第14話 都市建設
お気に入り登録をして頂いた方々ありがとうございます。
自分には良いクリスマスプレゼントになりました。
物語の進行によって、似非科学的な設定が増えてきましたので、設定集を投稿していこうと思います。※多分にネタバレを含む場合が有ります。
一面の草原が広がっていた。辺りには視界を妨げる物は存在せず、地平線の彼方まで見通せる。太陽が燦々と光り輝き、雲1つ無い青空が何処までも広がる。
「気持ちの良い所だな、ノア」
「ああ、良い所だな、兄貴」
「それにしても何だこれ? リモコン?」
其れは白いテレビのリモコンの様だった。
「時間調節リモコンって書いて有るな」
宙はリモコンに≪解≫を掛ける、解析する事は出来なかったが使用方法は理解できた。
「これ地球と、この世界での時間の流れの差を、調節する事が出来るみたいだ」
宙は地球と同調していた時間の流れを変え、この世界で何年過そうとも地球では1秒も時間が流れない様に変えた。
宙はリモコンを亜空間に放り込む、そして≪絶対認識≫を全開で発動した。
「うっ……」
発動した直後、宙の顔色が悪くなる。
「おい! 兄貴、大丈夫か!?」
ノアが、顔色をいきなり悪くした宙を心配する。
宙は≪絶対認識≫を発動し現在位置を中心に半径数千㎞を調べあげた。
「ああ~頭痛いズキズキする……でもまぁ大体理解出来た」
「心配させるな、バカ! で……何か分かったんだ?」
「ああ、3つの大陸を捉える事が出来た。1つは人の生命反応が1番多かった大陸、是が恐らく19世紀後半程度の科学技術が有るだろうな。2つ目は一番大きな大陸だったな≪絶対認識≫でも全体像が掴め無かった。3つ目の大陸が、俺達が今居る大陸」
「さすが兄貴、腐っても天使だ」
「見習いだ! まだ腐っては無いと思う……たぶん」
「おい! 其処は否定しろよ……」
「……それは置いといて」
「はいはい」
「今居る3つ目の大陸だけど2つの国が睨み合ってる。この先に幾つもの砦と鎧を着た骸が散乱してた……今居るこの地点は明確では無いけど国境の様みたいだ」
「へー……でも其れって不味くないか?」
「問題ないよ、どうせ中世程度の科学技術と、あいつの本の魔術程度の魔法、この程度では、今のエンジェル・カンパニーの障害には成らない。そうだろ? ノア」
「その通りだけど、戦争でもするのか?」
「できる事ならしたくない。でも、どうしても必要なら……する」
「……それにしても此処は良い所だ、住みたい位だよ」
「――じゃあ住むか?」
「え?」
ノアは驚き宙を見つめる。
「此処をエンジェル・カンパニーの拠点にしよう、材料なら幾らでも、土から創り出す事が出来るから問題ない、それにアンドロイドが有るから様々な物の建設が素早く出来る」
「でも睨みあってる2つの国が黙っていないと思うぞ?」
「平気、平気。ちゃんと考えが有る」
「分かった、何処までも着いてくよ。兄貴」
☣☣☣
其れからの宙とノアの行動は速かった。
宙は自分を中心に、ドーナッツ状の人避け魔術発動。半径3㎞地点から5㎞地点までに張り巡らせた。
その人避け魔術に接する3㎞地点に、巨大な球体型最上級魔術結界≪分解吸収型無点結合結界≫と最上級認識障害魔術≪蜃気楼≫――≪蜃気楼≫は其処に何も無い様に見せかける魔術――を重ね掛けする。
この3つの魔術により例え巨大な超々高層群を作ろうともまず2つの国に気付かれる事はまず無いだろう。
「ノア、今からラボへの入口を作るから、ラボからアンドロイドを可能な限り連れて来てくれ」
「わかった」
