姉と一緒に入社しようと思ったんです」
雪春は先ほどからトレンチコートの裾を掴んでいる姉に視線を向ける。
コリンはこのトレンチコートの裾を掴んでいる、人物がまさか雪春の姉だとは思わず、大いに驚いた。
「じゃあ、紹介しますね。僕の姉さんの――」
「……青野イヴ」
イヴはコリンがやっと聞える程度の声の大きさで呟いた。
「えっと……初めましてイヴさん。イヴさんもこの会社に?」
「……そう」
イヴは呟くのだった。
イヴも雪春も≪第五世代人類≫では有るが、≪第五世代人類≫は完璧な生命体では無い。それぞれの固体に各自の長所と短所がある。イヴは表情が乏しく無口でコミュニケーション能力に欠ける。雪春にしても、イヴほどではないが、人見知りで恥ずかしがり屋。
今回、コリンに話し掛けるのも、かなりの勇気が居る事だった。
この様に≪第五世代人類≫にはそれぞれの個性が有るのである。
「次の……」
ドアが開き、またスーツを着こなした女性が出て来た。しかし、前回の呼び出しと雰囲気が違う。手に持ったA4サイズほどの銀色の板≪ディスプレイボード≫に、視線を落とす様な形でフリーズしている。
「青野 雪春様、青野 イヴ様。どうぞお入りください」
明らかに今までと態度が違う。番号では無く様付きでフルネームだ。
「ごめん、コリン。順番が来たみたいなので……また、どこかで会えると良いですね」
「う、うん。また……」
コリンはそんな気の抜けた様な返事しかできなかった。
雪春とイヴがドアの中に入り見えなくなると、コリンは自分が椅子から立っている事に気付いて、ゆっくりと座るのだった。
☣☣☣
「スチュアートさん。僕たちを特別扱いしないで下さいよ……それにスチュアートさんは
≪始まりの奴隷達≫の1人にして、主天使≪ドミニオン≫なんですから、天使≪エンジェル≫ですらない僕たちに其処まで敬意を払う必要何て有りません」
雪春はメアリのスーツ右胸に付けたれた、開いた4枚の翼の形をした、銀色のバッチを見ながらそう言った。
≪始まりの奴隷達≫とはエンジェル・カンパニー・グループがアイルヘルム国とウェリアン国から集めた21人の奴隷の総称。
その全員が自らの肉体をノアに差し出し、完全義体化技術の進歩、第五世代人類の研究に大いに貢献する。その後、21人の奴隷達は第五世代人類へと完全義体化し、それぞれエンジェル・カンパニーに従事している。
21人の首筋には☣のマークが入っている。勿論、ノアの趣味だ。
「しかし、局長から、細心の注意を払えと……言われていまして」
「ノア姉……兄さんに言い付けるよ?」
『それだけは勘弁してくれ』
何処からともなく声が響いた。するとスッと、黒い2m程のAC-AN2が突如出現した。
『心配だったんだ。その……初めての“外”だし……ちゃんと出来るか心配で』
「もーノア姉! 何時までも子供扱いしないでよ! イヴ姉と一緒に学習カリキュラムは≪ラボ≫で受けたんだ。一般常識くらいはもう身に付けたんだから、心配しないでよ」
『わかった……もう口出ししないからな……それじゃあ、その、……ガンバレ!』
そう言うとAC-AN2は光学迷彩を使い、透明に成って消えてしまった。
「まったく、ノア姉は心配性なんだから……」
其処には雪春とメアリ。相変わらず雪春のトレンチコートの裾を掴んだイヴだけが残った。
☣☣☣
雪春とイヴがドアの向こうに消えて、はや15分。2人は面接室から出てこなかった。それどころか、2人が入って数分後にメアリが何事も無かったかのように、14番の男を面接室に招いたのだった。
その3分後、先ほど入った男は面接室から出て来た。
(中には雪春もイヴさんも居なかったのか?)
そんな疑問を抱きながらも結論がでるハズが無い。
(もしかしたら面接室の中にもう1つのドアが有って、其処から何処かに行ったのかな?)
