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W.平凡な日々もある

 T村で鹿野隆の第一発見者として取り調べを受けてから、二週間経っていた。あの日は、美佐江と義男は神奈川へと帰り、盗んだ物品は彼らに返した。

 部筑はT村にある最寄の警察所まで付き添いで来てくれた。かなり怪しまれたのは言うまでもない。匿名で通報し、『㈱エコノミーテクノ』への侵入やら、拝借した物品やらを突き詰められると、言い逃れは出来なくなっていたが、義男が対応してくれ、証拠不十分として釈放された。

 結局、証拠が不完全の状態で、石崎親子を疑ってしまったのは良かったのか、未だに答えが出ていない。義男が言った、『私が犯した事件』の真意も聞けていなかった。ただ、決断を早まってしまったなんて考えたりする反面、今でも義男達が犯人としか考えられなかった。

 美佐江と仲直りできるかは、部筑もわからなかった。考えても仕方ないだろ、と彼は面倒くさそうだが、その眼差しは、どこか不安気だった。美佐江は親友に裏切られたと思っているのだろうか。大学のキャンパスで、三人が顔を合わせられる時間は、後わずかだ。皆で協力した事件捜査を、語り合える日を願うばかりだった。

 三度目のT村来訪は鹿野隆の告別式が目的だった。すっかり雪解けの景色が広がっていて、初めて訪れたときの記憶が蘇った。鹿野紀子は気丈に振る舞っていた。僕が第一発見者だった話しをすると、通報してくれてありがとう、と感謝された。 

 加藤や黒岩も出席していた。挨拶をかわす以外、話すことは何もなかったかのように日常へと溶け込んでいった。

 ゆっくりした時間が流れた。

 テレビの修理を出したり、内定した企業にも用事があったり。新横浜の街並を散策しては、何度か新横浜のあの定食屋にも足を運んでいた。置いてある雑誌からも、もしかすると、死者の訴えを読みとれるのではないか。そう考えたら不思議な気がした。今度、古本屋で自分の能力を試してみるのも悪くない。

 定食屋の店主とは顔見知りになり、常連客へと向ける顔をしてくれるようになった。僕が生姜焼きを食べていると、店主はその顔を、のれんをくぐってきた客に向ける。テツさんだった。

 ブラウン管に映っているニュースがつまらなかったのか、二杯目の麦酒を運んできた店主に話しかける。

「やあ、さっき歩いていたら事故があってな。すげえ渋滞していたよ」

「ああ、サイレンが鳴り響いていたのはそれでしたか」

 僕はまったく気が付かなかった。

「歩道に人垣ができていて、通り辛いったらありゃしないよ」

 話が済んだのを見計らい、会計を済ませた。

「おい、若者よ」

 いい加減、顔ぐらいは覚えてほしいものだけれど、テツさんの赤ら顔を見て、その望みは先送りにした。

「なんでしょう?」  

「野次馬はやめておけ」

「当然ですよ」

 もう、事件に巻き込まれるのはこりごりだから。

「ふふん。それがいい」

「ねえ、テツさん?」

「おっ、何で俺の名前を知っているんだ?」テツさんはしらばっくれている。

「だって、いつもテツさんって呼ばれているじゃないですか」

「そうかい」

「照れているんですよ。テツさん」店主は頬笑みながら言った。

「人間関係で、大事なことってあります?」

「えらい抽象的な質問だな。悩んでいるのか? 悩んでいそうだもんな」

「どういう意味ですか?」

「悪い悪い。シャレだ」自分で発した笑い声が咳に変わる。

「今年の四月から新入社員で。人生経験豊富そうなテツさんにアドバイスもらいたくて」

「ふーん。そうだな――人間関係で大事なのは、先送りにしない。それに尽きる」

「えらい、抽象的な答えですね。考えろってことですか?」

「ああ。簡単には教えられない」満面の笑みをたたえ、喉を鳴らしながら麦酒を飲みほした。

「プハ~。おかわり」

 気が向いたらまた来よう、と僕は思った。


『ブビリオフィリア』という小説をなぞった殺人事件は、報道され一人歩きしていた。犯人が特定できていないのに、マイナーな小説を取り上げている報道は滑稽だった。第一、第二の事件が神奈川で、第三の事件がT村で起こったのを、小説の引用文と照らし合わせている。

 作者名も書かれていなかった自費出版本だったのに、作者である小園猛の経歴やら、顔写真が公開されていた。加えて、若くして妻の小園佳代こぞのかよが殺されていることも、一人娘の所在が不明であることも紹介されていた。警察は小園由美子の捜索に入っているようだ。恐らく、大部分は義男か美佐江が証言した証拠なのだろう。

 モノクロで映っている彼の顔もあった。ただ、小園由美子は母親似だ。セーラー服を着た小園佳代の写真とそっくりだ。事件捜査していたというのに、良く考えたら彼の顔を初めて見る。

「事件捜査には向いていないな」

 つぶやいてみた――待てよ。意外にイケていなかったか?

 と満更でもなかった。


 暖房なしても快適に過ごせる日だった。時の流れに身を任せられるとは、こんな長閑な時間を意味するのだろうか。横たわっていれば、無心でいられるような気がする。

 部筑と僕の部屋にいた。彼は相変わらず住む場所がなく、難癖つけては居座ろうとしていた。

 ポテトチップをコーラで流し込んで、止められなくなっていたとき、知らない市内局番で着信があった。

「どうも」

 沢村からだった。僕のこの番号は、美佐江から聞いたらしい。

「前に、石崎義男さんと美佐江さんが出頭してきてね」

 出頭したのは鹿野隆の告別式があった日の九日前だった。彼らは自首して、何を言ったのだろうか。

「君たちは今、どこにいる?」

「僕の部屋ですけど」

「話がしたい。これから、指定する場所に来てほしいんだ」

 神奈川県警察がある場所だった。僕達には取り調べを受ける覚悟はできていた。真実を話すのも、美佐江達のためだ。それとは別に、報道されている内容から、犯人特定は出来ていない。警察は彼らを犯人だと断定してないのだろうか。いや、僕達の話を聞いてから、判断するに違いない。

「わかりました」

 部筑は傍らで本を読んでいる。

「誰? 女?」

「話し聞いていて、わかるだろ」 

「わかんないよ。信二なら、女に敬語つかいそうだし」

「どんなイメージだよ」

 目的地への途上には、横浜での事件が起こった公園があったが意識的に反れた。事件のことを話しに行こうとしているのにも関わらず、事件のことを忘れようとしている。

「緊張してきたんだけど」

 しかし、強張った脳は、事件のこと以外の思考を停止していた。

「あがるなって。挙動不審だと怪しまれるぞ」

「わかっているんだけどさ」

「張り手してやろうか?」

「いらない」

「体、ほぐれるぞ」

「部筑も少しは緊張しろ」 

 僕が呆れたら、部筑はわざと両手を震わせた。

「お、俺だって、き、きんちょうし、しているんだ」

「勝手にやってろ」

 建物自体が居丈高に僕らを迎えているような神奈川県警察所に足を踏み入れた。柄の悪そうな男が背を丸めて座り、それを、窓越しに受付の女性が眺めている。傍らの部筑は腕を組みながら歩いていた。

 受付で、沢村を呼び出してもらい、指定の部屋まで来るように言われた。そこでは、ここ最近の生活について聞かれ、正直に答えた。

 沢村は腕を組んだ。そして大きく息を吸う。

「君達を殺人容疑者として逮捕する」

 僕の中で、何かが砕けた。 



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