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S.侵入(2)

 そこまでだった。自殺か他殺の状況は読みとれない。だけではなく、殺される直前のことも皆無だ。辛い過去とは、例の出版本が引き起こした事件なのだろうか。それなら、小園さんは関係ないですよと言ってあげたかった。

 読みとった内容を話した。部筑は顎に指をあてる。

「事件を調べていたのか」

「小園猛さんは鹿野隆さんに責任を感じていたんだろうな」

「そういう理由で、回収していたのか」

「鹿野隆の以外は、全部見つかったのかな?」

「さあ。後半のくだりは、何だか感情的になっている感じがしないか?」

 人間が醜いと形容させられる力を持った、何かしらの不正を知り、私が暴いてやるとまで読みとれた。仕事とか関係なく、憤怒で小園猛を突き動かしているようにも思える。

「いったい、何を知ってしまったんだろうな?」

「義男さんへの『脅迫状』に書かれていた不正だと思うけど」

「俺、すげえこと思いついた!」

 拳を握り、前に出す。彼の自画自賛にはついていけない。素っ気なく、「何?」と言う。

「実は小園猛さん、生きている説だ」

「はあ?」

 身体の芯から脱力した。

「考えても見ろよ。今まで俺達は鹿野隆さんを犯人だと思い込んで捜査していたら、違った」

「なら、今度は義男さんと共犯っていう話も疑えと?」

「そうだ」

「でもさ、僕は今まで死者の訴えしか読みとれなかったんだぞ。鹿野隆さんの訴えと照らし合わせたら、この本で読みとったものは、小園猛さんのメッセージに間違いはないんだ」

 カバーのある『ブビリオフィリア』を指さした。

「お前は、自分の能力を過小評価しているんじゃないか?」

「どういう意味だ?」

「俺も、自分の能力を知って、いろいろ疑って、決めつけて、やっと自分の思っている以上の能力があることに気付いた。最初は、まさか本当に書いた本人がわかるなんて思わなかったからな」

 部筑はある出版本を使って自分の能力を試していたとき、まったく知らない人物の名前が浮かんだらしい。仮に作者のペンネームをA、Aの本名がB、まったく知らない人物をCとして、書籍ソムリエの能力に疑問を持った。数カ月後、その出版本を巡り、作者と読者の間でいざこざがあり、裁判にまで発展した。メディアを騒がせる規模になり、調べていくうち、書いたのはAではなく、代筆屋に頼んでいたことが判明した。その代筆屋の名がCだったのだ。

「だからさ。死者の訴えしか読みとれないって思いこんでいるだけかもよ。実は、本に込められた強いメッセージまでも読めているとか。生前、死後関係なく。自分にとって、大切にしている本は必ず思いが込められている。無意識化だから、それに気が付かない人は多い。でも、信二はそれさえも読みとれる能力がある」

「まさか。僕だって、人波に本は読んできたんだぞ。それだったら、古本屋で売っている本を手に取って、もっと早くこの能力がわかっていたはずだ」

「大切にしている本を、古本屋に売るか?」

「大切にしていた本なら、売るかもしれないだろ。能力なんて、いつ目覚めるかわからないからな」

 彼の口からそう言われると、説得力があるから反論できない。 

「俺は抽象的な理屈を言いたいわけじゃないんだ。いいか――」

 部筑は顔を近づけてきた。大きな瞳に真正面から見つめられ、唾を飲んだ。

「お前が言っていた、小園猛さんのメッセージに、死をほのめかすものはなかった。むしろ、誰かに復讐するぐらいの勢いがある。でも、金子大輔、城島博志、田中満高、鹿野隆の四者には、自分が殺される直前まで、克明になっていた」

「……それは」

「まだ、生きている証拠なんじゃないか」

 小園猛が生きている。半自伝的な小説となるであろうと後書きにしたのは、予言したからであり、予言を外さないようにするには実行するのが手っ取り早い。その発想は、頭を殴られるぐらいの衝撃があった。