宙は≪万能空間形成≫を発動しラボへの入り口を造り出す。ノアはラボに入って行くと直ぐに全長3mゴツゴツとした力強い印象を受ける工業用アンドロイドを50体、戦闘用アンドロイドOT-A1の後継機AC-AN1を4000体連れて来た。
「良く作ったな、これ」
「工業用は作るのは簡単だったんだけど、もう資源が無くて作る事が出来ないんだ」
宙は工業用アンドロイドに≪解≫を掛け、≪創造主≫を発動し全く同じ工業用アンドロイド150体創り出す。
「これで計200体だな……ん? どうした?」
ノアが呆れた用な視線を向ける。
「いや……兄貴の能力は何時見ても反則だと思って」
「そんなに褒めるなよ」
宙はノアの頭をなでる。
「……褒めて無いよ……はぁ」
ノアは呟き、気持ち良さそうに目を細めた。
☣☣☣
「マリア、お願いが有る」
<はい。何なりと、宙>
宙は3回目となる地球の夜空とほとんど変わらない夜空を見上げながら、携帯電話を耳に当てていた。
「今俺達の居る大陸に有る2つの国の事を、出来る限り調べてくれ」
<畏まりました>
マリアに2国を調べる事を要求した後、何時の間にか、隣に立っていたノアに確認を取る。
「ノア、何か足りない物有るか?」
「今のとこと大丈夫」
建国は3日目に突入、とても順調だった。工業用アンドロイドは800体追加され1000体に、AC-AN1は10000体追加で14000体になり、その他にも様々な建設用重機が大量に投入された。それらの機械類をノアが全て統括し、命令を出し、昼夜問わず拠点の建設を進めていた。
「なぁノア、作りたい物が有るんだ」
「なんだ、兄貴?」
「地下都市……みたいな……」
「何でまた? ……でも要塞としてなら使えるかな?」
宙とノアは更にアンドロイドを投入し地下都市の建設を開始した。
☣☣☣
「以上がアイルヘルム国、ウェリアン国の現状です」
宙はマリアが調べた2つの国の現状を聞いていた。ハッキリ言うとかなり状況は良くない、2つの国はいがみ合い切迫し今にも戦争が起きそうだった。
「次に2国の保有している科学技術は地球での中世程度、2国とも身分階級制を徹底し、国王を頂点に貴族、平民、奴隷と四階級に分かれています」
「なるほど……これは使えるな。2つの国の保有戦力は?」
「はい、大まかにですがアイルヘルムは歩兵20万、騎兵3万5000、魔法使い2万。ウェリアンは歩兵15万、騎兵3万、魔法使い5万。以上です」
「お疲れ様、また何か有ったら頼むよ」
「はい、詳細は資料を作成しましたので後ほどお送りします、では失礼します」
☣☣☣
1か月後――
草しか無かった草原の真ん中に、建設中のビル群が立ち並び、巨大な都市が形作られていた。
この都市の名は≪ティエラ・ナタル≫エンジェル・カンパニーの本拠地にして、宙とノアの新しい家だ。
地面は整理、舗装されて道路が張り巡らされ、その道路には何千台もの大型トラックが行き来し材木、鉄骨、アンドロイドを運んで行く。
その地下2000mに巨大な半球状の空洞が有った。半球の直径は10㎞に及んでおり何万と言う照明に照らされながら様々な工業機が掘削作業をしていた。
「だいぶ形になって来たな兄貴」
「ああ、俺は死ぬかと思ったけどな」
宙にとってこの1か月は地獄だった。≪創造主≫で重機、機材、建築材を創造し限界の8000tに達すると、宙は気絶。ノアにラボに放り込まれ睡眠を取る。ラボ内での2分は外の1秒なので宙はゆっくり休めるが、目覚めると強烈な空腹を感じた。残念なことにラボ内には有機物を食べる者が居ないので、食材が無く食事を作る事が出来ない。宙は≪創造主≫で創り出す事も出来ないので、マリアに直接、地球の日本に買いだしに行って貰い、手料理を作って貰っていた。マリアの作る料理はどれも絶品で、マリアのエプロン姿は正に天使だと後に宙は語った。