などと憶測の域を出ない考えを巡らせるのだった。
「次、22番の方。面接室にお入りください」
その言葉でコリンは深い思考の海から意識を現実に引き上げる。慌てて椅子から立ち上がり、勢い余って椅子がガタッと倒れてしまった。急いで椅子を直し、コリンは面接室に入って行った。
面接室に入ってすぐ手前に椅子が1つだけポツンと置かれ、奥にその椅子に向かいあう様に長方形のテーブル、そして面接官で有るメアリが座っている椅子が置かれていた。
「どうぞ、お座り下さい」
そう促されコリンは緊張のあまりぎこちなく、出来の悪いロボットの様にカクカクと動き、椅子に座る。
「では始めます。名前、年齢、現在の職業、家族構成。そして何故このエンジェル・カンパニー・グループに入社しようと思ったか。その志望動機を聞かせて下さい」
「え~と……名前はコリン・セルカルです。現在15歳。職業は……無職です。家族は……いません、1人も。志望動機はえっと……その、生活に困っていて……お金が必要で……」
メアリはちらっと手元のディプレイボードを見る。
(グラフに異常はない、とっても正直なのね……)
実はコリンが座っているこの椅子は、実は嘘発見機に成っている。嘘をつけば≪ディスプレイボード≫のグラフに現れ一目で分かる。此処まで雪春とイヴを除いて20名。その全てが何かしらの嘘をついていた。此処まで正直者も珍しい。
メアリはこのコリンと言うこの正直な少年に、深い親近感を感じていた。先ず、生い立ちが自分と似ている。彼は奴隷ではないが、家族が居ない。それで十分だった。経験したことの有る者しか知りえない、この異様な孤独感と不安感。
それに志望動機だ。
(お金が必要……お金が欲しい。――ここも私と同じか……。なんか昔の自分を見ているみたい)
それにこのきょどきょどした感じも。とメアリは心の中で苦笑した。
メアリは手に持った≪ディスプレイボード≫に表示されたコリンの評価シートのチェックポイントに評価を下して行く。
すると……見事合格。それどころか。
「正社員は確定……一級勤務者もほぼ確実」
「え?」
「……何でも有りません」
コリンはメアリが思わず呟いた事は良く聞えなかったが、難しい顔をしたメアリを見て、ますます不安がるのだった。
「コリンさん」
「はひ!」
思わず上ずった声が出てしまい、顔が熱くなるのをコリンは感じた。
メアリは微笑し、コリンの目を真剣に見つめる。
「これは昔……2カ月程前にきょ――上司から言われた事なのですが……コリンさん、このままの生活を続けるか。私達に協力する代わりに、報酬として、暖かい食事と、ふかふかのベッド、そして金が貰える生活。どちらが良いですか? あなたの正直な気持を聞きたい」
コリンはその質問を聞いた途端、考え込む。そしてちっぽけな勇気を総動員し、その素直な気持ちを絞り出すのだった。
「……ぼ、僕は! このままの生活何て嫌だッ! 暖かくて美味しい食事をお腹いっぱい食べたい! 綺麗なシーツの敷かれたベッドで寝たい! お金も欲しい! その為には……如何したら……」
コリンは今まで抑圧してきた、全ての願望を吐き出す。
「そうですか、分かりました」
とメアリはにっこりと笑うのだった。
「おめでとう、あなたは合格です」
「へ?」
「年齢が16歳以下、無職、血縁者が1人も居ない。さらに今より豊かな生活を求めている。この条件に当てはまる者こそ、私達が求めていた人材です」
「僕みたいなのを、ですか?」
コリンはメアリの説明をポカンとしか、聞く事が出来なかった。
「そうです、コリン。今からあなたは≪ティエラ・ナタル≫に行って貰います」
「≪ティエラ・ナタル≫……」
「そうです」
するとメアリはディスプレイボードを操作する。すると光がカッ! と面接室を包む。
コリンはあまりの眩しさに思わず目を瞑ると――
面接室からコリンは消えた。
面接官は、ふうと息を吐き、椅子により掛かる。
「――さて、23番の人を呼ばなきゃ」
面接官はドアを開ける為に椅子から立ち上がるのだった。
☣☣☣
コリンが目を開いた時、そこは面接室では無く、青色の液体が満たされたポットの中だった。しばらくすると自動的に液体が排出されていく。
「うぇ」
こみ上げる吐き気を感じ、思わず吐いてしまった。自分がポット――密閉された空間――に居ると気付いた時はもう遅い。しかし、その心配は杞憂に終わる。
吐き出されたのは全てポットに満たされていた青色の液体だった。
ポットが上部の金属の部分だけを残し、下にせり下がって行く。完全に下がると、ペタとコリンはまだ濡れた足で第一歩を踏みだした。身体に付いた液体が急速に乾いていく、乾いたからといって、カピカピになったり、身体がベトベトにしたりする事は無かった。
「ひゃ!」