「ちょっと待てって。T村の住民は、小園猛が自殺したことを知っているんだぞ。村ぐるみで共犯は考えられないだろ?」

「簡単じゃないか――」

 小園猛は焼身自殺したと言われている。遺体だけだと、小園猛を証明するのは難しい。しかし、遺体の傍に身分証明書があれば確実になってくる。部筑は淡々と語った。

「じゃあ、小園猛さん以外の誰かを殺したってこと?」

「そうだ。昨晩だって小園由美子は、鹿野隆に嘘を吹き込んで殺したとも考えられる。本当は生きている小園猛を殺したのはあんただと」

「小園猛さんが、刑務所にいた鹿野隆さんにコンタクトを取ろうとしたのではなく、『ブビリオフィリア』の存在を知ってもらうためだったのか」

「ああ。少なくとも、左近字図書館の職員には、鹿野隆が『ブビリオフィリア』を持っていることを印象づけられる。万引きするとは思っていなかったかもしれないけどな」

 部筑は額をかき、つづけた。

「そして、警察が捜査していくうち、必ず『ブビリオフィリア』に辿りつくだろうし。読んだら、起こっている事件に酷似していることもわかるだろ」

「刑務所員は、鹿野隆さんへ送った手紙の内容を読んでいる可能性だってある。ほら、連絡先を送っても、返却されたってあったし。もし、鹿野隆さんを犯人に仕立てるつもりだったら、そんな危険を冒さなくても、違った方法を考えないか?」

「例えば、話題性とか。連続殺人事件が『ブビリオフィリア』という小説に酷似しているのであれば、メディアが取り上げる。そして、自費出版本は再販になり、売れる。あわよくば商業出版になる可能性だってある」

「あまり意味はないよ。小園猛を自殺として、この世から消滅させたのだったら、なおさら」

「ま、今のは無理があるとしてだ。今までの度重なる偶然を構築するには、人数が多い方がやりやすい」

「いったい、どんな動機があるんだろうな?」

「さあ。出世の為、不正を働きしか、ヒントはないんだ」

「ただ、それなら、殺人計画の話し合いで、わざわざ美佐江の部屋は使わないだろ」

「ある者か」

 部筑はそう言ったまま、口を閉じた。


「なあ、また読む必要あるの?」

『ブビリオフィリア』は、僕も部筑も読んでいた。それなのに、会社で手に入れた二冊を読んでおこうと提案してきたのだ。どんなに入れこんだ小説であっても、最低数カ月は間を置いておくのが普通だ。しかも、現実に起こっている事件に近い内容だし、そう簡単に忘れるものではない。正直、体を休めておきたかった。

 僕の気持ちとは裏腹に、部筑はカバーなしの本を読み始めていた。

「何のためにだよ?」

「念のためだ」

 一度より二度読んだ方が、理解が深まり、見落としが減るという、あたりまえの理屈をこねる。僕は両手を広げ、カバーのある『ブビリオフィリア』を読んだ。

 時計は午前二時になっていた。つまり、読み始めて三十分後ぐらい、部筑は本を閉じ、指の骨を鳴らした。

「えっ、もう読んだの?」

 部筑は頷く。二百五十ページの分量を読破していた。僕はまだ、第二の事件が発生した部分で、全体の半分も読んでいない。急いで小説の中へと戻った。

「間違いなく、小園さんが書いたものだ」

 カバーなしの本に、部筑の唾液が付着していた。どうやら、舐めたようだ。

 本と同時に拝借してきた機械『U130』を取り出した。良く見ると、刃の表面に小さな穴が、いくつもあいている。電源を入れた。支柱を軸に、螺旋状の刃が高速回転する。それでいて、動作音は無音に違いぐらいだった。

「何に使うのかな?」

「さあ。木に切れ目を入れるんじゃないか。試し切りしてみよう」

 すると、僕の方に近づけてきた。

「おい、止めろって……」

 上半身を反って、身を引いているが、止めようとしない。とっさに『U130』を入れていた段ボールを盾にした。鈍い音がし、直ぐ段ボールが擦れる音に変わった。

「はあ、すごい切れ味だな」

 と言った部筑は、スイッチを切った。

「危ないだろうが……」

 段ボールを持つ手が震えていた。「殺人犯の気持ちはわからねえ」

「おい。気持ちを確かめるために、やったのか?」

「鋭いな」

 と欠伸混じりに言った。

「先に寝るからな。読み終わったら教えてくれ」

 彼は数分で太い寝息を立てていた。

 