宙は創り出す、気絶、睡眠、料理を食べる、休憩を取る、を1日に何十回、何百回と繰り返した。
その結果1か月と言う超短期間で形になったと言えた。
☣☣☣
≪ラボ≫第一会議室――
其処は薄暗い空間だった、中央に直径5m程の、白いドーナッツ状の中央に穴が開いた円卓が置かれ、なぜかパイプ椅子が3脚置かれている。窓は1つも無く、頭上に3つの照明が有り、照明に照らされて浮かび上がる様に3つの人影が有り、3つの人影はパイプ椅子に座っていた。
宙、ノア、マリアはラボ内に有る会議室で第24回最高意思決定会議をしていた。
「ノア、アンドロイド用の次世代型外装を作るのが良いと思うんだが? どうだ?」
5万体のAC-AN6が今のエンジェル・カンパニーの総戦力で有ると言えた。外見はOT-A1とさほど変わらないが、機能性、耐久性は格段に上がっている。
エンジェル・カンパニーの現在の主戦力は戦闘用アンドロイドなので、そのアンドロイドの耐久性底上げのために宙はノアにアンドロイド用外装の製作を提案した。
「わざわざ、アンドロイドに装備させる意味あるか?」
「駄目か?」
「いや、もうAC-AN6アンドロイドを軽く凌ぐ最新の機体が完成している。きっと次世代のエンジェル・カンパニーの主戦力に成る」
ノアが力説し、瞳に闘志が宿っていた。
(これはかなり自信があるな……)
「ノア、その次世代の主戦力を見せてくれませんか?」
マリアがノアに尋ねた。2人は宙に食事を作っている時にいつの間にか仲良く成っていた。初めはノア様と呼んでいたが、ノアが嫌がり宙と同じ様に、呼び捨てで呼び合う仲になっていた。
「良いぞ、2人とも着いてこい」
ノアはパイプ椅子から立ち上がり会議室から出て行った、宙とマリアもノアの後に着いて行った。
≪ラボ≫第一試験室――
其処には暗い青色の金属で出来た巨人がいた。
「どうだ、中々カッコいいだろ第一世代型戦闘用甲殻外装:≪ディーン≫だ」
全長4.2m重量2.9t。動力に超小型核融合炉を使用。主兵装は30mm重機関散弾砲、40mm重機関グレネード砲。基本装備は甲殻外装用12.7mm小銃、単分子カッター、小型対空ミサイル。
エンジェル・カンパニー兵器開発機関初の戦闘用甲殻外装。
OT-MS1を使用し形作られた装甲厚は初期戦闘用アンドロイドの三倍以上、小銃など通常火器での破壊は不可能に近い。両腕は設計上6tまで持ち上げる事が出来る。また走行速度は最大時速80km、340mからの自由落下に耐える事が出来る
分厚い装甲は、ゴツゴツとした岩山を彷彿とさせ、人型でダークブルーにカラーリングされた、その巨体はとても威圧的。肩から伸びる腕は太く力強い印象を受ける。両肩に取りつけられた、金属のボックスには小型対空ミサイルが収納されている様だ。
「それなら問題ないか。……て、言うか、30mm重機関散弾砲、40mm重機関グレネード砲ってありえないだろ……人に向けたらひき肉かクレーターしか残らないだろ」
宙は≪ディーン≫の装甲に触れる。冷たい金属の感触が手に伝わった。
「ノア、≪ディーン≫は今、何機有る?」
「無人機は兄貴が触れているのを含めて20機、有人機は3機だけだ、必要ないからな?」
「有人機は今のところは3機で十分だな……やっぱり、無人機が少なすぎる。強力でも数が無いと意味が無い。そうだな、取り敢えずは無人機を1000機だ。後で材料を創っておくよ、土くれなら幾らでも有る」
