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第15話 文化的侵略

 

 地下都市B1にはあるコンセプトが有る。それは≪地上都市より100年進んだ都市≫だ。

 わざわざ差を出した理由は、地上都市がいわゆる来賓、観光客用だからだ。この≪ティエラ・ナタル≫の構造は地下に潜れば潜る程、エンジェル・カンパニーの機密事項が増える様に成っている。地上都市はエンジェル・カンパニーが保有する様々な兵器、技術を覆い隠すカムフラージュなのだ。


 そんな地下都市B1地上2000m、セントラル・エンジェル・カンパニー本社ビル最上階の500階ワンフロア丸ごとが、宙の現在のオフィスだった。

(もうすぐ、あの研究も完成か……)

 宙は座っている、黒い革張りのいわゆる社長椅子をクルクルと回し、考えに耽っていた。


(其れにしても、ノアが21人目の奴隷がどうしても必要だ何て、直談判に来るとは、思わなかった……よっぽど気に入ったんだな、そいつの事)


 ノアが直談判に来たのが3日前、宙は丸3日ノアに会って居ない、と言う事は360日もの間ノアはラボに籠りっ放し、と言う事なのだ。


(≪エンデット≫も無人機が計300機完成……3日で260機って……我が社の事ながら生産力が半端じゃ無いな。まぁ1日本気を出せば≪エンデット≫なら5万機くらいは余裕だな、その代わり全都市の開発がストップするが……)

 そして宙は机の上に置かれた幾つかの書類の中から、≪現在の主戦力≫と銘打たれた書類を引き抜く。


(AC-AN6が2級戦力に成ったか……)

 2級戦力は地上都市、地上都市B1、B2の防衛、保全が主任務に成り、一般に公開される機体だ、たとえ技術が他国に盗まれたとしても、損害が比較的少ない為でもある。


 現1級戦力である≪エンデット≫がラボ入口を守っていた様に、1級戦力はB1~B5の主要機関の防衛が平時での主任務である。

 その時、ドアをノックする音が響いた。


「宙、よろしいでしょうか?」

「大丈夫、入って来て」

「失礼します」

 今日もビシッとスーツを着こなし、右手に手帳を持ったマリアが入って来た。


「プロセイン国代表とのテレビ電話会談が間もなく始まります」

 プロセイン国は19世紀後半程度の科学技術を持った国だ。

 2週間前にエンジェル・カンパニーがプロセイン国に向け視察と≪ティエラ・ナタル≫の“売り込み”に特使を派遣した所、今日の会談をプロセイン国が提案してきたのだ。

 特使の報告書と撮影した映像を見るにプロセイン国は地上都市には及ばないが、近代的な街並みの有るかなり発展した国だった。魔法と科学技術を分別せずに、両方とも力を注ぎ発展させて来た為だ。

「分かった。今行く」

 宙は身だしなみを整え、オフィスを出た。


 ☣☣☣


 地上都市エンジェル・カンパニービルの70階に有る会談室に到着したのは、オフィスを出てから3分後の事だった。

 会談室にはすでに、セッティングが終わっており、エンジェル・カンパニーの代表が座る椅子とテーブル、そしてカメラが有り、壁の巨大スクリーンにはプロセイン国の代表と思われる男が1人席に座り映し出されていた。男は50歳代でネクタイにスーツと言う実にフォーマルな服装であった。

 宙はカメラのフレーム外、会談室の隅に有る椅子に座り、相手に見えない位置に、マリアはその右隣りに佇む、代表は宙では無いのである。

 その時、会談室のドアが開き代表の“2体”が入って来た。

 代表に1体は椅子に姿勢良く座り、もう1体はテーブルの上に飛び乗り、丸く成った。

「お待たせして申し訳ございません。先ずは自己紹介から、私はセントラル・エンジェル・カンパニー社長秘書のメアリ=スチュアートと申します」


(彼女がノアお気に入りの21目の奴隷か、綺麗な人だ、写真で見たのと雰囲気が違うな……なんか堂々としてる。あ! そうか顔の傷か治ったからか)

 メアリの顔に有った痛々しい傷は綺麗に無くなり、その肩までの長さの金髪と両目の碧眼がマッチし、とても美しい。さらに彼女は連れてこられた当初より大人びた顔立ち。黒いスーツを見事に着こなした彼女は凛々しさもプラスされていた。宙はメアリの首スジに☣の禍々しい刺青が有るのを気付いた。

 ノアが好きなマークらしく、宙や大量生産で造った物以外、ノア自身が自ら造った機体によく付けている。なんでこんな物騒なマークを付けるのか? と宙が聞くと『カッコいいからだ』と笑って答えたのが印象的だった。


(……バイオロイド-S4に完全サイボーグ化したのか? ……まだ肉体の100%サイボーグ化は実験段階だとノアから報告を受けてたけど)