 目を擦る。読書でこれ程の違和感を持ったのは初めてだった。僕は何度も何度も本の表紙や、巻末を調べてみる。どこからどう見ても間違いなく、『ブビリオフィリア』だ。

 小説での第三の事件はT村の低雲丘で起こるはずだった。いや、T村までは同じだ。

 しかし、T村の阿武隈川で起こった事件だった。脈略からするに、誤植でもなさそうだ。

「どういうことだ?」

 思わず独り言が出る。殺害方法は田中満高とまったく同じだった。他の事件とは異なり、殺害方法が詳細に描かれている。又、神奈川にある阿武隈川の描写とは異なり、随分とこじんまりした川になっていた。

――低雲丘を横切るように、山の中腹を上流、下流から海へと合流する阿武隈川がある。T村の水源としては頼りなく、上流の川幅は三メートル程度であり、水深は一メートルにも満たない。ところが、川辺からは濃い青色とした水面に映る、下流の深さは最大で五メートルにも達している。遊水地には向かない構造だ――

 それが引用文だった。T村に阿武隈川が実在するのかは、後で聞いてみるとして。

 二十代の長い髪の毛をした被害者とだけ書かれていて、男性とも、女性とも書かれていなかった。しかも、他の事件は二〇一〇年に起こっているのに対し、阿武隈川の事件は二〇〇九年の一月二十に起こっていた。つまり、物語の進行上では第三の事件となってはいるが、時間軸では一番初めに起こった事件だ。

 読み進めてみると、義男のことも確かに書かれていた。ただ、会社の不正をあらわす文章が省かれている様子だった。

 結果的に、四つの事件が起こっている。鹿野隆が持っていた『ブビリオフィリア』は 三つの事件までしか起こらない。しかし、後書きの内容や、ページ数はまったく一緒である。となると、義男の言っていた原稿段階での内容なのだろうか。まったく理由がわからなかった。記念に二パターン製作したのだろうか。

 が、驚くべきは、それだけではなかった。

 部筑が読み終わった、カバーのない本を手に取っても反応はなかったのに、義男が持ってきたカバーを付けてみた。すると、あの感覚が現れたのだ。


《――一九九〇年一月二十日》 

《アレハ 一歳二ナル 子供ヲ連レテ T村へ 旅行ヲ シテイル最中ダッタ――》

《――――妻ハ殺サレタ》


 すべてを読みこむまでは、僕の思考の介入さえ許されなかったのに、そこで途切れた。

――妻が殺された。

 心は、しばらくその言葉で満たされた。やがて、これで終わってしまったのかと、不安に満たされる。カバーの位置を微調整しながら待っていた。


《――T村二アッタ 阿武隈川デ 不可解ナ 殺害方法二ヨッテ》

《今トナッテモ 犯人ノ 見付ル 目途ハ 立ッテイナカッタ――》

《――タダ 殺害二使ワレタ本ガ 左近字図書館カラナクナッタ本ト 一致シテイタ》

《妻ノ本当ノ死因二ツイテ 由美子ニ言ワズ 墓場マデ 持ッテイクツモリダッタ――》

《――イツシカ 隠シテイルコトガ 余計ニ ソノコトヲ 思イ出サセルヨウニナリ》

《私ハ ソノコトヲ 書カズ二ハ イラレナカッタ――》

《――虚構ノ 世界ナラ 書ケル 気ガシタノダ》

《小説ノ中デ 犯人ヲ殺シ 少シデモ 気ガ 晴レルノデハナイカト 考エタ――》

《――T村ノ自然モ守リタイ 万引キ犯ハ 減ッテ欲シイ》

《我父ニハ悪イト思ッタガ 元々 書キ始メテイタ 内容二手ヲ加エ》

《――最終的二『ブビリオフィリア』ヲ書イタノハ 妻ノ為二 トイウ意図ガアッタ》

《真実ノ 濃度ヲ薄メルノ二 幾ツカノ 殺人事件モ 加エタ》

《――他ノ事件ト比べ 殺害方法ガ浮イテイルト 友人二指摘サレタ》

《ソレデ 目ガ覚メタノダ 殺サレタ妻ヲ 題材二シテイル 愚カサ二――》

《――友人二ハ 妻ノ死ノ 本当ノ理由ハ 教シエテ イナイ》

《出版モ 止メルコトモ 考エテイタガ 作品ヲ 褒メテクレタ――》

《――書キ直シ シテ 自費出版シタ》


 まただ。明らかに途中だってわかっているのに。まるで、考える間を与えてくれているかのようだ。一歳になる子供とは小園由美子のことだろう。まだ一歳だから、旅行中に母親が殺されたことは知らずにいるということか。