「サンキュー兄貴」
第24回最高意思決定会議はこれで終了した。
「それでは宙、ノア、昼食にしましょう」
マリアの問いかけに宙とノアは頷き、3人で第一試験室から出て行く。
第一試験室にある時計が正午を指していた。
1か月後――
≪ラボ≫第一会議室――
「これから、第29回最高意思決定会議を始めます。資料を作成しましたので、お受け取り下さい」
マリアが真剣な面持ちで、フィルムディスプレイを2枚、宙とノアに配る。
「3ページ、≪ティエラ・ナルタ≫地上都市、地下都市建設進行状況の項をご覧ください」
宙とノアはタッチパネルに成っているフィルムディスプレイの液晶に触れページを捲る
「おお、地上都市は94%完成か……よく頑張った、俺」
「兄貴は創って、気絶して、飯食ってるだけだったじゃん。オレなんか27万体のアンドロイド動かして、不眠不休で働いていたんだぞ!!」
「ノアだって、俺が素材を創らなかったら何も出来ないだろ!!」
「――地下都市B1は全行程の87%完成しましたが、B1~B5全体では18%しか完成していません。規模がとても大きいだけに完成まで、まだ時間が掛かります」
マリアが兄妹≪宙とノア≫のケンカをスルーし報告を続けた。
「B1複合装甲板は26層まで完成し、地震程度では落盤、落石の危険性はほぼ有りません、報告は以上です」
地下都市B1とは地上都市の真下2000mに有る都市である。地下都市は5つの階層が有り、B1~B5とする予定で有った。B1複合装甲板とは地上都市の真下に有る地下都市B1を覆う様に存在する。1層の厚さが10mに及ぶ巨大は装甲板で、完成すると150層になる予定だ。
「次はエンジェル・カンパニー総合開発局からだ、28回目の会議での兄貴からの注文通り2000機の無人≪ディーン≫が完成した」
マリアの報告が終了すると、ノアが報告を始めた。
「さすがノア、また何か必要な物が有るか?」
宙がノアに尋ねるとノアはうつむきボソッと呟いた。
「……人間」
「人間? 何でまた?」
「今、とあるヒューマノイドの研究をしてるんだ」
「何でだ? 今更アンドロイドやバイオロイドは幾らでも造れるぞ? 其れに人間は、何に使う……ってノアお前まさかあの研究まだ続けてたのか!?」
宙は元ポドリアのメインコンピューターに有った、ある研究資料を思い出していた。其れは、培養やクローンでは無く、無から人間を造り出すと言う物であった。
「勿論だ、始めてメインコンピューターを“食った”時から絶対に造るって心に決めて研究を続けていたんだ。此処まで来て止められない」
「前に俺の髪の毛を提供しただろ?」
「あれは……兄貴の細胞がなぜか通常の体細胞と全く違てって、全く細胞が死なないだ」
「死なない?」
「そう、潰しても、焼いても、濃塩酸かけても、全く死滅なない。だからその研究に兄貴の細胞を使うのを止めて、細胞を培養してバイオロイドを造った、其れがオレの身体。……とにかく研究には普通の人間の協力が必要なんだ、何とか成らないか?」
それは宙が御前天使見習いであるからだが、宙は気に留める事をすでに止めている。
「人間か……そうだ! マリア、アイルヘルム国とウェリアン国には奴隷が居たよな?」
「はい。宙、2つの国には合わせて約13万人の奴隷が居ます、提出した報告書に書いたて有りますが、相当に不当な扱いを受けている様です」
「人権何て言葉が此処に有るとは思えないからな……よし! その奴隷を何人か攫う――じゃない、連れて来るか」