 サイボーグ化とは意味通り、手や足を機械の手や足と取り換える事。完全サイボーグ化したメアリは全身を取り換えたと言うより、S4に思考を移植したと言った方が適切であった。


「そしてこの方がセントラル・エンジェル・カンパニー社長」

「どうも、ご紹介に与りましたにゃ。猫山 猫太ですにゃ」

 テーブルの上に丸まっていた三毛猫が頭だけを上げ喋り始めた。

 この猫は勿論アンドロイドであり、アンドロイドと言うからにはオスでる。


『ふ、ふざけているのですか!』

 プロセイン国の代表が顔を真っ赤にして怒りだす。仕方の無い事だとは宙は思うが、事実である。表向きの最高責任者は、あの猫型ロボット≪猫山 猫太≫である。


「ふざけるだにゃんて、とんでも無いにゃ。猫権侵害だにゃ!」

『そ、そうですか。それはすいませんでした……そう言えばまだ自己紹介がまだでしたね私はプロセイン国外交担当のトマス=ペインと――』

「――そんな事より、商談をしたかったにょでは、ないのかにゃ?」


『……その通りです。……実は、あなた方が始めて我が国に訪れた時に、特使の護衛として連れていた……アンドロイドですか? 其れを譲って欲しいのです。勿論、そちらの提示する価格で構いません。どうでしょうか?』

 アンドロイドとは≪AC-AN7≫の事だろうと宙は思い出す。≪AC-AN7≫はANシリーズの最新機で、≪エンデット≫にも使用されている≪AC-MN306≫を使用した戦闘用アンドロイドである。


「すいませんですにゃ。それはできにゃいにゃ」

『な、なぜですか!?』

「正確に言うにゃらば、あれは貸して貰っている物ですからにゃ、言わばレンタルですにゃ」

 もちろん嘘で有るが、相手が気付くハズが無い、情報収集の重要性を再確認した宙だった。

『……レンタルですか』

「何処からレンタルしたか、紹介しましょうかにゃ?」

 猫太の言葉を聞いた瞬間にトマスの瞳に浮かんだ、ほろ暗い濁った輝きを宙は見逃さなかった。


『本当ですか!? 是非よろしくお願いします!』

(まるで嘘を押し固めて作った様な人形だな、この男)

「構いませんにゃ。――総帥、よろしいですか?」

 猫太はこの部屋の隅の椅子に座る宙に視線を向ける。

 メアリが宙を見て「あの人が局長のお兄さん……」と小さな声で呟く。


「猫太さん、口調が戻っていますよ?」

 無意識のうちに≪アイアンハート≫を発動した、宙は椅子から立ちテーブルの方へ向かう。

「――これは失礼しましたにゃ、総帥。きっとバグに違いませんにゃ。この後すぐに≪ラボ≫に戻って局長に直接メンテしてもらうにゃ」


「そうした方が良いかもしれません、感情プログラムは猫型アンドロイドに搭載できる程に小さく成りましたが、もしかしたらプログラミングにミスが有ったのかも知れませんし……」

「総帥、話に花を咲かせるのは後にして下さい。今は商談中ですよ?」

 マリアに窘められ、宙はカメラのフレーム内に入り、トマスに姿をさらした。


「初めまして。私はバッド・エンジェル・カンパニーで総帥を務めている、青野と申します」


『……随分とお若いですね……実はアンドロイドを譲って欲しいのです。金額に糸目はつけません、どうでしょうか?』

「それに関しては問題ありません、我々はお客様のニーズにお応えした様々な兵器や人材を、対価さえ頂ければ誰にでも提供いたしますので」


『そうですか! それは良かった。――それで対価とは何をお支払いすればよろしいですか?』

 宙はスーツ内ポケットの亜空間に有る物を素材に≪創造主≫発動し、自分のオフィスに有るのと同じ椅子を創り出す。

「これが地上都市を土くれから2カ月で造る事を可能にした力……」初めて見た≪創造主≫にメアリが驚きをはらんだ呟きを洩らす。

 宙は何事も無かったかの様に、お気に入りのその椅子にドカッと座り、わざと右足を高く上げ見せつける様に足を組む。


「そうですね……プロセイン国の国土、でどうでしょう? もちろん、国の隅っこや国境付近、島では無く、首都に近い国土をですが」

『そんな横暴な……』

 宙はニヤッと右頬を釣り上げ、畳みかける。


「当たり前の事ですが、その土地に我々の軍事拠点を立て、プロセイン国を占領しよう何て気持ちは毛頭ありません。――て言うか、ぶちゃけプロセイン国の占領何て、開始から終了まで13分以内にやってのける自信と力が有るので、その気が有るならとっくに占領して植民地にしてます」