《――十五年後ノ 時効直前二ナッテ 私ハ 自ラ調べ始メタ》

《調ベテ行ク内二 金子トイウ男ガ 心辺リガアルト 証言シタ――》

《――不信人物ガ 私ノ妻ト一緒二歩イテイタト ソノ不信人物ヲ 知ッテイルト》

《ドウシテ 事件発生当時 警察二証言シナカッタノカ――》

《――ソレハ T村二 負ノ遺産ヲ 発生サセナイ意図ガアリ》

《村民全体デ 目撃証言ヲ 隠蔽サセル 動キガアッタラシイノダ――》

《――彼ハ 私ガ出版社勤務デアルコトヲ 知ッタ上デ 取引条件ヲ提示シテキタ》

《T村二アル旅館ノ 記事ヲ書カセテ 案内本ヲ出版シタラ 教エルト――》 

《――取引ノアッタ出版社二 懇願シ ナントカ 条件ヲ満タセテ 貰ッタ》

《シカシ 金子ハ 出版サレルマデ 教エラレナイト 言ッテキタ――》

《――アンナ記事ガ 掲載サレテイルトハ 思ワナカッタ》

《記事ノ 内容ヲ 確認スベキダッタト 悔ヤンデモ 悔ヤミキレナイ――》

《――結局 金子ハ コノ世ヲ 去ッテシマッタ》

《元々 不審人物ナンテ 知ラナカッタノカモシレナイ――》


 ここで終わりなのか?

 妻を殺した犯人を捜すためか、鹿野隆に謝罪したかったのか、書き直しの小説を書きたかったからなのか、あるいは全部を成し遂げるため。

 やはり、小園猛はまだ生きているのか?


《――低雲丘カラノ景色ハ 五年前ト比ベテモ スッカリ様変ワリシテイタ》

《T村全体ガ 自分ノ故郷デハ 無クナッテシマッタヨウニ 思エタ――》

《――私ハ 死ヌ 奇シクモ 妻ノ殺サレタ T村デ》

《最後ノ瞬間 『ブビリオフィリア』ト 一緒ダッタノガ 救イ ダッタ――》


 辛抱強く待ったが、それ以上を読み込むことはなかった。

「小園猛さんは、死んでいたんだ……」

 口に出してみる。すると、引っかかっていたものが一つ、取れた気がした。自分が提案した企画がきっかけで、起こしてしまった事件があり鹿野隆に責任を感じていたのに間違いはないはずだ。

 不審人物とは、義男のことなのか。金子が経営していた旅館の敷地を買い取り、『㈱エコノミーテクノ』を創立させている。だから知っているのか。しかし、事件があったのは、会社創立から十年以上前の話しだ。金子の証言の信ぴょう性は低いと考えるべきだと思う。

 それに、『ブビリオフィリア』が書かれている時点で、犯人の目途が立っていないのであれば、小説内の犯人は架空の人物の可能性が高い。十五年後の時効直前で金子以外にも聞き込みをしているのだし、今も見つかっていないのかもしれない。

 二冊の本に、重なる部分がある。その一つが後書きだ。T村の阿武隈川事件が本当に起こっていたのだから、小園猛さんは次の意図があったのではないか。


 フィクション   人物(義男と小園の妻を除く)、T村の会社、殺人及び殺害方法

(第一、第二、第四の殺人事件)

         

 ノンフィクション 場所(横浜、新横浜、T村)、人物(義男、小園の妻)、殺人及び殺害方法(第三の殺人事件)


 いや、これが本来の意図だったのだろう。

 ただ、決定的に違うものがあった。

 カバーのある『ブビリオフィリア』には、T村にある阿武隈川での事件が記載されていた。、憎しみが込められているようだった。

 カバーのない『ブビリオフィリア』には、阿武隈川事件が削除されている代わりに、義男が創立させる会社の不正が追加されている。訴えを読み込んだ限り、悲しみが込められているようだった。


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