「兄貴、そう言うのを人攫いって言うんだぜ?」
「人聞きの悪い事言うな! とにかく斥候用アンドロイドAC-AN2が有ったよな?」
宙はノアに視線を向ける。ノアは頷き、肯定した。
「何体程居る?」
「80だな、足りないか?」
「十分だ。会議は、今日は此処まで。マリア、2国国内の正確なマップを製作、作成したマップはノアに届けてくれ」
「はい、畏まりました。1時間以内に届けます。では先に失礼します」
マリアはそう言い会議室を出て行った。
「ノアはマリアの作成したマップが届き次第、斥候用B型装備を換装したAC-AN2を30ずつアイルヘルム、ウェリアン両国に向けて出撃、未成年、此処では15歳以下だな……。身寄りの無い少年、少女奴隷を両国5人ずつ、計20人だ。此処に来たいかどうかを確認した上で連れて来てくれ」
「兄貴、そいつらはオレが受け持って良いか?」
「良いぞ、正し殺すな。其れじゃあ唯の悪人だからな。研究の協力を得られたらシッカリと報酬を出せ、暖かい食事とふかふかのベッド、其れに金だ」
「その辺は心得てる、シッカリやる大丈夫だ」
ノアは笑いながら会議室を出て行った。今、会議室には宙のみが居る。
☣☣☣
メアリ=スチュアートはウェリアン王国王都に住んでいる奴隷だ。
現在14歳の少女で、後1カ月で成人になる。もっともメアリは身寄りの無い子供が預けられる施設の門の前に捨てられていたので、正確な誕生日など分からないが。
メアリが奴隷に成ったのは12歳の時、施設が奴隷商人にメアリを売ったのだ。
メアリ本人は後で知った事だが、その施設に入るには3つの条件が有った。
1つ身寄りの無い事。2つ5歳以下である事。3つ容姿端麗である事。
この施設は元々、貴族向けの高級奴隷を育成する為の施設だった。
メアリはウェリアン王国の大貴族グロティウス公爵家に買われた。勿論、奴隷のメアリに拒否権は無い、奴隷商人の馬車に有る鉄格子の中に押し込まれ、王都からグロティウス公爵領に向かったのだ。
其処で事が起きた。公爵領に向かう途中、馬車が崖から転落。奴隷商人は死亡、メアリは意識を失い重傷を負うが、近くを通り掛かった別の奴隷商人に助けられた。
メアリが次に目を覚ましたのは、ただ布の敷かれた床の上だった。起き上がると顔が焼ける様に痛かった。
メアリの顔左半分は無残に潰れ、左目を失明し、瞼が“無かった”。メアリは容姿から貴族に買われた奴隷だ、顔の半分が潰れた奴隷を貴族が買い取る訳も無く。メアリは新しい奴隷商人の所有する商品として2年半を過ごした。
幸いか不幸か、傷が元での感染症は起らず、また傷の所為で売れる事も無く。メアリは2年半、奴隷商人の手伝いをして何とか生きていた。
☣☣☣
メアリの朝は早い、日の出前に起きる。そして奴隷15人分の朝食を1人で作るのだ。朝食を済ますと洗濯、掃除、ゴミ出し。それらを終わる頃には日は傾き夕食の準備を開始した。
次の日の朝、朝食を済ませると――
「おいッ! メアリ! こっちに来い」
メアリは主人で有る奴隷商人に呼ばれた。
「はい! 今行きます!」
メアリは音のした方向に急いで向かう。おそらく奴隷商人が居るのであろう商談室に向かった。そこでメアリが見たのは、見慣れた奴隷商人の浮かべた醜く歪んだ笑みと、全身が黒い2m程の人で有った。
その黒い人は、黒いコート着て、これまた黒い帽子を目深に被り、口元を黒い布で覆い隠していた。
次にメアリはテーブルの上に置かれた金貨の山を見る。
(こんなに……この人何者? 其れに何で私なんか?)