『な……』


「ですから、あなたの国を手に入れ、植民地にする必要はほとんど有りません。植民地にすると返って損失の方が多いですから」

『ではなぜ……』

 トマスは顔を青くし、額に玉の汗を浮かべている。きっと13分以内に占領できる、宙のその発言を張ったりや、嘘では無く。本当にできる事だと見抜いている。優秀過ぎるが故に彼は、バッド・エンジェル・カンパニーの恐ろしさを全身で感じ取っていた。


「我々の目的は其処に――超々大型ショッピングモールを数多く作る事です!!」

(決まった!!)宙の内心で自画自賛の嵐が吹き荒れる。しかし――

『……ショッピングモールとはなんですか?』


 ☣☣☣


 時は宙がオフィスを出た直後まで戻る。

「マリア、プロセイン国って言うのは、規模は大きいが島国なんだな?」

 宙はマリアの説明を聞きそう結論付ける。

「はい、その通りです。しかも、宙の故郷日本、その江戸時代の鎖国の様にプロセイン国は400年間も宗教上の理由で国内に閉じこもり、外界との接触を極限まで避けていた様です。それと1つ気に成る事が」


「何だ?」

「はい、実は此処10年程前から、宗教の力が失墜し、何人かの国民が海を渡り、他の大陸に向かい上陸。実に400年ぶりに他国と接触した様です」

「なんだ、良い事じゃないか? 400年ぶりにヒッキーが籠っていた部屋から出て……あれ?……なぁ、マリア」

「はい、恐らく宙が考えている通りです。人間が自ら進んで戦争を起こすのは、自分がとても有利で勝てる見込みが有ると、思いこんでいる時のみです。その他国より圧倒的に魔法、科学技術が発達しているプロセイン国が、しようとしている事は火を見るよりも明らか。しかし今回は、幸いにも、我々の特使派遣は牽制に働いた様です」


「それで今回の商談ね~分かり易過ぎるな……」

 宙とマリアは会談室の扉の前に着いた。

「それではガンバって下さい。エンジェル・カンパニー・グループ最高統括顧問兼

 バッド・エンジェル・カンパニー総帥:青野 宙」

「良しゃ! やるか! 先ずは地道な種まきだ!」


 ☣☣☣


 プロセイン国との初めての商談は、此方が≪AC-AN7≫を5体提供する代わりに、プロセイン国首都セリントの旧市街地およそ1ヘクタール(10km四方)を対価としてバッ ド・エンジェル・カンパニーに支払う事で双方の合意を得た。


 旧市街地を提示してきたのは宙の予想通りであり、ショッピングモール群の建設が迅速に完成すると宙は算段を付ける。

 旧市街地は老朽化の進んだ建築物が立ち並び、人が全く居ない街で有った。プロセイン国は旧市街地を整備しようとしたが、整備には莫大な資金が掛かる為、手を拱いていた。

 そこに、バッド・エンジェル・カンパニーの国土の要求。旧市街地の提示は正に丁度良い厄介払いだった。


 しかし、立ち並ぶ老朽化した建設物は、宙の≪創造主≫に掛かれば、ゴミの山から素材と言う名の宝の山に変わる。

≪ティエラ・ナタル≫からわざわざ建設に必要な、材料を持って来る必要が無くなった為、建設は1カ月程度で完成するだろう、とノアが計算した結果はじき出された。

 このショッピングモールは日用品から、食品、電化製品、果ては、性能はOT-A1を遥かに劣るがアンドロイド、値段は張るが人工皮膚を使用し、外見は人間と区別が出来ない程精巧なセクシャロイドまで買う事が出来る。


 さらに、某有名ジャンクフード店を再現した店も数多く出店させる予定で有る。

 それらの食品はエンジェル・カンパニー食品研究室が開発した、≪万能食品製造機≫なる機械で大量に生産されている。水、空気、太陽光さえあれば大抵の有機物は作り出せるそうだ。なんでも、≪創造主≫の『制限3、生物または生物を使用し生成した物は創造できない』を補う為に造ったらしい。


 ここまでの日用品、食品、電化製品、ジャンクフードを低価格で提供すれば、プロセイン国の首都の生活レベルは飛び抜けて上昇するだろう。魔法が有るとは言え、科学技術のレベルは19世紀後半程度、そこにエンジェル・カンパニーのショッピングモール群が突如出現すれば、どうなるかは目に見えている。


 プロセイン国はまだ知らない、ジャンクフードがもたらす食文化の破壊を。

 プロセイン国はまだ知らない、ショッピングモールがもたらす商店街への壊滅的な打撃を。

 プロセイン国はまだ知らない、ゲーム、テレビと言う名の娯楽を。

 プロセイン国はまだ知らない、エンジェル・カンパニー・グループが水面下に静かに息をひそめ、虎視眈眈と獲物≪プロセイン国≫をねらっている事を。


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