そこで自分が裸だと気付く、下着すら付けていないマッパの状態だ。
両手で下半身を隠す。するとポットがせり下がった部分からまた別の円筒形の物体が出て来た。その筒は2m程伸びるとそこで止り、外側を覆っている金属性の板がスライドする。中には学校の制服が入っていた。正確に言うので有れば学ランが入っている。日本人には見慣れた上下黒一色の服が円筒形の筒に収められていたのだ。学ランは新品でしわ1つない。
「これ、着て良いのかな? なんかとっても高そう……」
背に腹は代えられない。コリンは初めて見た、その学ランを着た。ついでに一緒に入っていた腕時計を付ける、黒を基調としたシックな時計だ。
とそこで、コリンは一息つく、すると、視界に青い液体が満たされた、円筒形のポットが目に着いた。その中にはコリンと同年齢であろう、少年が全裸で浮かんでいる。それだけでは無い。無数にそのポットは存在していた。綺麗に一列に並んだ自分のポットの有った列、名も知らない少年が入ったポットの列。共通点はどのポットにも人が入っていて、どの人物もあまり歳をとっておらず、少年しか居なかった。
「取り敢えず、此処から出よう……」
かなり遠いがドアを見つけコリンは其処に向かった。無機質な白い床を初めて履いたロンファーで踏みしめ一歩ずつ。
横にスライドするドアを潜ると其処には、学校の教室が有った。机と椅子が綺麗に並べられ、教室の前と後ろに黒板が有る。窓からは遠くに超高層ビル群が見える。
教室には15人の同年齢の少年や少女が居た。少年は学ランを着て、少女は白地に青色をアクセントにしたブレザーとスカート。襟にリボンが付いた制服を着ていた。
視線が集まるのを肌に感じながらも教室を見回す。すると見知った顔を見つけた、イヴだ。
イヴは1人、椅子に座り。何をするのでもなく、ボーっと相変わらずの眠そうな仏頂面を披露していた。
コリンはイヴに話しかける事にした。
「あの……また会いましたね、イヴさん」
「……」
話しかけるとイヴは顔だけをコリンに向けて動かし、コクンと頭を上下させる。
会話は成立していないが、コミュニケーションをとる事に成功し、コリンは安堵するのだった。
2人が会話? を続けていると、計13人の男女がこの教室に入って来た。コリンは1人、また1人と教室に入って来る人を観察する。全員が制服を着ていて、同年齢程だ。
ガラガラ――また誰かが教室に入って来た、コリンは視線を向ける。
年齢は15、6歳程だろうか、コリンと同じ学ランを着て、胸に4枚の翼を模した銀色のバッチがあった。メアリのバッチと違うのは下左右の翼が閉じていることである。
少年が学ランを着ていなければ、ボーイッシュな少女にしか見えないで有ろう。それほどに少年は天使の様に愛らしかった。
少し長めの明るい色の茶髪、大きくクリクリとした目を持ち。体系はコリンよりも小柄で華奢だった。
イヴはその少年が入って来たとたん、グルッと頭を動かし視線を向けた、今までほとんど無反応だったイヴが、である。
「……セリル・ノーマンズ」
「え?」
唐突にイヴが口を開く。
「彼は、私の姉……。エンジェル・カンパニー総合開発機関局長青野ノア直属の諜報員。さらに、≪始まりの奴隷達≫の一人。階級は能天使≪パワー≫。……彼はとても危険、気を付けて」
彼はイヴを見つけつとお辞儀をして静かに自らの席に向かった。
そんな彼の外見からはとても“危険”などとは想像できない。
「わかった。ん?……ちょっとまって……姉?」
「……そう、エンジェル・カンパニー総合開発機関局長青野ノアは私の姉にあたる」
「それじゃあ――」
「……お願いがある」
コリンの言葉をイヴが遮る。
「確かに私の姉はこのエンジェル・カンパニーの重鎮……でもそんな事私には関係無い。普通に接して欲しい。お願い」
コリンに選択の余地などない。即座に「わかった」と頷くのだった。
☣☣☣
最終的に教室には男女15人ずつの30人が集まった。
誰もが制服に身を包み、極一部を除いて不安の色を浮かばせている。それは仕方の無い事で有るが。すると、ガラガラッと教室のドアがスライドする。また若い少女が入って来た。しかし、少女は制服を着ていなかった。
少女は教室を見渡し、そして軽く息を吸い込み、よく通る声でこう言った。
「初めまして、生徒の皆さん。私は第一エンジェル・カンパニー高等学校普通科一年二組の担当に成りました、メアリ=スチュアートと言います。これからよろしくお願いしますね」
軽く礼をして、にっこりほほ笑むのだった。
「さて……これから入学式が行われます」
その言葉にクラスがざわつく。
「静かに。それでは全員起立して下さい」
メアリがそう言った数秒後、クラス全体が眩い程の青い光で満たされた。
私はショタやホモではありません。