「お客様。こいつがメアリでございます。本日はありがとうございました」
そう言って奴隷商人が頭を下げた。
「メアリ、この方がお前の新しい御主人様だ、粗相の無い様にしろよ」
そう奴隷商人が言うと黒い人は部屋を出て行ってしまう。メアリは慌てて追いかけて行くのだった。
☣☣☣
黒い人はどんどん歩いて行く。
「待ってッ! 待って下さい!!」
追いつけなかったのでメアリは慌てて声を掛けた。すると黒い人は立ち止り、おそらく顔をメアリに向けた。
『なんだ?』
始めて聞いた黒い人の声にメアリはビクッと肩を揺らす。
「ご、ごご、ごめんなさい。ご、ご主人様は何で、何で私なんかを買ったのですか? あんな大金で……」
『――お前』
「はひ!」と上ずった声が出てしまった。
『このまま自由に成りたいか? それとも、オレに協力する代わりに、報酬として、暖かい食事と、ふかふかのベッド、そして金が貰える生活、選べるならどっちの生活が良い?』
「え?」
『もう1度だけ言うぞ、何も無いが自由を得るか、オレに協力する代わりに、報酬を得て豊かに生活するか。どっちが良い?』
「ゆ……豊かな生活が、良いです」
メアリのその答えを聞いた瞬間――
黒い人はコートを広げメイアを包み込む。メアリは悲鳴を上げる間もなく、右手を背中、左手を両足の下に回し、俗に言うお姫様抱っこの態勢で抱き抱えられる。
そしてメアリは暗闇だったコートの中に光が差し、コートが徐々に透けて行くのを見た。
(な、何これ……魔法?)
すると透けて見える風景が高速で移動し始めた。斥候用アンドロイドAC-AN2が垂直に6mジャンプし民家の屋根の上に着地。AC-AN2は飛ぶように屋根の上を駆ける。
(何でみんな気付かないの? あ! 目の前を走り抜けたのに、何も無かった様に……)
AC-AN2は偶然に天窓から屋根の上に視線を向けていた、男性の目の前を疾走した。しかし男性は風が
通り過ぎた程度にしか認識しない。其れはAC-AN2が着ている服に有る。斥候等B型装備である、光学迷彩は文字道理、周囲の風景と同化する物だ。
勿論、それだけでは音が出て気付かれてしまう。しかしAC-AN2は違う、AC-AN2が斥候用と言われている由縁は、完全は消音性に有る。この2つを組み合わせれば先ず一般人に発見する事は不可能だろう。
しばらく疾走すると王都を1周する城壁が見えて行きた、AC-AN2は城壁を、手を使わずに足だけで登り、飛び越え、帝都の外に降り立った。そしてAC-AN2は自身の最高時速である150kmで走り出した。
☣☣☣
メアリは城壁を飛び越えまた走り出した、AC-AN2に疑問を持っていた。
(この人、本当に人間? それに何処に向かってるんだろう? この方向ってアイルヘルム?)
しかし其れは40分程の移動の後で裏切られた。
「な、何これ……此処どこ?」
突然メアリは目の前に広がった、超々高層ビル群を見上げていた。
AC-AN2は立ち止り、メアリを下す。メアリは自分で立ちながらもビルを見上げ、道路を走るトラックを見ては、その度に驚いていた。
『着いて来い』
「は、はい! 今行きます! 置いてかないで下さい!」
しばらく歩くと4ドア黒塗りの車が停車していた。
『乗れ』
AC-AN2がドアを開け促すとメアリは恐る恐る乗り、椅子の座り心地の良さに感激していると、突然ドアが閉められた。
「え、え! ちょっと! ご主人様ぁー!」
AC-AN2は乗らずに、車はメアリ1人を乗せ、地面から車体が数センチ浮くと、駆動音を小さく低く響かせながら滑る様に発進した。
メアリは激しく混乱していた。其れはしょうがない事である。買われ、王都の屋根の上を駆け抜け、城壁を乗り越え、草原を疾走し、気が付いたら、超々高層ビル群に車型のリニア。目まぐるしく変わる環境の変化にメアリは茫然としながらも、自らを落ち着かせ、身に起きている事を必死に理解しようと努力していた。
(何処に向かってるんだろう……あの黒い人が私の御主人様じゃないのかな?)
メアリの思考は車が止った事で途切れた。ガチャと、音がしたので、メアリが左側に顔を向けると、車のドアが一人でに開いた。
(出ろって事?)
メアリは車から出ると、眼前にそびえ立つ巨大なビルを見上げた。
「エンジェル・カンパニー・グループ?」
ビルの側面に浮かび上がった3Dホログラムの“日本語”の文字を読んだ。
(なんで……あんな変な字、知らないのに……)
これは勿論、宙が魔術で細工した為である、たとえ、読めなくとも、脳内で自動変換され、万人が読める様に認識魔術を施したのだ。
首が痛くなる前に止め、辺りをキョロキョロと見回すと車が何処かに行ってしまった。
メアリは意を決しエンジェル・カンパニー本社ビルに入って行った。
最初にビル内でメアリが目にしたのは、大きな白い石が敷き詰められた広いエントランス、そして、その奥に居た受付の2体のガイノイド(女性型ロボット)だった。
メアリは此処に来て始めて会った、“まとも”な人だと喜んだが、もちろん彼女らは人工皮膚を付けたガイノイドに過ぎず、人間ではない。
メアリは急いで駆け寄り、自分の経緯を身振り手振りで一生懸命に説明する。ガイノイドの1体がメアリの話に笑顔で受け答え、もう1体のガイノイドが受話器を取り何処かに連絡していた。
「メアリ様、もう1度ご確認いたします」
「は、はいぃ!」
メアリは生まれて初めての様付けに戸惑う。
「お名前メアリ=スチュアート様、出身国ウェリアン、年齢14歳、職業奴隷、血縁者無し、此処には黒い人に連れてこられた、……間違えございませんか?」
「はい……それで私は……いったい、どうなるのでしょうか?」
「其れは、私たちからはお応えできません。只今、問い合わせをしていますので、もうしばらくお待ちください」
メアリは受付にソファーに座って待つように促され、途中で出されたオレンジジュースの美味しさに感激しながら、座って待っていた。
10分後――
今までの疲れでウトウトしていたメアリは、カツカツと言う規則正しい音と、話声によって現実に引き戻された。
「ノア、21人目何て聞いてはいませんよ?」
「大丈夫だって、兄貴にはもう許可取ったし、其れにオレがそいつの才能を保障する。これからのエンジェル・カンパニーに必ず役立つ人材だよ」
「其処まで言うのでしたら、ノアにお任せします」
(うわ~綺麗な人達……)
メアリは白衣を着ていて、青い瞳に腰まで有る長いシルバーブロンドを持つ、可愛らしい印象の同い年くらいのノアと、スーツを着た、ブロンドの美しい大人の雰囲気のマリアに目を奪われ、茫然としていた。
「あ! 居た居た!」
ノアがメアリに近付く、メアリは辺りをキョロキョロと見回すが、自分しか居ない。
「な、何でしょうか?」
「お前、メアリ=スチュアートだよな?」
「はい、そうですが……何で私は此処に呼ばれたのですか?」
「ん? 豊かな生活がしたかったんじゃないのか?」
可愛らしいノアの容姿に合わない、男の様な話し方に戸惑いながらも、メアリは頷き肯定した。
「そうか、じゃあ着いて来い」
ノアが歩きだしたのでメアリは慌てて着いて行こうとする。
「マリア、ラボにしばらく潜る、そう兄貴に伝えてくれ」
「はい、そう伝えます」
メアリはマリアに会釈しノアを追いかけた。
☣☣☣
エレベーターにノアとメアリは乗り込んだ、ドアが閉まるのを確認すると、ノアは入口から見て右側の扉に手を付けると壁の1部がスライドした。そして出て来た透明な板に、ノアは白衣のポケットから出したカードかざす。
『ピピッ エンジェル・カンパニー総合開発機関局長であると認識しました。ご指示を』
「ラボ第二ゲートまで」
『畏まりました』
その直後エレベーターが動き出した。エレベーター入り口上部の掲示板に記された文字がB1からB2、B3と成り数十秒でB30まで到達し、それからEと言う文字が表示され数分
経つとエレベーターの壁が透明に成り、眼下に巨大な都市が見えた。
これこそが地下都市である。
メアリは、よく見ると、このエレベーターが巨大で透明な筒の中を通っているのだとは理解した。
「うわー凄い……何でまた街が……」
「街じゃなくて地下都市ね」
「地下都市……ですか?」
「そう、メアリ=スチュアート、お前は当分の間此処で暮らすんだ」
「な、何で、ですか?」
「それは、お前がエンジェル・カンパニーのある最高機密に触れるからだ、安心して良い、生活には絶対に不自由しない。美味しい食事、清潔でふかふかのベッド、娯楽もある。それに一生じゃない、時が来れば此処から出る事も出来る。まぁオレにシッカリと協力すれば、だけどな」
エレベーターは更に降下して行く、地下都市の地面を通り過ぎ、更に下へと降下して行った。
しばらくするとエレベーターが止り、扉が開いた。
「出て」
2人はエレベーターから降り、薄暗く足元だけが照らされた通路をゆっくりと歩く。
メアリは意を決しノアに話し掛けた。
「……ノア様、何処に向かっているのですか?」
「様はダメだ、局長か呼び捨てで呼べ」
「……局長、何処に向かっているのですか?」
「局長か……そうだな、的確に言うならオレの生まれた所だ」
「局長がですか?」
ノアが首を縦に振り肯定する。それきり会話が無く成り無言で長い通路を歩いた。
しばらく歩くと行き止まりで、これ以上進めなくなっていた。
「開け」
そう言うと正面の扉が真ん中から左右にスライドする。扉から光が差し込む、2人を白い光を包んだ。
「眩しっ」メアリは眩しそうに目を細め右手で光りから両目を遮る。
光に目が慣れメアリが見たのは――
「ひっ!」
白い空間に立ち並ぶ漆黒の巨体だった。
「恐がらなくても大丈夫だ、こいつらは第二世代型魔力核併用式戦闘用甲殻外装:≪エンデット≫って言うんだ。この前完成したばかりの最新鋭機だぜ?」
ノアは≪エンデット≫の右足をぺたぺたと触りながら答えた。
「全長は2.8m、重量1.4t。動力は超小型核融合炉Ⅱ、気体魔力式動力機関、搭乗員1名って……今のお前に説明しても分かる訳ないか」
「これは何ですか?」
「≪エンデット≫、ロボット……お前に合わせて、分かり易く言うなら金属で出来た人形」
メアリは≪エンデット≫を見上げながら「へ~」とか「ほ~」など感嘆しながらノアと同じ様にぺたぺたと触る。
「動力には超小型核融合慮Ⅱと気体魔力魔力式動力機関。主兵装は40mm重機関散弾砲、45mm重機関グレネード砲、125mm滑空砲。基本装備は気体魔力式魔術制御機関、単分子カッター、μCDS」
≪エンデット≫はエンジェル・カンパニー兵器開発室初の魔力核併用式戦闘用甲殻外装である。自立進化プログラム:ノアが開発した、OT-MS1の2倍の強度を誇り重量を20%抑えた金属≪AC-MN306≫を使用した装甲を持つ。機体は背中に2つの膨らみがあり、カラーリングは漆黒。装甲厚は初期アンドロイドの二倍程度と、第一世代型より細い体躯を持つが、それで第一世代を凌駕する防御性能を誇っている。
なぜなら、初の魔力式魔術制御機関、魔力式動力機関を搭載し魔術を使用できるからだ。魔力機関を応用したμCDS≪マイクロ・セル・ディフェンス・システム≫を採用し、一辺が1μmの立方体型低級魔術結界≪cube shield 八点結合結界≫を第一装甲板の表面から装甲内部に至るまで無数に形成する。よって第一世代型より遥かに高い耐久性を実現した。
また、気体魔力式魔術制御機関により最大速度マッハ1.1での飛行が可能となった。
左右に並んだ≪エンデット≫の双列の間をノアとメアリは歩く。
「何体有るんですか?」
「今の所完成してるのが此処に有る無人機40、それと有人機24だな」
双列を抜けると其処に有ったのは黒く厳めしい2枚扉だった。ノアは取っ手を両手に取り、引いた。
そこには黒い先が見る事すら出来ない闇が有った。
「これがラボへの入口。さあ入って」
メアリはどうにでもなれと、半ばヤケに成り、闇に飛び込んだのだった。